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ぷの
2025-02-23 09:49:00
10627文字
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レイチュリ🍰
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レイチュリワンウィーク - ネコ・ケーキ
ネコ型ロボットが家にやってくる話。
両脇を手で支えて持ち上げたそれは思いの外伸びた。無の表情がこちらを見上げている。ぱっちりと開いた赤い瞳がゆっくりと瞬きした。
「すごいね、かなり実物っぽい」
「現時点で技術開発部が持っている最高の技が結集している。プロジェクトが立ち上がってから日々自発的にアイデアと資材が持ち寄られた結果、驚くべき速度でここまで完成した。なぜ他の研究にもこの情熱を傾けられないのかと頭が痛いが」
「トパーズなら言うだろうね、『ネコは特別なんだよ』ってさ。用途は?」
「いくつか。基礎ができたらカスタマイズのフェーズに入る」
アベンチュリンは今、ネコと会話している。正確には、技術開発部が作ったネコ型ロボットを操縦しているレイシオと話している。
本日レイシオは急にアベンチュリンの家に泊まらせてくれと言いだした。珍しく定時で上がれた幸運の理由に納得して、アベンチュリンは快諾した。
家に来たレイシオが旅行鞄からネコ型ロボットをずるりと引っ張り出したとき、まるで本物に見えて、生き物をなんてところに入れてるんだとギョッとした。創造物たちは揃ってサーッと逃げて、尻尾を膨らませて物陰から遠巻きに見ていた。あの子たちの優れた感覚で生物ではないとすぐにわかったようだけど、人の耳では捉えにくい微かな駆動音と、空冷を兼ねた呼吸のようなお腹の収縮を不気味に感じたらしい。わけのわからないものを持ってきたと、レイシオはしばらく文句を言われていた。
今は和解して、創造物たちは落ち着いている。ただ、どうしてもロボットの音が苦手なようだ。リビングに一緒にいるものの、手を出してしまわないように距離をとって渋い顔をしている。これこそがレイシオが試したかったことらしい。人間以外の生物から見たネコ型ロボットがどんな存在なのか、まずは聞き取りができる創造物たちで確認したかったそうだ。
「レイシオのためにおなじへやにいてあげてるんだよ」
「ねえ、それいつまでおうちにあるの?」
「いっぱいがまんしたらおやつくれる?」
嫌がりながらもレイシオに頼られるのは満更でもない三匹は、離れたところからみゃあみゃあと鳴いた。「にゃあ」と録音らしき音声で一声鳴いたネコ型ロボットは、レイシオが仕事部屋から遠隔操作している。その一声を聞いて、創造物以外の鳴き声は共感覚ビーコンで翻訳されないんだな、と改めて思った。創造物たちの声とネコの鳴き声はとても似ている。どうやって仕分けているのか不思議だ。
「すまない、それほど音が不快だとは想像していなかった。明日の朝には解決するが、今日は耐えてくれ。もちろん報酬を用意している」
創造物たちの方にネコの顔を向けて、レイシオは言った。美味しいご飯か、おやつか、楽しいおもちゃか。報酬の一言で三匹は色めき立った。すすすとロボットの方に寄ってきて、なんでもしてあげるよとニコニコしている。現金でとても可愛い。
「君も改善点を挙げてくれると助かる。メモは取るが、ここでのログは全て消去するから安心してほしい」
今度はアベンチュリンの方を向いて、赤い瞳がじっと見つめてくる。アルビノのような鮮やかな血の色だ。
「いいよ。僕はこの子の後継機に仕事でお世話になるかもしれないしね」
