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きなこ湯
2025-02-20 13:25:18
2308文字
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獣は明日も
ver7.3冒頭のラキくんの話。
王都キィンベルには不可思議なにおいが満ちている。
円状に広がる街並みのうち、東側の塀と近い区画に並ぶ建物からは、見慣れない紫色の雲が生み出されている。その雲はアストルティアの穏やかな陽光に照らされて、きらきらと色鮮やかに輝いて見えた。ラキは遠く立ち昇るその雲のにおいを嗅ぎ取りながら、ときおりメレアーデから香る不思議な魔力の正体はこれだったのかとぼんやり考える。
メレアーデに謝れてよかった。
仲直りができてうれしかった。
故郷を救う手段が
――
父と姉が愛し、守ろうとした大地を取り戻す手段があるかもしれない。
出立まで少し時間が必要だと言われて、ラキは王都キィンベルの見学にぶらぶらと表通りを歩いていた。最初はメレアーデと共に軍司令部で待つつもりだったが、ラキの心がふわふわして落ち着かないことを察してだろう、散歩でもどうかしらと提案されたのだった。
メレアーデに謝れてよかった。仲直りができてうれしかった。故郷を救う手段があるかもしれない。グランゼニスとゼニアスの大地とのふたつを迫られ、苦しみながら選んだ世界を取り戻せるかもしれない。あの荒れてしまった故郷で今もラキたちの帰りを待つ、姉ゼネシアのチカラになれるかもしれない。うれしかったことと思わぬ期待に、ラキの胸はぽかぽかとして落ち着かない。
アストルティアの大地からは、ルティアナが与えた創生のチカラの気配が濃く香る。賑やかで、眩しくて、あたたかい。ルティアナがこの世界を愛していたのだと、己の足で歩くたびにひしひしと実感する。
ラキはゼニアスを愛している。父の望みのために生きてきた。グランゼニスもゼニアスを愛していた。だから、ラキは父ではなくゼニアスを選んだ。
アストルティアを創ったルティアナも、ゼニアスを創ったグランゼニスと同様に、この世界を愛していたのだろう。
だから、ラキたちのもとへ己が帰ることよりも、愛するアストルティアを守り、戦うことを選んだ。本当は戦うことが得意でなくとも。ルティアナをゼニアスから送り出すと決めたのは、戦う役目はゼネシアやラキのほうが得意だったからだ。それはつまり、自分たちがルティアナに選ばれなかったことを意味するが、姉を喪って悲しく痛む心はあっても、それだけだった。
ラキは、姉ゼネシアとルティアナが、家族が大好きだから。
ふたりの喜ぶ顔が見たい。ふたりの願いを叶えたい。ふたりが傷付かないよう、守れるだけのチカラがほしい。ラキはそのために創られた獣で、けれどそれだけが理由ではない。自分を家族として名前を与えてくれた、優しく撫でてくれた、時にラキの迷いや間違いを叱ってくれた、そんなふたりのことがほんとうに大好きだから。
だから、ラキはゼネシアの待つゼニアスを救うために戦おう。
そして、ルティアナが愛したアストルティアに降りかかる困難にも立ち向かおう。
父を喪い、末姉に会いたくて寂しいと泣く心に、そう決めている。
王都キィンベルには不可思議なにおいが満ちている。アストルティアに漂う創世のチカラの気配に交じり、ラキの感覚器官では捉えられない、未知の存在のにおいがした。それはたとえば王都を覆う目には見えない防壁に、中央広場のオブジェの周辺に、軍司令部の近くに漂っている。
アストルティアからは、懐かしいルティアナのにおいがする。けれど、ラキの知らない未知のチカラも秘めている。ラキひとりではゼニアスに降りかかる呪いをどうにもできなかったけれど、ポルテが、隊長が
――
アストルティアに生きるヒトがいたから、ゼニアスに蔓延する呪いはひとまず収束した。たとえ、メレアーデの提示した手段がゼニアスを救う手立てに足りなかったとしても、ふたりと一緒にいれば、別の方法が見つかるかもしれない。
未来に何が待っているかはわからない。ラキは創造主グランゼニスの造りし獣で、姉のような神のチカラは持ち合わせていない。ラキは奇跡を引き起こせないし、祝福を与えることもできない。
けれど、ラキよりもチカラを持たないはずのアストルティアの人間たちは、果敢にも呪いへ立ち向かった。隊長は剣を持って前に出て、ポルテは戦えなくとも逃げ出さなかった。そうしなければ、彼女らの住むアストルティアも〈創失〉の呪いに見舞われたからだが
――
己にとって大事なものを守るために、己に降りかかる理不尽を振り払おうと、危うくも戦う道を選んだ。
その覚悟に、獣の心は震えた。
明日生きるために戦う人間のことを、ラキはゼニアスの地でも見守ってきた。かれらは紛れもなく同じ人間だった。姿かたちは異なれど、未来のために戦う人間たちだった。
神のチカラでヒトの世に干渉することはご法度だ。けれど、いまのラキは創造主グランゼニスの獣ではなく、アストルティアは未知の大地で、ラキの帰る居場所はどこになるかもわからない。突然与えられた自由を持て余して、ラキの心は常にふわふわと落ち着かないままだ。
うれしかったこと、かなしかったこと、期待、それから不安が、四つ足でぐるぐると走り回っている。
――
ふと、ラキの三角耳がメレアーデの声を捉えた。
勢いよく後ろを振り返っても、そこにメレアーデの姿は見えない。それもそのはず、彼女の声は軍司令部の方角から聞こえてきた。ヒトより聴覚の優れた獣の耳が捉えた声で、きっとメレアーデもラキに聞こえるとは思っていない。
出立の準備が整ったのだろう。
綺麗に舗装された道を力強く踏みしめて、ラキは堪らず駆け出した。希望へ向かって、未来へ向かって、目の前にある明日へ向かって。
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