居合わせたのは単なる偶然で。会話が聞こえる距離にいたのも、二人からは死角となる場所にいたのも、みんなみんな偶然だった。鬼さまの……じーちゃんの話のときもそうだった。
「……それで、話って何、かな?」
「え、えっとその、あの…………おっ、おれ! アオイさんのことが好きです! おれと、つ、付き合ってください!!」
……アオイが、告白、されていた。
直角に曲げた体。アオイに向かってのばされた手。その手が、とられることはなかった。
「……ごめんなさい」
「……あ、そ、そう、ですか。ま、まあだめでもともとみたいなもんだったんで! もとから期待はしてなかったっていうか! フラれるのはちょっと覚悟してたって、いうか……。えっとあの、理由、聞いてもいい、ですか?」
「え?」
「こ、答えられないとかなら全然それでいいんです! ただその、えっと……おれがあなたを、諦める理由が、欲しいだけ、なんで」
「……好きな人が、いるんです」
まるで頭を、鈍器で殴られたような、気がした。周りの音が遠くなって、アオイの言葉だけが頭の中でこだまする。知りたくなかった。気付きたくなかった。だけど知ってしまった以上、気付いてしまった以上、なかったことになんてできない。
……俺、アオイが好き、なんだ。友達、としてだけじゃない。これは、恋の、好き、だ。
たった今、叶わないことが決まってしまったけれど。……いや、いいんだ。だって俺達は友達で。ゼロから、やり直せたわけで。それだけでも奇跡みたいなことで。そう、そうだ。友達なんだ。もうそれで充分だろ。諦めろよ。
……ああ、だけど。だけどさ。
……きみが、好きな人と結ばれるまでなら。きみを想っていても、許されるだろうか。
大丈夫。応援する。手伝いだって手助けだってなんだってする。
だからそれまでは。
せめてそれまでは。
絶対ぜったい、隠し通すから。
きみのこと、好きでいてもいいですか。
「ねえ、スグリ」
「うん?」
「好きな人いるって、ほんと?」
「んぐっ!? げほっげほっ! なっなにいきなり!?」
頑張って咀嚼していたやさいサンドの野菜たちが、変なとこに入りかけた。苦しいのと苦いのが両方襲ってきて、涙がにじむ。
「ちょっと噂で聞いて……そういう反応するってことは、本当なんだ?」
「っ」
しまった。反応を誤った。アオイに知られるわけにはいかない。アオイには、好きな人がいる。
俺はその恋を、応援するって、決めたんだから。
「……えっと。いるには、いる、けど」
「……けど?」
「…………その人、好きな人さいるみたい、だから。俺はその人の恋、応援するって決めたんだ」
「応援? それって、スグリの恋が叶わなくてもいいってこと?」
「……うん。隣にいられるだけで嬉しいし、話したり、バトルしたりするだけでも楽しいんだ。友達でいられるだけで充分、満足なんだ。だからそれ以上は、望まない。その人が幸せになれるんなら、俺の気持ちが、想いが、届かなくても叶わなくても構わない。そう、思ってる」
「……そっか。スグリにそんなに想われてるなんてその人、すっごくすっごく……幸せ者だね」
「……そう、かな」
「そうだよ。……………………うらやましいくらい」
「……アオイ? 何か言った?」
「ううん。なんにも」
笑顔がどこかさみしげに見えたのは、きっと気のせいだろう。
さて。応援すると決めたはいい――まだうまく整理しきれてないけど――ものの。肝心の、アオイの好きな人がわからない。男か女か、年上か年下か、あるいは同い年くらいなのか。パルデアの人なのか、それとも違うのか。まったくもって見当がつかない。アオイが好きになったんだから、きっと素敵な人だろうとは思うけど。……まさかカキツバタじゃないだろうな。もしそうだとしたら俺、素直に応援できないかも……。
直接聞くわけにもいかないし、聞けるはずもない。表立って応援や手助けもできない。そんなことしたら俺がアオイを好きだってバレちまう。くそ、なんであのとき「好きな人なんていない」って言わなかったんだ俺のばか。……でもアオイに嘘つきたくなかったし……。
「わやじゃ……どうしたらいいんだべ……」
「あーっ! スグリいた!」
「アカマツ? そんなに慌ててどうしたんだ?」
「どうしたっていうかこれからどうかしそうなんだよ!」
「えっと……?」
「ごめん、うまく説明できそうにない! とにかくアオイと、えっと誰だっけあの人……? がええっと、シュラバ? なんだ! オレ、タロ先輩とかカキツバタ先輩とか探してくるから、スグリは今すぐセンタースクエアにお願い!」
「わ、わかった」
修羅場ってことは、ケンカか何かだろうか。誰とでも仲良くできるアオイがそんなことになるなんて、想像もつかない。だけどアカマツのあの慌てようを見るに、大変なことには変わらないだろう。急がなきゃ。
