くこ
2025-02-19 14:09:29
5107文字
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毒占欲の解説編(王最)

蛇足の王馬サイド




信念を曲げてまでも手に入れたい、と、渇望したのかどうかは、自分自身でもわからない。
だが、その覚悟をしたことだけは、確かだった。

……また、新しい女?」

ディスプレイに映し出された無機質な文字の羅列が、意味することを感じ取ると途端に醜悪なものに見える。ここには王馬ひとりだったので、何の気遣いもせずに顔をしかめた。オフィスチェアに座り、ペットボトルから直接、炭酸飲料を飲む。
報告の日付は、昨日の夜。彼女と別れたばかりだというのに、性懲りも無く別の女性に逆ナンパされ、2回目の逢瀬で体の関係を持ったようだ。厳密な約束を交わしたわけではないそうだが、彼氏として知人へ紹介したいという女性のお願いを聞いたとあるので、交際している認識はお互いにあるということだろう。王馬たちとは違って。

自然と思考の後ろに付けてしまって、王馬が眉間の皺を深くする。今に始まったことではない。最原が初めて彼女を作ったときから、わかりきっていることではないか。
ずるずると、求められれば応じてしまっている状況は、本来であれば、主義に反する。
思い通りにならないことは、望んでいないが、求めてもいる。すぐさま手の中に堕ちてきてしまっては、つまらない。それはそう。だが、いつまで経っても堕ちてこないというのも、それはそれで不本意だ。まるで、己の手腕を否定されているように感じる。

認めていないだけだ、と、感じてはいる。しかし、「他人の頭の中」もしくは「相手の感情」などという、不確かで曖昧なものを、確証もって断言することなど出来ない。もしそれをする人間がいるとするならば、そいつのことは一切、信用しない方が良い。たとえば、百田とか。
かぶりを振って、憎たらしい男の顔を脳内から消し去る。学生時代でもないのに、そんなやつのために脳のリソースを割く必要は無い。

ともかく、計画の初期段階としては成功している。最原が今でも王馬の家に通ってくることが、それを証明している。問題は、その後だ。
固定観念というのは、厄介だ。学生時代の彼は明らかに赤松へ好意を持っていたから、それはわかっていた。だが、交際経験のない探偵の思考回路が、まさか小中学生から進化していないとは、さすがに誤算だった。さまざまなルートから女性をあてがわれる彼に、少し急いだ方がよいかと短絡的な手段を取ったことが、誤りだったのかもしれない。方向性は、絶対に、間違いではなかった。彼の溺れ具合を見れば、それは明白。
ただ、時たま、ドSも真っ青の、無情とも冷酷とも見える行動を取る最原は、かなり根幹の倫理観が抜けていることがある。たとえば、大きな木の上で子猫を保護したキーボを救出しようとしたときに、「あとから直せばいいんじゃない?」と、そのまま地面に飛び降りるよう助言するような彼である。ちなみに、おそらくその大木からキーボが飛び降りれば、どんなに衝撃をうまくかわしたとしても、半壊では済まなかっただろう。王馬も、あの機械の耐久性をよく知っているわけでもないが。

すべてを、1+1=2でしかない、と、断ずる理性は買っている。それが誘導しやすい要因となっているときも、少なからず、ある。ある、が……
くしゃ、と、頬杖をついた手で髪の毛を握りしめる。青白く光るディスプレイには、ずっと、先ほど開いた報告書が映し出されている。
次の一手を、決めかねていた。




最原の、今までの彼女との最長記録は、3ヶ月である。
今の女性とは、もう4ヶ月近く、関係を保っている。王馬の家に来る頻度も、以前と比べて、減っている。今の彼女とは会うたびにセックスしており、また、今までの女性と違って、最原の負担が少ないようなので、ストレスの掛かり具合が違うのであろう。ペットボトルのふちに噛み付く。
扉の外で、王馬の不機嫌を感じ取っているDICEの古参が、「急ぎじゃなければまた明日ねー」と、王馬の判断を乞うべく並んでいたメンバーを帰す声がする。それに気づき、舌打ちをする。

