冥土うさ
2025-02-17 21:21:57
Public TXT
 

誰がための笑顔

FF14二次創作。
オルシュファン卿の恋人のため、幻想薬を使って彼に成り代わるヒカセンの話。
独自解釈。時系列は3.3前後

「まぁ、素敵な花束! あなたが選んでくださったの?」

 色とりどりの美しい花を束ねたそれを両手に持ち、彼女は柔らかな笑顔を見せた。淡色で整えられたその花束は、慎ましい彼女によく似合う。
 その笑顔が見られたことに、“オルシュファン卿”はひとまず安堵した。

「花のことは詳しくないのでな、店の者に手伝ってもらった。気に入ってもらえたようでなによりだ。」
「ふふ、ありがとうございます。嬉しいわ。」

 その女性は、貴族ではなかった。クルザス原産の甘い果実、シャインアップル農家の娘さんだ。

 イシュガルドという閉ざされていた国の、四大名家――――オルシュファンの生家はその一角、フォルタン家だ。姓に家名を冠していないのは、彼が庶子だから、ただそれだけの理由。
 しかし、庶子とはいえ騎士の称号をいただき、立派に務めている。キャンプ・ドラゴンヘッドは彼が詰めている拠点だ。
 そんな彼と懇意にしている異性がいれば、家の者が黙っていないだろう――――そう思うだろうが、実はそこまで人間関係には厳しくない。まだイシュガルドが閉ざされていた頃から余所者である「光の戦士」に友好的だった事実を見ても、それは何らおかしなことではないだろう。

「光の戦士」と呼ばれるその冒険者は、友であるオルシュファン卿と、その女性の関係を偶然知っていた。
 クルザス中央高地で請け負った任務の最中、二人のやりとりを見る機会があったのだ。

「これを、私に?」
「はい。オルシュファン様のお口に合えばいいのですが……
……ここまで艶やかで美味そうなパイは見たことがない。実にイイ。まるで強靭な肉体の……ゴホン、……いや、ありがたく頂戴しよう。」

 冒険者もよく聞くおかしな言動を珍しく言い淀み、まるで精巧なガラス細工にでも触れるように柔く、彼女の手に触れていた。
 頬を染め合うその様子を見て、知り合いや友人なのだろうと思い込む人間など、ただの節穴だ。
 彼女の農園で採れたシャインアップルを使ったアップルパイは、頬が落ちるほどの絶品で――――オルシュファンは等分された一切れしか冒険者に分け与えなかった。
「気に入りの冒険者、仲の良い友人だから与えるのだ」――――そう言って不服そうにそっぽを向くなど、何と珍しい姿だろう。
 彼女の作る菓子でなければ、おそらくオルシュファンはキャンプの人間全員に分けただろう。そういう男だと、冒険者は彼のことをよく知っている。


 暮れゆく赤い陽に照らされた彼の穏やかな顔は、冒険者の記憶に焼きついて離れない。悲しい顔は似合わぬぞと言ったあの言葉に、おまえは笑顔がイイと言ったその言葉のろいに、冒険者は囚われている。

 ことが落ち着いた頃、冒険者はあの女性のことを思い出した。彼女はオルシュファンの訃報を、その最期を知っているのだろうか。悲しんではいないだろうか。
 それを思うと居ても立っても居られず、冒険者は雪原を駆けた。

「オルシュファン様は、いらっしゃいませんか?」
「あなたは……、」

 キャンプの騎士は言葉に詰まり、それ以上を上手く話せないようだった。誰だって相手が悲しむことをわかりきった報告などできるはずがない。冒険者だって、そんな役回りはごめんだ。

「この頃、一段と冷えますでしょう? ホットアップルティーを淹れてきたのです。よければ、みなさんで飲んでいただきたくて。」
……あ、いや、ありがとうございます。」

 大きな水筒からは、温かそうな湯気が立ち上っていた。少し離れたところに立つ冒険者にも、その甘やかな香りが届きそうだ。騎士が目を閉じて、その香りを肺いっぱいに吸い込んでいた。

――――オルシュファンは、別件で本国に帰ってるよ。」

 なぜそのような出まかせが口から飛び出したのか、冒険者は自分自身にひどく驚いた。しかし、後悔はない。

「あら、あなたは……オルシュファン様とよくお話をされていた冒険者さんですね。そうですか、彼は留守なんですね。」

 眉を少し下げたその微笑みにオルシュファンと過ごす時のような明るさはなかったが、それでも――――



「ちょ、ちょっと、あなた! なによその格好!」

 赤い衣装の少女が大きな声を出して“彼”に詰め寄る。
 鮮やかな空色の頭髪に、切れ長の瞳、背の高いエレゼン族の男性。そこにはたしかに、亡くなったはずのオルシュファン卿が立っていた。

「オルシュファン卿……? いや、まさか、君なのかい?」

 青い衣装の少年も、少女そっくりの顔を驚きに彩りながら問いかける。“オルシュファンの姿をした人物”は、二人に向かって微笑んだ。その笑顔はたしかにオルシュファンなのに、双子にとって違和感しかない。
 その正体が、彼らのよく知る冒険者であると、なぜかわかってしまうからだ。

