77nairo
2025-02-14 19:53:31
1277文字
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決戦は金曜日


 バレンタインデーへの憧れは、山王工業に入学した時に捨てた。工業高校において女子は希少生物で、しかもそんな環境にもへこたれない強い意志を持っている強者ばかりだ。数少ない女子同士で手作りチョコを贈り合うことはあっても、義理チョコを配り歩いたりはしない。
 だからたぶん、このチョコレートは本命というやつなのだろう。
……ちょっと、なんか言うことないの?」
 体育館裏に呼び出されてチョコレートを渡されるというベタな試合展開なのに、俺の頭は対処法を導き出してはくれない。
……いや、なんで俺?」
 山王バスケ部には毎年全国からバレンタインのプレゼントが届く。とくにレギュラー陣へのプレゼントなんてとんでもない量で、それを仕分けて当人に届けるのもマネージャーたる自分の役目だ。けれどそれは、二年生からマネージャー業に就いて公式戦に出たことのない俺には縁のない話だった。
……ウインターカップ観に行って」
「え、来てくれたのか? 東京まで?」
 ずり落ちかけた眼鏡を元の位置に戻そうとしたが、またすぐ落ちてきた。全国大会の決勝でもかかなかった脂汗のせいで、鼻がズルズルになっている。
……あんたは試合には出てなかったけど、ほんとに一生懸命で、そんで、ちょっと……カッコよかったよ」
 言うだけ言って、彼女は俺にピンク色の小箱を渡して走り去った。呆然と佇んでいるうちに、昼休み終了の予鈴が鳴る。はっと意識を浮上させて、どうにか脚を動かした。
 本来なら高三のこの時期なんて自由登校なのだが、バスケ部は遠征や大会で受けられなかった授業の穴埋めに忙しい。
 教室に滑りこんだ瞬間に本鈴が鳴って、俺は図らずも注目を集めてしまった。補習のために集められたバスケ部員たちが、一斉にこちらを振り向く。
「マネ、それってもしかして……
「おうおう、おめも隅に置けねな」
「嘘だろ、お前は仲間だと思ってたのに!」
 ありったけの冷やかしを受ける俺を見かねてか、すでに教卓についていた先生がコンコンと黒板を叩く。
「お前ら、ちゃんと授業聞かないなら卒業させないぞー留年したらますますモテないぞー」
 ゲラゲラ笑う坊主頭の間を縫って自分の席に着く。補習は学科に関係なく集められているから、いつもと違う教室、いつもと違う席で違和感が拭えない。そわそわと辺りを見回すと、ふと右斜め前の一之倉の手元に目が留まった。
 広げたノートの隅、一之倉の筆跡とは違う、大きく角張った文字。
『今夜部屋に行く』
 思わず、左斜め前に座る松本をうかがった。真面目に授業を受けているように見える。視線は黒板を向いている。けれどその耳は、全身の血を集めたみたいに真っ赤だ。
 こらえきれないため息が漏れる。
……うはああ……
「おいおい、うわの空はしょうがないけど声には出すなー」
 また坊主頭の集団がゲラゲラ笑う。冷やかしの声から逃れるふりをして、机に突っ伏した。
 自分に降りかかったロマンスよりも部員同士の色恋沙汰に気をもんでしまうのだから、俺は生粋のマネージャー気質なんだろう。