望月 鏡翠
2025-02-23 14:18:50
1074文字
Public 日課
 

#1640 「熊」「家」「神」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺


 里に熊が降りてくるようになった。狩人は村の人々に頼みこまれて仕方がなく、その退治を引き受けることになった。しかし、熊の本来の生活空間である山の中に分け入っていくのは、無鉄砲だ。
 狩人よりも優秀な捕食者であるところの熊の家に正面からのこのこと尋ねて行ったら頭からぱくりと噛みつかれて、バリバリと頭から食べてしまうに違いない。
 だから、山と里の境目のあたりの木の上に監視小屋を拵えた。といっても、熊には木登りが得意なものもいるから、場所は慎重に選ばなければならない。梯子を頑丈なものにしたら、熊が入ってきてしまうだろうし、かといって縄梯子にしたら上に上がるのに時間がかかる。悠長にしている間に襲われてしまうだろう。
 狩人は重しとロープと滑車を使って、留め具を外せば自分が小屋の上に引き上げられる仕掛けを作った。ついでに熊の頭の上に重しがゴチンと落ちてくれればいいと思ったのだ。
 そうしてひとまずの拠点を整えると、食料と水を持ち込んで小屋の中にどっかりと腰を下ろした。狩人の仕事は獲物を追いかけて撃つよりも、じっとして時がくるのを待っている方がずっと長いのだ。
 だからこの仕事が終わるまでは、一週間に一度くらい補給にでてあとは監視小屋から動かないつもりでいた。
 しかし、狩人の予想に反して、さほど待つ必要はなかった。
 熊よりも先に見過ごせないものが、山へ向かっていくからだ。
 男である。山仕事をしにきたものではない。作業をする人間らしからぬ白いシャツを着て、後ろ姿はいかにも貧弱な肌の白い男だったからだ。
 狩人は仕事を邪魔されていることに腹を立てながら、男におおいと声をかけた。
 男は声の出どころを探してきょろきょろと周りを見回すが、男がいる小屋を見つけることはできなかった。だから結局狩人から迎えに行ってやらねばならなかった。
 熊に食い殺されるかもしれない場所にいたことなど知りもせず、男は呑気に狩人の作った小屋の出来栄えを誉めている。
 狩人は腹を立てながら、男を小屋に引き入れる。壊れはしなかったが不安げに大きく揺れた。
 あんなところで何をしていたのかと聞くと、男は仕事をしにきたのですと真面目そうな顔でいう。
 この辺りに悪い神が出たというので、と男は続ける。
 ここにでるのは神ではなくて、熊だ。確かに熊のことを悪い神ともいうけどな。
 狩人は親切に教えてやった。しかし男は首を横に振る。どちらが正しいかは、そのうちわかるようになるでしょう。
 思わせぶりな笑いを見せた。話し込んでいるうちに夜が近づいていた。