kokera14
2025-02-15 12:47:10
5013文字
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第3話・アルカー

森の中、迫り来る獣から窮地を救ったのは謎の男だった。

 目前に迫った死からわたくしを救ったのは、青銀に輝く槍だった。確実に魔物の身体を捉え、貫く様は冷酷そのもの。
 程なくして、その槍の持ち主が隣を過ぎ、残った魔物を容易く屠って見せてからは静寂が辺りを包んでいた。
 しかし、それを破るように、傍に近寄っていたカイルスが声を発する。

「た、助けていただき感謝する。相当の使い手と見るが、貴殿は一体……
……森を抜ける。付いてこい」

 遮るように言い捨て、カイルスの問いには答えず、さっさと歩き出してしまった。そんな行動に戸惑いながらも、この危険な場所から抜け出したいという思いが勝り、眉を寄せた表情のカイルスと顔を見合せ、煤に汚れた背中を追った。

 閑静な森に、一行は言葉少なく。
 わたくしは迷いなく進むあの方の背中を見ていた。あの冷たく、『怒っている』ような態度に不思議と恐怖を覚えず、むしろどこが懐かしさを感じていた。どこかで会ったのだろうか、自分は城を出たことはほとんど無く、思い出せる限りでは出会ったことは記憶は無い。もしかして、もっと昔、自分が覚えていない記憶にこの方はいるのだろうか。

 と、すぐ側まであの方の背中が近づいているのに気づかず、危うくぶつかりそうになってしまった。何やら立ち止まり、少し地形が下がったところを注視しているようだけど……

「っ!あれは……!」

 そこにあったのはキャリッジと一人のふくよかな男性。周りには先程と同じ、複数の狼の魔物が取り囲んでいる。このままでは襲われ、命を落としてしまう、そうなる前に助けないと……

……気取られないよう迂回する」
「はっ?」
 
 思わず、と言ったふうにカイルスが目を見開いた。わたくしもきっと同じ顔をしているはず、だって、目の前で人が襲われているのにそれを見て見ぬふりをするなんて……

「助ける義理は無い」
「人が襲われているのに、助けないなんて選択肢を取るのか!?」
「この森を抜ける事が最優先だ。わざわざ危険に身を晒す必要は無い」
「しかし……!」

 こうしている間にも、魔物はどんどんふくよかな男性に近づいていく。か細く、恐怖に震えた声が耳に入ってくる。

「ひっ……く、来るな!」

 助けたい、けれど、わたくしには戦う力も術も持たない。どうすれば……

 ……この方は、森を抜けることが目的だと言った。なら、一人で行ってしまえばいいのに、今ここに留まっている。
 なぜ?それはもしかしたら……

 頭に浮かんだのは、とても危険なやり方。わたくしが死んでしまう確率が高く、確証がないままやるには愚策すぎる。
 けれど、心のどこかでこの方を信じているのかもしれない。

 だからわたくしは、気がつけば走り出していた。

 背後からカイルスの悲鳴に近い呼び声、それに振り返らず、ふくよかな男性と魔物の間に飛び込んだ。

「だめ!!」

 両手を広げ、魔物の行く手を塞いだ。突然現れたわたくしに一瞬驚いたようにたじろいだが、直ぐに牙を剥き出しにしグルルと唸る。
 その直後、一斉に飛びかかったのは言うまでもなく。
 ぎゅっと目を瞑った刹那、ギャンッと、あの時と同じ悲鳴。そろりと目を開けば、串刺しにされた魔物が重なって倒れていた。その様子に思わず息を飲み、ヒュッと音が出てしまう。

「ご無事ですか……?!どこか怪我は……
「だ、大丈夫ですわ。ありがとう、カイルス」

 心底ホッとしたように胸を撫で下ろし、大きく息を吐き出すカイルスに申し訳なく思いつつ、心配してくれたことに感謝した。
 あの男性は大丈夫でしょうか?

