2023-12-24 20:00:26
4999文字
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くりつる♀(現パロ)クリスマス話

クリスマスを前にしたくりつる♀のお話です!

◉Twitterにあげたものと同じ内容です。
◉鶴丸女体化
◉現パロ
◉友情出演の髭切

 地下鉄に乗り換えると、偶然近くの席が空いていたので腰掛けた。週末だが車内には比較的余裕がある。大倶利伽羅が通退勤で普段使う路線とは大違いだ。朝だろうが夜だろうが乗客が芋の子を洗うようにひしめきあっていて、まず座ることはできない。
 ともかく、これで荷物が人混みで揉みくちゃにされる心配はなくなった。ほう、と胸を撫で下ろす。ブランド品の紙袋を宝物のように慎重に抱え直した。中に入っているのは真白の色をした鞄だ。
 恋人へのクリスマスプレゼントとして持ってきた。
 鶴丸という恋人と大倶利伽羅が交際を始めて数ヶ月になる。彼女は勤務先の先輩社員にあたり、年齢もいくつか上だ。
 慣れない地下鉄に乗り込んだのも二人で初めて迎える聖なる夜を控えているからだ。クリスマス当日は難しかったので、直前の休日にあたるこの日予定を合わせて食事に行く約束をしている。滅多に行かないちょっと背伸びした価格帯のレストランで初めて行く店だが、料理の評判も高いと聞いている。期待はしてよさそうだった。そこに着いたあとで鞄を渡そうとしている。
 プレゼントとして堂々とせがまれたわけではない。日常で交わす何気ない会話の中で零していた言葉を、大倶利伽羅は日記に綴るように覚えていた。欲しいって言ってたの覚えててくれたんだな、と笑ってくれるだろうか。想像するだけで頬が少々緩みそうになる。サンタクロースにはなれないが、鶴丸が喜べば満足だ。
 当初はペアリングを贈ることも選択肢にあったけれど、今はまだ早いと決断した。連れ添ってからの月日がもう少し流れたら必ず。諦めではなく、前向きに未来を思い描いている。
 そして、退屈を嫌い驚きを求める好奇心旺盛な鶴丸にせっかくならば物以外の何かをも与えたかった。彼なりに逡巡した。脳内で会議をした結果、レストランの下階にあたるホテルの一室も予約した。
 大倶利伽羅は鶴丸のために側から見ると思い切った決断にも踏み切れる。しか思い切っている部分があるという自覚が彼自身には乏しかった。鶴丸を退屈させないために、そして恋人を愛しているからこれぐらいは普通だろうと考えている。
 鶴丸には屈託のない微笑みをずっと咲かせていてほしい。日々の生活に蔓延る煩わしいあれやこれ、全てから守りたかった。もたらされる驚きに、昏いものや茨は必要ない。
 鶴丸にまだホテルの件は告げていないが、誘いを断られるとは露ほども心配していなかった。元々、食事が終わればどちらかの自宅に行こうと意見が一致していた。この日は土曜日で、当然翌日は日曜日である。つまり余暇はたっぷり残っている。
 ホテルの部屋はビル街の夜景も間近に見える立地だし、物珍しさで喜ばせられるだろう。ルームサービスでシャンパンでも頼めばもっと盛り上がりそうだ。
 それから、夜の帳が下りた部屋で年上の恋人を存分に味わいたい。赤く染まった林檎のような頬に触れて、ケーキみたいな甘さに溺れたかった。
 電車に揺られながら鶴丸のことを考えている内に、目的の駅へ到着した。待ち合わせている出口をスマートフォンで念のためもう一度確認してから階段を登る。期待で逸りそうな脚を落ち着かせるように一歩一歩焦らずに進んだ。
 こうしている間も、頭の中では緻密にこのあとの計画を練っている。多少のトラブルには動じないようにしなければ。例え、待ち合わせ場所に立つ鶴丸と見知らぬ男が談笑していても。
 その男はイチョウのような色の髪の毛が目を惹き、『ほんわかした』といった形容が似合いそうな笑みを浮かべていた。大倶利伽羅達と同じ会社にこのような人物は居ない。
 プリズムに光を当てる角度を変えれば印象が変わるように、鶴丸は社内の人々に向けるものとも違う朗らかな表情をしていた。気の置けない友人なのだろう。心臓をぎゅと捻られたが、あくまで平静を保とうと心がける。鶴丸の元へ急ぎ足で向かった。
