ユコ
2025-02-15 02:10:59
7231文字
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お返しは僕だ

お題:告白・チョコレート
辛抱がきかないマイペースな男からの愛と、そのお返しを考えるギャンブラーのバレンタイン。


「ほら、君の分だ」
 珍しいこともあるものだ。
 いつものように仕事の打ち合わせでお邪魔したレイシオの研究室。いつもなら、助手から客人向けに差し出されるコーヒーだが、今日はレイシオ自ら淹れてくれたのか、僕を先に来客用のソファーに座らせて、僕にそれを差し出した。差し出されたのは、いつものコーヒーカップではなく、マグカップ。受け取ったマグからはいつもの芳ばしいコーヒーの香りじゃなくて、なんだか甘い香りがする。僕はその香りに誘われるように、手にしたマグカップの中を覗き込んだ。
 いつもより柔らかい茶色に、船のように浮かぶ白いマシュマロ。ふわりと鼻口をくすぐる甘い匂いは、コーヒーではなくチョコレートの香りだった。ココアだ。今の寒い時期にはぴったりの飲み物に僕は口元を綻ばせる。
「へえ。珍しいね、君がコーヒー以外のものを用意してくれてるなんて」
「まぁ、時期が時期だからな」
 そう言ってレイシオは、疲れたように研究室の端に置かれたデスクを横目で見やる。そこには一眼見るだけでわかる、贈り物の箱や紙袋が山のように積まれていた。今日は彼の誕生日ではない。それでも、こんな風にプレゼントを山のように貰い、研究室には不似合いの甘い匂いを漂わせる、その理由。そんなものは年に一度しか男には存在しない。僕はパチンと指先を鳴らす。
「ああ、そういうことか。モテる男は大変だね」
 ──バレンタイン。
 スターピースカンパニーが自社が保有する製菓メーカーの売上を伸ばすために作り上げた嘘八百──もとい、製菓記念日だ。甘いチョコレートと共に、愛する人に愛を伝える日。そんなCMをスターピースラジオが歌い始めたのは数年前。普段はない文化が珍しい惑星もあったのか、信用ポイントの流通と共にその文化は瞬く間に、スターピースカンパニーが掌握する惑星たちの共通文化となったのだ。ここピアポイントでも、もちろんこの文化は浸透している。
 おそらく、このココアも彼が貰ったもので処分しきれなかったものなのだろう。そんな戦略的記念日に巻き込まれたレイシオは、渋い顔で僕の前に腰掛けた。
「まったく、カンパニーの市場戦略には頭が痛い。厄介な文化を作ってくれたものだ」
「でも、カンパニーが設定したこの日のおかげで、あらゆる製菓文化がこの宇宙に流通した。博識学会に協力してもらった数多の星の名産を取り扱うお取り寄せECシステムも、この時期はシステムがパンクするぐらい大成功だと聞いてるよ。これも立派な宇宙の前進だろ?」
「そうして、信用ポイントの浸透にも繋げ、立派にカンパニーの収益を支えたと」
「文化の浸透に金の巡りはつきものだよ、教授。君が一番よく知ってるくせに」
「ふん」
 複雑そうな顔をする教授に苦笑しながら、僕はレイシオが用意してくれたココアを一口含んだ。程よい苦さに、少しだけ感じる牛乳のまろやかな甘さ。ただのインスタントで溶かした味じゃない上品な味に、レイシオのこだわりを感じた。うん、おいしい。
 ココアの味を堪能する僕の顔を見て、何故かレイシオは満足そうに瞳を細めた。
……飲んだな」
「え。飲んじゃ駄目だったの」
「いや、確認だ」
「ふうん……?」
 随分と含みのある言葉をいうものだ。そんなに貰い物の消費先に困ってるんだろうか。困ってるなら僕の部下に手伝わせてもいいけどな。一つも貰えなかったと嘆きながら帰っていった部下たちの背中を思い出しながら、僕は程よく甘いココアの続きを口にする。
「それにしても、教授も最初からプレゼントは受け取れないって公式的に発表すればいいのに。僕は最初からカンパニーの広報部からそう案内して貰ってる。そういうのはカンパニーやファンクラブに管理させた方が効率的だよ」
 実は、僕は公式的にはこの手の季節のイベントごとのプレゼントは受け取らないようにしている。
