※「Elin」の世界観・設定をベースに、過大な自己解釈・捏造を含みます。
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ラザミスは赤銅色の髪と焔のような瞳が特徴の、冒険者の女性である。
歳は十七か十八ほどだろうか。活発な少女らしいしなやかな体躯に粗末な服と簡素な防具をまとい、身長をゆうに超える長さの細槍を携えて、今日もネフィアの探索に傭兵業に畑仕事の手伝いにと奔走している。
目下、開拓監査官ロイテルは彼女との付き合い方に苦慮していた。
信頼のおける友人の計らいで、一面の“クソ野原”にて手を結ぶことになった彼女と、今日に至るまでミシリア国土の開拓者として共に歩んできた。
冒険者ラザミスはあっけらかんとした素直な性格で、ロイテルの計画や指示にも小生意気な口ごたえや茶化しを挟みつつ従順に成果を以て応えてくる。ロイテルにとっては意外なほど扱いやすく優秀なパートナーだったが、ひとつ問題があった。
冒険者ラザミスは、とにかくのんびり屋なのである。
「あの砦のネフィアは使える資材がたくさんありそうだから、ちょっとじっくり探索したいんだよね。まあ三ヶ月もあれば十分だろうけど」
魔物の蔓延るネフィアにそれほど入り浸りたがる人間がいるだろうか。
三ヶ月もの間ちょっとじっくり探索しているあいだに、使える資材とやらを待つこの開拓地は居住者たちの手によってずいぶん様変わりしていることだろう。
「ロイテルさんが欲しがってた絨毯、職人に注文できたよ。順番待ちはあるけど思ったより早めに納品できるみたい。三年後だって」
三年後は一般に早めとは言わない。ともすれば自分がどんな絨毯を欲しがっていたのかすら忘れてしまう期間だ。
共にミシリアの街を散策しながら何の気なしにこぼした呟きを覚えていてくれたのは嬉しいものの、三年も執着を温め続ける前に、ひとまず安物で足元を温めたい。
彼女はいつでも確実な成果を約束してくれる。しかし何しろ、計画にかける期間がとにかく長い。
長期的な視点を持つことも悪いわけではないが、依頼を受けた仕事やネフィア探索のため拠点を離れる時間も徐々に長くなっている気がする。
具体的な期日を指定してやりさえすれば、忠実に馳せ参じてはくれるのだが──
とある不運から莫大な借金の返済に追われているロイテルは、正直やきもきしていた。
荒れ果てた炭鉱の地──彼女の興した街には、移住者が疎らに根を下ろしつつあった。
初秋の青空の下、幼い子供と駆け回って遊ぶラザミスを書斎兼仕事部屋の窓越しに眺めていると、やがて子供を見送った彼女がふとこちらを見上げてくる。無邪気に手を振る彼女にロイテルもまた手を挙げて応じれば、ラザミスは玄関口の方までまわり、ややあって仕事部屋の戸が開いた。
「ただいまぁ」
いつものように泥と土埃を伴い、にこにこと職場の神聖なる静寂をかき乱す彼女に、ロイテルは眉をひそめつつも甘めの紅茶を淹れてやる。
「今回も予定は守ってくれたようだが、帰ったなら真っ先に挨拶に来ないか」
「街の人との交流だって大事な仕事でしょ。ロイテルさんが言ったんだよ」
監査官の小言もどこ吹く風といった顔で、ラザミスは勝手に卓上の焼き菓子をつまんでいた。
「それは、そうだが」
「あの子はお父さんと一緒に生まれ故郷を出てここに来てくれたんだよ。ヴェルニースのみんなで大事に育てていかないと」
こうして一緒に遊んだあの子も三十にもなれば立派な大人だ、頼もしい働き手だ、と楽しそうに語るラザミスに、ロイテルは奇妙な違和感を抱く。彼女の基準ではロイテル自身もやっと大人になったばかりの若造のように聞こえるが、そもそも彼女のような若造に若造呼ばわりされる筋合いもない。
「三十は悠長にしすぎだろう。私は十代ですでに働いていたぞ」
えっ、とラザミスは口元を手で覆う。
「そう
……? 意外と苦労してるんだね
……」
気まずそうに言い淀む彼女の目に、生暖かい憐れみが光ってるように見えるのは気のせいだろうか。意外は余計だの、そんな目で見るなだのつっこむ興も削がれて、ロイテルは深々とため息をついた。会話の端々に現れるちょっとしたズレは、今に始まったことではない。きっと一国の高等官僚と流浪の冒険者とでは根本的に時間というものの価値が違うのだ。
「ま、まあ私も小さい頃はママのお手伝いを頑張ってたけどね」
それが何の励ましになるというのだろう。ため息を苦労の記憶と捉えたのか、ラザミスは少し慌てた様子で当たり障りのない話題を探しているようだった。
「そう言えばロイテルさんはいくつなの? さすがに私より上に見えるけど」
「さあな、当ててみたらどうだ」
「うーん、にひゃく?」
ロイテルはむすっとして答える。
「つまらない冗談を言うな。エレアでもあるまいし」
「なに? エレアがどうかしたの?」
ラザミスはきょとんとして聞き返した。
