メシ食うみたいにバレーしよる。
治、お前はそう言ったけど。
俺とお前、あんなに一緒で。遺伝子まで一緒で。
それでもお前と俺じゃ、飯食うみたいに当たり前に必要なもんだけが、違かったんや。
「腹、減ってくるわ
……」
「はあ? おまえ満腹中枢だいじょぶか。いま食い終わったばっかやん」
「今日もネギトロうまかったで! ごちそうさん!」
「おそまつさんー」
「うん。それはそうなんやけどな。それとはちゃうねん」
「いやなんの話やねん、急に」
人のこと、腹一杯に満たしてやった、という満足そうな治の表情。
満たしてやってるくせして、満たされたモンの顔みて満たされてる。
そして俺は、それをおにぎり宮のカウンター越しに眺めてるのが嫌いじゃない。
だからついつい腹が減ったら、ここへ来る。
治のもとに俺はやってくる。
満たされてるヤツの顔はいい。
こっちの心も満ちてくる。
たとえばうちのチームの妖怪どもに「ほうら、どうぞ?」とあげたトス。それを打ちきって点を取ったときの妖怪どもの自信と矜持が爆発したみたいな顔。それを見たときと、少し似てる。見てて気持ち良くなる。とてもシンプルだ。
治は、またコイツ変なこと言っとるわ、みたいなツラして、俺に一瞥して、カウンターから出てきて店の戸を開けると暖簾を内側にしまった。
店を閉める準備をひとりで粛々とこなす片割れを横目で追いながら「俺な、トスあげるんが好きやねん」と言うと「なにを当たり前のこと言うてんねん」と即レスされる。
当たり前って、お前は言うけど。
それが俺の当たり前って知ってるのは、他でもない片割れのお前だからだと、わかってて言ってるのか。わかってないのか。
「最高のトスあげてやったとき。目ぇキラキラさせる妖怪ども見んのも、それを打ってまた打ちたいって目ぇギラッギラにさせるの見んのも、たまらなく気持ちいい」
「フッフ、そらな。たっぷり愛情を込めたら込めた分だけ、ちゃーんと応えてもらえるんは、気持ちええわな」
応えてくれる妖怪どもに、ツムが恵まれて、よかった。
そう言って、自分のことみたいに嬉しそうに笑いながらまたカウンターの内側に戻る治に、俺はどこか物足りなさを覚えてしまう。でもきっとそれは、治は自分のことみたいに笑ってるのに、でも現実はどこまでいっても治のことじゃないからだ。
治は、俺の双子の兄弟で、高校を出るまでは本当に言葉通りに四六時中ずっと一緒にいた。
高校まで学校は一緒で、部活も一緒。
部活はバレー部で、そうすると朝練も午後練も休日も遠征も、みたいになる。
そもそも部活やってる人間て、部活で顔合わせる奴らの方が家族よりずっと一緒におるようになるわけで。
なのに、俺らはさらに家に帰っても一緒におるわけで。部屋まで一緒。ふたり部屋の二段ベッド。ようするに飽きもせず、本当にいつでもどこでも、すぐ隣にいた。
(喧嘩はしぬほどするけど、でも飽きたことはなかったな)
一緒だった。ずっと。ずっと。
けど気がついたら大切なものは、それぞれ違うものになっていた、らしい。
治がまだ同じコートに立ってたら。
治がまだバレーを続けてたら。
そんなことはもう思わない、なんて嘘は吐けない。
思うに決まってる。
トスをあげる先に、必ずお前がいた日々のこと。
なんでもない、ふとした瞬間に自分の指先が上げるボールにどんぴしゃりと跳んでくるおまえはもうどこにも居ないこと、思い出してしまうこと自体には、さすがにもう慣れたけど。
でも居らんのは寂しいと思う感情は理屈じゃないから、俺はきっと引退するまでそれを消せないんだと思う。
片割れは、もうバレーはしない。
その手で大切に紡ぐものは、俺とは違うもの。
違うものだから、できる勝負も確かにある。
違うからこそ張り合いは一生。くたばるまで。
それはそれで楽しい。ワクワクする。いつまでも終わらない競争。俺たちらしいと思う。
ただ、自分のバレーは、コイツと積み上げてきたから。
道が別れるまで、ぴたりとひとつで。
俺が心血を注ぐ先は、バレーボールというボールを落としてはいけない球技で、それで飯を食えるようになるとこまで来れたのは、もちろん俺の力だけど。
それでも結局コイツと意地を張り合い、喧嘩しながら追いついて追い抜かれてと、がむしゃらに燥いできたことでも作られてるわけで。
そう簡単に切り離せるわけがない。
そして、きっと一生切り離せることもない。
「さっきからなんなん。その似合わん小難しいツラ」
「似合わんは余計や」
「気持ちええように大好きなバレーで、今日も遊び倒してきて、するツラやないな」
「
……サムが悪い」
「濡れ衣やん。ほんなら俺も飯のお代もらうで、百万円」
「たっか!!」
「お前、時々そのツラするよな。イジケたみたいなツラ」
「べっつに、イジケてませんし!?
