望月 鏡翠
2025-02-17 22:48:25
920文字
Public 日課
 

#1634 「昆虫」「王子」「小刀」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺

#1634 「昆虫」「王子」「小刀」
 王子は、病に倒れた父を助けるために、どんな病も治すという神秘の薬草を手に入れに向かった。それには七つの試練を乗り越えなければならなかった。
 一つ目の試練を越えた人は多くいた。二つ目になると半分に減る。そして三つ目になると、数人になり四つ目は今まで数えるほどしかいなかった。五つ目までたどり着いたのは、王子が初めてだった。
 王子が向かったのは洞窟だった。
 五つ目の試練は川を越えること。そのためには、陸にいる大きな獣を動かさねばならない。獣の餌がその洞窟にいるのだ。
 洞窟の中を松明で照らせば、その壁がざわりと動く。子犬ほどの大きさをした悍ましい虫の群れがいる。元々は白い石灰質の洞窟を黒く染め上げているのだ。
 たくさんの人間が、その虫を連れて行こうとして失敗しました。それは洞窟の内側に根を張るように生きていて、引っこ抜いた途端にぐちゃりと潰れて死んでしまうのだ。
 餌を持っていくことができないので、獣はいうことを聞いてくれませんでした。
 王子には考えがありました。
 小刀を取り出して、洞窟の中の虫の硬い外殻に切先を当てがいました。殻は硬いですが、中身は血と柔らかい内臓しかない生き物です。だから引き抜いた瞬間に死んでしまうのです。
 隙間に刃を思い切り差し込むと、青い血が吹き出します。それを瓶にたっぷりと集めます。空気に触れて血液が黒く変わる前に栓をしました。何度かそれを繰り返して、瓶にたっぷりと血液を集めると、それを持って鶏を用意して川に向かいました。
 獣は生きた餌しか食べません。それは、あの洞窟に住んでいる虫で、運び出すことはできないのです。
 王子は瓶を鶏に振りかけました。生き血をかけることで、鶏は虫の匂いになります。生きた鶏を、獣は虫だと思い込み、喜んで食べました。
 そして餌を与えてくれた王子を主人と認めて、向こう岸まで運んでくれたのです。しかし王子の幸運はそこまでです。
 虫の代わりに鶏を食べた獣は弱って死んでしまいました。だから王子は二度と川の向こうから帰ってくることはできなかったのです。
 病の王様はどうなったのか。それは 誰も知りません。