ふるさと さくら
2025-02-22 11:00:00
6077文字
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暗所嗜好と戦争後遺症の話(リ傭)

空(小説家UR)に仕えている二人が、楽園を出て現パロ時空にお仕事に行くまでの話。超短いので雰囲気で。サブキャラ補完扱い。

 その日、壊れゆく王国に神が降り立った。
 楽園……美しき絶海の孤島は、誰にも侵されぬ永遠の国であるはずだった。しかし幸福の地は悪しき紅によって護りを失い、その不可侵を破られた。荒波を越えてやってきた船乗りたちは、穏やかな島の全てを略奪していったのだ。
 弱き母は子を守り、強き若人は戦に燃え……ひとり、またひとりと崩れ落ちていく。そんな中楽園の王だけは、島がそのような戦火に見舞われるのが二度目であることを覚えていた。王はその身に汚されぬ純粋無垢を誓い、この地が二度と不遇の憂き目に遭わぬようにと国を再建してきたはずだったが……運命は変えられなかった。
 ゆえに王は、ひとり亡命する道を捨てて────自らの死と引き換えに、表裏一体の悪神を呼び出した。それはかつて悪魔と呼ばれた種族であったが、彼は渡鴉の魔神と契約することで、もしもの時は王の愛する民らを護るようにと頼んでいたのだ。その残酷な契約を、悪魔がどう思っていたかは誰にも分からない。しかし結果として、燃え盛る鴉は王の願いを聞き入れた。
 楽園を深淵が覆い隠した時、王の身体は粉々に砕け散った。しかし略奪者たちを全て殲滅した魔神────淵は、契約を遂行して王の魂を得ても自由を選ばなかった。彼は契約者たる王の命と、王の愛した臣民たちごと楽園を再建することを決めたのだ。
 そうして、廃墟と化した王国には徐々に魂が戻り始めた。しかし所詮は悪魔が神の真似事をしているに過ぎない。復活した弱き民らのほとんどは恐ろしい略奪の悪夢を死の直前までくっきりと覚えており、生き返ったとしてもほとんど恐慌状態であった。
 何より淵が焦がれるほどに望んだ王は、自ら直前に切り離した無垢なる部分を除いた心を、他でもない淵の炎で焼き尽くされてしまっていた。人らしき想いを失った彼は冷たき冬の王と成り果てて、心無きままに楽園の維持に務めるのだった。
 怯える民には無限の夢を。己を律することのできる強き民には、楽園への忠誠を。もはや以前の面影もない、美しくも妖しき孤島。楽園の神オルフェウスは、この地が永遠の象徴であり続けることを求めている。
 ゆえに王は貪欲だ。この地のためになることであれば、どんな手段でも講じてみせる。戦争後遺症の異名を与えられたナワーブ・サベダーもまた、王の勅命により新たな使命を与えられた楽園の使徒の一人であった。


