タキ先輩のイメージカラーと言えば、誰もが思い浮かべるのは、きっと髪色と同じ赤じゃないだろうか。けれどもう一つ挙げるとするならば、元気いっぱいでフレッシュなオレンジ色も、実にタキ先輩らしい色だと思う。
誕生日にオリヴァーたちと選んだ花束に使われていたオレンジ色のガーベラも、本当によく似合っていた。
だからだろうか。愛の日に特別寮のみんなに日頃の感謝を込めてチョコレートを贈るのだと意気込むアムルに便乗して、私もタキ先輩にチョコレートを贈ろうと決めたとき、真っ先に浮かんだのはオレンジ色のオランジェットだった。
砂糖漬けにしたオレンジの輪切りをチョコレートでコーティングしたオランジェットは、甘すぎず気負いすぎず、お世話になっている先輩への贈り物としてはうってつけの品だろう。
言葉にして気持ちを伝えるにはまだ勇気が足りない、今の私の精いっぱい。それが、想いを込めてタキ先輩のためだけに作ったオランジェットだった。
※
アムルに教わりながら作ったオランジェットは、見た目よく仕上がったものだけを数枚厳選して、特別寮のみんなに渡すチョコチップクッキーとは別に、深緑色の小箱に入れてラッピングした。
傾かないよう水平に丁寧に、こっそり紙袋に入れて部屋へ持ち帰ろうとしたところで、ちょうどどこかへ出かけるらしいタキ先輩とばったり廊下で出くわした。
「あ、タキ先輩!」
「おっ、レイは今帰りか? 俺は今から出るとこ!」
「はい、あ、あのっ……出掛けにすみません。これ、よかったらどうぞ!」
同じ寮で生活していても、顔を合わせない日が続くことも少なくないタキ先輩と、約束もなしに偶然出会えたのは、奇跡かもしれない。
降って湧いたようなチャンスに背中を押され、私は呼び止めた先輩の胸へ押し付けるように、チョコレートの入った紙袋を差し出した。
「ん? 何だこれ?」
「あ、えっと、いつもお土産もらったり、お世話になってるので……! 感謝のしるし、です!」
「……感謝の?」
「は、はいっ! あの、愛の日に、お世話になった人にチョコレートを渡す地域もあるって聞いて、その……」
突然渡された紙袋に目を丸くしながらも、タキ先輩は中に入っていた小箱を取り出してまじまじと眺める。
何か、おかしなところがあるのだろうか。ラッピングは華美になりすぎないように、ベリルウッドらしい深緑色の箱にタキ先輩の髪色と同じ赤いリボンを巻いただけ。ああでも、知らず知らずのうちに気合いが入りすぎて、隠していた想いが漏れ出てたらどうしよう。
「……あー……でもこれ、全員分作るのは大変だっただろ」
愛の日のチョコレートだと告げたあと、ほんの少し空いた間に何となく引っかかりを覚えていると、わずかに眉を寄せたタキ先輩が苦笑いのような表情を浮かべて労いの言葉をかけてくれる。
「え……?」
「ん?」
「あ、の……すみません、それ、タキ先輩の……だけ、です」
でもそれは、私にとっては予想外の言葉で。とっさに取り繕うこともできず、ぽかんと開いた口からは、言うつもりのなかった本音がぽろりとこぼれ落ちてしまった。
そこからは正直、自分が何を喋ったのかはよく覚えていない。
特別寮の人たちには別に用意しているお菓子がちゃんとあること、オレンジがタキ先輩に似合うと思ったこと、今日会えてうれしかったこと。
たぶん支離滅裂だったとは思うけど、必死に言い募る私を見つめるタキ先輩の表情が、少しずつゆるんでいくのがわかった。
「……そっか、さんきゅ!」
そう言って、いつもの眩しい笑顔を浮かべた先輩は、おもむろに赤いリボンを解いていく。その指先が思いのほか丁寧で、ゆっくりと蓋を開ける瞬間は、思わず息を止めてしまった。
ごくりと唾を飲み込んだ私にもう一度笑って見せると、タキ先輩は手に取ったオランジェットを一枚、その場でかじる。
「一応アムル監修なんですけど……初めて作ったので、お口に合わなかったらすみません!」
「いや、美味いよ。すげぇ美味い」
「ほ、本当ですか! よかったぁ……」
もぐもぐとオランジェットを味わう姿を見つめていると、指についたチョコレートをぺろりと舐め取ったタキ先輩が、私の顔を覗き込んでにやりと笑った。
「ああ、そうだ。お返し、期待しててな」
「えっ」
「んじゃ、俺そろそろ行くわ!」
「あっ、はい、えっと……タキ先輩、行ってらっしゃい……っ!」
残りのオランジェットをステラに仕舞うと、タキ先輩は最後にわしゃわしゃと私の髪を掻き混ぜ、風のように去って行く。その後ろ姿に声を張り上げ見送ると、応えるように双剣のステラが刻まれた右手がひらひらと振られる。
ここへ戻ってくるのは、きっと数日先になるだろう。
そのときは一番に、タキ先輩にお帰りなさいを伝えられたらいいなと思った。
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