 それは公式のSNSでも言ってあることだし、僕の肖像権を管理しているカンパニーの広報部のHPでも「食べものをはじめとする贈与物ならび金銭の受け取りはしていない」とはっきりと明記がある。カンパニーの看板として露出をするにあたって、クリーンな広報を心がけているつもりだ。
 僕が前にその話をしたのを覚えているのか、教授は顔を顰めながら口を開いた。
「僕は君と違って自分の権利は他人には委ねないのでね。肖像権ごとカンパニーの所有物になっている君とは違う」
「言ってくれるなぁ。僕だって、最初はちゃんと貰ってたよ。でも、好意もあるけど半分以上が嫌がらせが多いから、安易に貰わなくなっただけさ」
「嫌がらせ?」
「そう。前に、僕が担当した不良債権の整理で、僕に恨みを持っている女性がいてね。チョコレートの中に爆弾を仕掛けて贈られたことがあるんだ。まぁ、僕の幸運の力か、何故かそのチョコレートは僕の仕事を邪魔してた市場開拓部の人間の方に行き渡っちゃってさ。彼の右腕が弾け飛んじゃった。彼がしばらく職場復帰できなくなって、僕の仕事はおかげでスムーズにいったんだけど。……あ、ここ笑うところだよ、教授」
「その話のどこが笑いどころがあるんだ」
「僕の日常はそれぐらい、くだらない人間の悪意で満ちてるって意味でさ。まぁ、こればかりはどうしようもない」
 険しい顔をして見せる彼を前に、僕は肩を竦める。
「僕に降りかかる火の粉ぐらいなら、別になんとでもなるけど、他人を巻き込むのはね……。結果、贈り物は基本受け取らないことに決めたんだよ。僕に贈られる全てが悪意ではないことは分かってるけど、好意でくれる人まで悲しませたくないし。返せない想いだけを受け取るのは胸に痛い」
 僕の結論に、教授は呆れた顔で浅い溜息をついた。
「君は思慮深いんだか、ただ鈍感なのか時々、判断に困る」
「あはは。君なりの褒め言葉だと受け止めるよ。まぁ、僕の事情はこんなところだけど、君もこういうのは受け取らないと思ってたな。だって、お返しとかも大変だろ?」
「ここにあるのは、研究助手や補佐たちの好意であり、職場を円満にしようとする彼らの気持ちだからな。気を使うなとは言ってはあるが、その上で用意されたものを断るのは気が引ける。贈られる気持ちは無碍にはできないからな」
「職場の空気ねえ……。それだけじゃないだろ、色男」
……まぁ、たまに僕の書籍を読んだ人間からの熱意あるプレゼントもあるが……、それは僕の思想の伝播が成功した証だからな。悪くない」
 ふん、と得意げな顔を見せたレイシオに僕は呆れる。このプレゼントの山がそんな生易しい感情ばかりじゃないに決まってるだろ。僕は改めて、積まれたチョコレートをはじめとするプレゼントの山を見やる。
 そこには見るだけでわかる一流の製菓店の名前が入っている箱もあったし、レイシオが前に好むと言っていたブランデーの箱や、いかにも手作りと言わんばかりの包装もある。さすがに職場を円滑にするという目的には、重すぎるプレゼントだ。ここまでレイシオ個人をリサーチして贈られているものが、ただの義理なわけがない。それをわかっていて、気持ちは無碍にできないとこの男は受け止めているのだとしたら、それは返って酷だ。この想いの重さを受け止め、一体、彼はどうお返しするつもりなのか。僕はおずおずと彼に尋ねてみる。
「でもさ。真面目な君のことだし、この数のお返しを用意するのは流石に大変じゃない?」
「用意など、いつでもできている。お返しは僕だ」
「は?」
 とんでもないお返しを堂々と口にしてきた彼に、僕は瞳を瞬かせた。
 ──お返しは、僕。
 多分、どこぞの狂気のファンクラブのスレッドが、この発言を聞いたらとんでもない盛り上がりを見せそうな問題発言をしてきた彼に、思わず僕は前のめりになって口を開いた。お返しは僕。ちょっと、いや尋常じゃなく、普通に欲しいだろ。貴重な商売チャンスだと僕の商人の勘が騒いでいる。それに常々、この男の監修やグッズ展開に関しては物申したかったのだ。僕ならもっとうまくやれる。ベリタス・レイシオの名前をもっと上手に宇宙に轟かせる戦略を立てられる。
「え、なに。君、ブロマイドでも出してるの? どんなブロマイドだい? ちゃんとその石膏頭はとってるんだろうね? いいカメラマン、紹介しようか? 金なら僕が出そう」
「なんだその瞳の輝かせ方は。いかがわしい雑誌の表紙を喜んで飾る君と一緒にするな」
