翌日から纏まった休みに突入する八月のある日のことだ。大倶利伽羅は上司に帯同した一泊の出張業務から、自宅へと直帰していた。外は本当にうだるような暑さであるし、リモートでも構わないのでないか。そう言いたい気持ちをぐっと堪え、こちら側と対面したがっていた取引先の何某と商談を済ませた。
「まあ、ちょっと行くのが億劫なときもあるよな。でも縁は大事にしろよ」と以前大倶利伽羅に教えたのは、恋人である鶴丸だった。彼女の教えは全て大倶利伽羅の糧になっている。そのおかげか、彼の成長ぶりは社内でも噂となっていた。
せっかくなので鶴丸と二人で食べようと、出張先で控えめながらも土産を買った。もう楽しい夏休みである。
「ただいま」
玄関をくぐると、鶴丸がぱたぱたと駆け寄って来た。彼女は有給休暇を利用して、既にこの日から夏休みを過ごしている。鶴丸との同棲生活が始まって数ヶ月が経った。家に愛おしい連れ合いが居るというのは、とてもいい。同じ会社で働いているといえども、部署が多いが故に働いているフロアが違う。つまり必ずしも顔を合わせられるわけではないのだ。
「おかえり。さあ、エアコンの効いた部屋で涼みな」
言葉に甘えて奥へと入り、私服に着替え荷物を仕舞う。居間に座っていた鶴丸の横に腰掛けると、白い指で髪の毛を撫でられた。たった一晩離れただけで温もりが恋しい。
「伽羅坊」
鶴丸が大倶利伽羅の頬を人差し指でむに、と突いた。彼女の方へ振り返る。ちゅ、と可愛らしいリップ音が口許で咲いた。その気なら、と桜色のくちびるを舌で舐め、深いキスを繰り返す。
「ちゅ、っん……。なーあ」
「どうした」
鶴丸は白銀のまつ毛に彩られた琥珀をぱちぱち瞬かせた。構ってほしいという顔をしている。愛くるしく思えて、口付けを何度か贈った。同棲を始めてからというもの、顔を合わせればすぐにキスを交わすのが日常の挨拶代わりだった。
「プール、楽しみだな」
大倶利伽羅の両頬を掴みながら、夏の太陽よりも鮮やかに微笑む。
「……ああ。二人きりではないが」
「仕方ないだろ。優待があるのは俺達だけじゃないし」
二人が勤める会社で、とあるレジャー施設の優待券が配布された。とどのつまり福利厚生の一環である。そして、鶴丸から複数人で連れ立ってプールに行かないか、と誘われた。話を聞けば、鶴丸は更に別の女性社員――彼女の同期でもある――に勧誘されたらしい。
「鶯丸の奴、『まあ、たまには休みも外に出ようかと思ってな。でも一人で行ったことはないから付き添い頼む』ってさ。じゃあせっかくなら何人かで行った方が盛り上がりそうだろ?」
大倶利伽羅は当初きっぱりと断った。しかし、鶴丸が大倶利伽羅と行きたいと愛らしい上目遣いでねだったので、引き受けるに至った。馴れ合うつもりはない、が――鶴丸の望みは叶えたい。大倶利伽羅は恋人に対して大変甘い男だった。
喉を鳴らして、くつくつ微笑んでいた鶴丸は自身の上着に手を掛けた。大倶利伽羅が目を丸くしている隙に、そのままそれを脱いでしまう。滑らかな肌が露わになった。
「おい……!」
いきなり下着姿になれば流石に驚きもする。だが、豊かな双丘を包むのは、よく見ると華やかなレースを帯びた布地ではなかった。
「驚いたか? プールに行く日の水着、見せたくなって下に着ちまった」
そのまま立ち上がって部屋着のパンツも早々に脱いだ。水着を羽織った全身を大倶利伽羅に見せつける。雪原の肌に溶け込むような白いビキニは、派手すぎず繊細さが見えた。胸元や腰元にあしらったささやかなフリルが可愛らしい。白桃のような柔らかな胸、華奢な腰の体型がよくわかる。無邪気なサプライズのつもりだろう。しかし、大倶利伽羅は一気に頬が紅葉した。年上の恋人が、あどけなく可愛い装いを披露する――ときめかないわけがない。ぐ、と短く唸った。彼女を抱き寄せて今度は真正面に座らせた。くちびるに思い切り噛み付く。
「似合っている。とてもいい」
「っあ、ふ……」