「あの、お怪我はありませんか?」
「あぁありがとう!神よ、私はまだ見放されていなかったのだね!」

 縋り付くように手を握られ、ビクリと体を震わせてしまった。腰を抜かしていたようだが、血を流しているようにも見えないし、どこか痛そうにしている訳でもなく、無事そのもの。

 ただ、その、そろそろ手を離してもらいたい。

「あ、あの……?」
「す、すまんね!つい!……いやしかし、なんと礼を言ったものかね。君たちはどこへ行くつもりかね?これを礼とするのは割に合わないかもしれんが……
「まぁ!よろしいですの?」

 僥倖、この森を徒歩で抜けるにも時間が掛かり危険も多い。しかし、この森を抜けたらどこへいくのか。肝心の目的地を知らぬまま歩いていたわけだけど……

「アルカー」

 ヒュンッと鋭い音と低い声色に振り返れば、あの方が魔物から槍を引き抜き、血を払っていた。
 アルカー……確か王都より少し離れた場所にある街だと聞いたことがある、そこが目的地?。

「おお!それは丁度いいね!私もアルカーへ向かうところだったんだ。さぁ乗るといい、すぐにでも出発しようかね!」

 先程とはうって変わり、表情が明るくしてキャリッジに乗り込んだ。牽引していた馬も、怯えてはいたものの怪我がないようでエサを貰えば機嫌良さそうにブルルと鳴いた。

━━━━━━━━━━━━━━━

「お前は、余程死に急ぎたいようだな」

 ふくよかな男性、商人と名乗る方のキャリッジに乗り込んで数分後、あの方が開口一番にそう言った。

……貴様、何を!」
「待ってカイルス……わたくしは、死にたいと思ったことは一度もありませんわ」
「ならば何故、魔物の群れに飛び込んだ。力も持たないお前が行ったところで、何も出来ず喰われるのが落ちだ」
「それは……

 あのままでは確かに、わたくしは商人の方と一緒に食べられてしまっていたでしょう。けれど、貴方が居たから……
 貴方の力をこの目で見て、信じたから、わたくしは頼らせていただいたのです。

……非合理だ」

 それに、この森を抜けるのであれば徒歩よりもキャリッジの方が余程早い。これならば合理的と言えるのではないでしょうか。

……

 汚れた外套のフードに表情を隠し、それからまた言葉を発する事なく、ただ流れる風景だけに目をむけていた。
 とても空気が重く感じたけれど、それを見かねた商人の方が気さくに話してくれたことで、それも和らいだ。
 王都から他の街へ商いに行こうとしたところ、昨晩の事件があり、商品のほとんどが無くなってしまったらしい。自分にも娘がいて、君とそう歳は変わらない。でもなかなかお転婆でちっとも言うことを聞いてくれないと、笑いながら話す姿はどこか幸せそう。

 そうこうしている間にキャリッジは森を抜けたようで、身を乗り出して前方を見れば、鬱蒼として見通しの悪かった森とは対照的に、広く街が広がっていた。

「さて、この辺りでいいかね?」
「構わない」
「ここまで送って頂いて、感謝致しますわ」
「道中お気をつけて!」

 いつか必ずちゃんとした謝礼をしようかね、その時までさらばだ。と別れを惜しむ間もなくキャリッジを走らせて行った。
 
……付いてこい」

 踵を返し足早に歩くあの人に慌てて着いていく。
 道すがら、街並みに目を向けていたけれど、どこか『違和感』があった。これほど大きな街で、まだ昼間だと言うのに妙な静けさに包まれていた。
 1つ路地に入り込めば、薄暗さがさらにその異様さを引き立てているよう。
 と、あの人が簡易な扉をノックした。すると中から顔をのぞかせたのは、顔に大きな傷を持った女性だった。

「はいはい、今日は店仕舞いだよ……って、あんた王都にいってたんじゃなかったのかい?」
……急用だ、中に入れてくれ」

 虚をつかれたように眉を上げるも、背後にいたわたくし達を見るなりその眉を落とした。「……入んな」とひと言、中へ姿を消した。
 ついて行くと、ほの暗い室内だったがパチッという音の直後、柔らかな光に照らされる。これは本で見たことがある、たしかカウンターという机の一つだったはず。その奥には色とりどりのボトルが並び、柔らかな光に照らされビロードのように輝いていた。