「いかがわしくもないし、喜んでもない。あれは広報なんだってば」
 いつぞやかの懐かしい話題を口にしてきた彼に、僕は唇を尖らせる。あの時、反応もしなかったくせに根に持つ男だ。
「それに僕のブロマイドなど渡されて誰が喜ぶんだ」
「いや、特定の人間には需要が……
「喧しい。返すなら僕自身だ。僕と言えば、顔ではなくこの頭の中の知識に決まっているだろう。僕の講義を受けている生徒、並び研究室の人間は、僕が毎月定期で発信しているメールマガジンに登録している。そのメルマガに贈り物のお返しとして、普段は有料の講義でしか出さない貴重な文献と共に僕の講義を流している」
「メ、メルマガ……
 愛の告白へのお返しがメルマガだと堂々と言ってのける男が、この宇宙にどれぐらいいるのだろう。いや、僕が知っている限り、多分、この男だけだ。普通の女性相手なら一発で振られそうな色気のないお返しを堂々と自信満々に言ってのけた男に、僕は頬を引き攣らせる。
 つまり、ここにあるのはそこまで袖に振られても諦めなることなくアタックを続けている人間のプレゼントの山だと。
 引いていいのか、いっそ尊敬するべきなのか、どちらが正しいのかわからない。いや、この男に惚れるっていうのは普通の精神力ではもたないってわけだ。はは、と僕の口から乾いた笑いが思わずこぼれ出る。僕ならそんな義理のお返し、振られたのも同然だと思ってめげてしまいそうだけど、不屈の精神を持つ彼のファンクラブはそんなか弱い神経ではもたないらしい。
 潔癖な男は自分の行いは正しいと信じ込んでいるようで、堂々と言ってのけた。
「それに、お返しには差をつけないのが僕の流儀だ。気持ちに価値はつけられないからな」
……なるほどね」
 これも、彼なりの優しさなわけだ。
 僕は、たとえめげようがこの宇宙で彼に思いを告げられる数多の人間を羨ましく思った。確かに愛をメルマガにしたためる長文の知識で返してくるとか、普通の男の発想じゃないけれど、でもこうして想いは誠実に、平等に、受け止めてくれる男だ。
 ──この男の特別になりたいなんて、思っちゃいけない。
 それが分かっただけでも、今日という日は僕にとっては収穫に満ちていた。僕は帽子を被り、ソファーから立ち上がる。
「世間話、楽しかったよ、レイシオ。じゃあ、僕はそろそろ次の仕事があるから、お暇しようかな。ココア、ありがとう。少しはバレンタイン気分を味わえて嬉しかった」
 そう言って僕は手の内の空っぽになったマグカップを彼に渡す。レイシオはマグカップを受け取りながら、帰る僕を見送るためか腰をあげる。研究室の出口の扉を専用のカードキーで開けながら、レイシオは僕に言った。
「ところで、君は僕の贈り物を受け取ったわけだが、今の所、何も僕の身に不幸な出来事は起こっていない。この研究室も無事だ」
「へ?」
 贈り物。
 そう言われて、僕は彼の手の中にある空っぽになったマグカップを見つめる。
 彼がいう贈り物がこれを指しているのは間違いない。
「え? これって君に贈られたもののお裾分けじゃないの?」
「きちんと僕が自ら、カンパニーのお取り寄せECシステムを使って手に入れたものだが?」
 そう言って、レイシオは用意した製菓店の名前を口にする。僕はレイシオの口から出てきたそのブランド名に目を見開いた。
 いや、それ通販でも実店舗でも秒で瞬殺されるって有名なブランドだろ。この男がそんな俗っぽいものを手に入れるために貴重な時間を消費したと? 僕にチョコレートを受け取らせるための策略としてのココアを飲ませるために? ──一体、何のため。
 戸惑うしかできない僕は目を瞬かせる。
 そんな僕を前に、レイシオは二の腕を組んで得意げな顔でいった。
「君はSNSでも広報部からも、贈り物は受け取らないと明記してあったからな。普通に贈っても素直に受け取らない可能性があった。それを回避するためにこういった手筈を組んだ」
「いや、ルールを守るのは君の美徳だけどさ……
 ルールは破るためにある! とどこぞの銀河打者が僕の脳内で暴れる。それぐらい柔軟に破ってくれよ。というか、まず、どうして僕にここまで遠回しの贈り物をしようと思ったのか。そもそもバレンタインは愛の贈り物をする日とカンパニーは定義しているんだけどな!? 
