kokera14
2025-02-15 12:56:23
4088文字
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第5話・小さな騎士の道

敬愛する人の言葉に、カイルスもまた決意する。

 姫様を励ます、もとい励まされた自分は、半ば逃げるように平らげられた食器を持って厨房へ戻った。
 清々しい気持ちと恥ずかしさの入り交じる中、食器を片付けていると何やらニヤニヤした表情のレディ殿が、エプロン姿でこちらを見ていることに気がつく。
 
「上手くいったみたいだね?」
「お、お陰様で……貴女はこれを見越して?」
 
 くすくすと笑い、さぁね、とはぐらかせば空となったジョッキを置いた。ただの気まぐれだったのか、計算した事だったのか、なんとも食えない人だ。
 
「いいねぇ、青春せよ若者ってね」
「貴女だって若いだろう……
「こんなナリじゃ、誰も言い寄ってこないさ」
 
 美しい顔に刻まれた、大きな傷を擦りながら自嘲気味に言うが、その表情にはどこか憂いを秘めていて、自分の知りえぬ事を抱えているのだと察する。

 そも、こんな若い女性がひとつの組織のマスターをしている事も疑問だ。他にも熟練の冒険者など居ないわけでは無いだろうに、それほど彼女が『力』を持っているという事なのか、あるいは別の事情があるのか。
 
「なんだいカイルス、今度はあたしかい?あんたもしかして惚れっぽい?」
「な!?ちちち違う!自分はティア様一筋で……それも!変な意味は無くてだな!?」
「でも駄目だよ。あたしは駄目だ」
 
 そういうレディ殿の表情は、優しく、穏やかなものとなっていた。
 そしてそれを、自分は知っていた。これは、「誰か」に向ける表情なのだと。この微笑みを受ける相手は、余程信頼された人なのだろう、それが家族か友人か、或いは恋人か、などと要らぬ想像をすれば、レディ殿はまたイタズラな笑みを浮かべていた。
 
「意地悪言ってわるかったね。あんたはティア様一筋、だものねぇ?」
「レディ殿!!」

 どうにもまだからかわれているようで、不服に弁解していると、ギィと扉の軋む音に間髪入れず大きな足音が聞こえた。

 客が来たようで、しめたとばかりにレディ殿から逃れトレイとメモ紙を持って近寄り、少し慣れてきた接客に笑顔を添えて対応する。

「い、いらっしゃいませ。ご注文は……
「あぁ?なんだ、ここも遂に託児所にでもなっちまったか?」
 
 身体は屈強、それでいて服は薄汚れた男の、予想外の言葉に思わず引きずった自分の顔を見て、男は悪意の籠る下卑た笑みをした。
 
「ガキの持ってくるエールなんぞ飲めたもんじゃねぇわ、とっとと失せな」
「なっ……
「カイルス、いいよ」
 
 肩に優しく置かれた手に振り返ると、先程とは一転して険しい表情のレディ殿がエプロン片手に立っていた。
 そして、そのエプロンを自分に押し付け、代わりに一本の剣を腰から下げて前へ出る。

「何であんたがここにいるのさ」
「ツれねェなぁ。せっかくの再会だってのに、もうちったぁ嬉しそうな顔しろよ」
「あんたがここから出ていったなら、そんな顔してやるよ」
「相変わらず、可愛げが無ぇ」

 飄々とした男の態度とは裏腹に、レディ殿は一切気を緩める様子を見せない。両者に一体、どんな出来事があればこんなにも酷く殺伐とした空気になってしまうのかと見守っていると、トントンと背後からつつかれ振り向けば、最初に注文を取った冒険者の男が居た。

「カイルス、だったか?なんも知らねぇって顔じゃねぇの。ま、無理はねぇわな」
「貴方は……
「俺はラーダ、ストラーダだ。宜しくな」

 短く挨拶をし、エールを1口流し込めば、『その話』は始まった。

 このギルドに、とあるチームがあった。
 連携力や団結力、加えて個々の能力が高く一目を置かれ、そのチームから近々、時期マスターが選ばれるのではないかというのは、長く酒の肴となっていたそうだ。

「だが、ある『事件』が起こった」
「『事件』?」

 今から10年前、魔物が街を襲う惨事。街を守る為の防壁魔法が発動せず、大群が街へなだれ込んだ。
 しかし、犠牲となったのはただ1人、被害は軽微であったという。
 街へ魔物を引き寄せ、魔法を止めたその犯人があの男。名をカルフ。

 目線を戻せば、カルフは近くにいた冒険者のジョッキを奪い取り、あおっている最中だった。

……酒もシケてんなぁ」
「用がないなら出ていきな。あんたはもうこの支部のリストに居ない……部外者として放り出すことも出来るんだよ」
「まァ待てよ。何も用がないワケじゃねェさ……

 空になったエールを冒険者に押し戻すと、徐々にレディ殿へ距離を詰め、腰に着けた剣を指す。

「ソレをよこせ。用はそれだけだ」

 随分と古びた剣、鞘や柄は色あせ、豪奢な装飾がある訳でもないその剣を、カルフは所望した。
 いっそう深まる下卑た笑み、相対するレディ殿の顰めた顔にそのことの重要さが、僅かながらに伝わってくる。

