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みすず
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創作
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ルネルイ
全部お世話する。
「お寒くはありませんか? 上着をお持ちいたしましょうか」
「いや
……
お前がいるから暖かい」
被さるようにルイゾンから頭を抱きしめられて、ルネは笑みを深めた。
嫋やかな春の風はサンティエではまだ肌をひやりとさせる。ルネはルイゾンが冷えないように彼の肩に手のひらをあてて体温を分けながら身長の割に薄い体を抱き直し、帯のように降り注ぐ陽光の下をゆっくりと歩いた。
したいことができるというのは、時に目を瞑ってただ休息を得るよりも心身が落ち着く。
ルネにとってそれはルイゾンに仕えることが該当した。
「ルイゾン様、おひるなってください」
女中のように柔らかい言葉遣いでルイゾンの目覚めを促すルネは、朝日にきらきらと砂子のように彼が睫毛を震わせるのを見てもう一度「ルイゾン様」と名を呼ぶ。
「ん
……
るね
……
?」
「はい、貴方のルネです」
「ふ
……
おはよう」
眠たげに繰り返されるまばたき。寝起きで少し冷たいルイゾンの手を取って頬へあてれば、ルイゾンは空いた片腕を緩慢に伸ばしてくる。意を汲んで抱き起こせばそのままくたりと身を寄せてくれるので、ルネは暫しルイゾンを抱きしめて朝に弱い彼の意識がはっきりするのを待ってからベッド脇に用意していた洗面器を引き寄せる。
「大丈夫ですか? お口を開けられますか?」
「
……
自分でできる」
「はい、いいえ。今日はすべて私にさせてくださるのでしょう?」
白面に朱を刷くルイゾンがやがて観念したように口を開いてくれたので、ルネは慣れたように歯ブラシを持ってしゃこしゃこと彼の歯を磨いていく。その間ぎゅうっと目を瞑るルイゾンは大層恥ずかしそうで、ルネは初めて彼に歯磨きをしようと迫ったときのことを思い出す。いま以上に恥ずかしがっていたルイゾンは「こども扱いされたいわけじゃない」と主張していたのだが、ルネはすべての世話をさせてくれると言ったはずだと押し切った。第一、こども扱いをしてしようとしていることではない。ルネは純粋にルイゾンの一から十までを任せてほしいのだ。その機会が巡ってきたので全力で掴み取ろうとしているだけなのだ。
余暇ができた日、ルネはルイゾンの世話をなにからなにまでしようと腐心する。幽閉されていた時期を懐かしみ、ふたりきりになりたいと言ってくれたルイゾンに心からの喜びを以て応じたルネは、その日のほとんどを腕に愛しい妻を抱いて過ごすのだ。それはルネの心にひたひたと幸福の満ちる時間で、この日のためならと思えば日々の仕事も捗ることこの上ない。
「失礼します。お顔を拭きますね」
「ん、む
……
」
うがいをしてもらい、湯で濡らしたタオルで優しく拭っていけば、ルイゾンの顔はすっかりと血色が良くなっている。着替えのために寝巻きを脱がしていけば血色感は増していく。ルイゾンの肌に残る情事の痕になにも思わないわけはないが、ルネは努めて平静な微笑を面に固定した。ここで再びベッドへ押し戻したとしてもルイゾンは怒りはしないだろうけれど、貴重な一日の半分を潰すことになるのは惜しい。
「お食事はどうしましょう。お運びしますか? それとも食堂へ?」
「
……
食堂へ行く
……
連れて行ってくれ」
小さな声で言ってから、ルイゾンはルネへしなやかな両腕を伸ばした。以前よりも窺える慣れに満足感を覚えながらルネはルイゾンを横抱きにして、安心したように身を任せてくれる彼を食堂まで連れて行く。
今日はルネがルイゾンの足で手なのだ。
食事は口元までフォークを運び、小さく口を開けたルイゾンの喉が上下するまでをうっとりと見つめる。
「
……
お前もちゃんと食べろ。冷めるぞ」
にこにこと給餌に熱中するルネにルイゾンは表情をむうと難しいものにさせて促すが、ルネにとってはルイゾンへ食事を冷めないうちに勧めることのほうが重要で、自分の食事などパンの一つや二つを詰め込めば十分だった。もちろん心配するルイゾンにそんなことは言えやしない。
「ええ、では頂きますね
……
」
「おい、なんで手を止めないんだ」
「つい
……
」
「つい
……
?」
中断できずに口元へとろりと卵の黄身が絡むベーコンを運ぶルネにルイゾンが怪訝な顔をしたが、ルネは「つい
……
」と繰り返した。
「お前は
……
ルネ、これは俺の願いでもあるが、お前に無理はしてほしくない」
「無理など」
「分かっている」
優しい苦笑を浮かべたルイゾンが穏やかにルネの手からフォークを取り上げ、ベーコンをルネの口元へ運んだ。
「ほら、食べろ」
