まきわ
2025-02-16 14:51:45
6106文字
Public クロリン
 

束の間の夢

Ⅱ軸クロリンで、別の因果律に迷い込んだ2人が僅かな時間一緒に過ごす話です

(これで全部か)
クロウは買い出しのリストを改めて見直して一人頷く。
西部への出撃の合間、個人的に必要なものを買うためにとある街に降りていた。
街を出て街道をそれたところにオルディーネを待機させているからあとはそこまで戻って帰るだけだ。
なんとなく人通りの多い大通りを嫌ってクロウは裏路地を辿って門まで行くことにした。
両脇の建物のひさしで日差しが遮られて薄暗い通りを足早に抜けていく。
その途中、ある一点を通過した瞬間妙な違和感を感じた。
まるで空間が歪んだような、どちらかというと不快な感覚。
不審に思って振り返ったが背後にはただ来た道が伸びているだけだ。
首を傾げつつも前に視線を戻すと少し先はまた表通りに出るようになっているのか光が差している。
とにかく進もうとその光の中に出た瞬間、周囲の風景に見覚えがあってクロウは思わず口をあんぐりと開けて呆然とした。
「トリスタ?」
信じられない思いで辺りを見回したがどう見てもそこは先程までいた街ではなくクロウが一年半を過ごした学院のある町だった。
ふらふらと夢遊病者のように数歩進む。
すると脇の通りから出てきた人影にぶつかってしまった。
「っと、わりぃ」
「いえ」
慌てて意識を引き戻して謝りつつぶつかった相手に視線を向けた。
向けて、また唖然とした。
「リィン?!」
黒髪に紫がかった黒い瞳。
何か違和感も感じるが見覚えのある真っすぐな少年らしい目がクロウを見つめている。
が、リィンはきょとんと首を傾げて返した。
「ええとどなたですか?」
「っ!」
返ってきた言葉に胸を貫かれたような想いがして息を呑む。
当のリィンは不思議そうに、けれど申し訳なさそうにクロウを見た。
「どこかでお会いしましたっけ。すみません、覚えがなくて
………いや、人違いだったみてーだ。悪い、時間取らせたな」
「いえ。では失礼します」
折り目正しく頭を下げたリィンは身を翻すと友人らしき誰かを見つけてそちらに駆けていった。
クロウは血の気が引いたような気持ちでそれに背を向け歩き出す。
(オレを知らないリィン)
何が起こっているのかはわからない。
わからないけれどリィンに「知らない」と言われたことにとんでもないショックを受けているのは間違いなかった。
リィンとなんの関わりもない、認識すらされていない他人である自分。
あっさりと自分から離れて誰かの下へ駆けていくリィン。
その状況はどうしようもなくクロウの胸を抉った。
(あぁ、くそっ多分あれはオレの知ってるリィンじゃねぇ。でもあんないやそもそもアイツを傷つけておいて、オレは何を自分勝手に傷ついてんだよっ
自然と足が速まって見慣れた町を人にいない方を選んで進んでいく。
するとやはり動揺していたのか、またしても誰かに衝突してしまった。
っ」
「す、すみません!」
今度は咄嗟に謝罪の言葉が出ずにいると相手の方から先に謝罪が飛んできた。
その声にどうしようもなく聞き覚えがあってクロウは目を瞠ってぶつかった相手を見た。
「は、リィン?!」
「く、クロウ?!クロウなのか?!」
先程と同じ顔がそこにあって三度唖然としていると今度のリィンはクロウを認識するや掴みかかる勢いで詰め寄ってきた。
オレがわかるのか」
「何をわけのわからないこと言ってるんだ、わかるに決まってるだろ。ここで何をというかこれはどうなってるんだ!?クロウ達が何かしてるのか!?」
「いや……
捲し立てるように言うリィンをどこか呆然と見つめる。
今度のリィンはしっかり自分を認識している、名前を呼んでくれている。
そう思ったら何かが胸から溢れ出してクロウは思わずリィンを引き寄せて抱き締めていた。
「ふへっ?!」
動揺したような、空気が抜けたような声が腕の中から聞こえたが、構わず想いのままに強く抱き締めた。
固まって動かないリィンの感触を、匂いを、温もりを確かめるように抱き締めていたが、しばらくして自分のしていることにふと気付いた。
(やべ)
取り繕うようにぺたぺたとリィンの体に触れてから殊更真面目な顔をして体を離した。
「よし、お前は実体だな」
いや実体だけどなんなんだ」
まぁオレも色々あんだよ。ちなみに何が起こってるかはオレも聞きたい」
「ええ
リィンは少し赤い顔をして、所在無さげに自分の体に触れてみている。
クロウは安堵したものの、安心している場合ではそんなにない。
ようやく落ち着いて状況分析する気になって顎に手を当てて考え込む。
前にヴィータから聞いたが、この世には別の因果律っていうのが存在するらしい」
「因果律?」
首を傾げるリィンに頷いてクロウは辺りを見回した。
「オレもちゃんとわかってるわけじゃねぇが、何かのきっかけでまったく別の道筋を辿った世界だな。例えばさっきお前を見かけたが、何か違和感があると思ったが今気付いた。あのお前は白い制服を着てた」
「白い貴族制服!?」
「ああ。それとオレを知らなかった」
ちくりと先ほどのことを思い出して胸が痛んだが目の前のリィンに集中して痛みから目を逸らす。
が、それを聞いたリィンの方がショックを受けたようだった。
「俺が、クロウを知らない?!それって
「確認したわけじゃねぇからわからねぇが、多分どこかで分岐してトールズに入学しなかったんだろうな」
「クロウがトールズに入学しなくて俺がクロウと出会わない世界
うわごとのように呟いてリィンは顔色を青くした。
そして確かめるようにクロウの手を取って強く握った。
「お、おい」
「いやだ。クロウと出会わない世界なんて、俺はいやだ」
「いやったってお前」
まるで子供が駄々をこねるようにリィンはクロウの手を握ったまま首を振った。
握り返してやることもできずにクロウは困ったようにリィンを見つめた。
(オレに出会ったせいでひどい目に遭わされてんだろうに、ほんとバカだなお前は
どうするか迷った挙句クロウは空いている手でリィンの頭をぽんと撫でた。
「嫌ならとりあえず戻る方法探そうぜ。お前がここに出てきたのはどの辺りだ?」
リィンは自身を落ち着かせるように何度か深呼吸をすると振り返って後ろの方にある狭い路地を差した。
「あの辺りかな。何か変な感じがして、少し進んだらそこから出てきたんだ」
オレとほぼ同じだな」
クロウは頷くとその路地に近づいて覗き込んだ。
リィンはその後ろを戸惑ったようについてくる。
「何もなさそうだが一応通り抜けてみるか」
振り返ってリィンが頷いたのを確認してクロウはその路地に踏み込んだ。
背後についてくるリィンの気配を感じながら突き当りまで進んだが、何か起こる気配はなかった。
だめそうだな」
「ああクロウが出てきたのは?」
「あっちだ。一応行ってみるか」
同じようにクロウが出てきた路地にも入ってみたがやはり何か起こる気配はない。
二人は駅前まで戻り途方に暮れた。
「どうしよう
「んー聞いた限りじゃ別の因果律に踏み込んでもその人間はそこの因果律においては異物になる。だからそれを排除しようと元の因果律に押し戻そうとする働きが起こることもあるらしいが確証はねぇな」
「そうか
リィンは不安そうに俯いている。
その時遠くから学院のチャイムの音が響いてきた。
どうやらトリスタにいないらしい自分はともかく、リィンは人に見られると厄介なことになりそうだ。
「お前がここのお前と顔を合わせたり知り合いに会うと面倒そうだ。一旦トリスタから移動しねぇか?さすがにミラが使えねぇってことはないだろ」
クロウが駅舎に視線を向けながらそう言うとリィンは一瞬学院の方へ目を向けてから頷いた。
「見咎められにくいだろうし、ここから近い帝都に行こう」