「で、3日は帰らないって言ってたのに、なんでまたトンボ帰りしてきたのさ。子供なんて連れて、あんたらしくもない」
……王都が襲撃された」

 淡々とした口調で、事実のみを告げる。その言葉には偽りも齟齬も無い、けれど、傷の女性はまるで信じられないと言うように苦々しく顔を歪めた。

……もっとマシな冗談は言えないのかい」
「冗談など知らん」
「だろうね、よく知ってるさ……くそっ」

 わたくしも、それが冗談であってほしかった。一晩に起こったことすべて夢で、目が覚めたらベッドの上。
 でも、見ず知らずの方が2人、目の前で会話しているこの現実は、紛れもないもので……

「これから王都へ偵察して来る。その間、子供二人を預かって欲しい」
「はぁ!?いきなり何を……
「頼んだ」

 ギシリと床の軋む音と共に外へ向かうあの方を、傷の女性が引き留めようとその外套を掴んだ。

「待ちな!『レヴァイ』!」

 わたくしは、思わず息を飲んだ。
 強く引かれたことによりフードがズレ落ち、中に隠されていた銀色の髪が露わとなる。光に反射する美しさは、あの色とりどりのボトルよりも勝り、褐色の肌がそれを引き立てるかのよう。翡翠の瞳は冷たく、こちらをじっと見据えた。

「レヴァイ……あんたどうしたってんだい、その『頭』」
……

 手を振り払い、再びフードを被ったあの方は、強く扉を閉めて出ていった。その強さは、吊るされた明かりが揺れるほどだった。

「全く……てんで人の言うことを聞きやしない……
「あの……

 状況に全くついていけていないけれど、今すぐ追い出されるような雰囲気ではないみたい。思い切って、湿っぽくため息をつく傷の女性に話しかけた。

「これから、お世話になるようなので……その、よろしくお願い致しますわ」
「そうみたいだねぇ。ま、部屋はあるし珍しいあいつからの頼み事だし、これからよろしく。あぁ、あたしはレディ・スカー、レディでいいよ」
「わたくしはシェキナティア、こちらはカイルスですわ」
……シェキナティア?」

 またしても眉をひょいと上げ、わたくしの顔をまじまじと見つめた。その距離の近さに後ずさりし、慌ててカイルスが間に入った。

「はは、とって食いやしないよ……さて、ティアとカイルスだね。部屋に案内してやるから、おいで」

 快活に、そして懐かしむような笑みを見せたレディさんは近くにあった階段を軽やかにのぼり、歩く度に軋む廊下を進む。その先に案内されたのは、ベッドが2つ並んだ質素な部屋だった。

「他の部屋の掃除がまだでね、とりあえず2人ともここに居ておくれ」
「ふ、2人!?」
……おやぁ?何かヤマしい事でも考えたかい?」
「ななななにを!?自分は何も……!」
「はははっ冗談さ。まぁ疲れたろ、今はゆっくり休みな」

 ヒラヒラと手を振って出ていくレディさんを見送り、わたくしはふとカイルスをみた。

「カイルス、ヤマシイコトってなんですの?」
「さ、さぁ!なんの事か自分も分かりません!そ、それよりも、お疲れでしょう、姫様はお休みください」
「カイルスは?一緒に休みませんの?」
「じ、自分はすこし瞑想をします故……どうぞごゆっくり」

 そう言うと、わたくしに背を向けジッと扉の方を向いてしまった。
 その言葉に甘え、ベッドに横になる。少し埃の匂いが気になるけれど、地面の上よりもずっと快適だった。
 疲れも後押し、すぐに瞼が重くなり、微睡みの中に沈んでいった。

━━━━━━━━━━━━━━━

 キシ、キシ、と小さな音。もう日は沈み、闇を掻き分け、階段下より洩れ出る光を頼りに歩みを進める。
 いくら疲れていたからといって、こんな時間まで眠ってしまっていたなんて……おまけにお腹までくぅくぅ鳴る始末、侍女や執事が居たらなんて小言を言われてしまうか……

 ふと、何やら人が話す声が聞こえ、足を止めた。
 落ち着いた女性の声と、この低い声色はあの方の……盗み聞きなんて、もっと叱られてしまうかもしれないと思いつつ、好奇心に負け、もっとよく聞き取ろうと耳を澄ました時だった、その言葉が鮮明に聞こえたのは。


……シェキナとケルビムが、死んだ」