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吾妻
2025-02-14 21:38:09
4568文字
Public
アークナイツ
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真夜中に逢引き
バレンタイン滑り込みテキ博♀。意味もオチもなくいちゃいちゃしています。
横滑りに開いた扉の向こうは漆黒に包まれていた。
廊下から差し込んだ非常灯の光が、室内の闇を四角く切り取る。
その長方形はまるで、真夜中の海にぽつんと浮かんだ筏のようだ。あまりに頼りない光の中に、テキーラは一歩踏み出した。
数歩進むと、背後で扉が閉まる。非常灯の朧げな光すら遮られて、室内は再び闇に包まれてしまった。少しずつ目が慣れてはきたものの、不便極まりない。
極力足音を立てないように。それでも耳はきちんとそばだてて。感覚を尖らせ、微かな変化も逃さぬように。周囲を探りながら、テキーラは部屋の中央へ歩を進めていく。
(当てが外れたな)
この状況は想定外だ。まさか室内が真っ暗だとは思わなかった。
ひょっとして、想定よりも厄介な状況になっているとか?
――
いや、そんなはずはない。
いつのまにかパーカーのポケットに入れられていた謎のメモ。時間と場所を指定し、『一人で来るように』との指示が添えられた、差出人不明のメッセージ。
あんなものを忍ばせられる人間が、〝あの人〟以外にいるとは思えない
――
「動くな。手を挙げろ」
「
……
」
背後から声が掛かると同時に、背中に何か細いものが押し当てられた。
命じられるまま、テキーラはゆっくりと両手を挙げる。
鋭さを感じないからナイフではない。クロスボウの感触とも違う。銃口
――
は、流石に突きつけられたことがないので確証は持てないが、〝声の主〟はサンクタではないため、銃を持っている可能性は限りなく低い。
無理をして低い声を作っているようだが、テキーラは『彼女』の声を聞き間違えたりしないし、そもそもサンクタがいるなら、この部屋はもっと明るいはずだ。
「ちゃんと一人で来たようだな」
「君との約束を破るわけないでしょ」
つんつんと背中を突かれている感触からして、押し当てられているのは『彼女』の人差し指だろう。手で銃の形を作っているのかもしれない。妙に子供じみた仕草に、自然と口元が緩んだ。
「だけど、急にどうしたの? こんなところに呼び出したりしてさ。部屋も真っ暗だし
……
」
『彼女』が指定してきたのは、居住区画内にある多目的室の一室だった。
申請さえ出せば誰でも利用可能な福利厚生施設で、調理設備も備わっているため、料理教室や小規模のパーティによく利用されている。
何故今日に限ってこの部屋なのだろうか?
テキーラも『彼女』も、本艦内に個別の私室を持つ身だ。そして、互いの個室のパスキーを交換し、いつでも自由に出入りできるような仲でもある。
こんな時間の逢瀬なら、いつものようにどちらかの部屋で構わないのでは? メッセージを受け取ったときから抱いていた疑問が、ここに来て再燃を始める。
「目を閉じて」
しかし、背後から返されたのは問いに対する答えではなく。
奇妙な命令だった。
テキーラは頭上に疑問符を浮かべたまま、それでも素直に目を閉じた。相変わらず意図は不明だが、『彼女』は悪意ある戯れをする人間ではない。
「瞑ったよ」
「そのままゆっくり、こっちに振り返って」
「こう?」
目を瞑ったまま、180度体の向きを変える。視覚を制限されていても、聴覚や気配でなんとなく前方に人が立っているのが察せられた。
「
……
口を開けて」
今度の指示は、妙にしっとりとした声音だった。
思わずどきりと心臓が跳ねる。今日に至るまで、それなりの経験と場数を踏んできている自負はあるのに、どうして『彼女』相手だと思春期の少年みたいにドキドキしてしまうのだろう?