改めて試作機を見てみよう。技術開発部の粋を集めた本物志向のネコ型ロボットである。ボディのシルエットを隠す毛足の長いふかふかの人工毛皮は真っ白、一本一本が細く密で、手触りまで驚くほどリアルだ。体は温かく、皮膚の向こうに人工筋肉と骨格を感じる。艶やかな瞳は高精細の小型ディスプレイで、角膜も綺麗に表現されている。瞳孔の奥はカメラレンズのはずだけれど、パッと見ではわからない。瞬きも自然だ。口を開くと牙とざらりとした舌が見える。果たして、かけられた費用やいかに。
脇を掴まれて伸びている前足の肉球をよく見ようと顔を近づけたら、ポップコーンのようないい匂いがした。
「謎のこだわり」
「何度却下しても、初号試作機だけは許してくれと譲らない者がいてな
……
」
愛玩用ならともかく、斥候や潜入に使うなら体臭は邪魔でしかない。けれど、こういう一見無駄なことが別のアイデアに繋がったりする。試作なら思いつきを色々やってみる方がいいとアベンチュリンは思う。
はあ、と小さな口内のスピーカーからため息が漏れて、レイシオの呆れている顔の幻覚が見えた気がした。ぺそりと寝た耳に細めた目、口の動きにつられて角度を変えるヒゲ。ロボットだというのになかなか表情豊かである。
「最大の問題はサイズだ。小型化を検討してはいるが絞りきれない」
「今は大型の品種くらいあるもんね」
「半分ほどにするのが当面の目標だ。現在の重量は七キロ超、持ち運ぶには少々重い。それに、足音を殺しきれないと担当者が嘆いている」
「ふふっ、楽しそうだねえ」
「僕は頭が痛いと言ったんだが」
「楽しいだろ」
「
……
たまには毛色の違うことをするのも悪くない」
どんどん周りからアイデアや意見が集まる推進力がある案件は、きっと刺激が多くて楽しいはずだ。息抜きのつもりで参加して、プライベートにテストを持ち込むほどのめり込むくらいに。
持ち上げていた体を下ろすと、ロボットは胸元を舐める仕草をした。操縦の待機中はAIが判断して色々な仕草を実行し、棒立ちにならないよう工夫されている。
「毛色といえば、この子はどうしてこの色なんだい?」
「特に意味はない。メンバーの誰かが見てみたかった色だろう」
そう答えて、ネコが目を閉じる。再びゆっくり開いた瞳は、落ち着いた金色になっていた。そして体毛も、水鉢に墨を落としたようにスッと深みのあるグレーに変化した。
「ぼくたちとおなじだ」
「おそろいだね」
「きょうだいができたみたい」
姿を変えたネコは、三匹の頭を順繰りに前足でポンポンと軽く叩いた。その瞬間の顔は、我が子への慈愛に満ちているように見えた。人間の脳ってやつは、まったく都合良くできている。
同じ色になって親しみがわいたのか、創造物たちはネコ型ロボットに懐いた。不快だった駆動音にもすっかり慣れたらしい。ひいき目で気にならなくなったのか、それとも創造物たちの順応性が高いのか。聞いてみると、「いつのまにかへいきになってた」と不思議そうに顔を傾けた。
創造物たちとロボットが折り合えたのなら、ちょっと仕事部屋にお邪魔して横で操縦を眺めてこようかな。そう思ったのだけれど、誤ってロボットが家のものを壊したり創造物たちが怪我をしないよう、そばで見守っていてほしいとレイシオに頼まれた。手土産にデリの軽食を買ってきたのは、見守りの対価だったらしい。食事のときくらい休憩してもいいだろうに、レイシオは仕事部屋で食べるという。仕方なく、アベンチュリンはリビングで一人もそもそと食べた。一緒に食べたいというわがままで仕事の邪魔はできない。
