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夜明 奈央
2025-02-23 13:41:33
2478文字
Public
中太SS
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特別なのはひとつだけ
中太のバレンタイン事情
2025年2月14日初出
「ほい、これ」
中也から差し出された包みを見て、太宰は首を傾げた。
本日はバレンタインである。再会して、太宰がかつてのように中也の家に出入りするようになって数年。例年通りなら、中也は部下や取引先からもらった義理チョコを紙袋いっぱいに持ち帰っていた。中也は甘い物を好むわけではないが、見知った相手からの頂き物を無碍に捨てる程薄情でもない。だからそれらのほとんどは太宰の胃袋に収まるのが通例だ。
だが今年は大きく違っていた。主に、数が。
「1個だけ?」
「おう、去年『バレンタインは今年で廃止にする』って首領が宣言して。まあそういうご時世ってことだろ」
中也は大して気にした風もなく、呑気なものだ。
昔は愛の告白だなんだと言っていたバレンタインも、義理チョコ・友チョコブームを経て、今やチョコレートの祭典。完全に趣は変わっていた。催事場には連日大勢の人が詰めかけ、芋の子を洗う有様。甘い物を好む太宰は種々のチョコレートには興味があるが、とてもじゃないが現場に突撃していこうとは思えない。
そんな太宰にとって、中也から横流しされるバレンタインのチョコレートはこの時期の楽しみとなっていた。腐っても幹部。部下や取引先からの義理チョコは多種多様で、自ら戦場に赴かなくても良質なチョコレートが多数集まり、毎年この時期はチョコレートに困らなかったのに。
「何それ。っていうか去年から知ってたなら言っておいてよ」
「言ってなかったっけ?」
「言ってないよ」
中也が部屋着へと着がえるのを尻目に渡された包みを眺める。名の知れたブランドで、チョコレートとしては高級な部類に入るものだ。さぞや熾烈な戦いの成果なのであろう。とても自分で戦いに挑もうとは思わないし、例え気軽に手に入るものであったとしても同じ金額を出すなら日本酒が良い。
今まではこんなものがいくつも取引先からの献上品として上がってきていたのに、今年はこれ1個。寂しいものである。森も“バレンタイン廃止”なんてまた随分と余計なことをしてくれたものだ。
「なんで廃止になったの?」
「主には献上品チェックの人件費削減。あと女性陣から『やめたいけど自分からはやめづらい』って申し出があったらしい」
「なるほどねぇ」
森らしい合理的な理由だった。仮に今もポートマフィアにいたとして、わざわざ反対する程の熱意はない。当時であれば森への反抗心から無意味に反対した可能性は否めないが、覆すのは難しいだろう。
渡された包みを解くと、9つのトリュフが等間隔に並んでいる。口へ入れると舌の上でなめらかに溶け、ねっとりと濃厚な甘さが口の中に広がる。
例年であればきちんと計算しないと賞味期限までに食べきれないくらいの量があったのだが、今回はこの箱の中身で全てである。残り8個。一気に食べてしまうのはもったいない気がして一旦蓋をする。
「それで、これは? 廃止されたんでしょ?」
これ、と言って指し示すのは今し方渡されたトリュフの箱だ。取引先なら“廃止”と宣言した以上全て跳ね返すだろうし、部下も同じだろう。姐さんはこういったイベントを好むから個人的に渡す可能性はあるが、上が従わなければ下がやめづらいことも理解しているはずだ。となると
――
「所謂本命って奴か。今時いるんだねぇ、そんな子。君もなかなか隅に置けないじゃないか」
気づいた太宰はにやにやと揶揄いの笑みを向けた。
中也があれで結構モテることは知っている。本人には絶対言ってやらないが、顔は悪くないし金はあるし、部下への気遣いや目上の人間への礼儀も欠かさない。残念ながら長続きしているのは見たことがないが、デートのお誘いくらいは日常茶飯事のはずだ。
太宰はそれを口煩く咎めるようなことはしない。自分も遊び歩きたいというのもあるが、中也と女が長続きしない最大の原因が自分であると理解しているからだ。明らかに自分より特別扱いされている人物の存在に、大抵の女は我慢ができずに短期間で別れを告げる。それを見るのはなかなかに気分がいい。
「あー、まあ、本命みたいなもんかもな。俺から手前にだし、義理チョコってこともねぇだろ」
「
……
は?」
中也はしれっと答えると、「いらねぇなら返せよ」とトリュフの箱に手を伸ばす。それを太宰は慌てて払いのけ、中也から隠すように箱を遠ざけた。
「ちょっと! これは私にくれたんでしょ!?」
太宰の主張を聞くと、中也は満足そうに笑みを深めた。それがなんとなく勝ち誇っているみたいに見えて悔しい。むしゃくしゃするのでチョコレートをもう1つ口に入れた。甘くて美味しいが、中也からだと思えばどうにも素直に賞賛する気にならない。
「それで、一体どういう風の吹き回しなわけ?」
「どういうって別に」
太宰が誤魔化すようにじろりと睨むと、中也はわざとらしく目を逸らす。少しだけ優位に立てた気がして中也の目線の先に移動して覗き込む。
「だって今までこんなの買ってきたことなかったでしょ」
にやにやとした笑みを向けると、中也は鬱陶しそうに視線を手で振り払おうとする。
「ンなわけねぇだろ。毎年買ってたっての」
照れ臭そうにしながらもはっきりと言い放つと、逃げるようにキッチンへと消えた。
太宰はぽかんと口を開けそうになるのを堪えて中也の言葉を反芻する。
「毎年買ってた」
買って、どうしていたのだ。まさか買うだけで渡せないなんていじらしい真似をしていたのか? あの中也が? 頭の中に疑問符を飛び交わせながら、同時に今までもらったチョコレートの記憶を辿る。そういえば、毎年どうにも他と趣が違うものが混ざっていた。どうせ中也へのガチ恋勢だと思ってスルーしていたが、まさか、あれが?
盛大に揶揄ってやろうと思うのに、頬にじわじわと熱が集まってしまう。まさかバレンタイン如きでこんなに動揺させられるとは思わなかった。まだ中也が戻ってくる気配はない。それまでには熱を引かせなければ。
こんなところ、絶対に見られるわけにはいかない。
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