nuka_boshi
2015-04-26 10:45:05
3315文字
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桜と騎士の希少なスマイル(ギル桜)


人間設定でギルと桜の話。
こないだのワンドロのお題のスマイルを私なりに書いてみたかった。



これは難しい。非常に難しい任務だ。
俺は長年苦楽を共にしてきた愛機を握り直した。
汗ばんだ左手で愛機を構える。
もはや俺の一部と言っていいほど親しくなった小さな相棒は、俺の勇姿をその黒く愛らしい瞳で見守っている。
ターゲットを補足。ターゲットは友人と親しげに談笑している。
今の所此方に気づいた様子はない。
じわりじわりと距離を詰める。
ターゲットに依然変化なし。

……イケる!!

俺は確信した。この一週間、奴には何度も煮え湯を飲まされて来たが、この苦しい戦いも今日で終わりだ。
俺は逸る気持ちを抑えながら歩を進める。
俺は俺の腕前と愛機の凄さを信じている。だが、俺が今狙っているのは十万の兵を持ってしても仕留める事の叶わない猛将だ。ヤツの強さは並大抵のものではない事を俺はこの一週間で悔しいほど思い知らされた。
今度こそはヤツを倒す。その為には万全を期すべきだろう。

愛機の射程圏内にヤツを確実に捉えるにはあともう少し距離を詰める必要がある。

一歩。また一歩。
息を殺してじりじりと距離を詰める。自分の鼓動が耳元で大きく響いている。

あと一歩。あと一歩で俺のフィールドだ。

俺が口角を上げたその瞬間、ターゲットはそれまで話し相手となっていた友人に向かい頭をぺこりと下げた。
そしてクルリと俺のほうへ向き直ると、そのままつかつかと此方へ歩いてくるではないか。

マズい、しくったか。

しかし完璧でカッコいい俺はこんな事では動じない。こんな事もあろうかと、身を隠すのに最適な道具を持ってターゲットを追っていたのだ。
俺はこれまでずっと苦労して運んできた空のゴミ箱に身を投じた。
円柱型で、蓋つきの青いゴミ箱だ。たしか名前はポリ……なんとかといったか。
いくら空とは言え、人一人が身を隠せるサイズの箱である為、さすがに音を出さずに迅速に運ぶのには苦労したが、遂にその苦労が報われる時が来たらしい。

ケセセ、流石俺様だぜ!
俺は素晴らしく天才的な自分を褒め称えたかったが、しかしターゲットから隠れる為にも我慢し心の中で盛大なファンファーレを鳴らすに止めた。

しかし、ターゲットは俺の予想を遥かに上回る知略の持ち主だ。


俺が身を隠すのに使っていたゴミ箱の蓋を取ると、ヤツは眉間に皺を寄せてため息を吐いたのだった。

……まったく、何がしたいんですか貴方は」

バレてしまったからには仕方ない。俺はゴミ箱に体を埋めたまま、愛機のスマートフォン(ブルートガングと名付けた、俺様に似て超カッコいいスマフォだ)をまっすぐ掲げて言い放った。

「笑顔撮らせろ!!」

理解に苦しむ、という顔をされるが俺は気にせずそのままゴミ箱から這い出た。

事の発端は一週間前。いつもの悪友面子でふざけ合ってゲームをしていた所、神の悪戯かはたまた俺の格好良さに嫉妬した悪魔の逆襲か、よりによってこの俺が敗北してしまったのだ。
ゲームには罰ゲームが付き物だ。しかし、問題はこの罰ゲームだった。

『本田桜の笑顔を撮ってこい』という内容だったのだ。

他の女ならばいざ知らず、この本田桜という女は中々の強敵だ。何せ、ヤツの幼馴染みや兄弟分に聞いても、笑った所を見た事が片手で数えるほどしかないのだ。兄の本田菊も表情の読めないヤツだが、桜はさらにその上を行く。
そんな彼女の通り名は『無表情美人』。決して悪くはない見た目の癖に(まあ俺の好みではないが)まるで笑わないならそう揶揄されても仕方ない。

俺は意気揚々とヤツの笑顔を撮って収めようとしたが、見事に失敗。それどころか面倒臭がった桜はあろう事か俺に営業スマイルを向けると『これでノルマは達成ですね、では撮影お願いします』と言い放ったのだ。
件の悪友共は『これも笑顔には違いない』と任務に敗れた俺を爆笑し、この件は奴らの中では終わった事になった。だが、ここで引くことが出来るはずもない。
こうなればなんとしてでも俺自身の手でヤツの心からの笑顔を引っ張り出してやらなければ男が廃るというもの。

「廃らないですし迷惑ですので勘弁してください」

本田桜がキッパリと言い放った。最近八橋とやらは品切れ中らしい。

……というか、俺の心を読むとは、さては噂通りニンジャなのか!?

