もろ餅
2025-02-22 08:33:41
2600文字
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猫の日


【鴨メル】


『メルトってワンコみたいだよね〜♡』

 ソファに寝転がりネットサーフィンしている最中、ふと目に入った一文を見て鼻で笑った。知ったような口振りで、こいつは何も分かっちゃいない。名前も顔も知らない相手をダシに優越感に浸る。

「なに笑ってんだよ」
「いんや、別に〜?」
「スマホばっか

 もごもごと未だに何か紡いでいるが、胸元にすり寄ってきたメルトの声は服でくぐもってしまい、それ以上聞き取れない。「悪かった」なんて笑うと、キッと大袈裟に吊り上げられた視線を向けられさらに口角が上がる。

 これのどこが犬なんだ。

 大きな目の中で金色に光る瞳孔は、宛ら猫のように小さい。顎を撫でれば怒りが顕だった目尻も蕩けて細まり、もっと、と強請るように顔を差し出された。どうやら機嫌は直ったらしい。気分屋なところも完全に猫だ。

「なぁに、構ってほしいの」
「ん

 照れが勝っているのか、ほぼ吐息だけの小さな肯定に愛おしさが募る。

「メルト」
「んー
「にゃんって、言ってみて」
「は、はぁ?」
「そしたら構ったげる」

 空気が甘い今ならいける。
 確信を念押しするよう耳元で「いって」と囁く。じわじわと赤く染まる耳輪は、あっという間に上から下まで熟れさせた。
 メルトがこの声に弱いことを、俺は知っている。


…………にゃん」


 俺がメルトの声に弱いことだって、知っていた。
 掠れ混じりの鳴き声は、女の子みたいに高くもなけりゃ猫なで声のように甘ったるくもない。
 それでも、潤んだ瞳で必死に見つめてくる俺だけのネコは、他のどんな奴よりも愛らしい。

「ははっ、かわい」
「んだそれ

 「趣味わりぃ」だとか言う減らず口も、頬を撫でればすぐに大人しくなる。そのまま手を重ねてきたかと思えば、縋るように弱く握られ、手の甲にある骨張った溝を指の腹でなぞられる。扇情的な手つきに酷く心が昂った。

「俺のことも、構ってよ
……仰せのままに」

 知らなくていい。
 俺だけが知っていればいい。

 他の奴は表向きの”鳴嶋メルト”だけを見て、犬だのなんだの適当ほざいていればいい。
 どす黒い独占欲を片隅に、俺は目の前の愛猫を押し倒した。






【姫メル】


「俺が何に怒ってるか分かりますか」
……わかんねぇ、です」
「本当に?」

 そんなこと言われたって、本当に心当たりがない。
 今日はドラマの撮影をリテイク無しで撮り終え、早く帰えれることに浮き足立っていた。メルトと一緒にゆっくり出来る夜は久しぶりだったから。だから、家に帰宅して速攻正座をさせられ、不機嫌丸出しのメルトが仁王立ちしてて、もう何が何だか分からない。
 完全に空気は裁きを受ける罪人と検察官だ。異議ありと弁論しようにも怒られるようなことをした覚えがないから異論が出てこない。フル回転する思考も、眼鏡のレンズ汚ぇな後で拭こうかななどと論点がズレてきている。

 しびれを切らしたのか、メルトは目の前の床に乱雑に何かを放り投げた。黒い服と、赤い首輪。見覚えしかない。

「これはなんすか」
「あー

 なるほど、原因はこれか

 不機嫌の正体が顕になり安心した反面、見つかっちまったかとバツが悪くなる。言えない。今日の熱い夜に使おうとしてた胸空きの猫耳パーカーとプレイ用の首輪ですなんて。今言っても怒りに油を注ぐだけだ。ふざけないでと一蹴されるに違いない。

「これはその

 どうにか言い訳を絞り出している脳裏で、ふと違和感を覚えた。

 こんなにも怒られることか
 多少小言を言われるにしても、メルトなら「1回だけすよ」と恥じらう程度のことだろう。想像しただけでエロ可愛い。
 それがどうだ、鋭い瞳孔に威圧的な低い声で、今まで見たことがないほどに荒れている。鬼嫁怖い。


……言えないんですね」


 メルトの纏う空気が一転して、悲痛なものへ変わった。
 声はか細く震え顔には影が落ち、目頭は苦しそうに歪んでいた。嫁だのエロいだの妄想してた思考が焦り一色になる。

 どうして、そんな。

「なんでなんで、見えるとこに置くんですか」
「メルト?」
「胸がでかい子だったんすね」
「何を………っ」

 膜を張っていた瞳が瞬く度に涙を零した。


「姫川さんが誰と付き合って何をしてたかなんてもう、どうしようもできないけどっ、こんなの、見たくなかった……


 時々裏返る声が、噛み締められる浅い呼吸が、心に深く突き刺さる。


「俺っ、胸なんて、なくて」

「セックスだって、すげー準備いるし、」

「柔らかくも、可愛くもねぇっおとこ、で」

「ッ、勝てるとこ、なんて


 単なる勘違い。
 可愛い嫉妬心。
 居やしない女に妬いてただけ。
 それでも、そんな些細なすれ違いでも、メルトは不安に覆われ一人塞ぎ込む。強く握りこまれた服の皺が二人の溝のように深い。

「やっぱり、女のほうが」
「メルト」

 思わず抱き寄せた身体は、柔らかいどころか固く骨張っており、冷たくて薄い。
 その薄い背中から伝わる鼓動が、何よりも愛おしい。

「お前に着せたくて買ったんだ」

 自分でも驚くほどに優しい声が出た。手のひらから伝わる鼓動が僅かに早まるのを感じる。

……うそ」
「嘘じゃねぇ。見ろ、タグついてる」
女用じゃん」
「わるい。男用なくて」

 頭を撫でながら髪を梳けば、背中に回された弱々しい手の感触。

「おれ胸ないから穴から出てこないし
「俺が手ぇ突っ込むための穴だから」
すけべ」

 声色が柔らかい。張り詰めた空気が緩和した。
 すんと鼻を鳴らしながら、肩口にグリグリと額を押し付けてくる。「いてて」なんて笑えば、囁くようにごめんなさいと言い、ぎゅうと抱き着かれる。

 可愛くないなんてメルトは言うが、正直可愛くて堪らない。自信がつくよう、これからはもっと言って分からせなければ。


「出しゃばってごめんなさい」
「気にしてない」
「疑って、ごめんなさい」
「嫉妬するくらい好き?」
「好き好きです」
「可愛い」
「ぅ、ん
「俺も好き」
「うんっ」


「服着てくれる?」
「うん、………ん?」