裏目に出たのかもしれない。最初に性の快感を植え付けたことが。それが、王馬以外からも得られると、知ったからなのだとしたら。とんだ誤算だ。トンビに油揚げを攫われる、どころの話ではない。
確かめる必要がある。王馬は、最原に教えている拠点を引き払う準備を始めた。




坂道を転げ落ちているのではないか、と、考える。
確かめた後のことは、想定していた。どちらのパターンであっても、うまくこなせる自信があった。今までだって、そうやって立ち回ってきたのだから、同じようにやるだけだ。何も、不安なことなど無い。
無かった、はずだ。

(元)王馬の家のインターホンを鳴らした最原が、いつもであれば出迎えられる声がないことを不思議に思い、すりガラスから中の様子をうかがっている。外から見える部分に照明を付けず王馬が滞在していたことは、今までにいくらでもあったので、そのことは疑問に思っていないようだ。
遠隔カメラから最原の様子を眺めながら、その心情を王馬が推理する。推理は、探偵の仕事なのだが。悪の総統も、ある程度の分析と推量が出来なければ、務まらない。
もう一度、細指がボタンを押す。むなしくチャイムだけが鳴り響く。薄い黄色の瞳が、少し寂しそうに見えたのは、王馬の願望が見せる幻覚か。直視しないようにしている己の欲に、自嘲の笑みを漏らす。

ここで、姿を現してしまっては、負けだ。ここからは、我慢比べ。
通常であれば、我慢勝負は王馬の圧勝だ。だが、「鈍感であってもいい」という手段が取れる場合、途端に五分五分となる。最原は、自我のコントロールがうまい。自身へのマインドコントロールと言ってもいい。それは、王馬が、己の矜持によって、どうしても取れない手段であるがゆえに、強い。
敗北の可能性も頭に入れながら、王馬は遠隔カメラの映像を切った。




嫌な予感ほど当たるというのは、錯覚である。
そう感じるのは、意識がそこに向いていることが多いからに過ぎない。実際に統計を取れば、それぞれ、それなりの確率で起こっていることが証明できるはずだ。

そんなことは、わかっている。
そんなことは、どうでもいい。

あるのは、事実。事実が示す、推論。

王馬の新しい居場所を、探していない、わけではない。それは、検索履歴や、瞳の動きから、察することができる。でも、急に姿をくらましてから約2ヶ月、最原が、王馬の家に辿り着いていないのは、事実である。したがって、王馬と最原は、2ヶ月間、セックスをしていない。これも、事実。
もしかしたら、王馬がふらりと最原の元へ現れることを、期待しているのかもしれない。そもそものはじまりが、そのようなものだったのだから、同じことが二度三度あると考えても、不思議ではないだろう。

今の彼女とは、まだ、交際が続いている。半年間。3ヶ月が限界だった最原の、驚くべき記録更新だ。

………………

ひそ、と、DICEの古参が耳打ちし合っている。気付いてるぞ、オマエラ。
わかっている。苛立ちを隠し切れていない己が悪い。感情をあらわにすることは、甘えであり、弱さであり、王馬にとって許しがたい行為である。もっとも、相手がそれをしてくれるのは、むしろ望むところである。感情は、突きやすい隙を作ってくれる。

ひとつだけ、可能性は考えられる。
しかし、その勝負を最原が仕掛けてくるとは、あまり想像が付かなかった。否、感情論を廃すなら、すべての可能性を等しく論じるべきだ。論じるべき、なのだが、それを是とする根拠も足りない。

……どっちでも、いいか」

ぷつん、と、頭の奥で何かが途切れた気がした。

まず、前提が間違っているのだ。
だって、他の誰かに触れることを許している、それ自体が、本来であれば看過しがたい罪であるのに。

であれば、強制的にわからせるしか、無いであろう。




それでも最後に保険をかけてしまうのは、性分だ。
死んでもいい、と、考えたのは、事実。と、同時に、そのような重責をなぜあんな女のために負わなくてはならない、と、考えたのも、事実。

