めやぬら
2025-02-22 10:14:32
3260文字
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何も知らない桜河こはく(16)

コラボカバー曲の感想のようなもの。
を、ちょっとだけ藍良に言ってもらった。
こはくは2、3日後に頭抱えて大横転する。
カバーどっちもやばすぎませんか?

 穏やかな会話が所々で聞こえる休日夜。もうそろそろ夕飯と言う人もいれば、これからもうひと活動という人もいる。なんにせよ、ゆったりした空気が流れていた。
「み゜っ!」
 そんな中、なんらかの鳴き声が聞こえて、共用ルームいた人々が一斉にそちらへ視線を向ける。発した本人はハッと口に手を当てて、固まっていた。
……す、すみませェん、なんでもないでェす……
 無意味に注目を集めてしまった藍良。その手の中のスマホは、つい数分前に公開されたMVが一時停止されていた。怪訝な視線がまばらに外れていき、誰も自分のことを見なくなってから、藍良は改めて動画を見た。
 巷で噂、というかSNSなどで藍良は知っている高校生のショーユニットとストリートユニット。今は彼らとESアイドルとのコラボが行われており、藍良たちALKALOIDもその中の一企画に参加している。最初はあまり詳しくは知らなかったがこの機にと色々調べてみると、出るわ出るわ魅力的な動画や曲の数々。夢中になって漁り散らかし、すっかり詳しくなってしまった。これもオタクの性だろう。
 ALKALOIDが参加しているのは、楽曲の歌唱およびMV。コラボに参加してくれているのが二つのユニットからであるので、ES側からも二つのユニットが選出されている企画だ。
 歌う曲はALKALOIDの曲ではなく、自分たちではあまり歌わない系統だったから、歌詞の意味を汲み取ったり練習や収録もいつもと少し違う感じがして新鮮だったことは覚えている。

 そんな自分たちのことはいいのだ、出来るだけのことはすでにした。
 問題はもう一組の方である。
 もう片方に選ばれたのはCrazy:B。ALKALOIDとは因縁も良縁も深いユニット。あちらの曲もコラボ先のもの。事前にちゃんと聞いたその曲の雰囲気は危険な蜜蜂達にとても合っていると思うし、彼らに実力があることは嫌というほどわかっているので、まあ成功するよな、とは思っていた。
 藍良達よりも先行しての配信ということで、藍良は公開を今か今かと待っていたのだが。
(こんなの、聞いてないよォ……!)
 歌い出しからもうズルい。最近、少し控えめになっていた悪役 ヒールの魅力をこれでもかと詰め込まれたリーダーの一声は、藍良に変な声を出させ、MVを一時停止させた。
 再生を促す表示がずっと出ている動画。また再開させるのがなんだか恐ろしく、黒い画面をじっと睨んだ。
「藍良?」
「わひゃん!ひ、ヒロくん?!」
「何か聞いたことのない声を出していたけど、怪我はしてない?」
「聞いてたか……殴られてもないし怪我もしてないよォ。いや、致命傷なのは致命傷かも」
「な、なんだって!」
 オタク特有の大袈裟な単語にも一々律儀に反応してくれる蛮族もとい原始人改め一彩。手当て、いや病院と慌てる自ユニットのリーダーに少し落ち着きを取り戻した藍良は、これこれこういうことで、と説明をした。
「あぁ、藍良はもう見たんだね」
「いやまだ……あれ?そっちこそまだ見てないんだ?ヒロくんのことだから、公開時間ぴったりに見ると思ってたのに」
「公開されてすぐだと綺麗な画質で見られないと聞いたからね。もう少ししたら見るつもりだったよ」
 兄さんの勇姿を逃すはずがない、と胸を張る一彩。
 なるほど、まだ見ていないのだったらちょうどいい。
「ねね、ヒロくん。せっかくなら一緒に見ようよ」
 道連れは一人でも多く。小悪魔の笑みで藍良は一彩を鑑賞に誘った。

