yoshi_R_K
2025-02-14 17:30:00
3842文字
Public あんスタカプなし
 

物語の主人公にはなれない

千秋中心カプなし……のつもりなんですがいつもの味すぎて普段書いている奏千との違いがわからない。
書いた人としてはカプなしのつもりですが、同じ生産ラインなのでアナフィラキシーが出る方はご遠慮ください。

2年時と篝火エピローグ後の小話

 現実はいつだって酷だ。いくら空想の中でヒーローが世界の平和を守ったところで、現実に反映されるわけじゃない。辛いよ、苦しいよなんて呟いたところで誰も助けてくれやしない。
 だからこそ、現実にヒーローがいないからこそ、地道に一つずつ努力をしていくことが一番大事なのだと守沢千秋は自分へ言い聞かせていた。誰も助けてくれないのだから、自分に出来ることを精いっぱいやるしかないのだ。その努力がいつか報われるとひたすらに信じてやるしかない。
 だけど、と手に持った雑巾で床を拭きながら溜息を吐く。
 予約しておいてレッスンもせずにお菓子やジュースで汚したレッスンルームの掃除をしているのは、本当に努力なのだろうか。汚した張本人たちはさっさと帰宅し、このまま放置するのはと掃除をしているのは千秋一人だ。時計の短針が九に重なろうとしている時間に、やっていることはレッスンでもなんでもなくただの掃除で。
 一体何をやっているのだろう。静かな部屋に一人でいると、ふとそんな考えが頭に浮かんでくる。
 この部屋の掃除だって、誰かに頼まれたわけではない。こんなことしたところで皆が急に真面目になるわけがないし、自身の成長に繋がるわけでもない。まったくもって無駄なことではないか。
 気づけば動かしていた手は止まり、その場に項垂れていた。何度自問自答してもどうすればいいかなんてわからない。ここは空想の世界ではないから、道筋なんて一つもなくてどこに向かって走ればいいのかも教えてくれない。
 現実は酷だ。だって、こんなところで一人項垂れている人間が、主人公になんてなれないから。
 憧れていたのは、画面の向こうのヒーロー。その中でも、主人公として人々を助けるレッドが好きになった。だけれど、今の自分はそのレッドが助けに来る端役ですらない。画面に一度たりとも映ることはない。ただの背景にすらない得ない自分は、果たして意味があるのだろうか。
 こんな問いかけですら、ただの現実逃避でしかない。そもそも、物語の登場人物になれないという現実から目を背けるための掃除からも逃避してしまうのだから、救いようがない。
 ツンと痛くなる鼻の奥を誤魔化すように歯を食いしばって、落としたままの雑巾へ手を伸ばす。この行為をひとつひとつ積み上げた先に、一体何があるのだろうかと自嘲しながら、再び床を拭き始めた。



