フォークで一口分を切り分けて、パクッと食べたのは焼きたてのように温かくて甘いガトーショコラ。おいしくって思わず頬を押さえ「おいし〜」と緩んだ表情で溢すと、向かい側に座るレイがふっと笑みを浮かべた。
「食レポの仕事もしてる割にありふれた言葉だな」
「今は仕事じゃないからいいの。それにカメラの前ならこんな顔しないよ。レイ用だもん」
可愛こぶってそう言えばレイはふんと鼻を鳴らし、上がる口角を隠すように紅茶に口をつけた。相変わらずオレのこと大好きなようでよろしい。オレはご機嫌に弧を描く唇を隠すことなく、もう一口ケーキを頬張った。
「てかこれまじでおいしいからレイも食べなよ」
「美味しいのは当然だ、この私が作ったのだから」
「え? ……、……は? え? なにそれドッキリ? 待って、カメラあんの?」
「ドッキリではない。この家に隠しカメラがあるわけないだろう。私のプライベート空間だ」
「だ、よね。……えっと、これ、レイが作ったっていうのは」
「本当だ」
「……まじで?」
「まじだ。……なんだその顔は」
レイに指摘されて慌てて顔を逸らし、表情を隠すように両手で顔を覆った。
待って、今なんて? このおいしいガトーショコラを、レイが作った? まさか。だってこいつ、卵の一つも割ったことなかったのに。
「あ! 森屋さんも一緒に作ったのか!」
「いいえ。私は見ていただけでございます」
「わっ! お、お邪魔してます」
「お久しぶりでございます、さくや様。こちらは練習に練習を重ねたレイ様の努力の結晶でございます」
「こら森屋、余計なことを言うな」
「失礼いたしました」
「……本当の本当に、レイが作ったの……?」
「……そう言っている」
「……」
まだ残っているガトーショコラから一口分を切り分けてパクッと一口。おいしい。ほんとうに、めちゃくちゃおいしい。
「もー! なにこれおいしいんだけど!」
「どうしてそんな口調で……」
「坊ちゃん、料理禁止!」
「は? 今おまえは美味しいと言ったじゃないか……?」
「美味しいからだめ! 料理はオレの専売特許じゃん! なんでもできちゃう坊ちゃんが家事だけできないのが可愛かったのに!」
「むっ。洗濯はもう問題なくできる」
「ああそうね、洗濯物はバッチリ。偉いよね」
「であれば料理も」
「料理はだめ」
「なにゆえ!?」
「だめったらだめ。森屋さんも、これ以上料理教えるのダメですから」
「おやおや」
「オレが作ったごはんで美味しいって顔してるレイが好きなんだよ。自分で作れるようになっちゃったら、オレに作ってほしい〜って顔でねだってくれるレイが見れなくなっちゃうじゃん!」
「なっ!?」
「……おやおや」
「そんな顔はしていない!」
「へー、じゃあオレが作ってきたボンボンショコラいらないの?」
「はあ? いるに決まっているだろう! 今すぐ寄越せ!」
「可愛くおねだりして!」
「今までもそんなことはしたことない!」
「いーやいっつも可愛い顔してた!」
「誰がそんなっ!」
ヒートアップして怒鳴り合うようになっていく言い合いを、森屋さんが拍手の音で遮ってオレたちの視線をまとめて受け止めた。シーッと人差し指を口の前に立てて見せる森屋さんに、オレとレイは同時に深呼吸をして椅子に深く座り直した。
「レイ様、さくや様、今日は二月十四日、バレンタインデーでございます。お忙しい中時間を捻り出して作ったせっかくのデートの機会を喧嘩で終わらせてしまうのは勿体無いのでは?」
「……まあ」
「……たしかに」
「それでは私は下がっております。紅茶のお代わり等必要がございましたらいつでもお呼びください」
「わかった」
「すみません、ありがとうございます森屋さん」
「ごゆっくり」
綺麗なお辞儀をして森屋さんが出て行くと部屋の中は再びオレとレイの二人きりになった。せっかくレイが頑張ってお菓子を作ってくれたのに一人で拗ねて怒って……ちゃんと謝んないとな。
覚悟を決めてすぅと息を吸い込み、それを吐き出す前にレイが「さくや」とオレの名前を呼ぶから「へぁ?」と気の抜けた返事をしてしまった。目元を赤くしたレイが、オレのことをじっと見ている。
「……ボンボンショコラ、本当にくれないのか」
「……、……あげるに決まってんじゃん。レイに食べてもらうために作ったんだよ、もらってくれないと困る。……わがまま言ってごめん、これ、本当にすっげーうまいよ。作ってくれてありがと」
「……手を出せ」
「え?」
「いいから」
「……?」
意味が分からないまま言われた通りテーブルの上に手を差し出すと、レイも同じように手を伸ばしてオレの手をぎゅっと掴んだ。滑らかな指の腹でオレのささくれだった指先をそっと撫で「またハンドケアを怠っているな……」と小さく呟く。
オレはギクッと肩を震わせて曖昧に笑ってその言葉を聞き流した。だって今日のために何回も練習したから、いつもより料理の回数多めだったんだよ。絶対失敗なんてしないで、おまえに美味しいって言わせたかったから。
「仕方ないな、料理は任せてやろう」
「え」
「おまえの料理は美味しい。おまえが料理をすることが好きなのも知っている。それに、私に食べさせて満足げにしているおまえを見るのも好きだ」
「えっ」
「仕事で必要があれば多少はするかもしれないが、それ以外では料理は全ておまえに任せてやる。その代わり私はおまえのハンドケアを監督してやろう。言っておくが私の舌は肥えている……が、おまえの料理ならいつでも私を満たしてくれるだろう?」
「……はは、プレッシャーだ」
「できないと?」
「まさか。これでも料理番組持ってんだよ、坊ちゃん一人くらい満足させられないわけないでしょ」
「ふん、言ったな? それではまず手始めに、ボンボンショコラを食べてやろう」
「ふっ、あはは、はいはい、仕方ないから食べさせてあげる。美味しくてびっくりすんなよ」
繋いでいた手を離してカバンからきちんとラッピングしたチョコを取り出す。受け取ったレイは嬉しそうな顔を隠すことも忘れてそれを見つめていた。
ほら、早く食べて、美味しいって笑って。それだけでなんでもしてあげたくなるんだから。
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