「言っときますけど声に全部出てますからね?あと笑顔の為とか言って付きまとわれたり四六時中突拍子もないことしようとされれば八橋もなくなります。」

この一週間、桜が今何時でしょう、と時計を探すたびにすかさず『親父』と告げたのが地味に効いてるらしい。爆笑間違いなしのネタだったはずなのだが。最高のギャグだとはおもわんかね?

「貴方はどこのム◯カ大佐ですか。あと正直そのギャグ寒いです。」

俺の崇高なるジョークを馬鹿にするとは、天罰が降るぜ?

「崇高なるジョークってなんですか……それにしても。」

米神を押さえてため息を吐いていた桜は、そこで言葉を区切りゴミ箱を見やった。
……なつかしいですねこの手のゴミ箱。私が若い頃に普及したんですよ、これ。」

この女が若い頃というと……そうか300年ほど前か。

「そこまでおばあさんじゃないです。これ、オリンピックの時に整備されたものなんですよ。」

そう言ってつらつらとそのゴミ箱に関するエピソードを聞いてもいないのに語り出す。俺はあまり興味がなかったが遮らず話に聴き入っていた。
遮らなかったのはなにもヤツの語りがうまかったからとかゴミ箱に興味が湧いたとかそんな理由ではない。ただ、何処と無くヤツの表情が昔を心から懐かしむような、大切な思い出を孫に語るような目に見えたのだ。邪魔するのは気がひけるというものである。

……いやしかし、こいつの言う「若い頃」という表現が気にかかる。そのゴミ箱が設置されたオリンピックとは半世紀以上前のものではなかったか……
いったいいくつなんだこの女。

……そりゃ今でも売ってますし必要とあれば取り寄せれるでしょうけど、最近はなかなか見かけなくなりましたから。どこから持ってきたんですか?」

子供のような無邪気な目でそう尋ねられては、素直に答える以外ない。

「菊が売ってくれたんだよ。お前の尾行と任務のサポートに最適の秘密兵器だーって。」

一瞬きょとん、とした桜は、直後ぷすっと吹き出した。
「ふふっ、尾行とサポートに最適の秘密兵器とか……っ!なんですかそれ絶対騙されてます…………
笑ったままの桜の言葉は途中から尻すぼみになった。
こうして任務を果たせた以上、菊は案外こうなることを予想していたに違いない。
「ケセセ、いいスマイルをごちそーさん!ぶすっと無表情で居るよりそうやって笑ってたほうがお前にはお似合いだぜ!!」
あばよ、と愛機のスマートフォンを掲げてお別れのポーズを取ると俺は駆け出した。せっかくの戦利品だ。消せとかなんとかいわれるのは嫌だし、 フランシスたちに自慢するまではこの写真は意地でも守りきる。
数テンポ遅れて我に返った桜の抗議の声など無視し俺は逃げながら告げる。
「そうやって笑顔でいたほうが似合うし周りの奴らもほっとかないぜ!!まぁ、俺様の魅力に比べれば劣るがな!!」

無表情さから『なに考えてるかわからない』と敬遠されがちな桜は、もっと表情を表に出すべきだ。そうすれば、意外ととっつき易くからかいがいのあるいいヤツだと周囲にもわかるだろう。笑顔の写真の礼に人付き合いが苦手らしい桜へ、世界一人気者な俺様からのアドバイスだ。
そうおもっての何気ない一言だったので、それきり桜からの反論もなにも聴こえずそれどころか桜が追いかけてくる様子も見えないのが些か不思議だった。
しかしこれは逆に都合がいい。俺はフランシスたちへ自慢する為いそいそと奴等の居そうな場所へむかった。

本田桜が真っ赤になりながらそのまま数時間硬直していたことは、帰宅後弟に聞かされるまで知ることはなかったのである。