しゃどやま
2025-02-17 18:27:34
1982文字
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【宗戴】黄金の午後

幼少期捏造。ワンダーランド雨竜のBエンドのネタバレを含みます。

黄金の午後

 叢雲は、ただいま帰りましたと言いながら門扉をくぐる。使用人が迎え、書道の習い事のバッグを受け取った。
「おかえりなさいませ。ただいま、絶空様は分家の方を迎えております。ご挨拶は後にいたしましょう」
 初老の使用人は微笑みかける。叢雲は頷いて、手を洗いに洗面台へ向かった。客間に続く廊下からは、大人の密やかな声。音を立てないように歩いて、手を洗うと遊び相手を探した。
 叢雲はいつもの陽だまりを覗き込む。猫用の座布団に、遊び相手はいなかった。午後の陽気の中、昼寝をしているだろうと思ったのに。
「あ」
 振り返った視界のはしに尻尾がうつる。猫の気配に、叢雲は表情を明るくした。猫を追って、角を曲がる。階段を降りていく姿を見て、ふと違和感を覚えた。
……書庫が、開いてる?」
 階段の下にある書庫の扉が開いている。イタズラをしないように、本を家の外に持っていかないように、と言われていた叢雲には少し縁遠い場所だった。読み終えた本も仕舞われているが、あまり向かわない。猫が入っていった扉を、じっと見つめた。
「っ! ねこ?」
 中から子どもの声がする。驚いた声に、叢雲は扉を開けた。
 そこには、金髪の小さな子がいた。自分より少し年下だろう。ふわふわの髪に、よそ行きの和服。冷たいだろうに床に座って、本を抱きしめていた。猫がふんふんと匂いを嗅ぐのに驚いて、怯えたように体を縮めている。
……誰?」
 叢雲は習った礼儀を全て忘れて、ぼんやりと一言を口にする。抱きしめたおとぎ話の本から出てきた子かもしれないと、本気で思ってしまっていた。
 猫が退屈そうに離れ、叢雲の横を抜けていく。叢雲に気づいたのか、金髪の子は居住まいを正して頭を下げた。
「むらくもさんですね。ごあいさつにうかがえず、失礼しました」
「あ、うん……君は」
「高塔たいてんです」
「そっか……
 父上の弟の子どもだ。名前を聞いたことはある。どこかのパーティーですれ違ったこともあると思う。二人で話すのは初めてだった。
 背筋を伸ばした戴天は、少し早口で説明する。
「父にあまり歩き回るなといわれたので、書庫を借りています」
……うん」
 叢雲は上の空で頷く。絵本に出てくる外国の子のような、自分と違うふわふわの髪に見惚れていた。
 仲良くなりたい。膝をついて、隣に座る。叢雲は本を指さした。
「おれは、もうその本を読んだよ。面白かった」
「そうですか」
 戴天はちら、と本に目をやる。続きを読みたいけれど、叢雲の前で礼儀を欠くわけにはいかない、といった悩みが表情に出ていた。
「読んでていいよ」
「あ、ありがとうございます」
 戴天はまた頭を下げて、本を開く。懐かしい物語を目で追っている。赤茶がかった瞳が、左右に動くのを覗き込む。叢雲は真剣な表情をじっと見つめた。
「うーん……
 視線が止まる。一つの単語を見て、戴天は首をかしげる。
「どうした……?」
……ちょっと、わからない単語があって……
「これはだじゃれだよ。ButterとButterflyを混ぜてるんだ」
 叢雲はふふん、と鼻を擦った。少しお兄さんぶれたことが嬉しい。戴天もきっと尊敬するだろう。
 戴天はこちらを見て目を丸くして、言った。
「どうして?」
 どうして。それは叢雲にはわからない。なぜだじゃれが愉快なのか、難しすぎる問題だった。二人で鏡写しのように首をかしげる。
……おもしろいからじゃないか?」
「ふしぎですね……
「ふしぎな本だからな……
 戴天はまた視線を本に向ける。瞳が叢雲から離れるのが、少し残念だった。

 戴天のよそ行きの着物は、身長にしっかりと合わせられている。大人が選んで着せたんだろう、縁起のいい模様だ。シワにならないよう伸ばしながら座っている。几帳面な性格なのかもしれない。横顔はまだぷにぷにで、叢雲より幼く見えた。
……あの」
 戴天が、ぽつりとつぶやく。口元を本で隠すようにしながら、叢雲を見た。
「たいくつでは?」
「おれ?」
 じっと戴天を観察していた。絵に描けそうなぐらいじっくりと。叢雲は思い返すが、飽きてはいなかった。戴天をみることは楽しかった。
「たいくつじゃないな」
「本も読んでいないのに?」
「うん」
 戴天の顔が、ふわっと笑顔に変わる。頬が持ち上がって、目つきが柔らかくなって。
「ふふっ。ふしぎですね」
 叢雲は、ふしぎな感情に口を開けたまま頷いた。
 この子のいろんな顔を、もっと見たい。
「それを読み終わったらボードゲームをしよう。部屋にはリバーシもすごろくもあるんだ」
「あまりやったことがありませんが……
「大丈夫! おれが教えるから」
 叢雲の言葉に戴天が頷く。
 揺れる戴天の髪は、午後の光のように暖かそうだった。