武器庫として使っているケイブに置いてある使う度に軋んだ音を鳴らすへたれたソファの上でぽつんとひとり膝を抱えながらウェイドは大きくため息をついた。その原因はウェイド本人が握り締めている一枚のカードにある。
「はぁ……自分でいいたくないんだけどさ、俺ってもうちょっと出来る子じゃなかった? いつの間にたった一枚のカードすら渡せないビビりボーイになっちゃったの? 渡すタイミングなんて腐るほどあったじゃん。雰囲気とかも大事だけどさ、まずは渡さないとまったくもって意味がないわけ。スタートラインにすら立ててない。お馬鹿さんでちゅね~、で、誰のせい? ……俺のせいだよ、クソったれ!」
カードを睨み付けながらぶつぶつと文句を言うウェイドを止める者はこのケイブにはいない。
「まぁ、でも、なんていうか言い訳じゃないんだけどさ、渡すタイミングはあったけどなかったっていうか……あー、もしかしてこれって言い訳になっちゃう感じ? ……ですよね~。わかってる、ぶっちゃけ言い訳しか出てこないよね。正直、雰囲気とか考えてる余裕なんてなかったしマジでずっと緊張してて汗めっちゃかいてた。だからカードもこの通り、俺の手汗を吸ってしんなりしてる。……むしろこのカードは渡さなくてもよかったかも。中年おっさんの汗が染み込んだカードなんて誰も受け取りたくないだろ。あっぶね、これが不幸中の幸いってやつ?」
カードを太陽の光に透かすウェイドの口はまだ止まらない。
「もしこんなふにゃちんカードを渡してたら首と身体が離れ離れになってたかも……マジでありえそうだな。やっぱ渡さなくて正解だったわ。んじゃこのカードはここでおさらばしますかね~。マッチどこやったっけ? ん~たしかどっかに置いてあったはずなんだけど……あった! さっすが俺ちゃん、準備がいい。んでもって必要ないもんは燃やすに限る」
ウェイドは赤ん坊を寝床に寝かせるようにゆっくりと丁寧にカードを灰皿の上に置いた。
「……ばいばいカードちゃん、また来年会えたらいいね」
マッチを擦って火をともしカードへと移した。ちりちりと端から焦げていくカードをウェイドはなにも言わずにただじっと眺めていた。そしてとうとうカードに書かれていた文字に火が触れそうになって――
「あっ」
ウェイドの目の前からかっさらわれていったカードはいつの間にか背後に立っていたローガンの手の中にあった。ローガンは苦虫を嚙み潰したよう顔をしていた。
「かえして」
ウェイドはとっさにローガンに向かって手を伸ばしたがソファに座っているウェイドと立っているローガンとではリーチの差がありあっけなく躱されてしまった。
「……なにをしてやがる」
「かえして」
「質問に答えろ」
「それをかえしてくれたら答えてやるよ」
カードを手に収めたまま喉の奥で唸るような声を出しているローガンに対抗するようにウェイドはローガンを睨み付けた。
「てかなんでアンタがここにいるわけ? このケイブは教えてないはずだけど」
「……お前の匂いを追ってきた」
「は?」
「だから、お前の匂いを追ってきた」
「んなこと聞いてるわけじゃねぇよっ、俺はここに来た理由を」
「お前を探してた」
「なんで」
「確認したいことがあったからだ」
顔をじっと見つめてくるローガンに耐えきれなくてウェイドは思わず顔をそらした。
ウェイドの心臓は破裂するんじゃないかといわんばかりにバクバクと鼓動を響かせていた。だがこれは期待からじゃない、激しい後悔と今から言われるであろう拒絶の言葉に耐えるために身体が勝手に血を巡らせているだけだ。
ウェイドが燃やそうとしたカードは今ローガンの手にある。そしてちょうど燃やしてしまいたかった文字は綺麗に残ったままだった。なんでもっと早く燃やさなかったのだと自分を責めるが時間は巻き戻らない。
「……なにを確認したいって?」
顔を背けたままぎこちなく唇を動かしてウェイドはローガンに問うた。
「バレンタインの日、俺はお前から花をもらった」
恐れていた話題に楽しかった生活もこれで終わりか、とウェイドは内心ため息をついた。
「赤色のチューリップだ。お前は日頃の感謝だと言っていたな、相棒になれて嬉しいと」
ローガンの言葉がウェイドに重く圧し掛かっていく。
「ローラに言われた。ウェイドにはなんて返事をしたの、ってな。本当なら花と一緒にカードが添えられていたらしい。……なぁ、そのカードがこれか?」
ローラに相談をしていたことをすっかりと忘れていたウェイドは数日前の自分をぶん殴りたくなった。そしてもうこれ以上なにも言わないでくれと祈るように手を組んだ。
「ウェイド、こっちを見ろ」
ローガンは静かにウェイドの名を呼んだ。その声からは怒りも、憎しみも、嫌悪も感じられなかった。だがウェイドはローガンの顔を見ることができなかった。もしローガンの顔を見てそこに負の感情が浮かんでいたら? もしあのヘーゼルの瞳が拒絶の色をしていたら? ウェイドはローガンに嫌われるのが怖かった。それをたった今しっかりと自覚をしてどうして自分はいつも全てが終わってしまったあとに気付くのだろうと泣きたくなった。
「……ごめん」
ウェイドの乾燥してひび割れた唇から漏れた言葉が弱々しくケイブに転がる。ローガンは黙ってうつむいてしまったウェイドの頭を指先で軽く撫でた後、小さく息を吸って口を開いた。
「Will you be my valentine?」
ローガンから発せられた言葉にウェイドは勢いよく顔を上げた。その言葉はウェイドが燃やそうとしていたカードに書かれていたものだった。
「このカードは俺宛てでいいんだよな」
カードをちらつかせながら有無も言わせぬ圧で詰め寄るローガンにウェイドはぱちぱちと数回瞬きをした。
「えっと、あの、ちょっと待ってもらってもいい? 思ってた展開と違って……」
「俺宛て、だな」
「だから待って……ローガ、ンっ!?」
ローガンはソファの背もたれ越しにウェイドを抱きしめた。――その腕は微かに震えていた。
バレンタインになって欲しいと言えなかった男とバレンタインになりたかった男の話
「俺宛てだって言ってくれ。……頼む、ウェイド」
縋るように力を込められた逞しい腕の中でウェイドは身じろぎした後、そっとローガンの胸に手を当てて小さく「そうだよ」と頷いた。
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