溶けかけ。
2025-02-19 20:36:41
1350文字
Public ほぼ日刊
 

かける

冬の天体観測をするヌヴィレットとフリーナのお話。
寒波は嫌ですね。


 ──本日のフォンテーヌでは星がよく見えるでしょう。

 新聞の天気予報を見たフリーナはその手を止めた。青い瞳は僅かに細められ、真剣な表情でその一文を食い入るように見つめていた。
 それから彼女は気温や風向きなどの欄に目を向けると頷いた。

 ──そうだ、星を見に行こう。

「フリーナ?」
 深夜遅く、パレ・メルモニアでの仕事を終えたヌヴィレットは見慣れた星色の髪をみつけて足を止めた。
「────ヌヴィレット?」
 彼の声にフリーナが振り返る。マフラーに包まれていない頬や鼻先は仄かに赤く染まっていた。
「こんばんは。いい夜だね」
 大きなリュックを背負い直しながらフリーナが微笑みかける。どこへ、とヌヴィレットが問いかければ、天体観測に、と返した。
「それは一人でだろうか?」
 突然の質問に困惑しながらもフリーナは頷く。
 ヌヴィレットは顔を顰めた。

 神を降りたとはいえ、フリーナの求心力は留まるところを知らない。いや、昨年の映影祭以降、名声は更に高まったと言っていいだろう。夜闇に紛れて何か良からぬことを企てる者がいないとは限らず、彼女の従者たちの守りも万全とは言い難い。だが、これらを理由にヌヴィレットが彼女の深夜外出に口を出す権利も失われて久しい。これがまだ神座に座しているときであったなら、世間体を理由に止めることも出来たのだが。
 ヌヴィレットは顎に手をかけて腕を組んで本格的に悩み始めた。
……キミも行くかい?」
 フリーナはヌヴィレットの顔色を窺いなが ら尋ねた。いいのか? と返した彼に彼女は頷きで返すと飾らない笑みを向けた。
「実は少しだけ不安だったんだ。いくら神の目があるとはいえ、大人数に襲撃されてしまえば、僕では手も足も出ないからね」
 ほっと息を吐き出したフリーナの頭を撫でる。困惑の表情を浮かべる彼女に頬が緩むのを感じた。
「さあ、行こう!」
 ヌヴィレットの手を振り切ってフリーナが駆け出す。「はやくしないと朝になってしまう!」と言う彼女に「まだ夜は長い」と返して後を追う。
 ふと、思い立って頭上を見上げれば満天の星空が広がっていた。

……くしゅん! は、はは……。寒いね……
 フリーナは腕を擦りながら鼻を啜る。
 ──今は雨季。
 よく晴れた日の夜は特に冷え込む季節だ。
「あ、ありがとう……でも、これではキミが風邪をひいてしまう」
 上着を脱いでフリーナの肩にかける。仄かに残る熱と安心感を齎す香りに心臓が跳ね上がった。
「私は君のように風邪をひくことはない」
 眉間に薄っすらと皺を寄せてヌヴィレットが呟く。その動作はどこか子ども染みていた。
「それでも、だよ。だから……
 フリーナは上着の片方の袖に腕を通すともう片方をヌヴィレットの肩に掛けた。
「半分にしよう」
 華奢な腕が伸びてきて、ヌヴィレットの腕に絡みつく。ふに、と当たった柔らかな感触については考えないことにして余った袖に片腕を通す。 
「あったかいね……
「ああ」
 吐く息は二人の言葉を白く彩る。
 澄んだ空気を思い切り吸い込めば、濃厚な冬の香りと凍えるような冷たさが肺へと入り込む。

 今日という日を忘れることがないように、と流れる星々に願いをかけた。