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コタジ
2025-02-22 12:45:28
5058文字
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俯瞰する鳥
軍師後の土井半助と六年。
今回は仙蔵と土井半助。
鳥は上空から地上を見下ろしものを把握する。
それを鳥瞰という。
似通った言葉で俯瞰がある。
鳥瞰とほぼ同義であるが、俯瞰は広い視野で物事を見たり考えたり事柄や状況に対して客観視するこという。
これは忍に必要な、何があっても動じない忍耐を保つには必要な能力であると立花仙蔵は考えていた。
常に第三者目線で物事を客観視し、冷静沈着であれ。
感情に左右されることは忍務の妨げになる。
(──そうだ、私達の忍務は情報を齎すこと)
思い悩む同室に、仙蔵は口を開いた。
冷んやりとした空気と朝露が光る早朝。
同室である潮江文次郎は既に夜の帳が上がる前に部屋を出た。いつもの鍛錬にでも行ったのだろう。
汲み上げた水が冷たい。
仙蔵は顔を洗いながら、冬が近いことを肌で感じた。
(農閑期で兵力を大規模動員できる冬が来る前に決着を付けられたことは、かなりの僥倖だったな)
先日あったドクタケでの事柄を思い起こす。
長引いていれば戦が始まり、冬となっていたかもしれない。動員できる兵力は増え、焼き働きも選択肢に入った筈だ。
被害は最小限で済み、学園の者は皆無事に帰還出来た。間違いなく上出来の部類だ。
なのに、何故こうも心が晴れぬのか。
仙蔵はまた思い倦ねていたことに気付き、息を吐いた。迷いを散らすように水気を払う。
手早く洗面を済ませ自室に戻ろうとした仙蔵は、自室前にいた人に足を止めた。首からかけていた手拭いから手を離す。
「
……
先生?」
「おはよう、仙蔵」
どうされたのかと仙蔵が訊けば、この間の礼に来たんだと長身の男が朗らかに笑った。
先日見せていた冴え冴えとした酷薄な雰囲気など欠けらも無い。どちらかといえば今は蒲公英が似合いそうな雰囲気のひとである。どこか同学年である善法寺伊作を彷彿とさせるなと仙蔵は思った。
彼は忍術学園一年は組の担任、土井半助である。
それを再確認できることは喜ばしく、同時に少しばかり仙蔵に良心の呵責を与えた。
しかしそれはおくびにも出さず、仙蔵は首を傾げてみせた。
「お礼ならば、先日いただきましたが
…
」
「あれは謝罪だし、あれ程簡易に済ませたくないんだよ」
あの時は時間がなく取り急ぎだったのだと、申し訳なさそうにする。師である土井に、そんな表情をさせる気はなかった仙蔵は、少しばかり無理やり口端を上げた。ぎこちない笑みになったが仕方ない。
取り繕うことは上手くなったが、どうにも師である土井を前にすると思うようにならない。
取り敢えず、体を冷やしてはいけないと自室へ案内する。仙蔵達の部屋は基本的に片付いているが、文次郎の生首フィギアを出したままにしてあるのは失敗だったらしい。仙蔵は鼻に皺を寄せた。
さり気なくそれを見えないように隅にやってから、仙蔵は改めて土井に向かい直した。
「先日も申し上げましたが、我等が未熟だっただけですから。本当に、お礼を言われる筋合いはないのです」
硬い笑みを反映するように、仙蔵の瞳が曇る。
「私は、先生を亡き者として扱いましたから」
「
……
」
「聞き及んでおられるかもしれませんが、捜索時の変更の発案者は本当は文次郎ではなく私です」
仙蔵は希望的観測を口にしたくなかった。それは何の役にも立たない一時の感情を落ち着かせる為のものだ。
「私は、誰の目線にも立場にも立たず全体を俯瞰して観ることが出来る忍になりたいと考え、普段から心掛けております」
「知っているよ、忍として当然だ」
「
……
、」
土井は穏やかな表情で頷いたが、逆に仙蔵の笑みは微かに歪んだ。
感情的にならずに冷静沈着であれ。
心情を吐露するなど愚の骨頂。
私は誰に捕らえられることなくこの世界で腕を上げ名を上げ生きていくのだ。
立花仙蔵はそう決めていた。
「
…
ですが、そんな自分に、そうでしかあれない己に、時折吐き気がするのです」
土井には話すつもりでなかった感情が、口から漏れた。ハッと口を塞ぐがもう遅い。
土井半助の捜索時、潮江文次郎が震えた声音で落とした言葉を聴いた。それはらしくなく弱々しい、苦い感情を吐き出すようなものだった。
『もしかしたら、土井先生は、もう
……
』
震えて音にならなかった呟きの代わりに、仙蔵は文次郎の背に手を添え理解を示した。下級生や同学年の食満留三郎達がいれば見せないような押し殺した呻きに、仙蔵はただ隣にいた。
あれほどの腕のひとでも、簡単にいなくなるのか。
虚しいものだ。
脳裏に浮かんだ言葉に、幾許か後にぞわりとした悪寒が仙蔵の背を舐めた。
あれ程世話になったひとに対し、想う事がこれだけか?