「モルフォン! どくのこな!」
「ファイアロー、粉を上に飛ばして!」
「このっ……ハブネーク! ポイズンテール!」
「ブリムオンかわして!」
……普通にバトルしてるだけじゃ……? なんて思ったのは最初だけ。違和感はすぐに確信に変わった。
「アオイ、どうして攻撃しないんだ……?」
相手の攻撃をいなして、かわして。そればかり。相手の手持ちはどちらもどくタイプ。じめんやはがねタイプはアオイの手持ちにいるはず。そうでなくとも、ファイアローだってブリムオンだって相手への有効打になる技はあるのに。一体、どうして。
「ね、ねえ。いくらアオイさんがチャンピオンだからって、攻撃するな、交代するな、なんて条件ひどすぎない?」
「!」
「あー、それね。向こうが一方的にふっかけてきたみたい。断ったり違う条件にする隙もひまもなかったんだってさ」
「てかさ、なんであの子あんなにブチギレてるわけ?」
「さあ、どうしてだろ……?」
なんだその条件は。そんな理不尽なバトル、今すぐやめさせるべきだろ。
なのに誰も、動かない。動けない。
「……あーもうムカつく! あんたさっきから避けてばっかでさあ! 律儀にこっちの条件飲んでんじゃないわよこのいい子ちゃんが!!」
「……」
「何か言いなさいよ!」
「……どうして、こんなこと」
「……はっ。どうして、ねぇ……。……ふふ、うふふ。そうよね、あんたは知らないわよね。知らなくて当然よね。だって八つ当たりだもの。言いがかりだもの。あたしが一番よく分かってる」
「……?」
「……あたしね、彼氏がいたの。ついこの間までね。大好きで大好きで、今でも好きなの。でもある日突然、別れようって言われて。あたしかなりショックでさ。別れたくない、こんなに好きなのにって泣きついて。……そしたら彼、何て言ったと思う? よくある話よ。『他に好きな人ができたんだ』って。それで、あたし達は別れた。……無理やり自分に言い聞かせて、立ち直ろうとした矢先のことだったわ」
「彼があんたに告白して、フラれた話を聞いたのは」
「え」
「……よりを戻せればって一縷の望みをかけて、もう一度付き合えないか話をしてみたけどだめだった。あんたを諦めたけど、それでまたすぐあたしと付き合えるほど不誠実じゃないってさ。素直で素敵で誠実で。そんなところも好きで。……だからこれは腹いせなの。八つ当たりなの。言いがかりなの。あんたは悪くないし、彼も悪くない。みんなみーんな悪くないの。でも、でもね……」
「やっぱり納得できないからさ。ちょっと痛い目、みてくれない?」
「! アオイ!!」
「えっ」
気付いたときには既に遅く。相手のモルフォンが、アオイの腕に噛みついていた。白い制服がじわり、赤く染まっていく。
倒れていくのが、やけに、スローモーションに見えた。
全力で走っているのに、やけに、遠く感じた。
「アオイ! アオイ!!」
「っう、ぁ……!」
顔色が明らかに悪い。傷自体はそんなに深くないようなのにどうして。……まさか、どくどくのキバ?
「……っ! おっ、まえ! 自分が何したのかわかってんのか!?」
「……えっ、あ、え? な、なんで……? あたし、指示したの、どくのこな……なのに」
「技の問題じゃない! ポケモンに、トレーナーへ直接攻撃する指示したんだぞ!? それがどういうことかわかってんのかって聞いてんだ!!」
「ス、グリ。だめ。だめ、だよ……」
アオイの声は弱々しくて。心配よりも相手への怒りが勝って。掴みかかろうとした俺の歩みを止めたのは。
「確かにこりゃ、ただごとじゃ済まされないねぃ」
カキツバタだった。
「ほらほら見せ物じゃないんだからよ。そら散った散ったー」
「ちょっとあんたなに撮ってんの今すぐ消しなさい!」
「あなたはネリネと共に職員室へ」
「……はい」
ネリネは生徒を連れていって。カキツバタとねーちゃんは他の生徒を解散させて。俺とアオイのもとには、アカマツとタロが来てくれて。……なぜか教師は、この場に一人たりともいなかった。
「これ、どく状態、だよね。タロ先輩、人にどくけしって使える……?」
「ううん。ポケモン用だから人には使えない。きのみなら、大丈夫なんだけど……」
「そ、そうだ! オレ誰か先生呼んでくる!」
「お願い」
「うっ……うう……」
かばんからモモンのみを取り出して、口元に当てる。とてもきのみを食べられるような状態じゃないのはわかってる。この様子だと水だって難しいだろう。
「アオイ、アオイお願い。これ食べて。口、開けて」
「…………ぅ」
だめだ。意識が朦朧としてるみたい。それにどんどん顔色が悪くなっていく。もうどくはダメージが増えていく状態異常だ。早く、はやくしなきゃ……!
