水樹
2025-02-22 12:00:00
7181文字
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ドント・ストップ・スキンシップ

sg→→(←)aoなお話。aoがハグ魔のような何かになっています
スグアオwebオンリー「ゼロから、また君と。2」展示作品

 地方によって風習やらなんやらが違うのは知っていた。知っていたんだけれど。
 それでもやっぱり、慣れないものは慣れないわけで。



「わや……負けちまった」

 パルデアから来た女の子、アオイ。ねーちゃんを負かしたから、おれが勝てるわけないとは思ってたけど。思ってたとおり負けてしまったけれど。でも、バトルそのものは、とても楽しかった。

「あの、ありが――
「楽しかった! ありがとう!」
「っ!?」

 握手しようと差し出した手がぐい、と引かれ。優しくていい香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

「ぇ、あ……?」
……スグリ?」
「な、え、なんっ……!?」

 アオイの手が、おれの背中にある。
 アオイの体が、おれの体にぴたりとくっついている。
 首を傾げたのか、髪がわずかに肌をくすぐる。
 な、に、これっ……!?

「いつまでくっついてんのよ離れなさい!」
「わっ」
「っ!」

 とたんに、視界が見慣れたもので支配される。……ねーちゃんの、背中、だ。

「なんで急にハグなんてしてんのよあんた」
「なんで、って……あいさつのときとか、感謝したいときとか、結構するよ? ハグ」
…………はー……やっぱよそものはよそものね。あたし優しいから教えてあげるわ。キタカミではね、めったにハグなんてしないものなの」
「え、そうなの!?」
「そうよ。文化が違うのよ、文化が」
「そっか……だからスグリ固まっちゃってたんだね。ごめんね?」

 背中ごしに視線があう。その視線は、表情は、本当に申し訳ないと思ってるんだって伝えてくる。
 平気だって言わないと。
 驚いただけだって言わないと。
 早く、はやく。

「ぁ、や。……だっ、だいじょ、ぶ」
「今度から気をつけるね」
……う、うん」

 けれど身に染みついた習慣というものは、気をつけたところでどうにかなるものではないらしく。
 事あるごとに、アオイはおれに抱きついてきた。
 ……手持ち達にも抱きついたりしてるから、たぶん普段からそうする、そうしてしまう癖がついてるのかもしれない。

「わ、またやっちゃった! ごめんなさい!」
「ぇあ、へ、へいきだから、えと、謝んなくてもいい、よ?」
……でも、スグリいつも固まっちゃってる」
「そ、れは、その……慣れて、なくて」
「ゼイユも言ってたね。あんまりハグしないって」
……うん。友達でも家族でも、あんまりしない、かな」
「恋人でも?」
「こっ……!? ……そ、そうだな……でも人の目さあんま気にしねえ人なら、してたりする、かも……?」
「そっかぁ」

 ほんとにいろいろ違うんだね。んだな、おれも知らなかった。他にはどんな違いがあるのかな、教えて? え、お、おれでわかるかな……? スグリのわかる範囲でいいよー。
 文化の違いを知るのは楽しかった。……ううん、違うな。きっとアオイと話してるから、余計に楽しかったんだと思う。

 だからかな。
 だからだろうな。

 アオイがおれに隠し事して、嘘をつくなんて思いたくなかった。思わなかった。

 ……色々終わった今ならわかるよ。俺を心配してくれてたんだって。本当は、ちゃんと落ち着いてから話をしたかったんだって。だけどそのときは、そんな余裕も考えもなかったから。ただひたすらに、ショックだったから。


 だからさ、今ほんとに嬉しいんだ。アオイと友達に戻れてほんとに、本当に。
 けど、それとこれとは話が別で。


「スーグリッ!」
「わぎゃ!? ア、アオイ! いきなり抱きつかねえでっていつも言ってるべ!?」
「えへへ、ごめんごめん」

 ごめんと言いつつも、その顔に申し訳なさはあまりない。……ほんとに悪いと思ってる? 思ってないんだろうなあ。
 仲直りしてから、なんだかアオイの抱きつき癖が悪化している気がする。いや別に悪い気はしないんだけど。しないのだけれど。
 や、だって、だってさあ!

 す、すす、好きな子に抱きつかれて、う、嬉しくないわけねえべ!!