もしかしたらキスをしてもらえるかも、なんて。それこそ子供じみた願望だ。以前も同じ期待をして、散々『彼女』の手で犬歯を撫でられて終わったのを忘れたというのか。いくらペッローの犬歯が先民の中では尖っているほうだとはいえ、あんなに執拗に撫で擦らなくてもいいだろうに。お陰で妙な生殺しを体験する羽目になった。
平常心、平常心。己に言い聞かせつつ、テキーラは従順に口を開く。続いて、女の掌がぎこちなくテキーラの顔に触れてきた。
(真っ暗で困ってるのはそっちのほうじゃない?)
顔の造作を手探りにしている気配が、やけに可愛らしく感じられる。あんなに頭の良い人なのに、変なところでちょっぴり抜けているのがまた狡い。
やがて、開かれた唇を探り当てた『彼女』が、何らかの固形物をテキーラの口の中へそっと差し入れてくる。
初めに舌が感じ取ったのは、粉砂糖の甘み。その次がカカオのほろ苦さ。最後に鼻へと抜ける洋酒の香り。
(ああ、なるほど
――
)
ゆっくりと溶けていく〝チョコレート〟の余韻を味わいつつ、テキーラはこの奇妙な呼び出しの意図を察した。
「
……
どう?」
固い声音が問いかけてくる。目を閉じていても緊張が伝わってきて、思わず抱きしめてしまいそうになった。
恋人の言動に身悶えしそうになるのを堪えつつ、テキーラは。
「とっても美味しいよ、ドクター」
まだ口の傍に差し出されたままの細い指先に、優しくそっとキスをした。
そういえば、日付が変われば『例の日』だった。
ここしばらく、ロドス内のあちこちで甘い香りが漂っていたし、テキーラ自身も勿論忘れていたわけではない。
ただ、日々忙殺されているドクターはすぐ日にちの感覚を無くしてしまうし、呼び出された時点ではまだ13日だったので、すっかり油断していた。
つまり、バレンタインデーのプレゼントを渡すための呼び出しであるとは想定していなかったのだ。
期待していなかったと言えば嘘になる。だが、指定された場所が彼女の私室ではなく、この多目的室だったことがテキーラを混乱させた。更にドアを開いてみたら真っ暗闇だったので、余計にバレンタインのことなど何処かに飛んでいってしまっていた。
確かにこの部屋には調理用の器具や設備が揃っているが、よもやまさかドクターが手ずからチョコレートを作ってくれるなんて考えもしなかったからだ。調理スキル云々の問題ではなく、単純に彼女は忙しすぎる。
しかし、わざわざこの部屋に呼び出したということは、つまり、そういうことなんだろうな。状況を飲み込むほどに、じわじわと喜びが膨れ上がっていくのを感じる。
本当に? そんな素振り全然見せなかったのに、本当にドクターが自分で? 考えれば考えるほど、信じられなくなってくる。
「先日、子どもたちのお菓子教室に顔を出してね」
部屋の入口まで歩いていったドクターが、照明のスイッチを押す。
「ちょうどいいから、私も作り方を教えてもらうことにしたんだ」
真っ白なライトを浴び、なおかつ、調理台の上に置かれた明らかに手作りらしきチョコレートのパッケージを見て、テキーラは目眩を覚えた。
こんなに都合のいいことが起こっていいんだろうか。夢でも見ているのでは?