「だから、私はエレアのような長命種では──おい、ちょっと待て」
ロイテルは少女の目をまじまじと見つめた。その時唐突に、違和感の正体を暴く糸口が見えたからだ。どこかからやってきて行き倒れていたというこの冒険者について知っていること、知らないこと、話したこと、教えていないこと──
「お前こそ、いったいいくつなんだ?」
その時のラザミスは、これまでに見たこともないほど間抜けな面を晒していた。そしてロイテル自身もまた、同じような顔で彼女を見つめていたに違いなかった。
ロイテルは生まれてこのかた三十二年間、ミシリアの民として暮らし、着々と実績を積んで開拓監査官となり、その手腕を存分に振るってきた。
ラザミスは生まれてこのかた九十六年間、エレアの里の小さな保護施設で病の母親と共に暮らし、老人や病人、子供たちの世話を手伝いながらのんびりと生きてきた。
時間の感覚など違って当然だ。エレアと『防衛者』の血を半々に継ぐ彼女にとって、九十六歳という年齢は未だ“若造”の範疇だった。
「ど、どうしてロイテルさんはそんなに早く大人になっちゃったの」
「わ、私がどうこうではなく、普通はこんなものだ
……あー、エレアという人種を除けば、だが」
「じゃあ
……二百歳にもなったらどうなっちゃうの? 相当しわくちゃのおじいちゃんになっちゃうんじゃない?」
ラザミスの示す規格の雄大さにくらくらして、ロイテルはかぶりを振った。
「いや
……エレアでもなければ、二百年も生きない。大抵は、七十か八十
……」
ひゅっと大きく息を呑む音で、こちらも口を噤んだ。ラザミスは大きく目を見開き、呆然と立ち尽くしている。長生きにしては世間知らずな様子を見るに、故郷から出たことがなかったのだろうか。交通の手段に乏しい田舎なら珍しくもない。
「ふぅん
……そうなんだぁ
……」
奇妙な縁で巡り会ってからというもの、たどたどしくも足並みを揃えて上手くやってきたはずだ。きっとお互いにそう思っていた。
ここにきて思い知らされた種族間の断絶は、彼女との距離をあっという間に引き離してしまったようだった。
「ら、ラザミスよ
……」
「じゃあ、ロイテルさんやファリスさんたちは、私より若いのに、ずっと早くに大人になって
……すぐにおじいちゃんとおばあちゃんになって
……」
すぐではない。ロイテルにとっては「すぐ」ではないのだが、彼女の感覚でいえばそうなのかもしれない。
「うむ
……」
「
……なのに私より若い
……そしたら、ロイテルくん、だね
……はは
……」
「う、うーん
……」
ロイテルは眉間をギュッとつまみ、唇を引き結んだ。短命の人間に取り残され、この先も独りゆっくりと歳をとっていくであろう彼女にかけてやる言葉が見つからない。あとこの期に及んで「くん」付けで呼ばれるのもむずがゆいが、強く拒絶もできない。
ロイテルがこの場をとりなす気の利いた台詞を探している間に、ラザミスはふらふらと部屋を出ていってしまった。
ロイテルはいつか彼女が意気揚々と運んできたボスチェアに座り込み、ふかふかの背もたれに深々と身を沈めた。
ところがそれから小一時間と経たないうちに、ラザミスがひょっこり戻ってきたのだ。
表情は明るく、足取りは軽く。しかしどこか浮ついていて捉えどころが無く、空元気であることは明らかだった。
「ちょっと考えたんだけどさ」
「うむ」
「ロイテルさん、くんは、運が良かったってことだよね。私に会えたんだからさ」
「う、うむ
……訳を聞こうか」
ラザミスは端正なパルル製の書斎机に腰掛けて、機嫌良く両足をぶらぶらと揺らした。視線は合わず、どこか上の空の赤い瞳はパルルの床板の模様ばかりなぞっている。
「だって借金の返済期限は書いてないんでしょ。ロイテルくんはこれから死ぬまで好きに遊んで暮らしたらいいよ。お金は私がいつか返せばいいんだし」
ロイテルはぽんと手を打った。否、打ちそうになるのをぎりぎりで止めた。
確かに、確かに、その通りだと思ってしまった。期限や利息の無い負債ならずっと抱えていればいい。ミシリアの一級監査官としての信用は地に堕ち、名誉や使命を失ったのだとしても、ヴェルニースという新しい拠り所は再び一から成り上がるに相応しい舞台だ。
ラザミスに任せていれば。優秀な冒険者としてあらゆる手段で物資や資金を調達し、この街の柱となり、同時に少しずつ返済を進めてくれるだろう。それだけの能力が彼女にはあり、そしてロイテルとラザミスは今や深い協力関係にある。
「二百か、三百年もすればさ、毎日百オレンずつ返したって楽勝じゃん」
良いではないか、それで。
彼女の厚意に甘えて、この愛すべき開拓地の開発や経営に勤しみ、波乱万丈な人生を謳歌して穏やかに一生を終える。彼女は借金を相続し、「その後の世界」でのんびりと返済のための冒険者生活を続ける。彼女の才があればきっとわけは無いことだし、その間にオレンの価値が動けばもっと簡単になるかもしれない。むしろ、苦況の最中にあるミシリアが数百、ともすれば数十年の後に存在しているかと言えば──