列車に乗って二人は帝都に向かい、適当な屋台で飲み物とサンドイッチを購入して近くの公園のベンチに腰を下ろした。
二人揃って遠い目で晴れた空を見つめてコーヒーを啜る。
本来であれば現在二人は敵同士なのだが、なんとなくお互いそれには触れずにいた。
逆にここにいる間は隣にいてもいいのだという気持ちもあって、だからこそどこか本気で元の因果律に戻る方法を探す行動に出られずにいた。
戻る方法がわからないのだから仕方ない、お互いそう自分に言い訳しながら微妙な距離感で並んで座り、サンドイッチを食べ終わるまでとりとめのない話をして過ごした。
もし夜になっても戻る気配がねぇなら泊まる場所も確保しねぇとだなぁ
サンドイッチを全て腹におさめた頃クロウは昼過ぎの気配を纏った空を見上げて呟いた。
リィンもコーヒーを一口飲んで頷く。
「どこか良いところ知ってるか?」
「ああ、いくつか心当たりがあるからここから一番近いところに行こうぜ」
そうと決めれば二人はゴミを片付けて宿のある地区へと歩き出した。
さすが帝都というべきか、店舗の並ぶ通りは平日の昼間でも人通りがかなり多い。
ともすれば人に遮られてはぐれそうになる。
クロウは人を避けている内にリィンと少し距離が空いているのに気付いて咄嗟に彼の手を掴んだ。
「はぐれんなよ」
「う、うん」
そのまま手を引いてやるとリィンはぎゅっとその手を握り返してきた。
こんなに人が多いのに、何故か世界に二人だけのような気がしてクロウもしっかりとその手を握り締めた。