人間では入れないところに案内したり、お気に入りのおもちゃやベッドを貸してあげたり、もちもちころんころんとじゃれあったり。四匹はリビングの中で飽きもせず仲良く遊んでいる。アベンチュリンはその光景にチラチラと目をやり、ぼちぼち写真や動画を撮り、あとは読書をしたりして時間を潰した。ときどき創造物たちが興奮してやりすぎるのか、「舐めるな」「爪を出すな」と言い聞かせる声が聞こえる。三匹に混ざってもみくちゃにされているのがレイシオだと思うと面白い。いつもは軽くいなすのに、体格が近くなってはさすがに手こずるようだ。
どう操縦しているのか、ネコの重たい体は案外身軽で器用だ。高いところに飛び乗るのも、飛び降りるのも、狭い足場を歩くのも、伸び上がって棚の扉を開けるのも、ひょいと苦もなくやってのける。体が大きくて隙間に入るのは苦手だけれど、小柄な個体より高いところに届くのはメリットだ。体色の変化という迷彩があるから、身を隠す手段は幅広く考えられる。足音が大きい以外は、実用を検討するところまで完成しているように見えた。小型化できるようになったら、サイズ違いで複数作ってもらってもいい。一体を作るのにかかるコスト次第ではあるけれど。
レイシオに断ってアベンチュリンがシャワーを浴びて戻っても、まだ四匹はじゃれていた。
「きみたち、そろそろ寝る時間だよ」
日付変更線を越えた時計を指差して声をかけたアベンチュリンに、創造物たちは三様のびっくりした顔を向けた。普段よりずっと夜更かししている。ネコだけはやっと終わりかという顔をしているように見えた。たぶん当たらずとも遠からず。
「ぜんぜんねむくないよ」
「まだあそびたい」
「あとすこしだけ」
「だーめ、寝なさい」
楽しかったところに水を差されてしょげてしまった子たちを両手を広げて呼ぶ。
「おいで、今日は特別にベッドに運んであげる」
レイシオが来ているから、創造物たちの今日の寝床はリビングのケージの中だ。いつもならアベンチュリンと離れて眠ることが不満そうなのに、今日は遊び相手と離れるのを惜しんでいる。妬けるじゃないか。ジト目でネコを見ると、ぷいっとそっぽを向かれた。仕草が人間くさい。改善の余地あり。
「ほら、こっちだ」
レイシオが先導してケージに入り、中から呼ぶ。ほよほよと力なく跳ねてアベンチュリンの腕の中でおやすみの挨拶をした三匹は、運ばれるまでもなく自らケージに入って各自のベッドに収まった。ベッドに落ち着いてみたら眠気がやってきたらしく、ほわりとあくびをしてむにゃむにゃと口を動かしている。
「君もそこで寝るのかい?」
ネコに声をかけたアベンチュリンに、ふるふると顔を横に振って答えたのは創造物たちだった。
「いっしょにいたらねむれない」
「そとにでて」
「アベンチュリンにおやすみなさいして」
「誰かにそっくりな言い様だな」
「へえ、どこの誰だろうね。君は僕とおいで、異分子のネコちゃん」
再び両手を広げたアベンチュリンに、ネコはきゅうっと目を細めた。スタスタとケージから出てきて、床についたアベンチュリンの膝に前足をかけた。
ネコが目を閉じる。再びゆっくり開いた瞳は、葡萄酒の水面に金の輪が浮かぶ、アベンチュリンがこの世で最も美しいと思う色になっていた。そして体毛も、スッと夜空の色に変化した。
アベンチュリンはやたらしっくりくる姿になったネコを抱いて立ち上がった。重たい。レイシオの頭を抱えているみたいだ。彼の髪質とは違うもふもふの柔らかい毛に顔を埋めて、すうっと息を吸い込んだ。
「やあ、レイシオ。ふふっ、君、甘いお菓子の匂いになってるよ」
「嗅覚はまだ実装していない」
「そうなんだ。なら早く実物を確かめにおいで。ベッドを半分空けて待ってるからさ」
