🍭
2025-02-19 11:48:41
5025文字
Public
 

ウルデプ小話「春隣に兆す」

看病を通して二人が想いを自覚する話

早朝の街中をローガンは近所のニューススタンド目指して歩いていた。
到着するとスタンドに置かれたラジオからは天気予報が流れており「春はもう間もなく」と気象予報士の言葉が聞こえてくる。
新聞を購入したローガンはアパートへと向かう。
生活を共に送るアルテアは昨日から検査入院で不在。ローラは先ほど学園へと出掛けたため、現在部屋に居るのはウェイドと犬のメリーのみだ。

帰宅するとウェイドが慌ただしく歩き回っていた。
「おかえりローガン。俺ちょっと今からケイブ行ってくるね!」
ウェイドはローガンに要件だけ伝えるとカウチソファに座りケイブに行くための準備に取り掛かる。
五分と経たないうちに、メリーは落ち着き無くウェイドの足下を時折物悲しげに鼻を鳴らして右往左往し始めた。一目で主人を心配している態度だと分かる。
「ごめんねメリー、パパは今からお出掛けするからローガンに遊んでもらってね。」
愛娘が全身を使って心配しているというのに抱き上げることもせず、ウェイドはメリーをローガンの元へ向かわせようとするがメリーはその場を動こうとしない。
無言で新聞越しにその様子を横目で眺めていたローガンは、常人の何倍もの嗅覚と聴覚で朝に顔を合わせた時とは明らかに違うウェイドの異変を察知していた。
体温の上昇で濃くなったウェイドの匂い。そして、浅く速い呼吸音。
「ウェイド、」
ローガンは静かに名を呼ぶと椅子から立ち上がりウェイドの隣に座ると、ボストンバッグに物を詰めていたウェイドの手に触れる。ざらついた手は平常時より明らかに熱を持っていることがすぐに分かった。メリーがウェイドの足に縋って相変わらずか細く鳴いている。
「やっぱバレちゃうか
観念したような声を上げるとウェイドはソファに背を預けて小さく息を吐いた。
「ヒーリングファクターが張り切りすぎてさ、熱出ることあんだよね。今日が二回目。」
「なに?」
「一回目の時学園で調べてもらったら、能力が安定するための反応なんだってさ。俺ヒーリングファクター持ってからそんな経ってないから。」
初めて知る情報にローガンの眉間の皺が深くなる。
「あーらら、そんな怖い顔しないでよクズリちゃん。ガキの知恵熱みたいなもんだから。」
全身を癌に冒されながらも過酷な人体実験の末に獲得した驚異的な治癒能力。タイムリッパーの起動を阻止するためにウェイドの魂と一時的に混ざり合った際に見た生い立ちの一片は、一人の人間が背負うにはあまりにも険しいものだった。
ローガンは、自らを語らず他者に頼らず軽口を叩いて渡り歩く事がこの男の処世術なのであろう事を薄々感じていた。今回もそうなのだろう。
「だからケイブで熱が下がるまで籠ろうってか?」
「察しがいいね、大正解。薬だってどうせ効かないからね。アンタに迷惑は掛けないよ。メリーの世話はお任せする事になるけど。ケイブでちょっとばかしおねんねすれば治る。だからさ、準備の続きさせてくんない?」
ウェイドは先程からローガンに掴まれた自身の手首に視線を落とす。
「“おねんね”しに行くのに、銃は必要なのか?」
怒気は込められていないが、弓を張り詰めたようなローガンの声にウェイドの荒れた唇が引き結ばれた。
「もう行くから、」
熱で頭がうまく回らない。こんな面倒な自分をこれ以上見られたくない。
しばしの沈黙の後、頭の中を駆け巡る思考に突き動かされるようにウェイドは空いている手でボストンバッグを乱雑に掴むと立ち上がった。
その瞬間、ウェイドの膝ががくりと折れる。
「ウェイド!」
ローガンの叫びが耳に入る前にウェイドは意識を手放したのだった。

