2024-01-03 12:03:37
3088文字
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(くりつる)鶴丸が本丸内のカラオケボックスに行く話

タイトルまんまの話です。
大倶利伽羅が最後にしか出ませんが、付き合ってるくりつるです。
大般若と古今伝授が多めに出ます。

 ──扉を潜ればそこはカラオケボックスだった。なんてな。
 ◉
 とある夜、鶴丸は暇を持て余していた。退屈は彼にとって放置できない毒だ。普段の鶴丸ならばいくらでも暇つぶしを思いつくが、元々予定していた楽しみが相手の都合で中止になったから、ちょっと堪えているのだった。
 意味もなく厨へ向かう。燭台切か歌仙か、誰でもいいから仕込み作業でもしていれば無理矢理にでも構ってもらおう。
「おや、鶴丸国永」
 料理をする刀は不在だったが、古今伝授の太刀が一振で立っていた。立っているだけでも大輪の花のようで、優雅な姿をしている。
「古今伝授、なんでここに」
「少し白湯を飲みに来ただけです。そちらこそご用事で?」
「ちょっと暇で、なんとなく」
 嘘をついても仕方ないので、正直に事情を吐露する。バツが悪そうに鶴丸は人差し指で顎を掻いた。
「『あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む』」
「何が言いたい?」
 古今伝授が時々和歌を引用して会話するのは慣れてきたが、今この時の意図がわかりかねた。
「先程、ですか。急な夜戦に行った部隊がありましたね。確か隊員にあの黒い龍も」
「そういうことね……
 黒い龍──大倶利伽羅のことだ──と鶴丸の関係をわかっていて先の和歌を呟いたのだろう。
 確かに古今伝授の指摘は図星だった。鶴丸の潰れた予定は大倶利伽羅とたまには、とふたりきりで呑むことだったのだ。
 夜目の効く大倶利伽羅が夜戦に連れ出されるのも仕方ないとわかっているし、審神者の決定を責めるつもりは当然ない。しかし恋刃とのせっかくの逢瀬を惜しむぐらいは許されたい。織姫と彦星ってこんな気分なのかな、と感傷に浸る。
「部屋に戻ろうと思ってたのですが、よければわたくしの気に入ってる場所へお連れしましょうか」
 頬を膨らませている鶴丸を見かねたのか、古今伝授が余暇を共にしてくれると言う。
「ありがたい。行かせてくれ」
 せっかくならば驚きがあればいいな、と胸をそわそわさせる。
 ◉
 そして鶴丸はカラオケボックスの椅子に座っている。
「この部屋ではお初にお目にかかるな。大般若長光だ」
 先客として利用していた大般若が形のいいくちびるを緩ませ微笑む。組まれた脚は、部屋の中で持て余しそうな程長い。
「自己紹介ありがとう。いやあ驚いたな。本丸にカラオケがあるなんて」
 まさかだろ、と鶴丸は笑った。
 この本丸の離れとして建てられているとある部屋は、一室限りのカラオケボックスだったと初めて知った。単純に今まで使ったことがなかったのだ。
 うちの本丸にも娯楽施設が必要かと思った主人が作ったのさ、と大般若が説明してくれる。
「まだ出来てから何ヶ月かだし、大っぴらに宣伝してないんでね。じわじわと口コミだけで広がっているわけだ。俺はたまにヒトカラをしてそのままちょっと呑むのに使ってる」
 どこに持っていたのか、酒瓶とお猪口が大般若の傍らに置かれていた。
「わたくしは誰かが居ると時たま間借りさせて頂いて……歌に耳を傾けています」
 古今伝授は歌を好むが、和歌専門ではない。例えば篭手切江が好むような現代の楽曲でも機会があれば進んで聴く。人々が歌に籠めた思いを知りたがる。だから彼はこの場所を気に入ってると言っていたのだ。鶴丸は合点した。
「どうでしょう、一曲。『猛き武士の心をも慰むるは歌なり』ではないですが、あなたの心にも一輪の花を添えられるかと」
 古今伝授がふ、と笑みを浮かべた。歌の持つ果てしない力を信じている笑顔だった。