アベンチュリンの誘いに答えるように、ネコは腕の中で唐突に眠りに落ちた。脱け殻になったスリープモードのロボットは、温もりこそあれど命を感じない。不思議だ。肉体って、魂って、なんだろう。ついさっきまでレイシオを抱いている気でいたのに、色味はレイシオでも、もう彼のようには思えない。
寝室に運んで、ベッドの上にロボットを寝かせた。スリープモードでもAIは仕事をして、もそもそと身動ぎしてくるりと丸くなった。その姿を見て、少し考えてから寝室の内鍵をかけた。
ベッドの半分に横向きに寝て、ロボットの真似をして膝を抱えて丸くなる。丸めたお腹にロボットを抱き込んで、毛皮に額を寄せた。スリープモードではさほど排熱がないからか、お腹が動いていない。寂しいから常に動かしてくれるよう頼もう。無駄な機能だとレイシオが渋っても、喜んで付け加えてくれるメンバーがいるはずだ。
レイシオはたぶん今シャワーを浴びている。アベンチュリンの家にもう何度も泊まりに来ていて、家のものを断りなく使うのを許している。鍵のかかったところは開けない、ルールはそれだけ。彼用の着替えや消耗品があちこちに置いてあるし、家の中で勝手にされて困るものはそうない。創造物たちと、寝室のクローゼットの金庫の中身くらいだ。
とっとと出てこい。創造物たちにレイシオを独占されて放っておかれたアベンチュリンは、実はけっこう拗ねている。ロボットのテストなんて泊まりに来る口実だと思っていた。ところが、ネコをリビングに置いて本人は仕事部屋にこもってしまった。これで良いデータが取れてなかったらどうしてくれようか。それに、朝には音問題を解決すると言っていたから、ロボットをラボに戻しに行くんだろう。週末だというのに、明日合う約束をしていたはずなのに、泊まっていくだけで朝にはいなくなる。用が済んだら戻ってくると思いたいけど、今日の放置ぶりでは自信をなくす。
いやいや、今日は理想的なテスト環境を求めて来たのであって、約束を前倒しにして遊びに来たわけじゃない。元の約束より長く一緒にいられると期待したアベンチュリンが、勝手に浮かれて勝手に落ち込んでるだけだ。
何も掛けずに寝転がっているから体が冷えていく。お腹の温もりは、体を温めるのにも心を慰めるのにも足りない。この状態は寂しさが体の上に降り積もっていくようでよろしくない。
思えば贅沢になったものだ。片想いでいいと思っていた頃なんて、同じ空間にいるだけで喜んでいたじゃないか。それがどうだ、同じ屋根の下にいてたった数時間ほったらかしにされただけで拗ねてふて寝している。バカバカしい、近くにいられる貴重な時間を楽しく過ごせよ。創造物たちと遊んでくれたことに感謝しこそすれ、つまらない意地悪をするのは筋が通らない。
ルールを破って鍵を開けて機嫌を取ってほしいなんて、わがままで面倒だと呆れるだろう。もう遅い時間だし、明日も予定があるのなら、アベンチュリンなど放ってリビングのソファで寝る方が合理的だ。今日はもうさんざん放置したから、今さら機嫌を取っても取らなくても変わらない。次に会うまでには不機嫌なんてどこかに消える。いつまでも根に持つようなことじゃない。
ぐるぐると考えるうちに、思いつきで鍵を掛けたことを後悔してきた。やっぱり開けようと思ったタイミングで、寝室のドアがノックされた。
「入るぞ」
しかし、施錠されたノブは回らない。アベンチュリンの心臓が騒ぎ出す。身動きが取れないまま、ドアの向こうのレイシオの気配を全神経を尖らせて探る。溜め息は聞きたくない。おやすみの一言も、行ってしまう足音も。それでも、耳をそばだてずにはいられない。