「伽羅坊!」
 くりっとした目を街灯にも負けない程輝かせて微笑みかける。今日も変わらず綺麗だった。大倶利伽羅にとって当たり前のことを噛み締める。太陽が東から登り西へ沈むのと同じだ。自明の理である。
(待ち合わせの時間ちょうどまでだいぶ余裕があったが)待たせて悪かった、とか一言声をかけようとした所に「君が鶴丸の待ち人かな。会社の人?」と先に話しかけられた。大きく開かれた口から、鋭い犬歯がちらと覗く。
「同じ会社で働いてる、大倶利伽羅だ。そっちは……
 素直に肯定してから男に水を向ける。あんた、鶴丸のなんなんだとまでは流石に訊けなかった。
「僕は鶴丸とは地元が一緒でね。学生の頃からの縁かな。あ、でも今日ここで出会ったのはたまたま」
 名乗ろうとしなかったが、関係性は概ねわかった。
「こいつは髭切。普通、名前を言うのが先じゃないか」
 すぐさま鶴丸が助け舟を出す。
「名前なんて今やり取りするだけなら別に言う必要なくない?」
 肩をすくめてから、大倶利伽羅の全身を穴が開くほど見る。蛇が獲物を睨むような雰囲気だった。
「会社にコイビトが居るとだけ聞いてたけどこの子だったんだ」ふぅん、と柔らかな声を出す。
「は……
 大倶利伽羅は開いた口が塞がらなくなった。二人してどのような話をしていたのだろう。背筋が何故か震えた。
「おい、こいつのことだとは言ってないぜ。伽羅坊、急にごめんな」
 にこやかな笑みを貼り付けて誤魔化したものの、髭切には効かなかったようだ。
「言ってはないけどわかっちゃったよ。だってこの子が来た瞬間、もう顔がパァッてなってたもの」とあっさり続けた。
 鶴丸が髭切の二の腕辺りを軽くはたく。彼が羽織っているダウンジャケット越しだったので、空気を含んだような軽い音がした。大倶利伽羅との関係性を白状したに等しい。
「彼氏はめちゃくちゃカッコいいって前からノロケてたよね。あと夜がすごいって──」
「ストップ! やめてくれ!」
 朱を刷けたように鶴丸の顔がみるみる染まってゆき、そのまま項垂れてしまった。何かを振り払うように、片手を激しく横に振った。
 一方で、大倶利伽羅は双眸から金色の光の粒が弾けるのではというぐらい目を瞬かせた。鶴丸が過去に何やら赤裸々に打ち明けていたらしい。
「ありゃ、言っちゃダメだったかな」
 髭切には悪気は一切ない。ただ、言いたいことを気負わず口に出しているだけである。そんな性分をいやと言うほど理解しているだけの付き合いはあるので、鶴丸も怒るに怒れなかった。
「ダメだろ……。伽羅坊が居ないとこで話すのとはその、違うというか。そもそも外だし」
 くちびるをもごもごと動かしながら嗜める。その様子は小動物のような愛くるしさすらあった。ごめんね、と髭切が一言詫びた。それから腕時計を一瞥した。
「じゃあ楽しんでね、お二人さん」
 立ち話が長くなってきたと考えたのか、髭切は足早に立ち去っていった。真冬だというのに、春を感じさせるような暖かい声色だった。
 ◉
「さっきはほんとごめん」
 思わぬ人物と喋り終えてから、予定通りに店へと向かい始めた。駅からは何分か歩く必要がある。
 鶴丸は雨に打たれた子犬のようにしゅんと俯いていた。
「全く。あんた、そんな事情まで話したのか」
 髭切はただただ率直にものを言っているだけで悪意が渦巻いている男ではない。交わしたのは短い会話だけだが、声色などから大倶利伽羅にも察せられた。
 だから別に怒りを覚えたわけではない。しかし自分達の実情の一欠片が知られるところとなったのは、腹の底から溜め息を吐くほかなかった。
「前に俺がきみの話をしてたら『あっちはどうなの? 上手いの?』とか煽られたことがあって、つい」
「それで、なんて答えたんだ」
 これ以上聞くのは耐えられないという気まずさより、鶴丸の答えが知りたい気持ちに天秤が傾いた。
 背中を鶴丸に触られ、彼女と目を合わせるように振り向く。大倶利伽羅の耳許にルージュで潤んだくちびるが近付いた。きめ細やかな白い肌と木苺のような赤に彩られたくちびるは対照的な彩りで、目眩がする程艶かしい。