(これは、冷静などでも、落ち着きがあるわけでもない、ただの、)
ただのひとでなしではないか。
動揺が胃を迫り上がるような感覚があった。
口元を押さえた仙蔵に、何かを勘違いしたのか。先程とは逆に労しそうに文次郎が仙蔵の肩に手を置いた。
潮江文次郎は口は悪いが性根が真っ直ぐで、自分には厳しい癖に人に甘いやつだ。良い奴なのだと同室である仙蔵は知っている。
(
……
わたしは、こいつにも、いつかそんな感情を向けるのか?)
気遣わしげにする文次郎の気配が、逆にお前は人ではないと告げられているようで。仙蔵には辛く感じられた。
(嗚呼、嫌だ
……
)
時折感じていた六年の彼等との違いを突き付けられたようで、灼けるように感情が騒いだ。
「私は、ひとでなしなんです。ですから、」
「だから、私の眼が見れないと?」
「
……
」
「仙蔵、」
「
……
」
「仙蔵?」
「
……
はい」
「ひとでなしは、そんな顔をしてくれたりはしないよ」
「
…………
」
「それとも、私が嫌になったかい?」
いつの間にか床しか映していなかった仙蔵の視界は水で歪んで良く見えない。余計に耳介で集められた音が良く響いた。やさしい雨滴のように、土井の声音が仙蔵の鼓膜を揺らす。
困ったような躊躇いを含んだ土井の問いに、ぶんぶんと首を横に振る様は童子のようだ。
顔は既に恥で赤らんでいるだろう。
仙蔵の肌は抜けるように白い。頬が朱に染まるとそれはそれは目立つのだ。
耳朶にも熱が既に灯っている。
意識すると益々熱は上がっていく。
「
……
私は、私は知らぬのです。尊敬する方々を慕うことも、何かを一途に想う事も」
楽し気に卒業生の方々を語る文次郎達が不思議だった。そんな記憶は仙蔵にはなく、利害関係のみで動いていたことが忍らしいと誇らしくもあり、人として交流出来る文次郎達を少しばかり羨ましく感じた。逆に尋ねられても、これは慕わしい気持ちではないと分かっていた。
さして執着がないのか情が薄いのか。
俯瞰して物事を見る癖がある為か、仙蔵は他の五人よりも一歩離れて状況を眺めているのが常だった。便利と言えば便利であるが、時折酷く煩わしく感じた。
土井が行方不明であった時は必死になったし、無事であった時は勿論嬉しかった。天鬼になっていた時は苦悩し、帰ってきてくれた時は込み上げるものがあった。しかし他の五人や、は組の子等と自分は違うと、一定の距離から近付くことは出来なかった。
「そうなのか?」
不思議そうに土井が眼を瞬くのに、このひとは、時折ものを知らぬ無垢な幼子のような顔をなさるなと、仙蔵はぼやりとどうでもいいことを考えた。
「仙蔵は、よく人をみて相手を慮った行動をとってくれるじゃないか。竹林で仙蔵がいなければ、私は君達の中の誰かを喪っていたかもしれない」
容赦なく繰り出されるものに、撤退すべきと判断し、頃合を見計らって仙蔵は焙烙火矢を撒いた。
実際にはあれは宝禄火矢に見せかけた煙玉であり、本物の宝禄火矢を時間差で使う事で撤退を成功させることは出来た。
本当はもっと早くに対処したかったのだが、天鬼であった土井には隙がなかったのだ。
容赦の無い腕の経つ相手に対し、全く歯が立たなかったことは、卒業間近の仙蔵の自惚れを吹き飛ばしてくれた。他の六年も同じだろう。
「何にせよ、私はお前達が誇らしいし、お前達が諦めずにいてくれたからここにいられるんだ」
「違います、私は。留三郎達は諦めていませんでしたが、私は、土井先生を
…
」
「仙蔵」
そっと、仙蔵の頭に土井の手が置かれる。意外と大きな手が、綺麗な仙蔵髪を優しく撫ぜた。
「言っただろう。私はここに、お前に礼をしに来たんだ」
泣きたくなるような、懐かしい重み。
一年の頃は、何かが出来れば皆こぞって褒めてもらいに土井の所へ走った。