レイシオは立ち去らなかった。なのに、お腹に抱いたロボットが体を起こした。アベンチュリンの懐からするりと抜け出して、振り返って赤い瞳でこちらを見た。レイシオの目だ。仕事部屋からしか動かせないんじゃないのか? ロボットを運んできた旅行鞄がパンパンだったから、操縦にいろんな機材が必要なのだと思っていた。だからずっと一人で仕事部屋にこもっていたのだと。ネコはふいっと顔を背けると足音を立ててベッドを降りて、あっさりと鍵を開けてしまった。ベッドの上には戻ってこなかった。
寝室のドアが開く。数時間ぶりに本物のレイシオと目が合う。ざわざわとうるさい心臓に邪魔されて、言葉が喉につっかえた。はくりと口を動かしたアベンチュリンの目から、ぽろりと水滴が落ちた。レイシオは目を見開いて、大股でベッドまでやってきた。手に持っていた荷物をベッドの上に置いて、アベンチュリンの横に座る。
「どうした、体調が悪いのか?」
大きな手が涙を拭い、額に触れ、生え際を辿って首筋に触れた。そして、確かめ終わるとホッと息をついた。
「冷えているな。起こすぞ」
枕をクッション代わりに当てられて座らされた。上掛けで足をくるまれて、冷えた腕を温かな手のひらが撫でさする。優しくされて強張りの解けた喉で、今度こそ鍵をかけたことを謝ろうと思ったのに、口をついて出たのは全然別の可愛くない言葉だった。
「出てって。一緒にいたら眠れない」
言ったそばから泣きたくなった。めんどくさい。自分で自分がものすごくめんどくさい! 今日はダメな日だ。レイシオを家に呼ぶんじゃなかった。レイシオが来なければこんな風にはならなかっただろうというのは置いといて。
ところが、レイシオはまるで堪えていなかった。
「ベッドを半分空けてあるということは、どこかの誰かは僕を待っていてくれたんだろう。それに、眠れないのは好都合だ」
アベンチュリンの隣に胡座をかき、持ってきた荷物を膝に乗せる。キッチンにあるはずのトレーだ。レイシオがトレーに被せた紙のナフキンを取り払う。小さなケースに入ったカットケーキが一つ表れた。夕食のデリのお店のものだ。それから、手のひらより小さな瓶が一つ。
「アイスケーキだ。君に黙って冷凍庫を借りた。それから、明日の食事の下ごしらえをしたくてキッチンも借りた」
「いつの間に
……
」
「ロボットの見守りは、準備が終わるまで君をリビングに足止めする口実だった。あの子らを朝までぐっすり眠らせるための運動も兼ねて」
レイシオはケーキのケースを開けた。蓋を取った容器はそのまま食べられるように深皿になっている。続いて小瓶の口を切り、中の液体をケーキにかけた。甘酸っぱい果物とアルコールの香りが立ち上る。
「ブルーベリーのリキュール?」
「付属のジャムは君には甘すぎるだろうから、代わりに用意した」
スプーンで掬ったアイスケーキを口に運ばれた。甘くて酸っぱくて冷たい。濃厚なクリームチーズの後味を感じながら飲み込んだら、おかわりがやってきた。次々と勧められるままに無言で食べる。アベンチュリンは感想もお礼も言わないのに、レイシオはなぜか楽しそうだ。結局自分は一口も食べずに、全部アベンチュリンの口に入れてしまった。用が済んだトレーをサイドテーブルに置いて、アベンチュリンをゆったりと抱きしめた。
「誕生日おめでとう」
それを聞いて、アベンチュリンは思わず吹き出した。体を温められて、種明かしをされて、糖分を詰め込まれて、寂しかった気持ちはアイスと一緒に溶けて消えていた。最後に残った気まずさまでおかしな台詞で片づけられて、すっかり元通りだ。
「どうして君が言うんだよ、君の誕生日だろ!」
「自分へのプレゼントを今堪能しているところだ」
「これじゃ僕の立つ瀬がない」
「明日
――
日付が変わったからもう今日だ。今日の君は、僕の希望を叶えてくれるためにいる」
