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ミイ
2025-02-22 23:42:18
5197文字
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静なつ
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猫の日 2025
・静なつです。
・同棲開始から数年経っているイメージの2人です。
……
ん。
うち、寝とったんやろか。
何年かに一度の大寒波襲来、とのことで、出かけるなつきには厚手のコートを着せて、マフラーと手袋も着けてから見送った。閉じかけたドアから吹き込む風の冷たさに、身を震わせたものだ。
しかし、外気温は低くとも、よく晴れた今日の窓際は、ぽかぽかと温もりをたたえている。
なつきを送り出した後、一人でお昼ご飯を食べて。そのあとは日向に座椅子を持って来て本を読んでいたのだが、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。妙に高い位置にある時計を見れば、短針は三を過ぎたところ。
なつき、そろそろ帰ってくるやろか。
そう思いながら、ん、と伸びをした時。目に入ったのは、亜麻色のふわふわとした毛並みだった。我ながら触り心地が良さそうだ。しかし、上に向かって伸びをしたはずが、自分の腕は床を掴み、両方とも前に伸びているらしい。
……
腕?
……
ふわふわ?
…………
え?
まるで夢の中にいるような心地に、恐る恐る立ち上がる。
……
しかし、視界がさほど変わらない。依然として時計は高い位置にあるし、テーブルになんかは手も届きそうにない。テーブルの裏なんて、買う時も設置する時も見たことなどなかったかもしれない。
静留はいつもの倍くらいの速さで心臓を鳴らしながら、慣れているはずの部屋を、慣れない視界で歩いて行く。自分が今四つ足だということに気づいた時は、まだこの現実を受け止められる余裕はなかった。足裏から直に伝わってくる感覚も、なにやら奇妙で情報が多すぎる。
……
ちょお、不安やけど。
ぐぐっと身を屈めて、ぱっと飛び上がる。すたんっと、舞い降りたのは洗面台の上。
よかったわぁ。うまくいったみたいやね。
それは、ある違和感と可能性を確信に変えるため。静留は自分の腕、もとい前足を見つめていた顔を恐る恐るあげ、自分の姿を映し出すであろう鏡を見つめる。
「にゃあ」
思わず『うそや』と呟いても、それは「にゃあ」という鳴き声にしかならなかった。
鏡に映し出されていた自分。それは亜麻色の長毛に、ふわふわとした太い尻尾。思わず触りたくなるような毛並みに、存在感の強い紅い瞳をもった「猫」だった。
……
猫、どすな。ええ、あまりにも猫どす。
時々学園で見かける程度で、今まであまり「猫」というものに関わったことはなかったが、いざなってみると、不思議と親しみが感じられるフォルムをしている、と静留は思った。
自分の意思が反映されているのかよくわからない尻尾が、ふよふよと鏡の中で踊る。前、後ろ、右、左
……
。顔をくるくる回してひげをぴこぴこと動かしてみる。ちょっと面白くなって来て背伸びをしたり小さくなってみたり。
(
……
あかん。落ち着かんと)
ほんの少しどこかに行きかけていた理性を取り戻して正気に戻る。その勢いですたんっと床に降りてそわそわと歩き回ってみた。陽の光に照らされた自分の毛が、一房ふわりと舞い上がる。それを一瞬追いかけて、またハッとして。あんなものに心奪われるなんて自分は本当に猫になってしまったのだ
……
と頭を抱えたくなってしまった。この姿で頭を抱えるとなかなかにシュールな姿になってしまうのだが、そんなことに気づく余裕はない。
起きたら猫になっていた、なんてアニメではあるまいし。でもこんなにも感覚のある夢は、他にはないだろうし。
どうしてこうなってしまったのか原因はわからないし、どうやったら戻るかもわからない。しかし、数年前まで「高次物質化能力」とかいう超常的な力を使っていたわけなのだから、こんな非常事態を信じられないわけではない。
ま、そのうち元に戻るやろ。
持ち前の冷静さで悠長に構えながら、静留は今度は興味深く、部屋の中を見て回った。
普段は気にならない観葉植物の匂いが気になったり、いつもいるはずの部屋が初めて来た場所のように感じたり。
少しの寂しさを感じていた時。いつも聞こえるのよりも大きな音で、玄関の鍵が回った。条件反射のように体をしならせ、弾かれたように玄関に向かって走って行く。
