雪成はす子
2025-02-22 21:59:45
3201文字
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不沈のサム

ハートのワンドロワンライ:お題「猫」
ハートの海賊団が漂流する猫を拾う話
不思議な余韻を残すお話を目指しました✨
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 その日は雲一つない快晴だった。
 久方ぶりに浮上したポーラータング号で、クルー達は洗濯物を翻しながら久方ぶりに浴びる太陽を楽しんでいた。春島近海らしいぽかぽか陽気が心地よく、真っ白なシーツをぱん! と引っ張って皺を伸ばしながらシャチは呑気な鼻歌を歌っていた。
「太陽浴びるの久しぶりだなぁ~。このままみんなで日向ぼっこしねえ?」
「いいなそれ。じゃあ洗濯モン干し終わったら酒でも持って来るか」
「って朝っぱらから飲む気かよお前!」
 なんて笑い合いながら洗ったツナギを洗濯紐に留める。そうして翻った全ての洗濯物を眺め、よし、とばかりに洗濯籠を持ち上げ――
……あれ? あそこ、なんかいねえ?」
「あそこ? ほんとだ、あれ……って」
 波間に揺られて、何かが漂流しているのが見えてシャチは足を止めた。何事かと一緒にいたペンギンも足を止め、波間に見える何かを確認する。ただの板切れかと思えば、そこに何かがくっついているようにも見えた。それが何かを確認する前に、ニャー、と小さく鳴く声がふたりの耳に届く。
「アレ猫じゃねえか⁉」
「チッ! シャチ、これ頼む!」
 持っていた洗濯籠をシャチに預け、ペンギンは海に飛び込む。波間に揺られる板切れから猫を抱き、そのまま艦へと戻った。お疲れ、とシャチがタオルをペンギンに差し出す。ペンギンの腕の中で、猫はケロッとしたまままたニャアと鳴いた。
「三毛猫って事はメスかな? しっかし美人だな~この子」
「つーか何であんな所で漂流してたんだか。……まあいいや、シャワーついでにコイツも洗うからシャチも手伝え」
 帽子を脱いで髪を絞るペンギンに、シャチは「当然!」と元気よく答えた。


……で、コイツがその猫か」
「そうです! あとコイツオスでした! ほら、見て下さいよこの立派なふぐり!」
「立派なのは分かったがわざわざ見せるんじゃねえ」
「えー! でも三毛猫のオスってすっげー珍しいんスよ!?」
「珍しいのは分かってるがそう見せびらかすモンじゃねえだろ」
 はあ、と報告を受けたローは溜息を吐く。そんなローの様子を知ってか知らずか、シャチは膝の上の猫の顎をスリスリと撫でていた。気持ち良さそうに目を細める猫は先程ペンギンとシャチの二人がかりで洗われたお陰かすっかり艶々になり、その柔らかい毛並みはとても撫で心地が良い。すっと通った鼻筋と綺麗に白黒茶のまだら模様を描く毛並み、そして吸い込まれそうなアクアマリンの瞳。細身だがしっかりとした筋肉が感じられる体に、ぴんと長い尻尾。その裏にある立派なふたつのふぐりは、確かにほぼメスしか居ない筈の三毛猫には珍しいものだった。
「それで、この猫は海の上を漂流してたって事か」
「そうですよ! 助けなかったら今頃沈んでたかもしれねえんス!」
「そうだな。……しかし、漂流するオスの三毛猫か。まさかとは思うが『不沈のサム』じゃねえよな?」
……『不沈のサム』? なんスかそれ」
 三毛猫を撫でながら、シャチが首を傾げる。
「海を漂流すると言われている伝説の猫の名前だ。その猫を乗せた船が善良な船ならその船は沈まず、その船に幸運を齎す。……が、悪しき者が乗る船であった場合はその船を沈める。そう噂されている猫だ」
「へえ。でも、俺らそもそも沈むのが前提の潜水艦ですしねえ」
「そうだな。ま、噂は噂でしかねえ。とりあえずここで放り出すにはいかねえし、ソイツは次の島に着くまでうちで世話するしかねえな」
「ですね! 次の島まで宜しくな~サム!」
……って待て。だからと言ってその名前で呼ぶんじゃねえ」
「え、でも呼び名が無いと不便じゃないスか。なあサム?」
 嬉しそうにシャチが話しかけると、三毛猫――サムはニャアと答えた。