……それで、お前と俺とで異界に派遣要請か。俺はともかくよりにもよって殺人鬼を選ぶなんて、空様の采配も奇妙なもんだ」
 愛用の古びたナイフを研ぎながら、岩場に座っていたナワーブはぼやくように曇り空を見上げた。さらさらと揺れる背の低い草原に、灰色の空からの雪の粉が舞い降りる。以前は青空に包まれた穏やかな気候であったはずの島は、もはや侘しい雰囲気に呑まれてしまっていた。
 随分と変わってしまった、といつも思う。けれども変わったのは、景色だけではないのだろう。楽園の在り方もそこに住む人間も、以前のようにはなれない。あの悲しみは、決して癒えることはないのだろう。他でもないナワーブ自身が、今でも自分が略奪者たちに刺し殺された時のことを思い出すと……恐ろしい気持ちになるのと同じだ。
 しかし横に立つ異形の紳士は、どうにも災厄以前のように見えてしょうがない。暗所嗜好の異名を持つジャック────彼がそこまで変わらないように見えるのは、元より欲に忠実な精神の持ち主だったからだろうか。
「空様も大変ですねぇ~。私のような危険人物を外に出してまで、この楽園を保たないといけないんですから。でも、退屈は人生の病とも言いますし? あの御方が率先して私の精神的健全性を慮ってくれるなんて、嬉しいじゃありませんかぁ」
「空様はそこまで考えてないだろ。単にこの楽園で動ける人間が少ないだけだ。俺だって、できることなら他所に行くより楽園の見張りを続けたいが、そうも言っていられないから仕方なくここを発つんだ」
「ま、そういうものですよねぇ。今の空様は、風情だとか感性というものを全く考慮していらっしゃらない。合理と利益だけを追求するお姿は……まるで人形みたいで、ちょっと不気味ですよねぇ」
 そこまで言ってから、ジャックはわざとらしく口を塞いでみせた。指の隙間から漏れる含み笑いが演技じみていることこの上ない……あまり不敬な発言はするなと視線で釘を刺したナワーブもまた、不本意ではあるが概ねジャックの感想には同意気味だった。
 この任務を知らされた時、ナワーブは空に一度人事の采配を見直して欲しいと頼み込んだことがある。楽園の現状はとても不安定で、ナワーブの他に防衛を担うことができるのがナイフ使いの狡だけという中で、戦力の要であるナワーブ自身を遠征に派遣するのは悪手ではないかと訴えたのだ。この楽園は元より、強き者を追放せざるを得ない状況に陥ったからこそ略奪を許すことになったのだから、同じことを繰り返すべきではない……あくまで論理的に説明したつもりだったが、ナワーブの言葉を受けた空の反応はひどく冷淡なものだった。
『もはやお前たちに楽園の護りを任せようとは思わない。いざという時は、私が……否、私の裏たる淵に敵を排除するように働きかける、だから案ずるな。お前は余計なことを考えず、ただ私の手足となり有益なものを集めてくればそれでいい』
 何も、任務を果たすまで楽園に戻るなと言っているわけではないのだから……空の高圧的な物言いにそれ以上訴えかける事もできず、ナワーブは渋々と王の命令を受け入れたのだった。
 けれども、心根が変わろうとも空がやろうとしていることは変わっていない。楽園を護り、存続させる……そのためならば、ナワーブは力を惜しまないつもりでいた。疑いが消えたかと言われると、嘘にはなるが。
「俺は最終的には、空様の考えを受け入れた。だから今更どうこうしようとは思わない……けどお前は、本当に向こうで良い子にしてられるのか? うっかりその辺の女を切り裂きでもしたら、さすがの俺でも向こうの世界の規則には逆らえないから助けられないぞ」
 すると、至極心配そうに見つめられたジャックは鼻を鳴らしてみせた。
「大丈夫ですよぉ! 私、良い子のフリには自信がありますから。異界の文化を収集し、そこで生きる人々の生態を調査するこのお仕事は……あくまで我々二人で成すべきこと。そうであれば、少なくとも君に私が迷惑をかけることはありません。安心してください」
 そうは言うが。正直ナワーブは、このジャックという男の狂気性を嫌というほどに味わったことがある。ナワーブやジャックを含む、今この虚妄の楽園で起きて活動をしている使徒は、元々はこの地の生まれでないことがほとんどだが……噂に聞いた話では、空に仕える前のジャックは各地の治安維持部隊に追われるほどの指名手配犯だったという。夜に紛れ、人気のない路地裏で獲物を狩る……そうした加虐性が人間社会で認められず、放浪の末この楽園に流れ着いたというのが、ジャックの来歴だ。彼の恐ろしい側面はかつての穏やかな臣民性を受けて大方軟化はしたが、その分溜まるフラストレーションをぶつける先はどうしても必要であり、その矛先に選ばれたのが頑丈が取り柄のナワーブだったというわけである。
 元々戦争帰りで、刃を眺めていないと不安で落ち着かない性質だったナワーブにとっては、積極的に凶器を向けてくるジャックの存在は良くも悪くも兵士であった頃を想起させてくれた。ゆえにナワーブはいつ何時も司令塔のように冷静で、狡やもう一人の竜騎士に対しても激昂することなく接することができていたのだ。ジャックとナワーブの関係はいわば双方にメリットがあり、そのようにして度々刃を交えていくうちに……ただ同じ王に仕える間柄には留まらない仲を築いていくことになったのだ。
 ジャックのことは、この楽園で自分が一番よく分かっている……だから、荒廃したとはいえ彼を抑制させていた楽園から殺人鬼を解き放つことに、ナワーブはいっそう強く懸念を抱えていた。だというのに、この調子の良さそうな切り裂き紳士はフンフンフンと鼻歌ばかり歌っていて……
「おい、ジャック」
「ヘァヘァ~ン」
「ジャック、おい、ジャ……話を聞け大根人間」
「ハァ!? 誰が大根ですってぇ!?」
 こういうところだ。こうやって煽らないとろくに話を聞かないところなんかが、非常にマイペースでどうしようもない。そのくせ妙に短気というか、どこに地雷があるのか分からないのがこの男の厄介なところである。全く、こんなことできちんと『役』を演じることができるのだろうか? 不安で不安で仕方がない。
「お前さぁ。ちゃんとセンセー、できるわけ? 俺の方が教師に適任だろ。どう考えても」
「で・き・ま・すぅ~! ナワーブくん、君は私をナメすぎです。仮にもあらゆる職業に扮して警察の目を掻い潜ってきた指名手配犯である私の懸賞金、知ってますよねぇ!?」
「75億だろ、何回目だよその話」
「ナワーブくんって私のスゴさ、全然分かってないですよねぇ……逆に聞きますけど、この私の素晴らしいルックスで生徒になったら、美しい女性たちがたちまち虜になってしまって不純な学園生活が始まるとは思いませんか?」
「骸骨が何言ってんだ……?」
「キーーーーッッ!! バカ! ナワーブくんのバーカ! 向こうに着いたら絶対いびってやりますからねッ!!」
 はいはい、と軽くあしらいながらナワーブは立ち上がった。そして大人気なく地団駄を踏む長身痩躯の紳士を面白おかしそうに眺めつつ、肩をぐるりと回して鈍った身体を起こしていく。
 ちょっと、一人で勝手に行かないでください。私を置いてくつもりですか!? そんな声が後ろから聞こえてくる。お前の方が歩幅が大きいんだから、さっさと追いつけばいいのに。そう言ってやりたくなるが、言えばきっとジャックが機嫌を損ねると分かっていたので敢えて何も言わなかった。
 だから代わりに、彼が安心できるような言葉で説き伏せてやろうと思ったのだ。
「なぁ、ジャック」
「ン~何です?」
 怪訝な紳士にとびきりの殺し文句を。こんなことは、向こうに行ったらそうそう口には出せないだろうから。
「どうしても誰かを殺したくなったら、俺に任せとけ。お前の殺意、全部受け止めてやるから」
 ────他のやつに向けるなよ、先生。
 そう耳元で囁くと、背高の紳士はニィと笑った。もちろん、と呟く彼の返事は軽やかである。ナワーブは殺人鬼の頭を占めてやったという現実に、ほんの少しだけ優越を感じ取ってしまう。
 あいつの狂気を受け止めてやれるのは自分だけ。
 自分の不安を恐怖で押し潰してくれるのはあいつだけ。
 そんな関係が、これからも続くと思っていた。


