望月 鏡翠
2025-02-15 23:56:58
1115文字
Public 日課
 

#1629 「岬」「謎」「客船」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺


 その男は、人と話すのはあまり得意な性質ではなかった。笑わず、人が見れば不機嫌と捉えられるような顔で、むっつりと黙り込んでいることが多かった。そんな有様であるから、好かれてはいなかった。
 だから人と話す必要はなく、同僚に好かれる必要もない仕事を割り当てられました。
 岬の灯台守です。食事や必要な物資を持ってくる当番が立ち寄る他は、人がやってくることはありません。灯台の火が消えぬように見守りながら一晩中起きていて、夜明けと共に眠る仕事です。
 日がくれる前に男は起きます。灯台の外の連絡箱に、街からの食事や手紙などが届いているので、それを確認します。場合によってはその時間に来訪者があることもあります。前任者はそうして交流を保っていることがあるようなのですが、もうなくなって久しい風習です。
 来客用の食器もしばらく使われることなく、埃を被らないように大切に戸棚の中に仕舞い込まれたままです。誰かの大切なものである綺麗な器をどう扱ったらいいのかわからなかったので、男はずっと家から持ってきたマグカップを使っていたのです。
 男が日々何を見て何を感じていたのかは、日記にのみ残っています。男は夜中の間、それを読むことを楽しみにしていました。街から運んできてもらう物資の中には、貸本屋から取り寄せた本なども混ざっていましたから、きっと読書が趣味だったのでしょう。
 その中にあるときから、ある言葉が頻繁に見えるようになりました。
『客船が今日もやってきた』
『客船が見える』
『今日も客船からあの人が手を振っている』
 しかし不思議なことに、近くの港の記録をみてもその日付でそんな船が出入りしたという情報はないのです。たまたま立ち寄らなかっただけでしょうか。しかし書き記しようを見るに、一度のことではないのです。一度も近くの港に立ち寄ることなく航行し続けられるものでしょうか。
 謎はもう一つあります。
 男が起きていたのは基本的に夜のはずです。
 灯台は船の明かりとなるべきものであって、海をゆく船を照らすものではありません。なぜ男は、それが客船だと理解したのでしょう。船から手を振る人間だって見えるはずがないのです。
 確かに望遠鏡は持っていたでしょう。それを使って、航行する船を覗き見ていたのかもしれません。しかし、男が見ていた客船は何だったのか。それは謎のままです。
 もしかしたら次の灯台守が教えてくれるかもしれません。男は、いなくなってしまったのです。回収されていない食料を見て、配達人が最初にそのことに気づきました。
 どこに行ってしまったのか、なぜいなくなってしまったのか。
 それは誰も知らないことです。