人間、感情がある一定方向まで高まると、逆に冷静になってしまうものだ。テキーラは標準装備の笑顔も忘れ、真剣な眼差しを調理台の上の小箱に向ける。蓋の空いた小箱には、まだ数個トリュフが入っている。
「
……
そんなに難しい顔をしなくても、見た目はどうあれ味は悪くなかっただろ」
男の真剣な眼差しを、トリュフの形状への哀れみだと誤解したらしいドクターが、むすっと唇を尖らせる。どうやら本人的には、あまり納得がいっていないらしい。
「えっ、違うよ? 形に不満なんてないし、とっても美味しかったよ。俺はただ、ドクターがチョコレートを手作りしてくれたことが嬉しくて。感動してたっていうか
……
」
ドクターはしばらく胡乱げな顔をしていたが、やがて諦めたように苦笑した。
「確かに暇だったわけじゃないけど、良い気分転換になって助かった。お菓子作りは料理に比べて、レシピ通りに作ればそれなりのものが出来上がるから」
「そっか。でも、わざわざ手間暇かけてくれて本当に嬉しいよ。ありがとう」
真正面から感謝を伝えれば、ドクターは今度こそ気恥ずかしそうに目を伏せる。そこでとうとうときめきが臨界点を超えてしまったテキーラは、ドクターの腕を捕まえて引き寄せ、華奢な体を包み込むように抱きすくめた。
一瞬体を強張らせたドクターも、すぐに全身の力を抜いて、細い腕を男の背中に回してきた。やや控えめな甘えに、ペッローの尻尾がご機嫌に揺れ出す。
「でも、どうしてこんな時間にこんな場所で?」
重みを預けてもたれかかってくる恋人の髪を指で梳きながら、テキーラは未だに残されている疑問を口にする。ここにも一通りの調理器具は揃っているとはいえ、食堂の厨房には敵わない。執務室からも、ドクターの私室からも、食堂のほうが近いはずなのだが
……
。
「
……
食堂だと、人目が多すぎるだろう?」
テキーラの胸元に顔を埋めて、ドクターがやや歯切れ悪くもごもごと言う。
「ああ、なるほど
……
」
確かに彼女の言う通り、滅多に料理をしないドクターが、この時期に、多くの職員が出入りする食堂でチョコレート作りなどをしていたら、すぐさま好奇心旺盛なギャラリーに取り囲まれてしまうだろう。根掘り葉掘り質問攻めにされてしまうかもしれない。
だから彼女はこんな夜中に多目的室を貸し切ってチョコレート作りに勤しんでいたというわけか。
「みんなの分を作れるならいいけど、さすがにそこまでの時間はなかったから。贔屓をするからには、こっそりやるべきだろうし
……
」
「贔屓」
「私は君を特別扱いしてるんだから、立派な贔屓だよ」
「
……
まぁ、そう言われれば確かに」
「それに、たまにはこういう密会も悪くないかと思って。プライベートで君と過ごすとなると、大体お互いの部屋になってしまうから」
「あんな差出人不明のメッセージを使って? 辿り着いてみたら部屋は真っ暗だし、俺はてっきり、ドクターを独り占めしすぎて、とうとう闇討ちされるのかと思ったよ」
「少しは刺激があったほうが、いわゆるマンネリ防止になるんじゃないか?」
ドクターは恋人の胸元から、いたずらっぽくテキーラを上目遣いに見上げた。
おっと、マンネリ防止ときたか。ドクターの口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。バレンタインの気配に当てられているのだろうか。でも、その言い分は心外だ。
「俺がドクターに飽きるなんて、あるわけないでしょ?」
ドクターの額に自身のそれをこつりとぶつけて、間近から瞳を覗き込む。
「だってドクターはこんなに
――
可愛いのに」
彼女が自分の声に弱いのを知った上で、テキーラは声を潜めてそっと囁く。案の定ドクターは目に見えて動揺し、うろうろと視線を泳がせた。
身を捩る女の腰をしっかりと抱き込んで、テキーラは形の良い耳朶に唇を近づける。
「あのチョコ、全部俺の?」
「
……
要らないなら持って帰るけど」
「そんな意地悪言わないで? せっかくだからさ、残りもさっきみたいにして?」
「さっきみたいに
……
?」
戸惑うドクターに向けてテキーラはわざとらしく口を開き、
「ドクターの手で食べさせて?」
真っ赤になった恋人の耳にじゃれつく強さで噛みついた。
【おわり】
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