「やっぱりジャック先生ってかっこいいよね~」
「優しくて声が良くて、足も長くてモデルみたい……あ~、先生と付き合いたい~!」
 そんな女子どもの戯言が聞こえる。制服を改造して自前のフードを被ったナワーブは、文明の利器たる携帯をぼんやりと眺めながら呆れた願望を聞き流していた。
「おはようナワーブ。また朝からランクマ?」
 ガタン、という音がして隣に同級生がやってくる。顔に火傷跡のある彼は、勉学と労働を何とか両立させて生活しているノートンという少年だ。本来の年齢は高校生でもなんでもないナワーブから見ても、よく頑張っている方の部類の生徒だろう。隣席というのもあるが、ナワーブはこちらの平凡な世界に来てからというものの何かと彼とつるむ機会が多かった。
「あぁ。このゲーム楽しくてさ、ついやっちゃうんだよな。ノートンもやろうぜ」
 ひらり、と見せつけた画面には勝利の二文字。狩人から一定人数逃げ出せば勝利というシンプルなゲームではあるが、ノートンはそうした娯楽にすら電気代や通信費を使うことをひどく嫌った。
「いや、僕はいい。お金がもったいないから」
「そう……
 深くは求めない。初めてできた友人とはいえ、深入りするのは得策ではない。こういう一般的な学生に取り入れば、世間のことも何となく分かってくるかと思ったのだが……人選ミスだっただろうか。とはいえ、このノートンというやつは存外面白い。ふてぶてしいが、友人として接しているとなかなかに楽しい気分になるやつなのだ。
 さて、そうこうしているうちに担任が扉を開けて入ってきた。途端に漏れ出す女子生徒たちの黄色いため息、教室には薔薇の香りがうっすらと漂う。相変わらず「かっこいい先生枠」を極めてるな……と何とも言えない表情を浮かべていると、教壇に立った教師がその端正な顔をほんの少しだけ歪めて、じっとナワーブの方を見てきたのだ。
「おはようございます」
 生徒全員に呼びかけられたかのような声。しかし、その目は好奇心惹かれる相手にしか向けられてはいない。
 ────おはようございます、ナワーブくん。
 その隠されたメッセージに、彼は普段は見せることのない微笑を浮かべながら、静かな挨拶を返すのだった。
 ────おはよ、ジャック。