彼女の入院する病院を探し当てた探偵の姿を見て、その中途半端さを、悔いた。彼女に会うためにそこへ来たのだと、思ったから。
雲行きが怪しくなったのは、案外と、最初のほう。言いたいことがあるのではないかと問うたのに、はぐらかされた。彼女のためを思うなら、その態度は、おかしい。もっと、王馬に対して、負の感情を持っていなければ、辻褄が合わない。

試したかった、と、探偵は続けた。
何を、と、言わなかったのは、故意であると察せられる。もしかして、と、王馬の頭が、排除したひとつの可能性を、呼び起こす。しかしそれは、己にとって都合が良すぎる。おいそれとは採用できない。
何も考えていなかったわけではないと、わかるからこそ、期待してしまう。最原の唇が紡ぐ、その先の言葉を。

王馬の家の退去は関係がないだろうと吐き捨てると、探偵はそれを、否定した。

「僕は、関係があると思っているんだけど」

確信を得る。
王馬が家を引き払って最原の前から姿を消した、そのことが、彼女の訃報へと繋がっていることを、最原は、わかっている。そしてそれを、最原自身が手引きしたと、自白しているに等しい。ただひとつの可能性を真正面から肯定されて、王馬の感情が引き上げられる。鋼の自制心で、それを一瞬で押し戻す。

最原は、わかっていた。王馬が、最原を試すために、離れたことを。最原は、王馬を求めているのか。最原は、今の彼女との関係を、望んでいるのか。その結果、後者だと判断した王馬が、どう動くかを見定めていたのだ。王馬の感情を、はかるために。
言葉の無い関係性を、事実だけしか認めない繋がりを、現実での出来事をもって、証明した。

まるで王馬の権謀術数ではないか!
これに歓喜せずして、何にすると言えよう。

「キミの許容範囲、よくわかんなくて。……試したかったんだ」

許容範囲など、あるわけがないだろう。強いて言うなら、許容など、ただの一度もしていない。
ただ、ただ、彼の——最原の、望むものを、尊重しただけだ。
それの限界が、ここだった。それだけのこと。

でも。そもそもの前提が、誤っているならば。
それは、最原の口から、はっきりと、否定されるべきである、と思う。

……結局、オレの質問に答えてもらってないんだけど」

首を傾げた探偵は、本気で質問内容を覚えていないのであろう。血管が浮き出る。これだから、ノンデリは。
王馬は、人間の固定観念が、そうやすやすと崩れないことを、知っている。だから、今まで、「ここまで」と決めた線を飛び越えずにいた。性別など、王馬にとってはどうでもいい些細なものであったが、それを大切とする人間がいることも、理解はしている。そんなつまらないことで、手放す方が愚かであると、そう考えていたからこそ、今まで尊重してきたのだ。

だから、はっきりと、最原の口から告げてもらわなくてはならない。
最後の最後の、確証を得たい。それは、同時に、何かの終わりを意味している。

白黒つけるというのは、そういうことだ。あまり、王馬が好まないやり方である。しかし、もう、綿菓子はそのままにしていても溶けていく一方で、その柔らかさを堪能することは許されないと知る。
思っていたより、己の声が随分と小さくなってしまって、髪の毛の影で王馬は顔をしかめる。

……女の子が、いいんでしょ」

その後の最原のことは、本当に、ぶん殴ってしまおうかと考えたくらいだ。




謝罪の言葉を重ねる最原の、顔を、見ない。
それは同情を引くための演技だったかもしれないし、己の本心であったのかもしれない。王馬自身、それは、わからない。

ただ、言葉を探す最原が、どのようなことを求めているのかは、今まで培ってきた観察眼で、読み取れる。王馬が望むのは体裁ではないだろうと、では何を望むのだろうと、王馬のことだけを瞳に映して語る最原を見るのは、とても、気分がいい。額縁に入れて、ずっと飾っておきたいほどだ。
求める本質はわかっても、それを表す手段に手間取るであろうと、助け舟を出してやる。

「誓ってよ」

最原自身の言葉で。
最原から紡がれるものだけで。

事もなげに告げられた「ずっと一緒にいるよ」の誓いは、内容に比べてずっと幼くて、王馬は、思わず笑った。