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きなこ湯
2025-02-20 13:26:50
3917文字
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燈火よどこへ
ver7.3冒頭のポルテの話。
「うわあ。大きな石像
……
」
グランゼドーラ城の一階、大仰な門を超えて立ち入ったすぐ目の前に、ふたりの石像が堂々と飾られている。それは見上げるほど大きく、少なくとも生きた人間のそれではない。神の奇跡もかくやと言わんばかりの大きさは、過去の再現ではなく権威の象徴だろう。ポルテは自分が一般常識に疎い自覚があったが、これがグランゼドーラに語られる伝説を誇るものであることは、誰に説明されずとも理解できる。
石像たちの顔がよく見えるよう、その手前には高く上がれる祭壇がある。足音を吸収する絨毯がきっちりと敷かれた階段をのぼり、ポルテは改めてふたりの英雄の顔を見上げた。片方はウデに血管の浮かぶ勇ましい男の石像で、もう片方はフードを被った姿勢のよい女の石像だ。ふたりはそれぞれに剣を掲げ、交差させている。現代のグランゼドーラに語られる双璧の英雄と言えば、まず間違いなく一〇〇〇年前に活躍した先代の勇者と盟友だろう。その予想を裏切らず、レリーフにはふたりの肩書が刻まれている。
勇者と盟友。グランゼニス神の有する奇跡を継ぐ存在。魔界の盟主が光の河に接触した際、アストルティアに降りかかる危機を察知して生まれる、心に勇気を宿す選ばれた人間たち
――
師匠の言葉を思い出し、はてとポルテは首を傾げた。当代の勇者姫アンルシアは、大魔王マデサゴーラのアストルティア侵攻を受けて生まれた。その勇者姫に並ぶチカラを持つもうひとりの人間、燈火の調査隊の隊長であるあの人間こそが、当代の盟友だ。しかしその人間は同時に〝大魔王〟でもあるのだと、他でもないアンルシアが発言した。
――
しかも、どこか誇らしげに。
勇者と盟友のことは師匠から教わっている。勇者たちが魔と戦うものであることも、魔界が元はアストルティアの大地であったことも、ポルテの自我が目覚めるより少し前に、光の河を隔てたふたつの世界が手を取り合って協力した大きな戦いがあったことも。これからずっと先の未来で、きっと魔界はアストルティアの六大陸と同じく数えられるようになるだろうと
――
心の底から嬉しそうに話していたあの声を、ポルテはきちんと覚えている。魔界や魔族そのものに恨みや敵意があるわけではない。ポルテは魔界の何に危害を加えられたわけではないし、師匠があの地を愛しているのだから、きっと危険ではあっても悪い場所ではないのだろうと思っている。
けれど、師匠は調査隊の隊長となるあの人間が現在の大魔王であることは明かさなかった。そもそも、あの人間に協力しろと指示こそ出していたものの、それがどのような存在であるかまでは話してくれなかった。「実際に会えばわかる」
――
たしかにその通りだったけれど、まさか勇者の盟友で、並外れた時渡りの才能を持つエテーネの民で、それから大魔王でもあるだなんて。そんな重大なことくらいは教えてくれてもよかったのに。そうすれば、胸の内側にひっそりと広がるこのみじめな気持ちも、少しは薄らいだかもしれないのに。
燈火の調査隊、その隊長を任された人間について、ポルテは師匠からいくつかの特徴を伝え聞いていた。おそらくポルテより背丈の低いこどもの姿で出会うこと。そうでなければ黒髪のウェディの姿だろうこと。荒事に強い、ウデの立つ剣士であること。ひとつところに留まらぬ旅人であり、未知を求め、危険を愛する冒険者であること。
今になって思い返せば、師匠はあの人間を説明するとき、一度も称号のような種類の肩書きを使わなかったような気がする。もしかすると、それは彼女の旅路に抱えるものが数多く、勇者の盟友と大魔王のように、一見して矛盾する性質のものがあるからだったのかもしれない。どうにかそう納得して、それでもポルテの胸に残るのは、穴の空いたような無力感だった。
「
……
あたしだって、なにかチカラになりたい」
――
けれど、自分になにができるだろう?