「……っ、ごめん、アオイ」
「え、スグリくん!?」
口に当てていたモモンのみを、自分でかじる。噛んで小さくして、舌でつぶして。少しでも、飲み込みやすくなるように。
そして、アオイに。
口づけた。
顎を押さえて、わずかに開いた唇の間に舌をねじ込み、つぶしたモモンのみを流し込む。
ごめん。ごめんなアオイ。後で殴ってくれて構わないから。どうか許して。どうか。
どうか。
どうか。
お願い。飲み込んで。
こく、と喉が動いた気配。やった……! 成功した……! だけどまだ足りない。今のはほんの一欠片だ。もう一度、同じことをする。今度はさっきよりもすんなり飲み込んでくれた。もう一度、もう一度と繰り返す。
「んっ……」
「っは……アオイ?」
固く閉じられていたまぶたがゆっくりと開いて、榛色がのぞく。その焦点はぼんやりとしていて合わないものの、さっきよりはずっと顔色がよくなっていた。
「よ、よかった……」
「スグ、リ……? これ、ゆめ……?」
「え」
ぽしょぽしょと何かを呟くと、まぶたは再び閉じられる。一瞬焦ったけど、どうやら気を失ってしまっただけのようだ。
「ねえ、ねえちょっと! あたしこのがっこの先生じゃないんだけど?」
「ごめんなさい! なんかどこにも先生見つからなくて……あ! でもアオイはアカデミーの生徒ですよね?」
「は? それならそれを早く言いなさいっての!」
「アカマツくん!」
「アカマツ。それに……」
ミモザ先生。確かアカデミーの、保健の先生だ。特別講師で来てたのか。
「んで? どういうことか説明してくんない?」
「アカマツ……」
「ご、ごめん。探すのに必死になっちゃって説明しそびれてたかも……」
「……では私が説明しますね。スグリくんもそれでいい?」
「うん。お願い」
「……なるほどね。ちょっと診せて。……うーん……傷はそんなでもない、のかな。ちゃんと患部診たいけどここじゃあね……。あと毒くらったんだっけ? それはどうしたの?」
「えと、モモンのみを俺が食べさせました。一個丸々ってわけじゃない、ですけど」
「おっけーおっけー。だからある程度毒消えてんのね。大丈夫、ほとんど残ってないみたい。けど起きたらもうちょい食べさせたほうがいいかも。あと、絶対どっかにいるはずの医者にも診せなきゃね。あたしはあくまで――養護教諭の免許も持ってるけど――保健師だからさ。とりま医務室まで運ぼっか」
「手伝います」
「ん。ありがと」
「ガオガエン、頼める?」
「ガウ」
俺が運べればそれが一番よかったんだけど、悲しいかなそんな力は(まだ)なく。タロとアカマツはねーちゃん達の元へ、事態を収拾するために向かっていった。
「ここよね。しつれーしまーす……って、なんで誰もいないの? ……まーいいや。ひとまずベッドに寝かせてあげて」
「はい。ありがとな、ガオガエン」
「ガゥ」
「んじゃスグリくんさ。カーテン閉めて、外出ててくんない?」
「え?」
「腕。脱がせないと診れない位置だから。ついでに誰か戻ってきたら教えてくれる?」
「あっ……は、はい!」
アオイが噛まれたのは二の腕。腕まくりした程度じゃ怪我したところは出てこない。……ん? てことは今、アオイは上、脱……って何考えてんだ俺は!! あ、そういやアオイの唇やわっこかっ……だから何考えてんだって!! あれは治療行為! 人命救助! うう、わやじゃ……。
頭の中を支配する、よろしくない考えを懸命に消し去ろうとしていると、おもむろにカーテンが開く。
「……何してんの?」
「……い、いえ、なにも……」
「そ。んじゃ頼みごとしていい?」
「な、ん、ですか?」
「あたし今から人探ししてくるからさ。アオイのこと見ててやってくんない? で、もし目が覚めたらモモン食べさせてやってよ」
「わ、かり、ました」
「んじゃよろー」
そうして一人、残される。正確には二人、だけれど。ベッドの隣にイスを置き、そこに座ってアオイの寝顔を見る。
すうすうと寝息をたてて眠るアオイは、さっきまで苦しげにしていたのが嘘のように穏やかな顔をしていた。それでも制服に残る血のあとが、現実だったのだと告げてくる。
「ほんとに、助かってよかった……」
「ん……」
「!」