何を言ってるんだと思う。でもレイシオは本気だ。とても満足そうに腕の中のアベンチュリンに次々とキスを落としている。これが希望だなんて、どっちの誕生日祝いだかわかりゃしない。
「僕だって準備してた。君を家に招待する約束だから食材を用意したし」
「悪いがほとんど使った」
「ケーキだって注文したし」
「一緒に取りに行こう」
「プレゼントもあるんだ。言っておくけど、自分にリボンをかけたりはしないからな」
レイシオは黙って口の端を上げた。何を想像しているのかな、食いつくのやめろ。
「サプライズをされるのは嫌いだ」
「わかった、もうしない」
つむじに、こめかみに、瞼に、鼻筋に、頬骨に、さっきの涙の跡に。話しかけるアベンチュリンに答えながら唇を押し当てる。
「朝になったら帰る?」
「帰るものか。ロボットを戻すのは週明けだ。主電源を落とせばあの子らを不快にさせる音も止まる。その必要はなさそうだが」
なんてこった、アベンチュリンが早合点して寂しくなっていただけだった。本当にいたたまれない。
「そっか
……
ごめんね」
つるりと謝罪が口をついて出た。こんな簡単なことがどうしてさっきはできなかったのやら。
「意外な一面を見られて収穫だった。むしろ僕の勝手を知ったら腹を立てると思っていた」
「それは明日にする」
日付が変わるまで、レイシオが何をしても許すと決めた。大切な人の誕生日を無粋に過ごすなんてもってのほかだ。誕生日プレゼントにご指名されたからには、どんな希望でも叶えたい。
「プレゼントの僕は何をしたらいい?」
そう尋ねた瞬間のレイシオの顔といったら。落ち着きを取り戻していた心臓が縮み上がる。そういえば、あの子たちを朝までぐっすり眠らせるために疲れさせたと言ってたな。朝って何時だ。今から、ずっと?
「ではまず、」
押し潰すようにのし掛かられながら耳に吹き込まれた言葉に、アベンチュリンは小さく悲鳴を上げた。その鳴き声はすぐにレイシオに飲まれた。それから朝までレイシオが望む言葉以外はろくに口から出させてもらえずに、残りは頭の中でぐるぐると反響し続けた。
カリカリと何かを爪で引っ掻く音でアベンチュリンは目を覚ました。瞼が重すぎる。保冷剤を入れたアイマスクをつけられているせいじゃない。たくさん泣いたからだ。
ベッドの上にボスンと何かが乗った。ふわふわの前足にアイマスクをずらされて、眩しさに目を細めた。
「おはよう」
「おはよ
……
」
レイシオの色味のネコが覗き込んできて、肉球をアベンチュリンの首に押し当てた。温度感知センサーがあるんだろう。振動もわかるのかもしれない。
「お菓子たちがこれを呼んでいるので寝室から出す。開けるぞ」
「うん」
寝室のドアが開いて、ネコがベッドから飛び下りて出ていった。部屋の外で三匹がみゃあみゃあとはしゃいでいる。
「おはよう!」
「まだかえらないで」
「いっしょにあそぼう」
最初は毛嫌いして物扱いだったのに、今はまるで友達みたいだ。こんなに懐いていたら、レイシオが連れて帰るときに泣くかもしれない。あの子たちがどんなに賢く大人びているところがあったって、お別れは悲しいものだ。次に会う約束をできないのだから、なおさら。
入れ替わりにレイシオが入ってきて、ドアが閉じられた。アベンチュリンが横になったまま顔だけ向けると、伸ばされた指先が輪郭を辿って顔にかかる髪を払った。そのまま顎の下をくすぐられる。ひひひと笑ったら、変な声を出すなと鼻をつままれた。
体を起こされて水をもらい、人心地がついた。時間を尋ねると、まもなく昼だと言う。そこそこ寝た気がするのに疲れは全然取れていない。レイシオにぐにゃりともたれかかって全体重を預けた。
「何もしたくないしできる気がしない
……
」
「それは好都合」
「楽しそうだねえ」