 言いたいことはたくさんあるのに、一つも言葉にならない。
 そんな僕の戸惑いも無視して、レイシオはしゃあしゃあと話を続けた。
「あと、君は勝手に誤解をしそうなので先に述べておくが、僕が今日この日に贈り物として用意したのは、このココアだけで、用意したのも君一人だ」
 つまり、これは義理ではなく、本命だと。
 遠回しに言われたその事実に、頭がくらりとした。
 あ、もうだめだ。キャパオーバーだ。
 鏡を見なくても自分の頬が赤くなっているのがわかる。愛の言葉を囁かれていなくたって、こんなの愛でしかないだろう。うっかりギャンブラーとしての仮面が剥がれ落ちたまぬけな僕を見下ろして、レイシオは嬉しそうに目を眇めた。
「というわけで、来月の君からの回答を楽しみにしている」
「は?」
「君は僕のバレンタインの贈り物を受け取った。つまり、君は僕に『お返し』をする義務があるというわけだ。カンパニーが作った文化なんだ、カンパニーの人間がそれをしないのはおかしな話だ。だろう?」
「いや。待てよ、レイシオ。それより、僕聞きたいこと、いろいろあるんだけど……!」
「ついでにお返しは差をつけずに平等にするべきだと先程僕は述べたが、不特定多数に対してはといういう意味で、唯一無二の相手を例にしているわけではない。それを踏まえて、君も回答を用意するように」
 つまり、この愛を受け入れるのか、振るのか、はっきりと回答を用意しておけと。
 好きの一言も告げずに突然贈られてきた愛にキャパオーバーしている僕を前に、せっかちなパートナーはどんどん話を勝手に進める。いや、君がいうべきことは他にあるだろう! 結論から先に話すな! 僕からのお返しが大前提に話が進む図々しいパートナーを前に、僕は空いた口が塞がらない。言い返せない僕を置いて、レイシオは自信たっぷりの顔で別れの文句を口にした。
「ではな。なお、明後日の打ち合わせの迎えは、研究室ではなく真理大学の方によこせ。その日は講義がある」
 では、失礼する。そう一方的に僕を追い出し、閉じられた扉を前に、僕は呆然とするしかできなかった。
……というか普通に渡せよ、この野郎」
 不特定多数の人間から貰っても、僕の幸運に人を巻き込みたくないし、その想いは返せないから貰わないっていうだけで、君から贈られるものを貰わないとは僕は一度も言ってないだろ。君からの贈り物を受け取るためなら、僕はどんな火の粉だって、不幸だって、君ごと護ってやるのにさ。
 おそらく、レイシオなりに考えて、用意をしてくれたのだ。僕が贈り物を簡単には貰わない理由も、僕の幸運の代償が僕の及ばないところに発揮されることも。──でも、それが愛の告白をすっ飛ばして、僕に愛を贈る理由にはならないだろう!
 レイシオでなくても流石に辛抱ならない。僕は歩きながら端末を取り出して、彼へのチャットを即座にメッセージを送る。
『来月の十四日はヘリをチャーターして君の家に迎えに行くから待っててよ』
 最早こんなのはYesの返事でしかない。君のメルマガなんかよりもよほど気が利いた贈り物を用意してやるから見ておけ。そんな気持ちで送ったメッセージに、0点!と即座に返事が返ってくる。もっと僕の喜ぶものを考えろ。その返事に僕はむっと唇を結ぶ。まったく、注文が多くて口煩い男だな。でも、心は何故だか浮かれてる。こんな難題を与えられて、わくわくしないはずがない。おそらくここから先の一ヶ月、僕は彼の驚く顔を見るための計略を考えるのに、きっと忙しくなるだろう。
 ──本当にやってくれたな、レイシオ。
 計画的に僕を嵌めにきた戦略的パートナーの手腕に、内心で文句を口にする。でも、同時に心はむず痒くて、今すぐ叫び出したいぐらい嬉しい。どんなものを返せば、君は驚いてくれるかな。僕は賢い彼の予想を裏切れるような「お返し」を必死で考える。
 大切な人からの贈り物への「お返し」を考える時間って、こんなにも楽しいものなんだ。久々に味わうその感情は、こそばゆい。でも、貰うより贈ることを考えている時間は、ずっと幸せだ。一人でいるのに、勝手に口元が綻ぶ。道行く人から見れば、僕は大層浮かれた男に違いない。世の中のバレンタインという文化を尊び、一喜一憂する男の気持ちを僕は初めて知った。カンパニーもたまには粋な文化を作るじゃないか。
 それは、チョコレートよりもずっと甘い、僕にとっては最高の贈り物だった。彼は本当に、僕のことをよく理解している。僕にとってはチョコレートなんていう形のあるものより、君への贈り物が堂々とできる大義名分と、彼のことを考える時間の方がずっと価値がある。
 そんな僕を理解するパートナーが与えてくれた時間の甘さを味わいながら、来月の勝負の日を前に僕はいつもより時間をかけて、帰路へと着くのだった。