 何でもない日の朝。終わりの楽園からやって来た二人に星を探す使命が下されるのは、まだ少し先のお話。















 ・暗所嗜好(ジャック)
 楽園の使徒。空に仕える前は連続殺人犯として懸賞金をかけられるほどの重罪人だった。身分を変えて各地を転々と逃亡していたが逃げ場がなくなり、不可侵の楽園に逃げ込んできた。そこでも殺害を繰り返そうとしたが、とある竜種にボコボコにされて殺害衝動を抑え込むことを誓わされた。
 楽園を襲った略奪の惨劇にて死亡するが、空の手によって復活させられた。その後身分詐称の手腕を理由に異界への技術収集へと派遣される。派遣先での職業は教師。
 ナワーブは唯一自分の殺害衝動を受け止めてくれるなくてはならない存在。彼に自分の在り方を否定されたら立ち直れないくらい、ナワーブのことを気に入っている。

 ・戦争後遺症(ナワーブ)
 楽園の使徒。長い従軍経験を経て楽園に流れ着いた。平和な楽園にとっては貴重な戦闘経験者だが、冠する名の通り戦争の代償を抱えている。自らに襲い来る刃物を眺めることで冷静な傭兵としての自我を保っている。
 楽園を襲った略奪の惨劇にて奮闘するが死亡し、後に空に復活させられた。その後は空の命令で異界へ派遣される。顔立ちが幼く見えると指摘されることから実年齢にそぐわない学生の身分を貫いているが、まだ隣席の同級生にも気づかれていない。若干不服。
 何かと不安定なジャックのことを気にかけており、自分こそが彼の精神的支柱であらねばと思っている節がある。一方で居場所を作ってくれた楽園に対する忠誠心も高く、場合によっては楽園の使徒としての立場を最優先に動くこともある。