* * *

目を覚ましたウェイドの視界に、見慣れた天井が映った。目線だけを動かして自分の置かれている状況を確認する。
恐らく高熱のまま急に立ち上がったはずみで気を失い、ローガンにベッドまで運ばれたのだろう。ベッドに差し込む陽の光は朝の白さを残しているため寝ていた時間はそう長くないと分かる。そして、今自分が寝ている部屋は普段ローガンが使用している寝室だ。
ウェイドは未だに熱による浮遊感が支配する頭で、ローガンがこのアパートに来たばかりの頃を思い返す。
以前ローガンをウェイドとアルテアの住むアパートに招き入れた際、物置と化していた部屋を何とか片付けローガンの部屋として充てがった。
ソファで寝るのは俺で、せっかく作った部屋はお前が使えばいい。そう言う放つローガンをなんとか説得して、今ではローガンが寝室として使用して半年が過ぎた。
続いて今朝のローガンとのやり取りを振り返る。
バッグに銃を入れたのはケイブで自らの頭を銃で撃ち抜き、高熱をリセットするためだった。不死の身体を持つウェイドはそれが一番効率が良いと判断した。
ローガンにもその意図が伝わったのだろう。銃を見た時、手首を掴んだ手に僅かながらに力が込められたことをウェイドは知っている。
咎められる前に一刻も早く部屋を出ていきたかったが聞き分けのない子供のように振る舞った結果、全てが最悪の結果となってウェイドに降りかかった。
普段から軽口を叩き気の向くまま行動するウェイドは、己の世界を救ってくれたヒーローであるローガンに三歩進んで二歩半下がる状態ではありつつも、信用と信頼を積み重ねてきたつもりだったが、恐らく今回の件で信用も信頼も地に堕ちたであろう事は容易に想像できた。
「あー、ダサ
ウェイドは小さく呟き自らを卑下する。
自己嫌悪で熱が上がりそうだと額に手を当てると濡れた布の感触が手の甲に伝わる。手に取ると熱ですっかり温くなったタオルだった。ローガンに施された優しさに反して暗澹たる気持ちがウェイドを覆い、鼻の奥がツンと痛んだ。

不意に扉をノックする音が部屋に響く。
「起きてるよ。」
ウェイドがベッドから上体を起こして返事をすると、扉がゆっくりと開かれてローガンが姿を現した。
「ハロー。ごめんね、まさか倒れるなんて思わなくてさ。ベッドに運んでもらって頭にタオルまで乗せてもらっちゃって。推しに看病してもらえるなんて夢みたい。あ、もうケイブに行くなんて言わないからそこは安心してもらっていいよ。」
喋る度に熱で脳が揺れる感覚に襲われるがウェイドは情けない自分を隠すように、しかしローガンの顔を見る勇気はないまま布団を掛けた膝の上に置いた手を見つめていつもの調子で捲し立てた。
ローガンは何も言わず、部屋に置いてあった木製のスツールを持ってベッドの近くまでやって来るとスツールに座り、もう片方の手で持っていた何かをウェイドに差し出した。
「朝から何も食ってないだろ。」
黙らせるために爪を出されたかと思いウェイドは軽く身を強張らせたが目の前に出されたのは皿であった。
「え?あ、ありがと
皿の上には皮が剥かれたリンゴが乗っていた。ローガンの言う通り朝から何も口にしていなかったウェイドは静かにリンゴを食べ進める。
「なあ、なんも言わないの?」
リンゴを一切れ食べ終えた時点でウェイドはローガンに問いかけた。
「熱出して自分勝手な事しようとした挙句に倒れて、迷惑だったろ?」
どんな言葉が返ってきても受け入れようとウェイドは皿を持った手に力を入れた。
「お前を抱えた状態でドアを開けるのは大変だったな。」
「は?」
予想だにしなかった言葉に、ウェイドは気の抜けた声を発して思わずローガンに顔ごと視線を向ける。
ローガンは構わず言葉を続ける。
「居候の身でも、頼られないってのは虚しいもんだ。」
「ちょっと待てって、さっきから全然質問の答えになってない怒ってないの?」
「何を怒るんだ?」
肩をすくめたローガンに今度はウェイドが言葉を続けた。
「何って、倒れたのもそうだけど銃で頭ぶち抜こうとしてたの分かって
「お前やっぱり
一瞬険しくなるローガンの表情に余計な事まで話したことに気付いたウェイドは慌てて口を噤んだ。
しかし眉間の皺はすぐに解かれローガンは短く息を吐いた。
「一人で何でも解決しようとするな、ウェイド。」
真っ直ぐな榛色の瞳に見据えられて、先程の失言に対して弁解の言葉を用意していたウェイドは二の句が継げなかった。
「皿の残り食えるなら食っておけ。タオルを冷やして水を持ってくる。」
ウェイドの背中を労わるようにトンと軽く叩いたローガンは部屋を出ていった。
完膚無きまでの罵倒の言葉を覚悟していたウェイドは暫し唖然としたまま残りのリンゴを平らげ、ローガンの言葉を心の中で反芻した。
ウェイドは今まで私生活でも仕事でも、問題ごとは基本的に一人で解決してきた。とりわけローガンに対してはファン意識が強く、私生活で迷惑を掛けたくはなかった。
しかし無理をしたウェイドの事を責めず、遠慮なく頼れと言わんばかりの言葉をローガンが掛けたことでウェイドの頑なだった心は解け、無意識に作っていた隔たりは無くなっていた。