ラキや隊長のように、剣や牙で戦うことはできない。師匠のように智識に富んでいるわけでも、奇跡を起こすチカラを扱えるわけでもない。勇者や盟友だなんて肩書きはなく、属する国や組織はなくて、奇跡を願う神がいるわけでもなく、唯一頼りの師匠には声すら届かない。
ポルテの目の前にある石像は、グランゼドーラの誇る伝説の象徴だった。覚悟を剣に、勇気を胸に戦った人間。ポルテが持つは両手杖のみで、それだって高尚な呪文は操れない。特技は植物の生成を早めることができること
――
といっても一定の制限があるし、それが誰かの危機を救ったことは一度もなかった。
ポルテが出会ってきた人はみな優しかったから、戦えないポルテを不要だと言って切り捨てることはしないだろう。役割がなければ存在する意味はないだなんて、なにも本気でそう思っているわけではない。ただ、危険の伴う冒険を愛する彼らと旅路を共にするために必要なチカラを、自分はひとつも備えていないことを知っている。
――
ハッキリ言って荷物だろう。隊長に、ラキに、いつも庇われてばかりだから。
アンルシアやラキのように、生まれ持った素質や才能があればよかった。もしくは、こう生きるべきとひとつ輝く指針のような役目があれば。自分の生い立ちが普通のものでないことはわかっている。けれど、師匠は自分に特別な何かを与えてはくれなかった。チカラも知恵もなく、自分が何を果たすべきかもわからず、かと言って引き起こされる理不尽を前に、何もせずにはいられない。もどかしさと不安ばかりが募って、息苦しくなるばかりだ。
「
――
おや! こちらの石像にご興味が?」
突然高らかな男の声が響き、ポルテはうひゃあと驚いて飛び上がった。振り返ると、白い口髭の老人が目をまるくしてポルテの顔を見返している。
「ごっ、ごめんなさい! 話しかけられると思っていなくて」
「いやなに、こちらこそ不躾に失礼」
ふくよかな腹を叩いて笑った老人はフィロソロスと名乗った。大学者であり、アストルティアの歴史分野を研究していると言う。ポルテには大学者という自称はよくわからなかったが、アストルティアの歴史となれば親近感も湧く。なにせ、カタい言葉と思わせぶりな態度の多いあの師匠が、アストルティアの歴史や物語、ヒトの生活について語るときだけは、慈愛と希望を隠さないから。
「あたしも歴史の勉強はすきだよ」とポルテが言うと、フィロソロスは小さな目を嬉しそうに細めて何度も大きく頷いた。「向学心のある若者は人類共通の宝」と笑い、求められるまでもなく勇者と盟友を祀る巨大な石像について解説しはじめる。もとは片割れ、勇者のみの石像であったこと。一〇〇〇年前の大戦で喪われた命と名誉、その回復に努めたヴィスタリア姫の功績、それから時渡りの術を持つ当代盟友、かの人間の暗躍について。
「時渡りの術とは、まったく本当に羨ましい。歴史研究者にすればノドから手が出るほどほしいものに違いない!」
「へえ~。たしかに、そういう使い方もできるね。時渡りを使って、過去に起きたほんとうの出来事を知る
……
隊長はすごいなあ」
「まったくその通り。一見してそのような傑物には見えなかったが、人は見かけによらぬものよ。勇者姫以上に幼さを残す子どもが盾を持つ盟友だと、いったい誰が見抜けようか
……
」
しみじみと呟かれた言葉を聞き、ポルテは思わず黙り込んだ。
――
「あの人間には、会えばわかる」
いつも通り、師匠の説明は簡潔なものだった。言葉の裏に確かな親しみもあった。師匠はアストルティアに生きるあまねく存在を愛している。あの人間はそのうちのひとりだ。師匠の秘める温かい気持ちは今もポルテの胸にほんのりと残っていて、会えばすぐに「このヒトだ」とわかった。
けれど、今のポルテは新しい気持ちも両手に抱えている。
自分から語る言葉の少ないところは、師匠に少し似ているような気がした。ポルテを庇って前に出た背中から、ゼニアスの景色をぐるりと広く見渡す横顔から、不思議な色合いの夕焼け空をまっすぐに映したしらあいの瞳から、隠しきれない好奇心があったところも。メネト村で得体の知れない魔物を前にしたとき、ムニエカの町でどうにか次善を探して迷ったとき、アマラーク城の決起集会に立ち会ったとき
――
あのヒトはなにも言わなかったけれど、その胸には希望と闘志を秘めていた。隣にいたポルテはそれを知っている。称号や肩書きではなく、あのヒトがなによりも大事にする、冒険に焦がれる心を。
――
旅は楽しい。未知は可能性を秘めている。どんなときでも冒険を愛して躍る心に、ポルテの心は親しみを感じている。
「
……
あたし、やっぱり、みんなと一緒に行きたい」
ともに旅がしたい。
その心に嘘はつけなかった。果ての大地を巡る冒険は楽しかった。出会ったヒトやモノのすべてがポルテに優しかったわけではないけれど、そのすべてにかけがえのない価値がある。今なお荒れ果てたゼニアスを助けるために、アストルティアに残る〈創失〉の呪いを絶つために、戦う道を選ぶだろう隊長やラキの助けになりたい。
いてもたってもいられず、ポルテはフィロソロスに挨拶をして祭壇の階段を駆け下りた。目指すはグランゼドーラ城の西の塔、勇者姫アンルシアの部屋。試練を受けて戻ってくるふたりを一番に出迎えなければ。
「お師匠様っ、あたし、頑張るよ!」
声は返ってこない。どうしようもなく不安は残る。それでも、今は前を向くしかない。
果ての大地に掲げた燈火の明るさが、いつまでもポルテの胸に温かく揺れていた。
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