こうでもしないとルネは食べないと思っているのだろう。それは半ば事実である。
つん、と唇を突かれて、ルネは眉を下げながら微笑んだ。あ、と開いた口に差し込まれるベーコンの香ばしさ。碌に興味を持たない食事がとても美味しく感じるのは、ルイゾンの手から与えられたものだからだろう。
「
……
美味しいです」
「そうだろう? ふふ、お前にこうして食べさせるのも楽しいな」
にこにこと冬の美貌もあたたかな笑みを浮かべ、ルイゾンは今度は皿から蒸したじゃがいもを取ってまたルネの口元へ運ぶ。これではルイゾンの食べる分が、と思うが、それは本来のルネの皿から運び直せばいいだろうか。いまは楽しそうなルイゾンの望みを叶えるほうが大切だし
……
彼から食事を与えられるのは甘美な心地がする。
ルネは気恥ずかしさに目を伏せながら、ルイゾンにされるがまま口を開いた。
昼の一番暖かい時間、ルイゾンを抱きながらルネは庭を歩く。
貴族にとって庭は権威の象徴であり、殊花の希少なサンティエでは春を爛漫に彩る庭がこぞって競われている。リリアル家の庭も伯爵家として不足ないように整えられていたが、ルイゾンが降嫁するにあたって様相は以前よりも華やかになっていた。
寒さにも比較的強い花が楚々と揺れるのにルイゾンが目を惹かれていると気づけば、ルネは側に寄ってルイゾンを落とさないように気をつけながら身を屈める。
「摘みますか?」
「いや
……
せっかく咲いているからそのままでいい。リリアル家の庭は綺麗だな」
本来であれば絢爛な王宮の庭を散策していたはずのルイゾンの言葉に、ルネは浮かぶ暗い気持ちを隠して「光栄です」と短く返す。幽閉されていたルイゾンは王族でありながら満足に花を愛でることもできなかった。
「ルネ?」
隠しても感じたものがあったのか、ルイゾンはルネの頬に手をあてて首を傾げる。
「なにかあったか
……
?」
「いいえ
……
ルイゾン様が気になさるようなことはなにも」
「
……
お前自身が気になることがあるのか?」
じいっとルネを見つめる銀色の目は、初めて傍へ傅いたときよりも意志が強く見える。それが嬉しくてルネは自然と頬を綻ばせ、暗い気持ちも消えて緩やかに首を振る。
「ほんとうになんでもないのです。ただ、お見せしたいものがあるのですが、それがまだ先になるだろうなと思って」
「見せたいもの?」
不思議そうにするルイゾンの目元に口付けて、ルネはええ、と身を起こしながら頷く。
「当家は白百合の名を冠しておりますので、もうしばらくしたら庭師たちが庭の一角に百合を咲かせるのです」
サンティエには他国で云うところの夏らしい季節がない。そのため百合は光属性の庭師たちが魔法で手掛けねば咲かない花だ。そういう花がサンティエでは多い。だが、花の彩りはなくともサンティエは雪の青影と水がとても美しい国である。ルイゾンを廃した王家を憎く思えど、ルネにも母国を美しいと思う気持ちはあった。
「百合か
……
楽しみだな。こうして連れて来てくれるか
……
?」
先のことを期待してくれるルイゾンに胸を弾ませながらルネは「もちろん」と声も弾ませる。
「香りが気に入れば部屋にも飾りましょう。ルイゾン様にもよくお似合いになると思います。いえ、間違いありませんね」
「そ、そんなにか
……
?」
「あなたはリリアル家の、私の妻ですから」
白百合を冠する家があなたの家なのだからと告げれば、ルイゾンはほんのりと目を潤ませた。
「ああ
……
そうだな。俺も
……
うん」
「ええ、どうかお忘れにならないでください」
首に回された腕、身を寄せて肩口に顔を埋めるルイゾンを抱きしめ返し、ルネはまたゆったりと歩きだす。
「お許しいただけるならルイゾン様の名をつけた百合を作らせましょう。時間はかかるかもしれませんが、先の楽しみになります」
年単位の時間がかかるだろうが、それだけ先になったとしてもルイゾンは変わらず腕のなかにいるだろう。ルネはなにがあっても決してルイゾンを手離さない。
(この方はもう私のもの。私のルイゾン様だ)
独占欲も執着もルネのなかに凝って雪のように溶けたりなどはしないのだ。
大仰だと苦笑しながらも次第にはにかむルイゾンがすり、と頬を寄せるのに、ルネの胸へ愛おしさが一層込み上げる。
「
……
喉は乾きませんか? そろそろお茶にしましょうか」
「
……
いや、もう少しだけ
……
」
もう少しだけ一緒に庭を見たい。
恥ずかしげに囁くルイゾンにルネは笑みを弾けさせ、その場でくるりと回る。落とすわけなどないのに慌ててしがみついてくるルイゾンにキスをひとつ。ルネは真っ赤になったルイゾンを抱きながら歩みを再開させた。
軽い足取りは庭の奥へ。リリアル家の許されたものしか入れぬ奥深くへ。
ルネはルイゾンを連れて行く。
己の内側、その奥底深くへ。
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