「おっ、鶴丸の歌なんて珍しい。いい肴になりそうだ」
 前のめりになった大般若が検索用の機械を鶴丸に差し出す。
 このような場所に来たのだし、せっかくならば。鶴丸は辿々しい手つきで機械を操作し、データを送信した。
 すぐに液晶に映像が流れ始める。古今伝授が宝物を扱うようにうやうやしくマイクを渡した。
 女性シンガーソングライターの有名な一曲だ。鶴丸自身に合わせて少々キーを下げて滑らかに歌う。
「うーん、大倶利伽羅に向かって歌ってるように聞こえてきた……。いや、そんなわけないってわかってるがね」
「あり得ませんよ。そもそもあの方は二心(ふたごころ)など間違っても芽生えない方でしょう」
 確かにこの曲は浮気をされた女性目線の曲である。しかし選んだのはなんとなくで、別に他意などない。審神者が一時期よく聴いていたから覚えていただけだ。好き勝手を言うギャラリーは無視して歌い切った。
 二振分の拍手喝采を身に浴びる。悪い気はしないし、確かに少し胸がすくような気分になった。
「よし、飲むか!」
 少し吹っ切れた鶴丸が高らかに宣言すると、これまたどこに隠し持っていたのか、二つ分のお猪口を新たに大般若が差し出した。
「わたくしも、少しだけ」
「いいねえ、付き合うよ。あんたを口説き落とすのはちょいと出来んが……。一晩その瞳に俺を映してくれるぐらいは、如何かな」
「さあて、どうかね。可愛い倶利伽羅龍が拗ねちまうかもなあ」あはは、と不在の恋刃を思い描きながら笑う。大般若とて口説く云々は冗談で言っているだけと鶴丸も理解しているので、難しく考えずに会話を楽しめる。
 そこからは談笑で盛り上がりながら、各々のペースで杯を重ねた。
 ◉
 宴もたけなわとなった頃、一つ問題が発生した。
「なんで居ないんだよお〜〜伽羅坊〜〜」
 鶴丸が机に突っ伏してしまい、頑として動かなくなった。目許には涙の粒が浮かんでいて、声もぐずぐずに溶けている。
「おや、うちの鶴丸は泣き上戸だったのか」
 大般若と古今伝授の二振で鶴丸の背中をさする。大丈夫と連呼する代わりに、手のひらから暖かさを伝える。人の身体は言葉以外でも思いを伝えられる。
 鶴丸は泣き疲れたのと酔いによるものか、そのまま寝落ちてしまった。
「そろそろ帰ってくる頃でしょうかねえ。こうなると逢わせてやりたいものです」
「俺に考えがあるぞ」
 そう言った大般若がスマートフォンを弄ってからしばらく後、カラオケボックスに新しい客人が現れた。
「鶴丸はここか」
「ああ。帰ってきたまんまの格好だなあんた」
 大般若がからかっても大倶利伽羅は大木のように動じなかった。
 内番着に着替えることもせず、帰還するなり慌てて向かってきたらしい。浅い息で肩を上下させている。
「端末に通知があったかと思えばこれだ。いてもたってもいられないのは当然だろう」
 大般若はスマートフォンで大倶利伽羅に『鶴丸が可愛い寝顔で寝てるぞ』というメッセージと、このカラオケボックスに三振で居るという証拠の写真を送っていたのだ。
「こうなるから呑みすぎるなとこいつに言っていたのに……
 突っ伏している鶴丸を起こさないように慎重に抱え、大倶利伽羅が肩を貸すような体勢で歩き始める。
「あなたが居なくて寂しがっていたのですよ。大目に見てあげてもよろしいかと」
 古今伝授がさりげなくアドバイスをする。
「連れ合いが迷惑をかけてすまなかった」
 大倶利伽羅が静かに一言だけ告げると、恋刃達は闇へ消えた。
「お熱いなあ。大倶利伽羅のあんな情に満ちた顔、知らなかったよ。こっちまで照れる」
「わたくし達も帰りましょうか」
 大般若と古今伝授もカラオケボックスを後にする。
「『瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ』」
「あのふたりのことかい」
「ええ、つい思い出しました」
 ぴったりだな、と大般若が頷いたのだった。