「ああ、心から楽しんでいる」
溌剌とした様子は、とても一睡もしていないとは思えない。アベンチュリンが寝こけている間に、アベンチュリンとベッドを綺麗にして、創造物たちの世話をして、きっと料理の仕上げもしていたんだろう。レイシオから美味しそうな匂いがする。まるでロボットみたいじゃないか、なんだその無限の体力と処理能力。
そういえば、レイシオはメガネ型のデバイスと片耳のヘッドセットをつけていて、時折目線をきょろきょろと動かしている。
「それで操縦してるの?」
「ああ。内側のセンサーで脳波を拾う」
ヘッドセットのバンドを指先でコツコツと叩いた。と思ったらマイクのミュートを解除して、「齧るな」と一言吹き込んだ。
「あっちとこっちで頭がごちゃごちゃにならないかい?」
「慣れだな。そうだ、この脳波を使うコントローラーはまだ公開するつもりがないから黙っていてくれ。ネコ型ロボットを試験運用するときはダミーのコントローラーを手に持ってカムフラージュする」
どうしてそんな面倒を。ぱちくりと瞬きしたアベンチュリンは、数秒後に理解した。
「あ、特許」
レイシオが頷く。アベンチュリンの案件だ。とある会社が独自に作り出した高精度の脳波計と動作制御プログラムの特許を手に入れるため、オーナーを引っかけて借金を負わせたのだった。予定通り担保になっている会社を手に入れれば、特許使用料を払わずに済む。それまで伏せておこうというのだ。
アベンチュリンがその会社を買収せずに回りくどい手段を使ったのは、オーナーが気にくわなかったからだ。なんと、今回欲しい特許とは別件で、特許権の侵害でレイシオと係争中なのである。もちろん、侵害されたのはレイシオの方。これも会社が手に入れば片が付く。
「情報が漏れる前に頼む」
「任せて、さくっと取り上げてくる。当てにされて嬉しいよ。君がこの手の見切り発車をする日が来るとはね」
「誰の影響だろうな」
アベンチュリンはくふっと笑った。お役に立てるなら喜んで腕を振るおう。レイシオの楽しいお仕事にアベンチュリンも関わっているとは思わなかった。途端にネコ型ロボットに愛着がわいてくるのだから、現金なものだ。
「さて、目は覚めたようだな。昼食にしよう」
レイシオがアベンチュリンを抱えようと手を伸ばしてきたので断った。家の中を抱っこで移動は恥ずかしい。が、両手を突いて上半身を起こしたら想像以上に体が重かった。あれ、これはダメかもしれない。
「立てるか?」
そう問いかけたレイシオは、副音声で諦めろと言っている。その通り、下半身にぐっと力を入れたつもりが、まるで言うことを聞かなかった。酷使された筋肉がストライキを起こしている。
レイシオを見る。それはそれは楽しそうに笑っている。思い出した、今日のアベンチュリンはレイシオの希望を叶える生き物なのだった。
「無理、立てない。あーあ、お腹がすいたなあ」
「満点だ」
世話を焼きたがりのレイシオは、力が入らずネコのようぐにゃぐにゃのアベンチュリンを軽々と縦に抱き上げた。
「歯磨きしたら腕の力も使い果たしちゃうだろうな~」
「プレゼントの役をよくわかっている」
くつくつと笑う振動が首筋にくっつけた頬に伝わってくる。いたずら心であーんと口を開けたところで、レイシオに耳元で囁かれた。
「齧るな」
それは創造物たちに向けていた言葉と同じなのにやけに甘く響いて、アベンチュリンの頭をふにゃふにゃにとろかした。
アベンチュリンを声ひとつで操縦してみせたレイシオは、両手を使わずに寝室のドアを開けて、「家にあってもいいな」と上機嫌で呟いた。
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