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氷
2024-12-02 21:14:45
2321文字
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読書の秋ネタくりつる
2023年Xに上げたものをちょっと手直ししたものです。
「なあなあ、驚くもんがあったぞ」
遠征に行っていたはずの真っ白な男が部屋に入ってきたかと思えば、かなりの上機嫌だった。艶めいた肌には傷ひとつなく疲れを一切感じさせない。
「帰ったのか」
大事なく任務が終わったようで、大倶利伽羅はひとまず安心した。頬がほんの少しだけ緩む。本丸は今日も平和だ。
「さっきな。で、きみに土産だ」
極上の笑みを浮かべる鶴丸国永から、一冊の本を渡した。ずい、と大倶利伽羅の胸元に押し付けてくる。鶴丸の方は、勝手知りたる様子で座布団を持ち出して腰掛けた。この部屋にしょっ中出入りするので、鶴丸の私物がいくつか置きっぱなしになっているのだ。丁重に受け取って、よく確認しようとページをめくってみる。
そこまで古びた品ではないが、題材自体はいわゆる『古典文学』にあたるものだった。少し目線を動かすだけで情景が浮かんでくるような、簡単なお伽噺だ。
「伽羅坊がむかーし小さかったとき、よく本を読んでやったよな。俺の膝の上で」
背の高さを示すように、右の手のひらを宙に浮かせた。
「昔
……
」
伊達の家に共に在った時分を思い出す。二百年分の出来事が脳裏を駆け巡った。まだ大倶利伽羅は霊力が安定していなかったのか記憶に靄がかっている部分もあるが、比較的平穏な時代ながら本当に様々なことがあった。親を真似る子のように鶴丸とそっくり同じポーズをとってみる。それから、眉間に皺を寄せた。
「それだと今の貞より小さいぐらいだ。嘘をつくな」
大擦り上げされた経験があるとはいえ、付喪神として当時の体躯は流石にもう少し大きかったはずだ。反論しなければ気が済まなかった。
「真面目か! 俺なりの冗談だよ。あーあ、あの頃は可愛かったのに」
口を尖らせて、拗ねたような声を出す。遥か遠くの景色を見るように、金色の瞳が細まった。
「『あの頃は』か。ならば、今は違うんだな」
つい語気が強くなる。かっこいいだとか、とにかく可愛い以外の評を言われたかった。普段から、鶴丸が大倶利伽羅を猫可愛がりしているからだ。何も、東北の地で過ごした頃に限った接し方ではなかった。
「うーん、そうやって言っちまう所がなあ」
やっぱり可愛いのではないだろうか
――
鶴丸は口にはせず、曖昧に濁しておく。
「いやそれより、さっきの話の続きだ。その本を見て何か思い出したかい」
もう一度紙を手繰る心地よい音が部屋に響く。綴られた言の葉に向き合い、鶴丸の意図を読み取ろうとする。そして、大倶利伽羅が何度か目を瞬かせた。
「懐かしいだろ。読んでやったのと同じ話。気がついたら買っちまった」
遠征が数日に渡り、途中で街へ買い出しに出たときに目に入ったと言う。昔から後の世まで知られた物語なので、どこにでも出回っているのだった。
「急にあんたの声を思い出した。読んで聞かせる間、本に向かって『俺だったらこうするね』だとか何だとか、色々うるさかったな
……
」
「うるさいだと?」
このこの、と大倶利伽羅の左腕を小突いた。互いに本気で呆れたり怒ったりしているわけではない。長い付き合いだからこそ気安くできるやり取りだ。
「
……
他のことも思い出した。いつも俺に本を読むとそっちこそ一番楽しそうにしていた」
「そりゃあ、雛鳥みたいなきみが目をキラキラさせていい反応するからさ。臨場感たっぷりに読んだ甲斐もあるってもんだぜ」
雛じゃない、と反論しようとした言葉は飲み込んだ。彼は心躍らせていた大倶利伽羅を見て慈しんでいたとわかったからだ。きっと、物語の世界そのものにも興味は抱いていたが、一番の本音は少し違う所にあった。鶴丸と共にその空間に浸れる時間が心地よかったのである。
「じゃあ、ほらほら」
座ったままの自身の膝を、鶴丸が小気味良く二、三度叩いた。
「豊前江の真似か」
よく江のもの相手に膝枕をしている彼のような仕草に見えた。まさか自分達が膝枕、と想像して、大倶利伽羅は苦笑してしまう。
「また膝の上にって一瞬思ったんだが
……
。ま、出来ないよな、こりゃあ」
はは、と笑う様子は、見目だけなら爽やかで快活な青年そのものだ。もちろん、実際には青年どころの年嵩ではない。
「勘違いした
……
」
「ん、どうした」
ぼそりと吐露した言葉は、鶴丸の耳にはよく入らなかったようで、大きな目をぱちくりさせながら聞き返された。
「なんでもない」
「そっか。膝の上は無理でも、こっちに来な。今から読もうぜ、それ」
金色の瞳は、そわそわしている鶴丸の心を映してか、爛々と輝いていた。
「わかった。あんたの気が済むまで読んでくれ」
手に持っていた本を鶴丸に一旦預けた。受け取ってから、鶴丸が首を傾げる。
「俺だけ? 伽羅坊は?」
代わる代わるで一冊の本を読むような図をなんとなく想像していたようで、鶴丸は素っ頓狂な声になった。
「俺はいい。それよりも、声を聴かせてほしい」
穏やかに時にはらはらさせる声色で、たった一振のためだけに読んでくれるその声が、今すぐに欲しい。声と記憶の結びつきというのは深いものだったのだと、大倶利伽羅は痛感する。伊達の蔵に収められた楽器や茶器
――
そのうちのいくらかは付喪神になっていた
――
と交流したりした思い出にも、もっと鮮やかな色が染め直されるだろう。
それから、それから。
もうあの頃のようには鶴丸の膝上に収まらない体躯を寄り添わせながら本を読むこれからの時間も、替えの効かない思い出として紡がれるに違いない。そう確信できた。まずは半歩、鶴丸の傍らに近づいてゆく。すると、鶴丸は陽光の眩しさに目を細めるような、柔らかい笑顔を見せたのだった。
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