けーだい
2025-02-14 20:52:08
2936文字
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愛の日

バレンタインなので勢いだけで書いた。
原稿? はははなんのことかね。

かつてのシーカー族が残した技術はとても高度なものだった。自律して動き、目の前にいる物を判別して敵だけを攻撃するカラクリなどはその最たるもので、どれだけ天才と呼ばれる者達が調べ尽くしても、今の技術では同じものを一から作ることはできなかった。一度失われてしまった技術は、そう簡単には戻らないのだろう。
ただ、残された遺物から再現できるようになった技術もいくつかはあった。写し絵などはカーディアン達の目にあたる機能の応用であるし、あの長い脚は研究者達の調査の補助器具として、人間には難しい動作を請け負っている。
そうした技術達はやがて市井の人々の生活にも溶け込んで、ささやかながら今の人間達を支えてくれるようになった。そう、例えば。
「ミルなんて出して何してたの?」
洗って置いておいた電動ミルを見つけたのだろう、帰ってきたばかりのリンクは玄関脇の壁に羽織っていたフードを掛けながら、不思議そうな顔で私にそう言った。
珍しいその表情に思わず笑みがこぼれる。今の彼は昔より随分表情が豊かになったとはいえ、そんな顔を見せることはそうそうない。そのどこかあどけない顔が可愛らしくて、まだ用意したものを渡す前だというのについ嬉しくなってしまった。
「ああ……見つけてしまいましたか」
雷のエネルギーを保存できるバッテリーさえあればどんなに硬いものでも滑らかにしてくれる電動ミルは、その便利さと引き換えに使った後が少し厄介だった。刃の部分が本体に深く入り込んでいて洗いにくく、乾きにくく、拭きにくい。完全に乾かす為にと外に置いておいたのだが、それがいけなかったようだ。驚かせたかったのに、予定より早く帰ってきた彼に見つかってしまった。
とはいえ渡したい物自体はもうできた頃合いだ。ラッピングまではできなかったけれど、できたてを二人で食べるのもいいかもしれない。味見はしたから多分大丈夫だろう。
壁側の作業台の上に置いておいた小さな箱を持ってテーブルに置くと、興味深そうに彼が近づいてきた。
「チョコレートを作っていたんです」
「ちょこ……?」
初めて聞くようなたどたどしい発音に、旅慣れた彼でさえ聞いたことがないのだとわかった。今のこのハイラルはまだチョコレートのような嗜好品を忘れたままなのかもしれない。
「こういうものです。見たことはありませんか?」
断熱素材でできた箱の中にアイスチュチュと共に入れた、八つある小さな器のうちの一つを取り出す。薄紙を敷いた器の中でしっかり固まっているのを確認してから紙ごと引っ張り出して剥いてみると、記憶にあるより幾分不恰好ではあるものの、懐かしい茶色の塊が出来上がっていた。
つまんで彼に差し出すと、手のひらで受け取ってまじまじと観察し始める。どう見ても初めて見た人間の反応だ。
「多分ない、と思う。食べ物……だよね」
「お菓子です。カカオという植物の豆を焙煎してペースト状にしたものに、砂糖を加えたものですね。油分が多く、冷やすと固まりますが……人肌程度の温度で溶けてきてしまいます」
「溶ける?」
食べてみてください、と勧めると彼は臆することなく初めて見るそれを口に運んだ。探るように味わう彼の表情が、変わる。
「どうですか」
驚きに見張った目が蕩けていく。これは見慣れた顔だ。おいしいものを食べた時の笑みを浮かべて、彼は頷いている。
やがて全て溶けてしまったのか、名残惜しそうに彼は口を開いた。
「飴みたいな感じかと思ったけど、ちょっと違うね。なんていうか、もっと……濃い感じ。すごくおいしい」
「良かった。作り方は知っていましたが、実際に作ってみたのは初めてで」
かつて城で食べたものは驚く程滑らかだったことを覚えている。職人達が丁寧に挽くことであの食感を生んでいると聞いていたものだから、あれを再現できるか不安だったけれど、どうにか形になったようでほっとした。当時あのミルがあったら、きっと喉から手が出るほど欲しい人々はたくさんいたことだろう。
「でも、どうして急に?」
箱を覗き込んで中に残った粒を数えたリンクが顔を上げる。至近距離の青い瞳が子供のように輝いていて、もっと食べたい、と告げているようだった。
その顔に思わず笑いそうになるのを堪えて、また一粒つまむと彼の口元に差し出す。唇が嬉しそうに咥えるのを見届けながら、どこから説明しようかと思考を巡らせた。
「今日は【愛の日】なんです。お世話になった人や友人、家族や恋人に贈り物をして、日々の感謝を伝える日。チョコレートはかつて上流階級の女性達に、その……大変好まれていて。よく贈り物として選ばれていたものなんです」
少し言い淀んでしまったけれど、リンクはあまり気にしていないようだった。口の中でチョコレートを転がしながら、ふぅん、とわかったようなわからないような相槌を打つ彼にほっと胸を撫で下ろす。
なにせあの頃のチョコレートは、貴族の女性が恋した男性に贈るものだったからだ。結婚に自由のない彼女達はそうしてひっそりと恋愛を楽しんでいたのだという。
当時の自分にはあまり余裕がなかったとはいえ、そういった話に憧れがなかったわけではない。一度は彼にチョコレートを渡してみたいと思ったこともある。けれどあの時は悩みに悩んで、貰った彼が困るだろうと結局別の物を渡したのだ。
「カレンダーを見ていて、せっかくなら貴方に贈りたい、と思って。作ってみたんです」
……俺に」
「はい。いつも……ありがとうございます」
二つ目のチョコを飲み込んだ彼に頷く。それを見届けて箱ごと彼に手渡すと、戸惑いながらも大人しく受け取ってくれた。
彼はどうやらそうした行事のことは全く覚えていないらしい。それならこのチョコレートの意味も、きっとわからないだろう。今更その意味に気付かれるのもなんだか気恥ずかしくて、ただの贈り物として誤魔化してしまった。
それでも、日々の感謝を込めたのもまた事実ではあるし、なにより彼が美味しそうに食べる顔が見られただけで充分嬉しい。
気持ちは満足したし、そろそろ片付けに行こうと箱から手を離す。いつの間にか伏せていた目を上げると、彼は何かを考えるような顔をしていた。
「どっちのつもりでくれたの」
その言葉に思わず止まってしまったのが間違いだったかもしれない。彼の問いかけになっていない問いかけにそう思ったけれど、もう遅かった。
「どっち、とは?」
勘の鋭い彼のことだから、多分答えを理解しているのだろうと思いつつ聞き返す。
「お世話になった人か、……恋人かってこと」
彼と私の関係を象る言葉は沢山あるけれど、さっき並べた中では確かにそのふたつに絞られるだろう。友人というにはあまりに近く、家族というにはまだ足りない。
「お好きな方で」
私としてはどっちと受け取って貰っても構わなかった。日々の感謝も、彼への愛情も、込めたことには違いがない。
けれど、今日は愛の日だ。だからそう、せっかくなら。
「じゃあ」
チョコを一粒つまんだ指が私の唇に押し付けられる。口の中で蕩けて、深い甘みと香りが広がる。
「恋人の方で」
追いかけてきた愛しい人の唇が、その全てを攫っていった。