 気持ちを自覚したのはごく最近で、未だに自分の感情のコントロールがきかない。変なことしでかさないようにするだけで精いっぱいだ。
 前は不慣れなのと緊張とで固まってしまったわけだけど、今はまた別の緊張でそうなってしまって。だけど、離れてほしいわけでもなくて。

「うう……
……スグリ?」

 服越しに感じる、柔らかい感触にどきどきする。
 鼓動、伝わってほしい。伝わらないでほしい。頭ん中がぐるぐるして、わやになる。
 わかってる。わかってるよ。これはスキンシップのひとつで、特に深い意味はないなんてことは。嬉しいけど、そのことは複雑に感じてる。それでも嬉しさが勝るわけだけど。


 そんな日々が続いていたある日のこと。
 急にアオイが、ハグをしてこなくなった。正確には、過度なスキンシップをしてくることが少なくなった、と言うのが近いかも。
 不思議に思って、ピクニック中に聞いてみることにした。……とりあえず、上のパンをそんな高いとこから落とすのはやめような?

「そういやアオイ、最近俺にハグとかしてこなくなったよな」
「んぇっ!? あ、あー……ええっと……それは、そのー……
「?」

 普段、目を合わせてはっきりと喋る彼女にしては珍しく、視線を彷徨わせてしどろもどろになっている。

……もしかして俺、なんかしちまったかな」
「!? それはないよ! なんでそうなるの!?」
「んだば、どうして?」
「ぁ、えと…………す、スグリがいつも、困ってるみたい、だから……?」
「そういう理由なら今更すぎっけど」
「うっ」

 その後も、あーだのうーだの繰り返すばかりで、返事らしい返事は何も返ってこない。……困らせちまったかな。そんなつもりはなかったんだけどな。

……答えにくいなら、無理に言わなくてもいいよ」
「っ、ごめん、なさい」
……なんで謝んの?」
「ぁ、ご、ごめ」
「違う。謝んねえで。困らせるつもりじゃなかったし、怒ってるわけでもね。ただ……
「ただ……?」
…………ううん、なんでもね。気にしねえで」
「う、ん……

 ……が。話したところで解決するわけでもなく。
 なんならどんどん避けられてる気さえしてくる。

「どうしたらいいんだろ……
「あ! いいところに!」
「え」
「あなたにこれを差し上げます! 試作品第2号なんですよ」
「えっ、ちょ、何!?」

 突然有無を言わせず押しつけられた、謎の機械に目をおとす。ガラクタ……ではないよな……? おもちゃ、でもなさそう。

「『シンクロマシン』……?」
「ええ。これを使うとポケモンとシンクロ……一体化できるんです! ……試作品なのでクオリティは低いですし、ドームの中でしか使えませんが、まあそこはご愛嬌ということで」
「な、なんで俺に……?」
「ちょうど通りがかってくださったので」

 何だその理由。

「あの、か、返しま」
「使用感不具合問題点改善点要望何でもおっしゃってくださいね、ではこれで」
「あ」

 言うだけ言ってとっとと立ち去ってしまった。……あ、思い出した。彼女確か、シンクロミ、って名前だったはずだ。アオイからも聞いたことがある。シンクロマシンのことも。
 ……
 …………
 ……ちょっと、試してみようかな。押しつけられたとはいえ、もらったわけだし。さて、誰にしよう。


「わやー……

 いつもよりずっと視線が低い。聞き慣れない音や匂いがする。耳も鼻もいいんだ。立ち上がって手、もとい前足を見てみる。……短いな。あ、ちょっと怒ってる。ごめんごめん。

「これが、オオタチの見てる景色なんだ」

 解除方法とかもろもろ頭に叩き込んだし、俺自身は安全な場所――コーストエリアの休憩所――にいる。……ちょっとくらい離れても、平気、だよな?

「わあ……!」

 地面が近い。草をかき分けて走る感覚が面白い。楽しい! 他の手持ちだとまた違うんだろうな。後で試してみたいな。
 そうやって走り回っていたら、甘い香りがどこからかしてきた。立ち上がって辺りを見回す。花ともきのみとも違う、甘くていい香り。

「こっちから……? ……あ」

 アオイ、だ。ピクニックしてたのか。香りの正体はどうやら、カミツオロチのミツだったらしい。

「たっちぃ!」
「わっ!?」
「ぢ!?」

 声をかけると、上のパンを重ねるところだったみたいで、驚いた拍子に宙に舞ってしまったそれを手でキャッチ…………しそこねた。地面に落ちてしまったところを、すかさずサンドイッチ好きの飛龍が食いついて平らげてしまう。