……サムはもう、パキッとしとってええなあって思っとるだけで」
「パキッとって何が。海苔か」
「なんでも飯に繋げんなや、飯馬鹿か! それに海苔ならパリッとやろがい!!」
「飯馬鹿か。ええな。バレー馬鹿に言われたないけど」
「お前やって、昔はバレー馬鹿やったやないか」
「おん。昔もやしなんなら今でもバレー馬鹿は変わらんとちゃうか。どっかの誰かさんの試合は欠かさずみて、バレーボール選手て何食べさしたらええんやろなぁて、暇があると考えてんねんから」
え、ほんま?
と口には出さなかったけど、たぶん顔に出てた。
顔を上げると、ばちっとカウンターの内側にいる治と目が合って。
そしたら、洗った調理道具を丁寧に布巾で拭いてる治の、少し灰色がかった目が、にんまりと細まった。
「そんで。おまえが妖怪どもにハイどうぞってトスあげて、応えてもろて満たされるのとな。俺が誰かに飯どうぞってして、うまそうに食ってんの見て満たされてるのと、大事にしたいもんはなんも変わらんねんなって、思う」
治が言わんとしてることが、びっくりするほどすんなり、手に取るようにわかった。
だって治は、俺の半身だから。
別個体で。別人で。それでもやっぱり自分の一部で、あいつの一部も俺だから。
「
……そっか。サムも俺も、飯食うみたいに必要なもんは一緒で、少しも変わらんか」
「そういうことやな」
「腹減るモンも、腹満たすモンも、
……結局ふたりして同じなんやな」
「ふぅーん?」
「な、なんやねんその勝ち誇ったツラは」
「いやいや? いつまで経っても、あつむくんは片割れ離れできんねんなあ思って」
「はぁー? そんなんちゃいますしぃー」
「そうなん? 俺はぜんぜん片割れ離れできんけどな」
「へっ!?」
「ツム、俺はな。ツムがいつだって、うまそうに食うてくれるから、きっと他の奴にちょっとくらいなんか言われても平気やねん」
「
……お前、それはズルいて。自分だけ素直になんや良いことっぽいこと言いよって」
「ぽいことやのうて、良いこと言うてんねん。それに痩せ我慢せんと、最初から素直に言わんお前が悪いわ」
「ぐぅ
……」
今日はどうも部が悪いらしい。
相手のホームゲームだからって、負けるつもりはなかったけれど。
「次は負けんからな
……」
「テーブルに突っ伏して言うてるのオモロ。明日の朝飯に、なんか持って帰るか?」
「おん、釘煮のやつ」
「二百万になりますぅー」
「さっきより高なってますけど!?」
変わらんもんもあって、変わるもんもあって。
そうやって年とって、じいさんになってくなら、コイツとくたばるまで燥いで生きてけるんだろうなと思う。
終
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