「
……はあー
……」
我ながら恐ろしいことを考えたものだと、ロイテルは嘆息した。
「却下だ」
「えぇ?」
「ラザミスよ、人の机に座るんじゃない。そこに立つんだ」
私が持ってきた机なんだけど、などと言いながらもラザミスは素直にロイテルの正面に立った。いまいち締まりのない表情はあどけなく、炭鉱の巨大な魔物を屠る実力を備えるはずの肉体も、歳若い少女そのものであるかのように小さく細い。この社会の道理も知らず、純朴な善意で面倒事を背負い込んでは一人で解決しようとするお人好しの田舎娘だ。
つまりは彼女もきっと、この街と同じように未だ発展の途上にあるのだ。
それならば、導いてやる大人が必要だろう。
「私の負債は私のもので、お前が責任を負うことではない。これは私とミシリアの問題だ」
「でも二千万オレンなんて大金、ロイテルくんだけじゃ返せないんでしょ」
「そうだ。だからお前に『協力』を要請するのだ、冒険者ラザミス」
冒険者の少女はぽかんと口を開けたまま小首を傾げる。ロイテルができるだけ威厳たっぷりに語る言葉を、その意図を、この“若造”に認めさせなければならない。
「何か違うの?」
「違うのだ。あー、おほん」
ロイテルはもったいぶって胸を張った。
「借金は私名義で、私自身が返済する。私は見ての通り健康で丈夫なのだから、長めに見積って百歳までは生きるだろう。それまでの全てをかけて、綿密で完璧な返済計画を立てる」
「
……借金返すのに一生を費やすなんて、馬鹿馬鹿しくない?」
余計な口を挟むラザミスを、監査官の厳しいひと睨みで黙らせる。
「負うた使命を尊大な長命種に軽々しく転がされるほど情けないことはない」
そういうつもりじゃ
……とまたも口ごたえをする。ロイテルは被せ気味の咳払いで遮る。ラザミスの眉尻はいつもよりさらに下がっていくが、とりあえず黙り込んだ。
「私は計画に則り、協力者たるお前に依頼を出し、返済のための資金を稼いでもらう。お前が依頼を遂行したあかつきには、働きに見合った報酬を渡す。我々はあくまで対等であり、双方の利のために手を組むのだ」
「報酬って?」
「
……考え中だ」
実際二千万オレンに見合う報酬など用意できるはずもないのだが、そこは生涯をかけて誠心誠意向き合っていく他ない。
「とにかく、ここまで一緒にやってきたんだ。開拓中のヴェルニースにもまだまだ課題は多い。お前にとってはたったの百年、この偉大な仕事に尽くせるだけでお釣りが出るだろう」
「うーん
……」
冒険者の少女はあれこれと頭の中で考えを巡らせているのか、口元に手をあてながらその場でしばらくぐるぐると回った。それからいつもの下がり眉でロイテルの顔を見つめ、やがてこっくり頷いた。
「まあ
……ロイテルくんがそれでいいなら、私は構わないけど」
「ああ、その、『くん』もだめだ。これまで通りロイテルさん、と呼びなさい」
「ええ?」
「お前は仮に千年生きるとして、まだ百歳にも満たないのだろう。我々の年齢に換算すれば、まだほんの子供だ。大人は敬うものだぞ」
「さっき対等って
……子供に借金返させるつもり〜?」
ラザミスはやっと少し笑った。
このような誤魔化しで取りなしたところで、いずれ彼女を置いていくことに変わりはない。しかしそれは、己が責任として負えない、負うべきではない、とロイテルは考える。彼女が何を願い、何を目指そうが、その途方も無い旅路を最後まで世話してやることなどできないからだ。
ただ、今この時にここで互いの道がまじわり、互いに利用価値を見出しただけのこと。『仲間』と呼べば、その関係に格好もつくだろうか。
「
……まあいいや。じゃあ契約だね、改めて」
「うむ、借金完済とヴェルニースの発展のために」
白手袋を脱いだ右手を差し出すと、彼女はにやりと笑って同じくグローブを外した手で固く握り返した。この小さく細い手に、己が命運を託す。それだけの関係だ。
「任せてよ。きっと百年もかからないから」
「ふっ、精々励んでもらうぞ、冒険者」
頼もしい軽口に応じながら、ロイテルは慣れ親しんだ頭痛の種が嬉々として芽吹くのを感じていた。
何しろこれから、生涯にわたる壮大な計画を練らなければならない。
彼女にとっては「すぐ」かもしれないが、それなりに長い旅になりそうだ。
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「ロイテルさんは三十歳くらいなんだから、百歳までって考えるなら七十年計画じゃない?」
「うるさいっ、こういうのはきりのよい数字が良いのだ」
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