「あー! もう、相変わらず食い意地はってるんだから!」
「アギャス」
「ちちぃ……
「あ、きみは悪くないよ! 気にしないで。それに、パン受け止めようとしてくれたよね? ありがとう」

 うう、元はといえば俺のせいなのに。
 頭を撫でてくれる手が心地よくて、そんな思考も溶けていく。もっと撫でて。もっと、もっと。

……ところできみは、誰かのポケモン、だよね? ドームにオタチやオオタチはいないはずだし……もしかして、スグリの?」
「たち」

 首肯をひとつ返すと、撫でる手は止めないまま、辺りを見渡しはじめる。……あ、そっか。シンクロマシンはアオイしか持ってない(はずだ)から、近くに俺がいるって思ってるのか。

「うーん……いないなー……きみ、一人で遠くまで来ちゃったの? スグリ探してるんじゃないかな?」
「たち、たっち」

 それはない。俺は今ここにいるんだよって訴えたところで、アオイには伝わらないようだった。
 見渡してみると、意外と遠くまで来てしまっていたらしい。はしゃぎすぎたな。一応マシンを解除すれば、オオタチと一緒に自分の体がある場所に戻れるらしいけど、正直なところその保証はないし……。一度戻るべきだろうか。頭を撫でてくれる手を離すのは名残惜しいけど、アオイに心配かけたいわけじゃないし。
 後ろ髪を引かれる思いで背中をむけた、その時。

「あ、待って!」
「!?」
「えっ」
……?」
……??」

 視界に一瞬腕がはいった気がして振り向くと、アオイが自分の手と俺とを交互に見ていた。きょとんとしている表情がわやめんこい。
 ではなく。
 えっと、俺をとめようとした、の、かな……? 腕さすり抜けちまったけど。オオタチの特徴のひとつだ。俺もやられるというか、よくこうなるからわかる。

……たち?」
「わあ首傾げてるのかわい……じゃなくて! え、えっと、えっとね、一人じゃ危ないよ。私と一緒にスグリを探しに行かない?」
「ち?」
「えと、それにさ、スグリもきみを探してると思うの。私と一緒ならスグリも見つけやすい、んじゃ、ないかなって、思ったん、だけど……

「あ、あと、あとね? 実はサンドイッチ――オープンサンドになっちゃったけど――うっかりちょっと大きめに作っちゃって。スグリがドームにいるなら、おすそ分けしたいなー、なんて……

 ……残念だけど、それはたった今叶わなくなったよ、アオイ。

「たち、たっちょ」
「ん? 何? 後ろ? …………あーーーー!?!?」
「アギャス!」
「いやアギャスじゃないよもー! ううう……あとかたもなくなってる……こら! 勝手に食べちゃだめっていつも言ってるでしょ! めっ! だよ!」
「アギャ……
「もー、ほんとに反省してるのかなぁ……

 ポケモンっこ、そんな風に叱るんだな。めっ、だって。めんこい。親御さんがそんな感じで叱ってたのかな。
 ……ん? アオイ、なんかちょっと落ち込んでる?

「たち?」
……あ、ごめんね。急に大きな声出したりして」

 気にしないで。元気だして。それを伝える手段がないから、ちょっと恥ずかしいけど足にすりよる。オオタチの姿じゃなきゃ、こんなことできねえな。

……ふふ、ありがとう」
「ちぃ」
…………
……?」

 急にだまりこんでしまった。どうしたんだろう。
 なんて思っていたら、優しい香りに包まれる。
 久しぶりだ。アオイとこうして、ハグをするのは。……いや、アオイはオオタチとだと思ってるわけだけど。

……きみになら、できるのに」

 どういうことだろう。

……ち?」
……よし! それじゃあ片付けしてスグリ探しに行こっか!」

 探しに行くもなにも、俺はここにいるんだよなあ。


……こっち?」
「たち!」
「ずいぶん自信満々だね……スグリの居場所がわかってるみたい。声? それともにおいかな?」

 どっちも違う。ただ元の……俺の体がある場所に戻ってるだけだ。とりあえず、解除したらアオイにマシンのことを話すべきだろうな。

「あ。見つけた……ってあれ? 寝てる?」

 違う。
 ええと、解除はどうするんだっけ……? あ、あれ? マシンはどこだ? この辺にあったはずなんだけどな……

「スグリ。スグリ起きて。こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」

 うう、アオイが心配してる。早く戻んねえと。……にしてもなんでアオイ、さっきから俺に手をのばしかけてはやめてるんだろう。起こすなら声かけるだけじゃなくて、体揺さぶったりすることもあるだろうに。
 ……あ。見つけた。どうやら野生のポケモンっこに持ち出されていたみたいだ。変ないたずらとかされてなくてよかった……。えっと、解除は……