次第に出来る事が当たり前となり、頭を撫でられることはなくなった。
やがて担任が不要となる六年となり、土井はまた一年の担当になった。
それに一抹の寂しさを覚えたが、一人前になるまで後少しであると誇らしくもあった。
なのに今はもう子供ではありませんなどと、強がりでも言えなかった。
「
……
先生、」
「うん?」
「
…
先生」
「どうした?仙蔵」
意味の無いやり取りにも、柔らかく受け止めてくれる。
「せん、せぇ
……
、」
「だからどうしたんだ?仙蔵?」
恩師のあたたかな笑いを含んだ声音に堪えきれず、とうとうぼろと仙蔵の眦から涙が零れた。
「ご無事で、ご無事で本当に、本当に良かった
……
、」
怖かった。口にしたくなどなかった。忍だからとわかっていても、喪うことは酷く恐ろしく、慣れてしまいそうな己が仙蔵は嫌だった。
「ありがとうございます、土井先生。生きていてくださって、本当にありがとうございます
…
」
「お礼を言うのは私だというのに、」
馬鹿みたいに繰り返し感謝を口にする仙蔵を、困ったように苦笑した土井が、あやすように頭を引き寄せた。
冷静沈着で、常に忍足り得るものであろうとする仙蔵はどこか危うい。
(吐き出せる何かがあればいいと思うが、学生である今くらいは、甘えさせてやりたい)
土井は慣れたように軽く背を叩き、頭を撫でてやりながら考える。
今は背中を合わせ、隣を歩き、前を切り開いてくれる友や師がいる。
しかしそれは学園にいる今だけだ。
此処を出れば独りである。
時には嘗ての仲間や後輩達と対峙することもあるだろう。
上手く連携をとったり取り引きを出来れば重畳、下手をすれば命の奪い合いになる。
今の六年は上手くやれるだろうと土井は思っているが、些か心配になった。
「仙蔵ー、仙蔵?」
「!」
「伊作か?」
仙蔵を探す呼び声が近場から聞こえた。
ばっと猫のように仙蔵が土井から身を離した。
眼を丸くする土井に、羞恥に染まった顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだ。
「あ、あの土井先生、」
「大丈夫だよ、仙蔵」
らしくなく動揺し縋るような顔をした仙蔵に、任せろと笑いながら土井が部屋から出ていく。
「伊作、どうした?」
「土井先生!あれ、何故仙蔵達の部屋から」
「私も仙蔵に用事があって来たんだ。仙蔵は先程少し席を外すと部屋から出て行ってね、」
嬉しそうな声の善法寺伊作と話しながら土井が出ていく。
そのまま声は遠ざかっていった。
警戒で強ばっていた仙蔵の身体から力が抜けるのを見計らったように、直ぐに戸から土井が顔を覗かせた。
伊作には忘れ物だと言って引き返してきたようだが、気配は一切感じ取れなかった事に仙蔵は舌を巻く。
固まっている仙蔵を気にもせず、土井がひそひそと話す。
「話が中途半端になってしまったから。次の休みに茶屋にでも行かないか?」
「
……
!はい!」
「じゃあ、また」
思ったより弾んだ声になったことにまた仙蔵が赤面する前に、土井はさっと行ってしまった。
気配が完全に去ってから、土井に気を遣わせてしまったことに仙蔵は片手で顔を覆った。
同学年でさえ弱みをなるべく見せたくない矜恃の高さに、土井は気を遣ってくれたのだ。
有難いが申し訳がない。
しかし、こんな泣き腫らした目元を同学年に晒すなど言語道断。
土井が適当に時間を稼いでくれている間にどうにかしなければならない。
頭を切り替え、さっと室内を見回し仙蔵は直ぐに決めた。
「よし、これでいこう」
仙蔵は女ものの衣を取り出した。
続.
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