『おかえりやす、なつき』
「
………………
ねこ?」
いつものように出迎えに行くと、文字通り目を丸くしたなつきが、自分を見つめて呆然とそこに立ち尽くしていた。
「え? どこから? 静留は? おーい、静留ー?」
『うちはここにいますえ。なつき、なつき』
名前を呼ぶも虚しく、自分の喉は「にゃーん」「にゃぁ」と人間の言葉にはならない音ばかり奏でる。いつだったか、人間のように喋る猫の動画を見たはずだ。その猫たちにできるのなら、自分にも不可能ではないだろう。
「静留、いないのか? おかしいな。靴はあったはずなのに」
『なつき、うちはここどす。なつき』
「うわっ。くすぐったいな。おまえ、一体どこから入り込んだんだ? ん?」
こんなにも熱い視線を送っているのに(いつもなら真っ赤になっているところだ)こちらを見てもらえないのが寂しくて、悔しくて。なつきの足元を八の字にくるくると回り、尻尾を纏わり付かせていればなつきはようやく、足元の自分に意識を向けてくれたらしかった。
おそるおそる、といった指先が自分の頭に触れる。ちょん、と触れたところがくすぐったかった。もっと、と頭をぐんとあげれば、なつきはニッと幼げな笑顔をこぼした。
「よし、よし
……
であってるか? あんまり猫は撫でたことがないんだが
……
」
(あかん。こん子かいらしすぎる。猫に向かってこないな顔向けるやなんて
……
どこぞの泥棒猫に連れて行かれたらかなわんわ。戻ったら無闇に猫撫でたあかん、て教えたらんと)
ぎこちない手が、静留の頭を何度も往復する。普段、なつきが静留の髪をすくのとはまた違った感覚。猫になるのも悪くない、と思っていれば、ひょい、と脇に手を入れられ、なつきの顔が大写しになった。
「
……
ふふ。綺麗な目をしてるな、おまえ。静留とお揃いだ」
そのままソファに座ったなつきの膝の上に乗せられる。ふみふみと足の位置を確認してから大人しく座っていれば、またぎこちない手がやって来て、今度は頭から背中の方まで、そーっと撫でていく。もう少し強くしても壊れたりはしないのに、と思いつつ、その優しさもくすぐったくて、静留は満足そうに目を細めていた。
「
……
そういえば、毛の色も静留と似てるな。親戚か? っていや、静留は猫じゃないもんな
……
」
真面目な顔でそんなことを言い出す恋人が可愛すぎてどうにかなりそうで。くすくすと笑い出したい静留の喉からは、ご機嫌にごろころという大きな音が鳴り出していた。
「な、なんだっ?! 怒ってるのか?」
ぱっと離れた手。驚いた拍子に、なつきの膝の上から降りてしまった。寂しさを覚えて、ソファに飛び乗り、両手を器用に使ってなつきの手を引き寄せてみた。そのまま大人しく目を閉じれば、またなつきの温かい手が自分に触れてくれる。
それがどうしようもなく落ち着いて安心できた。
……
たとえ、自分が猫になっていようと。
「
……
それにしても、静留はどこいったんだろう。まさかおまえが静留
……
ってわけはないよな」
『そうや、うちが静留どす』
にゃあにゃあと言葉を返すも
「全く。おまえは人間みたいに鳴くんだな」
変な猫だ、なんて楽しそうな声が聞こえるだけだ。このままなつきの膝の上でずっと撫でられてるのもいいが、そろそろ人間に戻りたくなって来た。だってこの体では、なつきに愛を言祝ぐことも、愛おしい恋人を抱きしめることも叶わないから。
動きを止め、どうしたら、と考えていれば、頭上からぼつぽつと言葉が降り注いできた。
「おまえは本当に静留みたいだな」
「静留はな、本当に綺麗なんだ。時々
……
驚くほど目を引き寄せられることがある。
……
恥ずかしくて本人には言えないけど」
「窓際で本を読んでたり、髪を結んだり
……
そんな一つ一つの仕草が、様になってるっていうか
……
」
「できないことなんてたぶんないし、あいつにやらせればなんでもちゃちゃっとやってしまうんだと思う。あいつにかなうやつなんてそうそういないぞ?」
「だけど、静留はかわいいとこもたくさんあるんだ」
「私が帰ってくるのを待ってくれているところ」
「私が目を覚ますと、嬉しそうに笑ってくれるとこ」
「静留の視線に気づいて振り向いたら、頬を染めて、恥ずかしそうに笑うとこ」
「みんなは静留を綺麗だというが、可愛いところもたくさんあると思うんだ」
「おまえはやっぱり静留に似ているな。綺麗だし、かわいいとこもある」
「うちの子になるか?」
……
なんやの!? そないなこと、うちには直接言ってくれへんのに、猫には言うてくれはんの?!