 戻った瞬間。さっきも感じた優しい甘い香りが、鼻をくすぐる。

「ア、オイ……?」
「!!」

 名前を呼んだ途端、弾かれるように離れた体。逃がすもんかと、逃がしてはいけないと手首を掴む。
 アオイはなんだか、泣きそうな顔をしていた。

「は、離し、て」
……ごめん。それはできない」
「っ、どうし、て」
「今アオイのこと離したら、後悔する。だからできない。……ね、アオイ。教えて」
「なに、を」
「俺のこと、避けてる理由。さっきハグした理由。今、俺から逃げようとしてる、理由」
……っ」

 ふい、と顔を逸らして。空いているほうの手で隠してしまった。だけど隠しきれていない耳は真っ赤で。俺が掴んでいるほうの手は、わずかに震えている。

……言わなきゃ、だめ?」
「言うまで離さね」
「うう……いじわる……ずるっこ……がんこものぉ……



…………恥ずかしく、なっちゃったの」



 …………………………は? 恥ずかしい?

「ど、ういう、意味……?」
……だから、その。ええと。す、スグリに、くっつくのが。ハグとか、するのが。は、恥ずかしく、なっちゃった、の」
……それで、俺のこと、避けてたの?」
…………

 こくんと、縦に頷く。な、なんだその可愛すぎる反応と理由は。

……じゃあ、さっきのは」
…………寝てるみたいだったから。眠ってるなら、できるかなって、思ったの。でも、起きちゃって。やっぱり恥ずかしくて。逃げたく、なって」
……んで、今は俺に捕まえられてる、と」
「うう……そうです……ね、ねえ、理由話したよ? だからその、手を…………わっ!?」

 ぐいと手を引けば、バランスを崩したアオイがいとも簡単に腕の中におさまる。暴れられるかと思ったけど案外大人し……違うな。固まっちまってるんだ。

「なっ……んぇ……??」
……にへへ。アオイ、心臓ばくばくしてるな。わやめんこい」
「!? めんこくない! はなっ、放してっ!」
「やだ」
「なんで!? そっ、それにスグリだってこんなにどきどきし…………え?」
……好きな子とこうしてくっついてんだから、どきどきしない方がおかしいべ」
「!? す、すす、すっ……!?」
「あ。……うん、そう。好きな子。俺、アオイが好き。……友達の意味じゃなくて、恋愛の、好き」
「えっ、え……?」
……アオイが俺のこと、そういう意味で好きかはわかんねっけど。俺はアオイのこと、そういう意味で好きなんだ。だから、くっつかれんのはびっくりするし焦るけど、困るなんてことなかった。嬉しかった。……避けられて、さみしかった。恥ずかしいから、言いたくなかったけど」

 よどむことなく、気持ちが言葉になって口から出ていく。アオイはそれを、黙って聞いていた。

「あ、の、スグリ」
「ん?」
「えと、その。た、たぶん、だけど。まだ、よくわかんないけど。わ、私も、スグリのこと、が。えと、れ、恋愛? 的な意味、で、好き、かもしれない……?」
……何で疑問形?」
「だ、だだ、だって! こんなにどきどきしたり、恥ずかしいって思ったり、逃げたくなったり……こ、こんなの、こんなの全部初めて、なんだもん……
「! ……にへへ。そっか、そっかぁ……にへへ」
「な、なんで笑うの。な、なな、なんで力強くなってるの!?」
「アオイが悪い」
「私のせいなの!?」

 うんそう。アオイのせい。……なんて、言いがかりだけど。

「アオイが恥ずかしくってできねってんなら、俺が頑張るから」
「な、なにを……?」

 わかってるくせに。それともほんとにわかってねえのかな。

「今度は俺から、アオイにくっつきに行くよって話」
「!? や、やめてほしいな!?」
「やだ」
「なっ……!?」
「疑問形じゃなくなるように頑張るから。ちゃんと好きになってもらえるように頑張るから。だからアオイ」

 ――お願いだから、慣れてな?