心当たりの宿は無事見つかり、部屋を取ることもできた。
そして日が暮れて、二人が宿の一階で夕食を摂っても元の世界に戻る気配はなかった。
部屋に戻り、並んでベッドに腰かけて二人は同時にため息をついた。
「こりゃー今日は戻れなさそうだな」
「ん
沈むべきなのか今の時間が終わることを恐れるべきなのか戸惑っている風のリィンに苦笑してクロウはあえて明るく笑った。
「できることもねぇし普通に過ごすか。ほれ、先シャワー使ってきていいぜ」
「うーん
「なんだ入りたくねぇのか?」
殊更綺麗好きという印象はないが、身綺麗にはしている方だったはずだ。
不思議に思って首を傾げるとリィンは気まずそうに横目でクロウを見た。
「シャワーを使っている内に、一人になってしまったら嫌だなって
その言葉にクロウは目を瞬かせた。
多分これはまたクロウに置いて行かれることを恐れているというよりも、元々別々にこの世界に来たクロウが離れた瞬間に一人で戻ってしまって自分だけ残されるのではと心配しているようだった。
確かにその可能性はゼロではないし、クロウもそれはごめんだった。
んじゃ、一緒に入るか?」
リィンは一瞬迷うように瞳を揺らしたが背に腹は代えられなかったらしい。
大きく頷いて返したので二人は連れ立ってシャワールームに向かうことになった。
同性なのだし、特別な関係というわけでもなかったがなんとなく二人とも正面からお互いの身体を見ることを避けた。
かといってシャワールームはそれほど広くないので、二人はそこにいることを確かめるように背中をくっつけ合ったまま体を洗った。
普段直接は触れ合わないようなところの肌が触れ合う感触が、殊更相手の息遣いやわずかな動きまで意識させる。
クロウはもし学院にいる間にこんなことになっていたら振り返ってリィンを抱き締めていたかもしれないなどと胡乱なことを考えたせいでシャワーから出る頃にはどっと疲れたような気がしていた。
リィンも妙に上気してぼーっとした顔をしていたのでなんとなく二人はそのままベッドに入ることにした。
このまま、戻れなかったらどうしようか」
明かりを消した暗闇の中でリィンがぽつりと呟いた。
クロウはリィンのいるだろう方向に横目で視線を向けた。
帝都は人が多くて疲れるし、どっか別のとこに行くか。行きたいとこあるか?」
少し考え込む間が空いてからごそりとリィンが寝返りを打った気配がした。
こちらを向いたらしい。
「ジュライに行ってみたい。クロウの故郷が見てみたい」
まぁ、オレがどうしてるかもわかるかもしれねぇしなぁそうだな、それもいいかもな」
クロウも寝返りを打ってリィンの方を向く。
暗闇に慣れてきた目が嬉しそうな顔をしているリィンの顔を捉える。
「でもクロウがいたらジュライにも留まれないよな。そうしたらどうしようか」
「そうだな
考えながら、クロウは自分も楽しげに笑っているのに気付く。
「そうしたら二人であちこち旅をして回るのはどうだ?帝国内でもいいし、他の国に行ってみてもいい」
「それはいいな」
嬉しそうに破顔して、リィンはどんなものが見てみたいとかどこそこに行ってみたいとか楽しそうに話した。
クロウも自分の知っている場所や話に聞いていた絶景の話をして、じゃあどこに行こうとかそんな夢のような話をした。
本来二人が直面している運命からも現実からも目を逸らして、そんな夢のような話に胸を躍らせた。
そして日付が変わってリィンがあくびをこらえきれなくなってようやく二人は眠ることにした。
どこか晴れやかで、ここしばらくなかった穏やかな気持ちを胸に眠った。

翌朝二人は昨晩と同じく宿酒場の一階で朝食を摂って駅へ向かった。
昨夜話し合った通りジュライに向かう予定で、一旦オルディスを経由して北上することにする。
もう元の世界に戻れるかはあまり考えないようにして人の多い駅舎で切符売り場を目指した。
切符売り場が少し先に見えてきた時だった。
覚えのある感覚が二人を包んだ。
ざわりとするような空間の歪む感覚。
咄嗟にクロウは離れないようリィンの手を掴み、リィンも縋るようにその手を握り返した。
歪んだ感覚への不快感に思わず目を閉じ開いた時にはもう、辺りの景色が変わっていた。
帝都の駅にいたはずが、とある街の通りの隅に。
二人は手を取り合ったまま呆然と周囲を見渡し、それが自分達が元々いた街であったことを確認した。

元の因果律に帰ってきた。

それを察して二人は何も言わないままお互いを見つめた。
リィンの黒い瞳が潤んで揺れた。

『このまま昨夜語り合った夢の通りに二人で逃げてしまおう』

どちらかがそう言えばもう片方はきっと抗えない。
お互いそれを察して、けれど口を開けずにいた。
どれだけ時間が過ぎたかわからないくらい見つめ合って、そうしてリィンが力無く首を振って大きく息を吐いた。
俺は、必ずクロウを取り戻してみせるから」
いつか、パンタグリュエルの甲板で言ったのと同じことをリィンはしっかりとクロウの手を握って言った。
やれるもんならやってみろよ」
真っすぐ射貫くような瞳を見つめ返してクロウもあの時と同じ言葉を返して笑った。
一晩の夢を振り切るように二人は同時に背を向けて歩き出した。

どんな運命でも、真っすぐ向き合って進み続ければいつか夢より眩いハッピーエンドに繋がると信じて。