シャワーで体を流し、後処理を終えてなお穏やかに眠る人を腕の中に抱き上げるままに重岳は湯に体を沈める。尾を含めてゆったりと浸かれるように、と特別に設計された浴槽は大人二人の質量を余裕を持って受け入れた。
溺れないようにと横抱きにドクターを膝の上に乗せ、片手と尾で支える。空いた右手で額に張りついてしまった髪を邪魔にならないように避けていると、体が温まってきたせいかドクターがぼんやりと目蓋を開いた。
「目が覚めたか、ドクター」
曖昧な意識のまま視線をさ迷わせて重岳を探すものだから、努めて穏やかに声をかけた。緩慢に瞬きをした後、安堵するようにため息をつくのが愛らしい。
「―――ああ、眠ってしまったのか。何から何まですまない」
少しばかり申し訳なさそうにするドクターに重岳は首を横に振った。
事を終えて、ほとんど毎回眠りに落ちてしまっては重岳の手を煩わせているとドクターは思っているのだろう。体格と体力差を考えれば無理からぬ事であったし、なにより無防備な姿を晒してもいいと思われていることを愛おしいと思いこそすれ、煩わしいと感じたことは無かった。
「なに、構わないさ。貴公が無防備な姿を晒すほどに心を許してくれていることを思えばこそ、愛しさも募ると言うものだ」
だから謝る必要はないのだと頭を撫でれば、そっと寄り添ってくれるのが嬉しい。そのままやわやわとドクターの頭を撫でていると眠ってしまうかと思いきや、少しばかり眉間に皺を寄せてしまう。
疲れているせいで頭痛でもあるのだろうか。そうであるならあたためるよりも冷やしたほうがよいと、ドクターを抱き上げようとしたときだった。気恥ずかしげな様子で口を開いたドクターの言葉は重岳の動きを止めるには充分なもので。
「ええと、その……もう少しだけ君に触れられたいと思ってしまって」
せっかく君が綺麗にしてくれたのに。すまない、忘れてくれ。早口で最後には俯いてしまったドクターの額にあやすように口づけを落とした。重岳の願いを叶えてくれた思い人から乞われて、それをどうして断る事ができるだろう。そっと顔を上げたドクターに重岳は視線を合わせた。
「ーーー求めることをためらうなと、そう教えてくれたのは貴公だろう、ドクター」
ぽたぽたと髪からつたい落ちた雫がバスタブの水面に小さな波紋を作る。寝室に行くかと声をかけ、けれども温かいからここがいいと言ったドクターは重岳の足に座り、熱を受け入れて向かい合うように腕の中に抱かれている。
「君の瞳が見れるのはいいね」
近くで見ると赤いだけではなくて、縁が緑色なのがよく見える。
綺麗だねと呟いてまなじりを撫でるとともに、目蓋にされる口づけを重岳は受け入れる。やわらかな温かさが心地よくて目を細めれば、それを見て目元を緩めるドクターが愛らしい。
「貴公は私の瞳を見るのが随分と気に入っていると見える」
「好きなひとの好きな場所だからね。それに君の瞳に熱があるのを見ると安心する」
「斯様な事を言われるのは初めてだな」
瞳を見て畏怖されることは多々あれど、安心するとは言われたことがない。熱があるという意味とともにわからないと小首を傾げれば、あやすように一つやわく頬を撫でられた。
「君、たまにどうしようもなく寒くて寂しい目をするから」
だから君の瞳に熱があると見ていて安心するんだ。誰しも好きなひとには寒くも、寂しくもいて欲しくないものだろう?