「んぅ、んん……? こ、こ、どこ……?」
「アオイ!」
「へっ!? す、すす、スグっ……いっ!」
「わ、急に起きると危ねえって! それとあんまりそっちの腕さ体重かけないほうがいい。怪我してんだから」
「う、うん、わかった……?」
落ち着いたのを見計らってから、どくどくのキバをうけたこと。傷はそこまで深くはないものの、もうどく状態になってしまったこと。モモンのみを(口移ししたことは伏せて)食べさせたこと。ミモザ先生を呼んで対処してもらったこと。医務室まで運んできたこと。ミモザ先生は今不在なことを話した。
「そっか……。じゃあ、あれは本当に夢だったのかな……」
「? なんか言った?」
「う、ううん! なんでもない。……あのさスグリ。あの人、どう、なるのかな……」
……自分に怪我を負わせたトレーナーの心配か。ほんと、お人好しで優しくて、危なっかしくて目が離せない。……そんなところも好きなわけだけど。
「……わかんね。けど、トレーナー失格だって言われても仕方のないことさしでかしたのは確かだから、それ相応の処分は下される、と思う」
「……そう」
「……あ、えっとそうだ。これ食べられそう?」
「モモンのみ?」
「うん。まだ毒が残ってる可能性があるんだって。無理そうなら切ったりつぶしたりしてくるけど……」
「ううん平気。ありがとう」
両手で受け取って。小さな口が開いて、きのみをかじる。口からもれた果汁が唇を、ぬらし、て……。
「……そんなに見られてると、食べづらいな?」
「わやっ!? ご、ごめん!」
消し去りきれない記憶が煩悩を呼び起こして、いたたまれなくて。視線を自分のひざに移したはいいものの、かじる音と飲み込む音がやけに大きく聞こえてしまって。いっそベッドへと突っ伏してしまいたかった。そんなことしないけど。
「……おわった、よ?」
「そ、そう……。んだば俺、誰か呼んで……え?」
くんっ、と引っ張られた気がして振り返ると、アオイがジャージの裾を掴んで……いや、つまんでいた。え、なに。わやめんこい。ではなくて。
「アオイ……?」
「スグリー!!」
「!」
「!!」
手は、いとも簡単に離れていく。ちょっとさみしい、かも。
「アカマツくん空気呼んで。アオイさん寝てたらどうするの?」
「あっ、そっかそうだった」
「もう……」
「タロ、アカマツ。向こうはもういいの?」
「うん。後は大人に任せてよー、ってシアノ校長が言ってた」
……それは……大丈夫なやつでいい、んだよな……? あの場に大人誰一人いなかったんだけど……。
「ネリネさんとゼイユさん、それとカキツバタが説明役として行ったから問題ないとは思うけど、後で聞いてみるね」
「あ、ありがと」
顔に出てたかな。
「ん? アオイ目さめたんだ!」
「あ、うん。心配かけてごめんね?」
「じゃあオレ、先輩達に連絡入れてくる!」
「お願いね」
「はい!」
一応医務室だからなのか、アカマツは外にでてしまった。もしかして、ねーちゃん達のところに直接向かった、とかではないよな……?
「……アオイさん。腕、どうですか?」
「うーん……体重かけると痛むけど、結構動くし大丈夫そう。心配してくれてありがとね、タロ」
「……いえ。私はなにも、できていませんでしたから」
「んなことね。タロ達がいなかったら、事態はもっとひどくなってたと思う」
ふるふる、と首を横にふると、無理してるのがわかる顔で笑った。
「いいえ。カキツバタ達のほうがずっと落ち着いて行動していました。私はアオイさんが落ち着いたから動けたのであって、それまではなにも、できなくて。アオイさんが無事で、ほんとうに、ほんとうによかった……」
「タロ……」
「それに。一番すごいのは、スグリくんですよ」
「え、俺?」
「だってスグリくん、アオイさんにモモンのみを」
ん? ちょ、ちょっと待って! 今それ言わないで!! ていうかずっと言わないでいて!!
「たっ、タロ待っ」
「口移しで、食べさせてあげたんですから」
「えっ」
「わーー!? わーー!?!?」
「……あら? ナイスアシスト、かな? では私はこれで。スグリくん、大丈夫だから頑張って」
何を!? 何が大丈夫なの!? 何を頑張れっていうの!?!?
