清春
2025-02-17 10:01:31
2951文字
Public 百合
 

ジュウニジュウ

十二支たちと人間の少女によるほのぼの時々シリアス百合

プロローグ

 あたたかくも優しい日々だった。それは私には勿体ないほどの。
 だからこそ、〝視えた〟未来を思う。あの子たちなら、百年、千年先もきっと大丈夫。私は無駄に、こういう術だけは得意なんだ。
——————!」
……————
 ああ、そんな顔をしないで。〝——〟は、特に私のことを慕ってくれていたのもあって目尻に水晶のような涙が浮かんでいた。
 手のひらに収まる大きさの眩いばかりに輝く十一個の宝玉が、小さくも立派な木箱にそれぞれ一個ずつ息をひそめる。
 これはあの子たちへの最後の贈り物だ。

*****

……また、変な夢」
 中学を卒業し、高校の入学式まで暇を持て余す日々の中、油断して寝すぎた。金槌を打ち付けられているような頭痛に不快感に顔を歪めて目を覚ますのはいい気分ではない。
 頭痛だけならまだマシなものの、どうにも最近——じいちゃんが死んだ日から、得体の知れない夢を見る。
 美しい中性的な顔立ちに艶のある黒い髪、恐らく平安や奈良といった時代に思われる和服をさらりと着こなす人と、人であって人ならざる部分が体の一部に存在するヒトたちの、何やら言い争っている様子。虎や兎のような作り物みたいな耳だけじゃなく角が生えているヒトもいたのだ。明らかに普通じゃない。
 ぐっと眉間に皺を寄せて夢を探ると、中性的な人は終始穏やかなように見える。ヒトらしきヒトたちの大半がかっかしているだけだ。
 考えたところで得体がしれないことに変わりない。見る度に体の中を何かが這うような、形容しがたい感情に襲われてふと涙がこぼれた時もあった。
 わけがわからなくて、こんな夢じゃなくてじいちゃんの夢が良かったとか、恋しくてたまらなくて悲しくなる。
 ——私にはもう親族がいない。天涯孤独という仰々しい肩書きになってしまった。
 十歳にも満たない年の頃、事故で父さんと母さんを亡くし、ばあちゃんが先立ち一人暮らしをしていたじいちゃんが引き取って育ててくれた。
 だがそれもつい一ヶ月前まで。じいちゃんは天寿をまっとうした。
 じいちゃんが入院していた病院から連絡が入ったのは皮肉なことに私の高校合否通知日だった。決して偏差値の高い訳でも無い、至って普通の公立校だったけど私の進学を心配していたじいちゃんに良い知らせをすることが出来なかった。それが、悔しい。
 今年で十六歳になると言ってもまだ十五歳の小娘が一人で生きていけるわけもなく、一応保護者みたいな人はいる。しかし仕事の都合上家にいないも同然。じいちゃんの意向で葬式は行わず、火葬のみとなったあの日以来、顔を合わせていない。
 お金は、父さんと母さん、それとじいちゃんが遺してくれたものがあるから不便はしていない。派手な使い方をしなければ貧乏な大学生活まで送れそうな金額があった。
 一般家庭と比べれば裕福な方の家だとは思っていた。ここまでだとは思っていなくて、初めて知った時は故人の財産に助けてもらっていることを深く感謝するのと同時に涙が止まらなかった。
 お金が遺っているよりも家族がいた方がずっとずっと良かったのに。

 ひとしきりセンチメンタルになった後、襖を開けて部屋着、裸足のまま歩き出した。
 一人で暮らすには広すぎるこの平屋は歴史を感じる建築物だ。まあ、言ってしまえば古臭い。しかしどういう造りなのか頑丈で雨漏りひとつない。
 家は塀にぐるっと覆われていて子ども数人が鬼ごっこできるほど余裕のある庭があって、そこに趣ある蔵がひっそり佇む。
 今日はその蔵の掃除をしようと、ようやく決心がついた。
 蔵にはじいちゃんが捨てられないと言ってしまいこんだ骨董品がある。まだ小学生の頃に蔵で思い出話を聞いてたこともあってか、なかなか近づけずにいたけど……いい加減、現実を見ないといけない。
 縁側に出ると、雲がまばらにある程度で片付けにちょうどいい良好な天気が見えた。物干し竿が近く、外に出やすいよう近くに置いてあるサンダルに履き替えて蔵に向かった。
 さびさびの重い戸をぐっと引いた。鍵はとっくの昔に壊れてしまったからない。じいちゃんが「盗まれて困るもんはないしこのままでいいか」と言ってたし、骨董品と言っても大したものはないってことなんだろう。
 開けば埃とか塵とかハウスダストアレルギーの人が嫌悪しそうなものが舞う。アレルギーが一切ない健康体の私でも思わずむせてしまった。
 小窓はついているものの汚れていて薄暗いがかすかに光が差している。ごちゃごちゃ物やと箱が積み重なっていてどれもこんなところに長年押し込まれていたため汚れている。出す気はないが質屋に出したところでなんの価値にもならなさそう。
 視界を明確にさせるためと、換気も兼ねて開けっ放しにしたまま蔵の中を見回す。天井に蜘蛛の巣が張っているのはまあいいとして、地面に近い方を見てみるとシロアリにでも食われたのかところどころ酷い有様だ。
「高いものはないんだろうけど、これはやばいでしょ……
 ぶつぶつとぼやきながら奥へ奥へと足を進める。バキッと音がしたりするがとりあえず気にしない。
 手前には物が多すぎて気が付かなかったが奥に行くと棚が並んでいた。そこもごちゃごちゃしているため、どこから掃除をしたらいいのやらと考え込んでいると​、一つの木箱が気になった。埃は被っているが、逆に言えば埃を被っているだけで他はなんともなっていない綺麗さだったのが理由だ。
 手に取ってみると少しだけ重い。中に何が入っているのか確かめようと一度蔵から出て確認することにした。
 埃まみれの蔵からなんとか脱出すると、深く息を吸って吐く行為を自然としていて澄んだ空気がやけに美味しく感じる。
 木箱についた埃を手で払いつつ観察してみる。特に変わったものには見えない。
 中には何が、と木箱の蓋に手をかけて開けた。
……玉?」
 灰色というくすんだ色だが光沢のある、どこか上品な玉が入っていた。なんか、似たようなのをどこかで​────脳内の引き出しを引いている時。カッと玉が発光した。
「うわ!?」
 反射的に目をつむり、逸らす。加えて、その拍子に木箱を落としてしまった。やっちまったと思ったが、いつになってもばっこーんとも、がっしゃーんとも、私が想像出来る限りの破壊音が聞こえてこない。
 壊れてないのかな? それだとしても無音なのはおかしいけど……とおそるおそる薄目になる。木箱が見えた。いつの間にか中身は空になった状態で地面に落ちている。
 あの灰色の玉がどこかに転がっているのか、確かめようとして目をしっかり開けたら————ぽかんと口を開けてしまうはめになった。
 そこには小さな女の子がいた。
 幼い顔立ち、しかし凛とした佇まいから子どもらしさは感じられない。華奢な手足、ねずみ色の肩まで伸びた髪の毛、和服姿……そして、頭部にぴょこんといるネズミのような耳。
 浮世離れした雰囲気の、どこを見ても目を奪われてしまう幼女は、灰がかった青い大きな目を緩く細め、口元に微笑を浮かべる。その微笑した顔は、幼女らしさは欠片もなく大人の女性らしさしかなかった。
「お久しぶりです、主様」