无諦が縁側で茶を飲んでいると、隣の家との間にある塀の上に黒猫が現れた。癖の強い毛並みで細い目の割にはどこか人懐っこい雰囲気のあるその黒猫はとことこと无諦の足元に近付いてきた。
「らんぎり、今日も来たのか」
最近无諦の家によく迷い込むこの黒猫のことを无諦は友人兼恋人の見た目に通ずるところから「らんぎり」と呼んでいる。无諦は立ち上がって台所へ向かい、小さい皿に牛乳を満たしもう一皿に野菜の端を載せて戻ってきた。无諦が黒猫の前に二つの皿を置くと黒猫はにゃお、と甘えた鳴き声を出し、无諦が出した餌へとありつく。
黒猫が腹を満たしていく様子を无諦はぼんやりと眺める。幸せそうに餌を食む黒猫は、藍桐に本当によく似ている。藍桐を猫にしたらまさにこんな感じだろう。だが、自分は藍桐との会話を好んでいるから言葉を交わすことのない猫ではこんな気になっていないな、と无諦は思う。猫ではただ愛玩するだけの対象だ。无諦が黒猫を眺めていると大声が飛び込んできた。
「やあ、无諦!!!」
本物の藍桐の登場だ。无諦が縁側にいるのを見つけると藍桐は嬉しそうに近付いてくる。
「おや、野良猫かい?」
无諦の足元にいる黒猫に気付くと藍桐は覗き込む。黒猫は人間が一人増えたところでどこ吹く風、と食後の毛繕いをしている。
「どうだろうな。首輪はないが妙に毛並みがいい」
「にしてもなんだか随分懐かれてるね?」
「君に似ているな……と思って餌を与えていたら懐かれてたようだ」
らんぎり、と黒猫のことを呼んでいるとは流石に恥ずかしくて无諦は言えなかった。
「僕に!? 似ている!?」
「そうだ、黒い癖毛なところとか目が細いところとか」
「……そうかな?」
藍桐は伸びをしている黒猫を覗き込む。黒猫は伸びをやめ、藍桐を見つめ返す。神妙な顔で見つめ合う一人と一匹に无諦は面白味を感じてふふっと吐き出す。黒猫と見つめ合っていた藍桐は何事か思い付いたように、顔を輝かせて无諦に振り向いた。藍桐は右手を頭の上の方の高さ、左手を頬の高さに掲げ両手とも猫の手に丸め、甘ったるい声を出した。
「にゃん」
「は?」
甘ったるい声とふやけた顔で猫の真似をする藍桐に无諦は気の抜けた声を発した。何をしているんだ、こいつは?
「にゃんにゃん」
「何をしているんだ?」
「无諦が僕のこと猫みたいに思ってるなら猫っぽくした方が嬉しいのかな! って」
「成人している日本男児という自覚と誇りがないのか、君は。それとも昼間から酔っ払っているのか?」
にゃんにゃん、と藍桐は答えず猫の真似を続ける。无諦は額に手を当て脱力する。可愛らしいより馬鹿らしいが先にくる。无諦が馬鹿馬鹿しいと呆れている様子が気に入ったのか藍桐は猫の真似を続ける。二人が一方的なじゃれ合いを続けていると、それを見ていた黒猫は二人に背を向けて塀の上にぴょんと飛び乗り原田邸から去ってしまった。
「あ! 猫が!」
「大の大人のこんな姿は見たくないな……」
二人だけの空間になり、藍桐はもう一度にゃん、と発する。先程までのふざけてかわいこぶる声音ではなく、まるで閨に誘うような艶っぽい声音だった。
「无諦はこういうの嫌い? 可愛くなかった?」
「馬鹿馬鹿しいが先にくるが………………少しだけなら」
藍桐は糸目を更に細めて笑う。その笑みはまさに猫の笑みだった。
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