chuahaaan
2025-02-14 23:30:10
2315文字
Public AC6
 

チョコレートボンボン

個室で一人、戦闘の事後処理に頭を悩ませるナイルをミシガンが訪ねてきた。
ナイミシ?ミシナイ?お好きに楽しめる全年齢バレンタイン突貫SS❤2025。


 副長の執務室に深いため息が吐き出された。クジラであれば深く息を吸って体中に酸素を行き渡らせ、再び深い海を家族と共に泳いだだろう。しかし、戦闘を終えたレッドガンの副長、G2ナイルにはそんなものはない。与えられた個室の中身だけだ。
 かつての仲間と撮った写真と賞状が掲げられた壁とジャケットがかけられたコートハンガーと私物を仕舞う家具、事務用キャビネット、押し寄せる波のように流れる黒紫色の木目の天板のデスクとPCモニターに映し出された文字と数字の羅列だ。
 デスクの色によく似た、大樹の枝のように長く、節が太い茶褐色の指で銀縁の老眼鏡を外し、潤いを失った目をもみほぐす。
 かつて、グラス一杯の妙薬で猛獣を手に入れた男は困り果てた顔でモニターを見つめ直した。
 映し出された数字の羅列は今回の任務の支出概算報告だった。15分の仮眠の間に作成されたそれは、どんなに離れて見ても、老眼鏡を外しても、角度を変えても金額が変わらない。把握しているレッドガンの損耗内容からしても納得できる金額だ。
 納得できても本社からの支給予算を考えれば完全に赤字である。
 「赤字のレッドガン」と笑えればいいが、そうは問屋が卸さない。
 レッドガンはコメディアンでも慈善団体でもない、戦闘部隊だ。銃身が赤熱するほどの弾幕を張る金がなければ友軍の血が流れる。まさしく死活問題だ。
 赤字なんて許されないが、超過分をペナルティとして徴収するなんて傭兵扱いは企業直轄部隊としてありえない。
 削れる品目もない。どこから金を回収するか算段をしていると、電子音のベルの音が室内に流れた。モニターの端にポップアップしたカメラ映像で来訪者の姿を確認したナイルはドアのロックを解除して招き入れた。 
「入るぞ」
 低くしわがれた声の小柄な筋肉質の男がずかずかと入って来た。小脇にコートを抱えたそれはレッドガン総長G1ミシガンだ。
「寝小便垂れ共は飯を食わせて寝かしつけて来た」
「当分は静かにしてくれそうだな」
「充電が終わればいつも通りに戻る」
 ナイルの隣に立ったミシガンはナイルの椅子の背もたれをつかんで揺り動かす
「お前も休め、嵐で打ちあがった流木の方がまともな顔をしている」
……見てみろ、長くても二日でトントンで済むと思ったら三日三晩の攻城戦の結果だ」
 モニターを回してナイルの眉間をマリアナ海溝より深くさせた報告を見せた。
「これではガキ共を黙らせる飴玉すら買えんな」
 ナイルの顔の横に降りた口は豊かな白い髭に隠しきれないほどに曲がっている。
「本社に調査不足による被害とその補償を訴えてみるが、どれほどか」
「時間を作ろう、ずさんな調査で出撃させる輩の顔を見たい。多少は痛めつけても構わんか」
「構うよ、ミシガン。力を使うことが当たり前になればレッドガンは一代限りの猛獣になってしまう」
「冗談だ。これでも食って元気出せ」
 冗談とは思えぬ冗談で緩んだ顔のミシガンがナイルに差し出したものは小さな長方形の箱だった。見るからに高級そうな、エッジが立った黒い光沢のある紙箱に真っ赤なリボンと小さな蕾の赤いバラのドライフラワーがあしらわれている。
「ハッピーバレンタイン」
 ナイルは息を飲んだ。今日はミシガンが予約した店でディナーの予定だったのにナイルは仕事で頭がいっぱいだった。甘くやさしい香りを漂わせる落ち着いたピンク色の手のひらと反対に、思考は冷たい水で急冷されたかのようで、冷静に状況を分析し始めた。
「嗚呼、申し訳ない、今日だったな。プレゼントは家に置いていて……時間はまだ間に合うか?」
 慌ててスケジュールのメモから猶予を確認し、抱えているタスクを整理し始めた。
「ナイル」
 ミシガンの手袋のような手がナイルの顎を優しく包み、チョコレート色のこめかみに口をつけた。
「塩が効いていて旨い」
 ナイルについた光沢を愛おしげに指で拭った。
「これでいい。今はそれを確実に終わらせろ。店は何とかなる。」
 落ち着けとG1がG2の肩を叩く。
「ミシガン、それでは……
 忙しい二人がバレンタインデーに出かけるためにどれだけ苦労したか、同じ部隊で働いているからこそ互いに理解している。申し訳なさでナイルの目はデスクの木目の上を泳いでいる。
「本社と金策はこちらでも考えておく。いいな」
「だが」
 踏ん切りがつかないナイルにミシガンはブーツのかかとを鳴らし、声を張り上げた
「G2ナイル、返事は!」
「了解、総長!」
 訓練された軍人のナイルは思わず立ちあがり、敬礼で返してしまった。その姿を見て、満足げに親指を上げてミシガンが部屋を出て行った。
 一人残されたナイルの前にはミシガンからのプレゼントが鎮座している。

 リボンをほどき、開けると6種類のチョコレートボンボンが入っていた。素材の色だけで飾られた中から黒くて四角い一粒を頬張る。
 ビターチョコレートの殻をかみ砕けば、プラリネの甘く香ばしく香りが現れた。
 チョコレートを溶かし、プラリネと混ぜ併せながらコーヒーでも用意すればよかっただろうかと思案した。
「後悔ばかりだ」
 美味しいチョコレートを食べて紡いだ言葉にナイルは小さく自嘲した。
 そんな自分であってもミシガンはレッドガンを選んだ。それは忘れてはならないことだ。
 デスクの引き出しを開け、残りの5粒を悔いなく楽しむために仕舞った。
 レッドガン副長G2ナイルの戦闘はまだ終わっていない。ナイルはキーボードを叩いた。
 次の戦いに向けた準備もまた彼の戦いであり、彼を選んだ猛獣に捧げる最良のプレゼントなのだ。