望月 鏡翠
2025-02-19 19:31:25
960文字
Public 日課
 

#1636 「苔」「ござ」「領主」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺


 うるさいやつだ。人は立場が上になると自然と態度までおきくなるのだろうか。姿が見える前に、奴がやってきたことは森の生き物たちが教えてくれていた。
 せっかく苔が柔らかく敷き詰められたのに、また踏み荒らされてしまう。仕方がないから、なるべく被害が小さくなる位置に移動することにした。
 大袈裟な重たいマントは帰る頃には、枯れ葉や枝を集めて大変なことになっているに違いない。本人が顔を出す。
 座る場所を見つけることができず、結局俺が座っているござの上に腰を下ろした。俺をグイグイと押し除けてだ。
 マントを体に巻き付けて、しっかりと身を守ることを忘れない。汚いと思っているなら、立ったまま用件を言えばいいものを。
「領主をこんなところに座らせていいと思っているのか」
「気に入らないんなら帰ってくれていいんだぜ。俺は別にあんたを呼んじゃいないし、来ていいともいっていない」
「冷たいことを言うなよ。昔からの友人じゃないか」
「昔は友人だっただけで、今はもうここに友情はない」
「いいや、まだあるとも」
 身分が違う。生活している場所も違う。それどころか、生き物としてのあり方すら変わってしまった。それでも、この男は昔のように尋ねてくる。
「で、なんのようだ」
 嬉しそうに、話し始める。この男は領主である。街を治める仕事があるはずなのに、頻繁に森の奥に来るのだから、まあ余程暇な仕事なのだろう。そこで起こったことをあれやこれや教えてくれる。それを聞き流す。何時間かここで過ごしたあと、忙しいと言って帰っていく。
「忙しいなら来なくていいんだぞ」
「いや、助かってるんだよ。君の頭脳の切れ味は昔から変わらない。話すと自分まで賢くなったようだ。いろんな問題がなんでもないことのように解決していく。本当なら、相談役として迎えたいくらいだよ」
 領主のくせに目の前にある問題が見えていないらしい。
 こんな体で森以外の場所に暮らすことができるわけがない。
 帰る前に必ずあの男が言っていく言葉がある。
 まだもう少し人間でいてくれよ、と。
 いつまでだかわからんよ、と俺は答える。だから早くこんな友情など捨てた方がいいと言っているのに。
 次にくるときは、人の姿を失って森の木々と見分けがつかなくなっているかもしれないぞ。