 それから暫く、ハートの海賊団に一匹のクルーが加わった。
 彼は実に勤勉であった。朝早くに各クルーの部屋を訪れてはニャアニャアと鳴いて餌を強請る。落ち込んでいるクルーを見かけては膝に乗り、ごろごろと甘えてみせてはクルー達を和ませた。自分の立場を弁えているのか、処置室や薬瓶が保管してある倉庫には決して近寄らず、ベポの海図を踏み荒らしたりもしない。何日も徹夜でカルテを纏めていたローの部屋に忍び寄り、ローをベッドに導いた功績は何よりも輝かしいものだった(なお、それを知ったベポは誰よりも憤慨していた)。
 そうしていつになく和やかな航海は順調に進み、一週間後、ポーラータング号は次の島の港に停泊した。パステルカラーの花々が咲き乱れる春島で、ハートの海賊団のクルー達は各々好きなように羽を伸ばす。艦に積む物資を買い出しに行く者、久々の陸地で観光を楽しむ者、それぞれを見送ったシャチはふと、ある事に気が付いた。
……あれ? サムは?」
「サム? ああ、あの猫な。陸地に着いたから艦から出たんだろ」
「そっかぁ。……せめてもうちょい別れを惜しむとかしたかったのに」
「猫ってそういうモンだろ? そもそもアイツは『不沈のサム』とは別物だったようだしなぁ。でなきゃ今頃、俺たちは海の藻屑だっただろうし。それに、うちの艦はそもそもが医療船だ。衛生面から考えてみても、猫をずっと乗せておく訳にはいかねえだろ」
……そうだよなぁ」
 はあああ、とシャチは盛大に溜息を零す。一番世話をしていたし、一番懐かれてもいた気がしたのだ。けれど懐かれたと思っていたのが自分だけだったというのは、シャチにとっては少なからずショックだった。がっくりと肩を落とすシャチに、やれやれとペンギンがぽんと肩を叩く。
「ま、猫ってのは気まぐれだからな。だからあんまり気を落とすなよ。船番が終わったらここの名物だっていうサクラ羊のフルコース奢ってやるから」
「ホントか!?」
 ペンギンの提案に、シャチはぱああっと顔を輝かせる。単純だなあ、とペンギンは肩を竦めた。
 その一方で――


 島の反対側の港、そこに一隻の海賊船が停泊している。ゲラゲラと笑いながら、船長らしき男は一枚の手配書を睨みつけていた。
「まさかこの島にトラファルガー・ローの艦が泊まるとはなぁ? こんな偶然、狙わねえ方がおかしいだろ」
 なあ? とクルーに呼びかける。血気盛んな仲間たちは、意気揚々と武器を掲げた。そんな仲間たちの様子を愉快そうに眺めながら、男は上機嫌に酒を煽る。
「なぁにが『死の外科医』だ。こんな枯れ枝みてえな細いガキなぞおれの手でちょいと捻ればたちまち折れちまうぜ」
 クク、と笑いながら、男は手配書をナイフで貫いた。

 ニャー。

 その時、不意に甲高い猫の声が響いた。男は辺りを見回すが、猫の姿は何処にも見当たらない。
「オイ、誰だ猫をおれの船に乗せたのは?」
「さあ……?」
 クルーたちは首を傾げる。他のクルーにも聞いてみるが、やはり誰にも心当たりは無いようだ。気の所為か、と男は気を取り直し、腰に差したシャムシールを抜く。
「行くぜてめえら、出港だ! トラファルガー・ローの首なぞこのおれが討ち取ってやる!」
 男の怒号に、クルー達は一斉に歓声を上げた。


 数時間後、とある海賊船が原因不明の竜巻に呑まれて沈没した。
 翌日の新聞でその事を知ったハートのクルー達はおろか、島の住民でさえも島のすぐ近くで起こったという竜巻に気付いた者はおらず、皆一様に新聞を眺めて首を傾げた。
 真相を知る者は、恐らくは誰も残っていない。
 ただ――

 船が沈んだ海域で、千切れた板にしがみ付いた猫が浮上した。
 ぷかぷかと浮かぶ板に乗り、猫は濡れた体をぷるぷると震わせる。何処に向かうとも分からない海を見つめ、猫はまたニャアと鳴いた。



 『不沈のサム』の異名を持つ猫は、今も何処かの海域で、自分を乗せてくれる船を探して漂流している。