身体を密着させると、ふんわりとした乳房の感触が理性を溶かしてきた。段々と熱源が兆してゆく。大きな褐色の手のひらで滑らかな背中を撫でた。
「やぁ……っ!」
背骨をなぞっただけなのに、性感帯を触られたように喘いでいる。
「あんたには白がふさわしい」
「ん、本当は黒と悩んだ……けど」
大倶利伽羅の肌がぞくっと震えた。鶴丸の上顎を丁寧に舌で愛撫する。
「ふ、ぅ……。前に俺の色だと言って、黒い下着を着てくれただろう。あれと同じ理由か?」
「皆に、きみの色を着た俺を見せるのも……いいかなって」
その様子を想像するだけで高ぶりが熱を持った。水着越しに鶴丸の淫裂を刺激する。あ、と零れる甘い声が上擦った。きっと、その部分からは蜜がとろりと溢れているはずだ。
「っ、やあ……っ」
「……声、甘いな」
「だって、硬いの押し付けるから――」
拗ねたような呟きには構わず、赤い舌先を吸った。眦に化粧を施したように染まってゆく。キスのさなかに、鶴丸がふと瞼を開いた。銀のまつ毛が部屋の照明を受けて煌めき、まばたきすら可憐である。
「黒い水着はやめたけど……。その日のピアスは伽羅坊がくれたものにする」
大倶利伽羅は鶴丸にピアスを贈ったことがある。せめて休日だけでも着けてくれれば、と大振りの飾りが揺れるフープ型にしたのだった。いたく贈り物を気に入った鶴丸は彼女が決めたとっておきの日だけ、それを使っている。
「気に召したならば何よりだ」
「きみがくれたものだったら何でも好きだぜ」
鶴丸の絹のような髪の毛の間に手を掻き入れ、更にキスに溺れてゆく。こんなに目を奪われる美しい恋人の姿を誰にも晒したくないような心地に陥った。
「鶴丸……っ」
「ぁ、あ、ぅ……」
舌をぐに、と押し付ければ、控えめに絡められる。赤く染まった肩口や、歓喜に震えるように潤んだ金の瞳、視界に映る全てが愛おしかった。やはり、本音を言えば同じ会社の人々からさえ、鶴丸の華やかな装いを隠してしまいたい。横恋慕を心配しているとかではなく、ただ自分だけがこの美しさを知っていたい。
「んん……。もう終わり。水着が……っ、駄目になっちまう」
終わりと言いつつ、無意識だろうか鶴丸自ら腰を前後させていた。その厭らしい仕草に、大倶利伽羅の我慢が効くはずもない。
「……やはり、プールに行くのはやめないか」
「馴れ合わないってか。まあまあ、皆で行くっていっても多分散らばるだろ」
鶴丸が子どもを宥めるように大倶利伽羅の目許を撫でた。彼女の考える理由と大倶利伽羅の真意は、ほんの少しずれている。だが、浅ましい嫉妬で鶴丸の楽しみを奪うわけにもいかない、と思い直した。
「悪かった。今言ったことは忘れてくれ」
美しい真珠のような髪の毛を一房手に取る。
「よし、いい子だな。いい子の伽羅坊には、これを脱がせる権利をやろう」
恋人の玉のような素肌から、どこか甘い香りが漂っていた。夏の暑さも目ではないほど指先に熱が灯るのを感じる。鶴丸のくちびるに褐色の指が触れた。花を摘み取るようにむに、とそこを押す。
「今すぐに、あんたが欲しい」
「ふふ……。脱がせるのは向こうで、な」
ベッドでじっくりと暴かれたい――そう誘われている。これから時間をかけて味わい尽くすとして、しかし欲を御しきれないのも事実だった。枝もたわわに実がなるような胸に向かって片手を伸ばす。片手には収まらない膨らみをふにゅ、と揉み込んだ。
「ぁ、ん……っ!」
大倶利伽羅の身体には備わっていない柔らかさに溺れてしまいそうだ。すると、鶴丸が彼女自身に伸ばされた腕を軽く叩いた。
「ばか、向こうで、って……言ったろ……」
白珠のような涙を目尻に浮かべている。流石に拗ねそうなので手の動きを止めた。
そして、鶴丸の背中と膝裏を抱えて丁重に寝室まで連れて行き、互いに一糸纏わぬ姿で求め合った。後日、自慢の水着を無事に使うことが出来て上機嫌の鶴丸と、存分にプールを満喫したのだった。
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