「あ、の」
「きっ、きき、緊急事態! 不可抗力! 治療行為! 人命救助!!」
「よ、四字熟語……?」
「うう……わやじゃ……。アオイ俺のこと殴っていいよ……」
「え、なんで!?」
「だっ、だって俺、アオイと、その……非常時だったとはいえ、きっ、きき、きす……」
「っ、そっ、それなら私だって同じだよ! スグリ好きな人いるのに、そんなことさせちゃって……」
いや俺にとってはなんら問題のないことなんだけど。でもアオイは、俺がアオイのこと好きなのは知らないわけだしどう言えば。
「えっとあの、忘れて? アオイだってよく覚えてないだろうし、俺も忘れるから」
嘘だ。忘れられるはずがない。
「……やだ」
「え」
「っ!」
アオイはとっさに口を手で押さえたものの、顔がどんどん赤く染まっていく。その赤みが、毒によるものなんかじゃないことは、俺でもわかる。
もしかして。いや、そんなまさか。そんなこと、あっていいのか。
「……アオイさ」
「なっ、何……?」
「……好きな人、いるん、だよな?」
「!? な、なんで知っ」
「……ごめん。アオイがその、告白されてるとこ、見てて。盗み聞きするつもりは、なかったんだけど」
「…………」
「でな? アオイの好きな人、俺、わかったかもしれね」
確信はまだないけど、と付け足して。これで違ってたら恥ずかしいどころの話じゃない。けど、この機を逃すわけにはいかない。
「アオイの好きな人って……」
「……俺?」
「…………ごめん、なさい」
「えっ!? あれっ? ち、違ってた……?」
そうだとしたらここから逃げてしまいたい。
「ううん。あってる、あってるの。だけどスグリ、好きな人がいるんでしょ……? だから私、わたし……」
……ああなんだ。そっか。そういうことか。
「アオイ」
「っ、ごめ、なさ……」
「謝らねえで。大丈夫。大丈夫だから」
「でも……」
「だって俺の好きな人は」
「アオイ、だから」
「……………………えっ?」
「……にへへ。両想い、だな?」
「えっ、え? ええ……??」
「え、アオイ? アオイーー!?」
気、失っちまった……。
そこへ運悪く戻ってきたミモザ先生に、俺はこっぴどく叱られた。
その後、件の女子生徒は退学となった。本人もしでかしたことの重大さをわかっており、反省もきちんとしていて。さらに被害者であるアオイが校長に直談判したらしいのだが、本人たっての希望なのだという。いずれ戻れる停学ではなく、ここから離れる退学にしてほしい、と。
ちなみに直談判した話を聞いたねーちゃんは。
「こんのお人好しが! アオイ、あんた軽く死にかけたんだからね!?」
激怒していた。
「うーん……でも今こうして元気なわけだし、それに傷だって残ってないから」
「それとこれとは別の話よ! あんたもっと自分を大事にしなさいよね!」
「ぜ、善処します……?」
「そこは言い切りなさいよ!」
「アオイ、もう行こ?」
「う、うん」
「こら逃げるなー!」
そして後日。いろいろ落ち着いた頃。
きちんとお互いの想いを確かめ合って、晴れて両想いになることができた。
「夢みたいだべ……」
「何回言うの? ちゃんと現実だよ。……まあ、私もまだちょっと夢みたいだなって思うときあるけど。でも、ちょっと残念だな」
「ん? なにが?」
「……せっかくのファーストキス、あんまりよく覚えてないの。夢だと思ってたし……」
「!? あ、あれはあくまで不可抗力で……」
「それはそうだけど!」
「……」
「スグリ?」
「……んだば、今からやり直し、する?」
「へっ?」
「……冗談だべ」
「なっ……」
だって今は、手をつなぐだけでお互いいっぱいいっぱいで。抱きしめたりするのもまだぎこちなくて。だけど、だけどいつかは。
「アオイ」
「……なに?」
「いつか、けど近いうちに。絶対やり直し、しような?」
「〜〜っっ!?!?」
「……にへへ」
俺達はどうも、うまく話ができなくてこじれやすいらしい。だから話そう、いろんなこと。何気ないことも、ささいなことも、他愛ないことだって。なんだって話そうよ。もちろん、何もかもをってわけにはいかないけれど。ケンカになることだってあるかもしれないけれど。それでも、もうこんなのはこりごりだから。
「アオイ」
「ん?」
「好きだよ」
「!? いきなりなに!?」
「……言いたくなっただけだべ」
これからは思うだけじゃなく、きちんと言葉で伝えよう。そう決めた。
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