「ソレがあれば、オレは長になれる。ダカラよこせ」
「これを得ただけで、ギルドを支配できるとでも?」

 答えは否だ。その剣があるから支配権があるのでは無く、そもそも支配するものでは無い。この座は、属する冒険者達を繋げるためにあるのだと、レディ殿は言った。

 しかし、自分たちは漸く気づくことになる。その男の『異変』に。

「イイヤ……それがタダシイんだ……ソレがあれば、その『モノ』さえあれば……オレは、オレハッ!!」

 表情を歪ませ、頭を掻きむしり、まるで何かに苦しめられるようなカルフの髪に、なにか黒いものが付いているのが見えた。
 いや、あれは付いているのではない、変わっているのだ。頭髪が徐々に黒く変わっていく……

「アアァァ……!ヨコセ……ソレを!!」

 錯乱したカルフはそのまま、レディ殿へと手を伸ばす。このままでは彼女の身が危ない、気がつけば、考えるよりも先に足が動いていた。

 この言い争いに、自分が介入する理由は皆無だろう。けれど、恩人を助けない理由など、もっと皆無である。

「やめるんだ!」
「ナン、だぁ?」

 咄嗟に掴んだ、自分よりも鍛え上げられた太い腕は、すぐに手から離れ、大きく振るわれる。耳の傍を掠ったそれは、直撃すればタダでは済まない。良くて打撲、最悪は命に関わるか。この体格差では、見たままにこちらが不利というもの。

 だがらこれでも騎士、まだ見習いではあるものの、訓練だって受けてきた。剣を使わず、己の体のみで相手取ることだって……

「ジャマを、スルな……ガキィィ!!」

 レディ殿から離れるように動き、カルフの意識をこちらに向ける。変わらず錯乱した様子で、無闇矢鱈と拳を振るった。単調ではあるが、先程述べたように威力は計り知れない。
 避けては受け流しを繰り返す。そんな中、不思議なほど思考が冴えていた。そういえば、訓練の時も騎士団長にこうして相手にされたっけ、などと思い出せるほどに。

 体格差のある相手にどうしたら勝てるのか。力でねじふせることが全てではない、膝をつかせたなら勝ちである、騎士団長の言葉だ。

 タイミングを見定め、迫り来る拳を受け流しながら「その時」を待つ。そして、苛立ちからかいっそう大きく腕を振りかぶった瞬間、隙が見える。

「はぁぁ!!」
「ぐぅっ……!」

 自身の方が小さいことを利用し、カルフの懐へと踏み込んだ。握り拳を胴の中心へとさだめ、一撃を叩き込む。
 鳩尾を殴られれば、どんな相手でもダメージは与えられる。たとえ岩を砕くほどの力を持たずとも、相手に勝つことの出来る手段のひとつだ。

 腹を押え、床に伏せるカルフを一瞥し、ふっと息を吐いた。正直を言えば、上手くいく自信は無かった、寧ろ、いくらかいたぶられる覚悟はしていたが、それ以上に思考が鮮明なことも、不思議に思った。
 本当に、少し前に姫様と会話するまでは、ずっと靄がかったような感覚で、思考が良くない方へグルグルと巡っていたのに、何故だろうか。

 そんなふうについ考え事をするのは、自分の悪い癖であろう。そのせいで背後からの物音に反応出来ずにいたのだから。

「カイルス!」

 レディ殿の一声に漸くハッとし振り返れば、確かに鳩尾を殴り、苦しげに呻き声を上げていたカルフがまるで獣のように雄叫びを上げ、こちらへと突進して来た。これは避けられないと、受け止める体勢を取る。

「『水の糸(ガル・ラゼ)』」

 聞き覚えのある重厚な声、そして突如として現れた「糸」。束ねられたそれはカルフの体に巻き付き、動きを封じた。
 間髪入れず、今度は別の優しげな声が、ゆったりと流れるように発せられる。

「 日は沈み、子らは眠る。羊も飛ばず、ただ夜の静けさを讃えよ……『微睡みを(ヒュプノティ)』」

 するとどうしたことか、纏わりついた糸から脱しようと藻掻いていたカルフの呻き声がどんどん小さくなり、やがて寝息へと変わってしまった。
 呆気に取られる周囲の中、2人の来訪者が歩み寄る。

 早朝、姫様を腕を掴み、さらに投げ飛ばした男レヴァイ殿……思い返すと、どうにも腹が立ってきた。姫様になんという無礼を働いたか、怪我でもしたらどうするつもりだったのだろう。
流石に今この場で糾弾する訳にも行かず、グッと堪えた。

「カイルス、あんたちょっと顔に出すぎだよ。それはそうとレヴァイ、そちらさんは?」

 そんなに堪え性の無いように見えていたのだろうか……背後から頭を鷲掴みにされ、少々呆れたように諭されてしまう。
 顰め面の変わらぬ調子でレヴァイ殿はもう一人の男性へと視線だけを寄越す。自分から説明するつもりは無いようだが、それを見越していたように前へと出た男性は優しげな笑みを浮かべた。

「僕はルティーヤ、魔法士さ。彼にはここまで案内してもらってね、人を探していたのだけれど……

 鮮やかな紫の瞳を動かすと、それはとある一点へ注がれる。赤毛の彼女が座るテーブルを見据えて、恭しく一礼し、言う。

「ご無事で何よりです、シェキナティア姫」