「あの怪しい薬を飲んだのね?! 信じられない!」
「驚いたよ……まさしくオルシュファン卿そのものだね。」
「感心してる場合じゃないわよ!」
「そうだね……――――身体は、何ともないのかい?」

 細胞レベルで人体を作り変えてしまうその薬を、「幻想薬」という。己の容姿を思いのままにできると噂される奇跡の薬だ。冒険者は砂の都市ウルダハで手に入れたその薬を躊躇うことなく服用した。
 たしかに、味はひどいものだったし、激しい細胞の変化により尋常でない痛みを伴った。しかし、それ以上につらい痛みを冒険者は知っている。まさしく胸を貫かれるような、悲しくて、痛い、あの喪失感を――――

「大丈夫だよ。」
「そうか……。その姿になった理由を、尋ねても?」

 目尻を釣り上げて睨んでくる少女とは違い、少年は遠慮がちに彼を見上げた。

……秘密――――と言っても、納得しないか。」
「当たり前でしょう。ちゃんと聞かせてもらうから。」

 ふんす、と鼻息荒くする少女に冒険者は苦く笑う。その言動が、彼女の自分勝手なわがままではないとわかっていた。冒険者を心配するが故、どこまでも食い下がるのだろう。

……悲しませたくない人が、いるんだ。」

 聡い彼らは、なぜオルシュファン卿の姿をする必要があるのか、その一言で理解したのかもしれない。

「そうか――――でもどうか……どうか、君自身が傷つかない選択をするんだよ。」
……ありがとう。」
「あなたを傷つけるようなやつなら、私が殴り込みに行ってやるから。」

 勇ましく拳を左手に打ち付ける少女に、やっと冒険者自身の笑みがこぼれた。



 花束を受け取ってくれた女性を見つめながら、先のことを思い出した。自分自身が傷つかない選択とは、いったい何か。考えてもわからなかった。
 これまで冒険者として、人々の役に立つ行動をとってきた。人助けと称したお遣いじみたこともたくさん行った。それによって感謝され、人々の笑顔が見られたことに喜びを感じ、そうして「光の戦士」や「英雄」などと呼ばれるまでに至ったのだ。

「あなたは――――とても優しいのですね。」
「え?」

 女性は、微笑んでいた。微笑みながら、涙をポロポロとこぼしていた。

「ど、どうした? なにか、」
「私、気づいていましたよ。最初から……

 ハッと、“オルシュファン”の目が見開かれた。彼女の言葉が何を意味しているのか、説明などなくてもわかる。
 視線は自然と下がり、淡色の花弁に落ちた雫に向く。冒険者はそこから視線を上げることができなくなってしまった。

「あなたはとても優しいお方。そして、オルシュファン様との仲もよろしかったのでしょうね。あの方のことをよくわかっていらっしゃる。」
……、」

 責め立てる声音ではなかった。しかし、失望させただろう。悲しませただろう。何より、泣かせたくなどなかった。涙など、一粒だってこぼさせたくなかった。
 しかし――――

「でも、だからと、私からオルシュファン様とのお別れの機会を、奪ってほしくなかった……
「それは……
「あなたは、いつも祈るように、私に物を贈ってくださいましたね。」

 それは、無意識のことだ。冒険者にその自覚はなかった。いつだって、彼女のことを思っていた。オルシュファンがそうしたように。
 しかしそれは、とても残酷で無慈悲な行動だったのだろう。死んだ恋人の死を悟らせず、見知らぬ人間が成り代わっていたなど、恐怖でしかない。
 それでも、彼女は冒険者の自己満足に付き合ってくれていたのだ。

「っ、」
「あなたもさぞ悲しまれたのでしょう? 悼む機会を奪われたら、どう思いますか?」
……すまない。」

 花束を片手に抱き、女性の柔らかな手が冒険者の頬に触れる。イシュガルドという雪国の中にいても、それはとてもあたたかいものだった。

「もしや、あなたも泣けていないのでは? あの人のことです。悲しまないでと、あなたに願ったのではないですか?」

 とても、あたたかかった。
 あの日、夕陽が差すあの場所で握った盟友の手は、手袋越しであっても冷たいものだった。次第に温度をなくしていくその変化が、とても恐ろしかった。

「っ、……泣いては、いけないと……っ!」

 喉の奥が急に狭まったようだった。息苦しく、上手く息を吸えない。鼻の奥がツンと痛んで、眼の奥も熱くチカチカする。
 泣いてはいけないなど、言われたわけではない。しかし、悲しい顔は似合わないと言われた。だから、逝こうとする彼の前では、笑顔でいなくてはいけないと。彼のために、笑顔でいようとした。


「本当に、優しいお方……つらかったですね。」


 声を押し殺しながらしゃくり上げるその騎士の姿は、彼女にはどう見えていたのだろうか。優しいその声を発する顔は、冒険者の視界では滲んでよく見えなかった。



END.



あとがき
幻想薬でオルシュファン卿のレシピなるものを発見してキャラクリした時に頭によぎったお話でした。
ヒカセンは種族も性別も特定しないよう気をつけましたが、そもそもあまりおしゃべりしない人なのでなかなかに難しい

だいたいはこのような文章を書くとが多いし、ギャグよりシリアスが得意(?)です。

お読みいただき、ありがとうございました。