 五人がかりで終わらせた大掃除の帰り、前を歩く三人をぼうと眺める。なんだか現実味がなくて夢を見ているようだった。ふわふわとしていて、地面を踏みしめている感覚がしない。
「ちあき」
 そんな様子を見咎めたのか、隣を歩いていた奏汰が声をかけてくる。しかしその声すらもどこか遠くのもののようで、返事も出来ず緩慢な動きで顔を向ける。名を呼んだくせににこにこと笑顔のまま、何も言わない奏汰へ首を傾げた。
「どうしたんだ、奏汰」
……ちあきも、おなじなのかとおもって」
「同じって、何がだ……?」
 ぼんやりとした頭では何を言っているのか理解が出来なかった。首を傾げたままオウム返しに聞けば、奏汰は笑みを絶やさないまましばらく黙り込む。
 そしてややあってから小さく口を開いた。
「このこうけいは、『ゆめ』ですから」
 その言葉にドキリと心臓が跳ねた。今見ているのはただの夢で、現実の自分は未だあのレッスンルームにいるのではないか。そう思うだけで血の気が引いた。
 指先が震えているのを誤魔化すようにもう一方の手で強く握ると、何を察したのか奏汰がそこへ手を重ねてくる。
「だいじょうぶですよ、ちあき。ごめんなさい、ことばがよくなかったです」
 冷えた指先を優しく包むように握って、優しく言い聞かせるようないつもの話し方で続ける。
「ちあきの『ゆめ』につきあっていたつもりだったんですけど。いつのまにか、おなじ『ゆめ』をめざしていたみたいなんです」
 だから、おなじですね?と静かに微笑む。彼にしては言葉を尽くしてくれていて、気を遣ってくれたのだとよくわかる。
 そこまで言われてようやく動きの鈍かった脳が動き出して、嘆息を零す。
 そうだった。五人で揃って、力を合わせて困難に立ち向かう。それはかつて夢見た流星隊の形で、今目の前にある姿だ。
「そう、なのかな……
 こんなにも言葉を貰ったのに、奏汰の望んだものと同じだという自信がない。
 確かにいつか夢見た光景ではあるが、いつかあの日のレッスンルームに戻されてしまうのではないか。そんな不安が胸に居着いている。
「ふふ。なんだかきょうのちあきは、であったころみたいですね」
……情けないな」
「そうですか?ぼくはそんなちあきもすきですよ」
 奏汰と出会った頃など、ひどく怖がりでなんの力もなくて、ただひたすら怯えている子供に過ぎなかった。もしかしたら、今もそうなのかも知れない。
 小さく出た言葉に奏汰は即座に返事をして、優しくフォローしてくれる。それもなんだか惨めに思えて肩を竦めた。
「しんじてませんね?」
…………
 今日は虚勢すらも上手く出来ないらしい。む、とむくれたように頬を膨らませた奏汰へ苦笑を零すとぺちりと額を叩かれる。
「どれだけなさけないとおもっていても、あなたがぼくのてをひいてくれたことはかわりないんですから」
「それだって、三毛縞さんに呼び出されて居合わせただけだっただろう」
「まったく。わからないひとですね」
 呆れを滲ませた声に、思わず体を堅くする。昔を思い出したせいか、どうにも怖がりな己が顔を出してしまっているようだ。
 その様子をくすくすと笑いながら、柔らかい眼差しをこちらに向けて奏汰は口ずさむように言葉を紡ぐ。
「あのひ。ちあきがぼくにたったひとつだけあたえてくれた『ねがい』が、ぼくをここにたたせてくれたんですよ」
 一瞬、何のことかわからなかった。だって彼に願わないようにとずっと気を張っていたから。
 しかしすぐにあの日口走った願いを思い出し、あっと声を上げる。
 奏汰は頬をゆるませながらこちらへ体を向け、両手で千秋のそれを持ち上げ胸の前で握り込む。嬉しそうに頬を染めながら、じっと瞳を覗き込むように見つめてきた。
「たしかに『ものがたり』のなかにいるかっこいい『ヒーロー』とはちがうかもしれません。でもたしかに、ぼくはあなたという『ヒーロー』にすくわれたんです」
「お、れは……
 あの時は必死だった。奏汰に死んで欲しくなくて、生きていて欲しくて。自分で何を口走ったかすらも意識せず、ただ生きて欲しいと願っていた。そして、それは奏汰自身の手で叶えられていた。
「ぼくはずっと、ちあきの『ねがい』がしりたかったんです。だからあのとき、ちあきがねがってくれてほんとうにうれしかった」
……うん」
「でも、せっかくの『ねがい』はちあきのためのものじゃなくて、ぼくのためのものだったんですよね。ほんとう、むかしから『おひとよし』なんですから」
……そんな大層なものじゃないぞ」
 確かに奏汰に生きていてほしいと思ったのは紛れもなく己の願いだ。そもそも、誰かに死んでほしいなどと願うわけがない。
 だが純粋に奏汰を助けたかっただけなのかと言われると答えに窮してしまう。彼の境遇に己を重ねていたからこそ、彼を助けることで自分も救われたかったんじゃないかと、そう思ってしまうのだ。だからあまり感謝をされてしまうといたたまれない。
 そんな千秋の心情を知ってか知らずか、一層笑みを深くして奏汰はくるりと体の向きを変えて前を向く。
「ねえちあき。じつは『いきてくれ』なんてねがいをいわれたのははじめてだったのでよくわからないんですけど。ぼく、じょうずにいきられてますか?」
……もちろんだ。願いを叶えてくれて、ありがとう」
「ふふ。どうしたしまして」
 こちらへ顔を向けながら声を弾ませる。それがなんだか胸を熱くさせて、ぽかぽかとした気持ちがなんだかむずがゆかった。
「先輩たちー!なーにしてるッスか!」
 前方から聞こえた声に顔を上げると、随分と先に行っていた鉄虎たちが足を止めてこちらを見ている。気づかぬうちにかなり離されてしまっていたようで、返事をしようと息を吸ったところでぽんと優しく肩を叩かれる。
「さき、いってますね」
 小さく言うと、奏汰は小走りに鉄虎たちの方へ向かっていく。一人残され、すぐに追いかけなくてはと思いつつもぐるぐると頭の中で回る思考に邪魔をされる。
 昔は、主人公になりたいと思っていた。テレビの中のヒーローみたいに、五奇人みたいに、生徒会みたいに。けれどそんなものになれるはずがないと、現実に打ちのめされて項垂れてしまった。
 前へ顔を向ければ、仲間たちが待っている。どうして動かないのかと怪訝そうにしながらも、先に帰るでもなくその場で待っていた。
 それを見て、ああと腑に落ちた。物語の主人公にはなれない。そんな当たり前のことで、どうして下を向いてしまっていたのか。
物語は、誰かが語るから物語たり得るのだ。誰も語りようがない自分の人生を、物語に出来るわけがない。
パシン、と両頬を叩く。じんじんと伝わる痛みは、ここが紛れもなく現実であると示してくれる。物語でないのなら、立ち止まってしまっている時間はただもったいないだけだ。
 先へ走ろうと踏み出した足は、驚くほどに軽かった。


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