ローガンから与えられた安心感と未だ下がらない熱が体力を奪ったことが、抗えない眠気をウェイドにもたらす。
布団を被りゆっくりと目を瞑る。ウェイドが今にも意識を手放しそうな中、自分がローガンのベッドに寝ている事を思い出す。当然ながら普段よりも匂いがはっきりと分かる。それが何故か非常に落ち着くのだ。理由を探ろうとするが強い眠気の前に考えは霧散する。
再び扉をノックする音で少しだけウェイドの意識が引き戻された。
氷水を張ってタオルを浸した洗い桶と、ミネラルウォーターのペットボトルを持ったローガンはベッド横のナイトテーブルに桶とボトルを置いてウェイドの側に腰掛ける。
「ごめん俺、ちょっと寝る
「無理に喋らなくていい。寝ていろ。」
「うん
少し顔を傾けてローガンに話しかけたウェイドは天井を向いて瞼を閉じた。
ローガンはウェイドの額に手を当てる。まだ少し熱い額に緩く絞ったタオルを乗せた。
「ローガンの手、安心する
ウェイドの口元が緩やかに綻んで微睡みながら発せられた言葉にローガンは思わず手を止めた。一拍置いて顔を覗き込むとウェイドから規則正しい寝息が聞こえ始める。
ローガンは静かにその場を離れるとウェイドを起こさないよう慎重に扉に手を掛けて部屋をあとにした。
部屋の扉を背にして棒立ちのままのローガンは、肺を空気でいっぱいに満たして吐き出すのと同時に両手で顔を覆ってしゃがみ込む。
ローガンは初め、自身の事を蔑ろにするウェイドにかつての自分の姿を思い出していた。しかし共に任務をこなし共に生活を送ることで自分より遥かに献身的で刹那的なウェイドから目が離せなくなっていた。
自分勝手だとは承知の上で、もっと頼ってほしいと思うようになった。
相棒として、そして共に生活を送る屋根の下の一員として。
そう思っていたのに。
ウェイドが、全てを破壊する爪を持つ手に臆することなく溢した言葉と安堵の表情を見せた瞬間に、ローガンは心の底に埋もれていた本当の気持ちを思い知ってしまった。
「くそったれ
ローガンが低く唸る。
ゆっくりと立ち上がると、頭をもたげた感情を力尽くで捻じ伏せるように両の掌で勢い良く自身の両頬を叩いた。
以降ローガンはウェイドに芽生えた己の感情に大人しく寝ていてくれと祈りながら、熱が下がるまで真摯に看病を続け、ウェイドがいつもの調子を取り戻した後も悟られぬよう努めた。
一方、半日掛けて解熱したウェイドは足早にリビングへと向かい、朝から心配してくれていたメリーをめいいっぱい抱きしめた。カウチソファに腰掛けると愛娘におやつを与えながら看病されていた間の事を思い返す。
ローガンに対して発した寝言同然の言葉はすっかりと忘れていたが、ローガンから掛けられた言葉と熱で朦朧とする意識の中で感じた手の温かさと優しさ、見守るような眼差し。加えてローガンの匂いに安心感を覚えたことはウェイドの心の奥を柔らかに包んだ。
ウェイドはソファ越しにキッチンに立つローガンの背中を見つめた。
先程の熱とはまた違った熱さがウェイドの耳の縁を紅く染める。
ソファに座り直すと、名付けるにはまだ青く伝えるにはまだ拙い気持ちを傍らのクッションごと抱き締めたのであった。

二人の春は未だ遠く。だが小さな種は着実に芽吹き始めていた。