何てことのないようにさらりとそんな事を言われてしまって重岳は目を瞬かせた。ロドスに来てからというもの、人との関わりで寂寥感や疎外感を強く自覚したことはなかったが、ふとした瞬間に無自覚に浮かび上がる感情をドクターは察していたらしい。
改めてやわらかに慈しみ、労られているのを感じるとともに腕の中にいる愛しい人の背に腕を回して抱き寄せた。意図しない所を押してしまったのか、少しばかり悩ましげな吐息が漏れる。
「っ…申し訳ないのだけれど、あまり熱いとここで眠ってしまいそうだから穏やかに触れてくれると嬉しいな」
「ああ、すまない。あまりに嬉しい事を貴公が言うものだから、つい。あと少しだけと言っていたものな」
もう少し体力があればよかったのだがと眉を下げるドクターの額に重岳は口づけを落とす。
元より快感を得たいというよりは今までのやり取りで瞳が見たかったのだろう事は察していたから、話ができる程度の穏やかさで触れることに異論はない。貴公の好きに指図してくれと伝えれば、小さな笑声を落とされた。
「ふふ、まるで作戦中みたいだね。指図よりもお願いになるのかな」
「確かに指図というのは睦事で口にするには堅苦しいか」
互いに笑いあって、どちらともなく口づける。
みじろぐ度にちゃぷりとバスタブの水面が揺れてドクターの瞳に淡い熱が宿るのを重岳は見た。
ドクターは重岳に寒くて寂しい瞳をすると言うが、それは重岳からしても同じだった。テラではないずっと遠く離れた場所から幾万年の年を超えてきたのだというひとは誰よりも人々の中心にいるというのに、時折眩しい物を見るようにすることがあるから。さながら仲間にいれて欲しいのに、それは出来ないとでもいうように。
重岳とて数多いるエーシェンツからすれば異形の存在ではあるが、テラの生命という大きなくくりからすればその一部ではある。だが、ドクターはその出自からしてこの星の者ではない。
加えてトリマウンツで知りえたのだという事実を踏まえるのならば、おそらく本当の意味でのドクターの同胞が生き残っている可能性は。弟妹という縁(よすが)がある重岳よりも、ともすればドクターの方がよほど異質で孤独だっただろう。遠い異星から来たたった一人の異邦の人。
(それ故にか)
そう思えばこそ惹かれたのは必定だった。傍にいたいとこの星に生きる者へ憧憬を抱き、けれどもそれこそが難しいのだと知る人に手を伸ばしたのは。同じ寂寥を抱く人にはじめて出会ってしまったから。
「ん…随分と温かくなったね」
口づけの合間にさらりと目元に触れるドクターに重岳も触れ返す。しっとりと濡れた頬からじんわりとつたわる熱が心地よい。
「貴公の瞳も随分と温かくなったな」
「君が傍で触れてくれるからね」
触れた手のひらにすり寄って微笑む様が愛おしい。ドクターは好きな人には寒くも寂しくもいて欲しくないのだといったが、それは重岳も一緒だっただろう。互いに似た寂寥にこそ惹かれたが、それ故にドクターには穏やかでいて欲しかった。
ふと、以前に言われたニェンの言葉を思い出す。
ーーー二人とも与えたがりの受け取り下手でそっくりだ。相手の事ばっかり考えて、自分の事はいつも後回しだからな。
まぁだからお似合いなんじゃねーのか。足りない所は相手に貰えばいいだろ。
言われた時は今一つ理解できないでいたが、今にして思えばあの子は二人をよく見ていたのだろう。ドクターは重岳を満たしたくて、重岳はドクターを満たしたい。それでいて自身の欠落は互いに満たすのが苦手だったから。
「ーー私も貴公が傍で触れてくれるから温かい。同じだな、ドクター」
頬に触れていた手をゆるりと湯の中に落とし腰に手を回す。ゆっくりと負担にならないように体を揺らせば髪から落ちた雫が首筋を伝うのがなんともいえず艶っぽい。
熱を受け入れる前も受け入れた後も決定的な刺激を互いに避けていたせいか、緩やかながらも動き始めれば体に快感が灯るのは早くて。特に数時間前に奥深くまで重岳を受け入れてくれたドクターは燻るものがあるのか、すぐに中が震えてはもっとと言いたげに熱を締め付ける。
「っ…ぁあ、すまない、あまり長くは…」
腕の中ですがり付く人に大丈夫だと囁いて口づける。合わさった瞳はすっかり熱で溶けていて、そこに寒さも寂しさも無いことが嬉しい。ーーー貴公が私を温めるように私も貴公を温められたのなら、それこそがなによりの。
穏やかに呼吸を食んで腰を尾で支えると、胸元に爪を立てる。もう片方の手で湯の中にある熱に触れれば、一際強く中が震えた。跳ねた腰がぱしゃりと水音を浴室に響かせる。
「チョンユエ、っ」
あえかな吐息とともに名前を呼ぶ人を抱きしめ、声無き声とともに熱を吐き出す人の中へ重岳も熱を吐き出した。呼吸を整えるために背を撫でていると、目蓋に口づけを落として愛しい人があまやかに微笑む。
「ーーーうん。あたたかいのはいいね」
その言葉に頷いてドクターの目蓋に口づけを返せば、穏やかな笑声が深夜の浴室に落ちていく。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.