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「は、はわ……
……
 兄の勇姿どころかCrazy:Bの毒牙にやられ、案の定共用スペースのソファの上には目をキラキラさせる一彩と、悶え苦しむ藍良がいた。MVを見ている間に他の人はいなくなったようで、誰もいない部屋の中、藍良と一彩だけが各々に顔を覆うなりして噛み締めていた。
「あのさァ」
「ウム」
「良すぎん?」
「とてもかっこよかったよ!」
「え、なにこの絶対王者感。強い、無理、勝てん……
「少し蜘蛛の曲と似ているような気がするな。やっぱりこういう曲はとても似合うね」
「やばくない?!えっ、やば、無理……歌うますぎでしょ?!ていうか、なにこの色気!こはくっちとか本当におれと同い年?!嘘じゃない?!」
「ウム、兄さんたちに引っ張られているのかもしれないけど、こんなに大人びているのは初めて見るかもしれない」
「やばくない?!この衣装ずるい!!」
 ともすればフォーマルにも見えかねない衣装なのに、遊ぶような気崩しと品を無くさない程度に粗雑な座り方、そして勝負を仕掛けているような挑発的な表情で、ユニットイメージと曲に合わさっている。メンバーカラーの裏地やネイル、ハニカムのピアスなど、Crazy:Bの個性が細かなところにも丁寧に落とし込まれていて、端的にいえば、恐ろしく着こなしていて。
「うっ、うっ、こんなのこはく様じゃん、ありがとうありがとう……
「兄さんも、本当に、初めてパフォーマンスを見た時のような……これがずるいということなのかな、上手く言えないよ」
「HiMERUと並ぶの本当だめ、これはファンを殺す気だよ……椎名ニキ歌うますぎ……
 燐音に限らず、今回のMVでは全員に盤上全てを弄び愉しむ支配者としての側面を感じる。その足元に伏して従い遣われてみたくなるような、カリスマ性さえも兼ね備えた危険さ。主導権を明け渡してしまいたくなるような魅力はCrazy:Bにしか出せないだろう。
 そんなことは百も承知、むしろ大正解を提供されたファンは悶え苦しむしかない。
「もーー!むり、たえらんない!」
「ふふふ、やっぱりかっこいいね、兄さんたち」
「スクショ撮ろ……はぁーー、かっこいい、本当メロい……
「あ、藍良」
「何?今忙しいんだけど」
 ふと、現実に帰った一彩の声に顔をあげると、一彩はニコニコして藍良の後ろを指さしている。
「えー、もうなに?なんかある、の゛っ?!」
……えーと、見てもろておおきに……?」
 一彩の指の先を辿って振り返ると、そこには件のこはくが照れくさそうな恥ずかしそうな、笑っているのか怒っているのか微妙な顔をして立っていた。
「ア゜ッ゜!!」
「どっから声だしてん……
「あっ、無理無理ムリムリ!ヒロくん!ヒロくん盾になって!」
「え、藍良?」
 こはくの姿を認めた瞬間、挙動がおかしくなった藍良は、一彩の後ろに隠れる。服の裾まで掴んで、顔を隠して耳まで真っ赤だ。
「ラブはん、どしたん」
「うーん……あのコラボのミュージックビデオを見てからどうにも様子がおかしくて……あっ、僕も見たよ、とてもかっこよかった!」
「おおきに。ALKALOIDはもう後二、三日したら公開やっけ?楽しみやわ」
「ふふ、ぜひ見てほしいよ。ね、藍良」
「あぅっ!ひぃっ!こはく様……!」
「様って、えらい他人行儀やなぁ」
 柔らかく笑って、そんな風に呼ばんといてほしいわ、と言うが、藍良はそれどころではない。
「ヒィーッ、ムリムリ顔見れない!絶対変なこと言う!」
「もう随分言ってるから今更だよ」
「うっさい!そういうヒロくんは今燐音先輩に会えるの?!」
「会えるけど……
「ヒロくんオタクの才能がない、やり直し」
「何をだい?」
……なんや、いつにも増しておかしなってんなぁ。ラブはんらもこの企画、参加してたんと違うん?」
「それとこれとは別なの!こはくっち!なんなのアレ?!あんなかっこいいとか聞いてないんだけど?!」
「半泣きやん……
「これはしばらく止まらないときだね」
 一周回ってもはや半ギレである。吹っ切れてこはくに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。だが色々と感想や衝撃はあっても興奮しきった頭では言葉にできず、狡いだの無理だの低くなった語彙力でなじる藍良を、はいはい、と頷きながら聞くこはく。これは長くなるな、と思いながら、ソファに座ったのだった。