「『めちゃくちゃ上手い。いつも俺ばかり気持ちよくなってる気がする』って……
 密かな声で答えてからぱっ、とまた鶴丸は離れる。耳許がくちびると同じように染まっているのは寒いからか、あるいは違う理由か。鶴丸が着けているピアスのチェーンが惑わすように揺れる。
 大倶利伽羅は黒い手袋を嵌めた手の片方で口許を覆った。そのまま深呼吸を一つする。今すぐくちびるに噛み付きたいぐらいだったが、往来で実行に移さない理性は残っていた。
 次に何と話しかけていいのか互いに迷って、無言になってしまった。ビルが立ち並ぶ間をタクシーが駆けて行く音などが、鮮明に聞こえてくる。
「何か違う話でもしようか。サンタっていつ頃まで来てた?」
 無言を決め込む大倶利伽羅は無視して、踊るようなステップで歩きながら話を紡ぎ始めた。冬の街並みは鶴丸のために設られた舞台であるかのようだった。
「俺は小学校に入ってすぐまでだったかな。サンタの顔を拝んでやろうと思ったんだ。イブの夜に布団の中で寝たふりして今か今かってソワソワしながら待って、音がしたときに飛び起きてやった」
 ここまで来ればもうオチは予想がつく。案の定「それで──目が合ったのは親だった。当然だよな」と続けた。
 割と幼い年頃で夢の一端から醒めたらしい。鶴丸の飽くなき好奇心は幼い頃から変わらないんだな、と感心した。幼い彼女が狸寝入りをしていた光景を勝手に想像する。胸を弾ませ時折くす、と微笑んだりしていただろうか。絶対に可愛らしい。
 鶴丸が大倶利伽羅にウィンクを寄越した。自分の昔話は終わりという合図だ。
「きみは案外長いこと来てたりして」
「来ていない」
 からかわれるのが面白くなくて、食い気味に反論した。
「なんか怪しいなあ……
 早すぎる否定がかえってあらぬ疑いをかけたらしい。
「まっ、気が向いたらそういうのも話してくれよ。来年のクリスマスにでもいいから」
「俺がガキの頃の話なんて楽しいのか」
 心の底から疑問だった。鶴丸のように友人が多く居るわけではないし、当たり障りのない零れ話しか披露できない。少なくとも大倶利伽羅自身は本気で思っている。
「何言ってんだ! 楽しいに決まってる!」
 あはは、と鈴の音のような笑い声が空に響く。イルミネーションに包まれた街路の中鶴丸を見ていると、煌めく大海に溶け込んでゆくようにも思える。
 これまでの大倶利伽羅ならばこんな時期に街を歩いても、ただ皆浮かれているという印象しか持っていなかった。しんと凪いだ目で淡々と眺めていただけで、特にクリスマスに対する感慨もなかったと記憶している。
 今ときたらどうだろう。記憶の中の人々とすっかり同じような立場ではないか。ふと気付いて苦笑する。しかしこういうのは悪くない。鶴丸と付き合うようになるまで芽吹かなかった感情だった。
「この時期っていいよな。どこもかしこもキラキラしてる」
 そう呟いた鶴丸の横顔は色とりどりの光の粒に照らされて、ふわふわと煌めいていた。駆け出すような鋭い風が吹く。白銀の絹糸が煽られる。
「あっ、くしゃくしゃになっちまう」
 髪の毛の乱れを整えようと、細い指で頭を撫でた。
「大丈夫だ」
 鶴丸が案じている程掻き乱れてはいない。大丈夫、ともう一度言う代わりに彼女の髪の毛を大倶利伽羅も撫でる。
「ならいいけど」とはにかんだ。
 極彩色のイルミネーションと鶴丸を交互に眺める。人混みの中に立っている筈なのに、世界で二人きりのような錯覚を覚えた。
 鶴丸に掛けられたばかりの言葉を反芻する。
『──来年のクリスマスにでもいいから』
 一年後も同じようにして過ごしているのだと、当たり前のこととして鶴丸が考えている。剥き出しの素肌をくすぐられるような、むず痒い気持ちになった。
 もうすぐ巡ってくる新しい年は、どのようなものになるだろう。大倶利伽羅だってわかりはしない。しかし、翌年に鶴丸と共にしたいことならばいくらでも考えられる。
 まずは初詣に連れ立つことだろうか、と一つやりたいことを思いついたのだった。