口下手な恋人からの褒め言葉の過剰供給により(数年分は受け取ってしまった気がする)静留の頭はパンク寸前。
どうやったら元に戻るか、なんていう冷静な思考はもうどこかに飛んでしまっていて。
不安定な足場で、ぐんと伸びをして。後ろ足で立って、前足をなつきの胸にかける。
「ちょ」
思ったよりも伸びる首をひょいと伸ばして。
静留はピンク色をした小さな鼻先を、なつきの唇に押し当てていた。
ぽふんっ!
「な、なんだっ!?」
たちまち、部屋の中が白い煙で溢れかえる。
「し、静留!?」
「
…………
」
ぼんやりとした視界の中、元に戻ったのだ、と思考のどこか遠いところで気づく。
静留は、驚くというよりもなぜか顔を真っ赤にしている恋人の胸に飛び込み、ようやく戻って来た両腕で、包みこむようにしてなつきを抱きしめた。
「ど、どういうことだ!?」
まだ混乱しているなつきをよそに、静留は両腕にぎゅうと強く力を込める。そして上目遣いに、なつきの翡翠を見つめた。
「
……
うち、かわいいん?」
「
…………
」
「綺麗やし、かいらしいって思てくれてはるん?」
「
…………
」
「なつき?」
「さ、さっき聞いただろ!」
「うち、さっきまで猫やったもん。ちゃんとうちに言っておくれやす」
「あーもう! まずは服を着てくれ! 話はそれからだ」
「あら」
猫になって見上げるなつきもいいが、やっぱり同じ目線で、見えるなつきがいい。たまにはあんな笑顔を向けられたいけれど、告白にも等しいことを猫に伝えていたことに、照れに照れて真っ赤になっているなつきも好きだ。
ぽいぽいと投げつけられた服に、しぶしぶと袖を通しながらソファに座ったままの恋人を盗み見れば、ため息をつきながらも楽しそうに笑っていた。
「不思議なこともあるもんだな」
と。
「なつき」
「なんだ? 静留」
「撫でて?」
「
……
さっき散々撫でただろ」
「さっきのうち、猫やったし」
「おまえなぁ」
口ではそう言いながらも、膝に座らせて、ゆるく抱きしめながら髪をすいてくれる恋人は、自分にだいぶ甘いのだと思う。
きゅっとくっつきながら、自分のぬくもりをなつきにうつしていれば、突然なつきが「あ」と声を漏らした。
「どないしたん? なつき」
「わかったぞ、おまえが猫になった理由が」
「え?」
「ふふん。おまえ知らなかったのか? 今日は猫の日だ」
「猫の日
……
やから、うち、猫になってしもたん?」
「そういうことだ」
「そやったら、なんで?」
「え?」
「人間が猫になるなんて聞いたことないんやけど、猫の日はみんな猫になるん?」
「
…………
そういうのは瀬能とか菊川とかが詳しいと思うぞ」
「瀬能さんに菊川さん? 今度の集まりの時聞いてみよかしら」
「いや、やっぱりやめておけ」
「なんでぇ」
「おまえの可愛いとこがみんなに知られてしまったら私が困る」
「
……
!」
「あー、写真撮っとけばよかったなぁ。あのふわふわ
……
もう触れないのかな」
自分自身に妬くというのは自分でも大概だとは思うけれど、口下手な恋人がいろいろと嬉しいことを言ってくれたのだから、今回は見逃してあげよう。
「なつき」
「なんだ? 静留」
「今夜はたくさん、かわいがってな?」
「んなっ!?」
ぼっと火がついたように赤くなる恋人。初心なところは出会った時からずっと変わらないが、そこがいい。ぎゅ、と甘えるように抱きつけば、ため息をひとつついたなつきが「反則だぞ」なんて言って抱きしめ返してくれた。
こんなに可愛らしい恋人が見れるのなら、たまには猫になるのも悪くない。そんなことを思いながら、静留はなつきの手をとり、そのぬくもりを確かめるように頬を擦り寄せたのだった。
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