ぐるさん
2025-02-14 00:08:48
3647文字
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2.1ふみりかワンドロ 【お願い】【キス】

ふみりかワンドロライ(@ fmrk_1draw)さんの2025.2.1お題をお借りしました。

「頼むよ、理解」

 昼下がりのリビングで草薙理解は現在、危機に瀕している。 

「お前にしか出来ないんだ」
「俺にはもう、お前しか居ない」
「何と言われようと、私の答えは変わりません」
「お前はただ、俺と一緒にあのカフェで『カップル限定!クリーム特盛きゃぴるんにゃんにゃん大しゅきしゅきホールドケーキデラックス』を注文してくれればそれでいいんだって。何で分かんないかな」
「それが駄目だって言ってるだろバカーー!!」

 同居人に、妙な名前のケーキを一緒に注文するよう強要されているからだ。

「駄目?何で?一緒にケーキを注文するだけなのに?」
「一緒に注文するって事は、私もそのケーキの名前を言わないといけないって事ですよね!?」
「そだね」
「そんな恥ずかしい事出来る訳ないでしょう!」

 ふみやさんがあのカフェのスイーツを気に入っているのは重々承知しているが、あのネーミングセンスには未だに抵抗がある。というか一生慣れる事は無いだろう。

「ふーん。理解はあの店、恥ずかしいと思ってるんだ」
「人聞きの悪い言い方をするな!」

 ふみやさんは私の言葉を嫌な切り取り方をしながら、ジリジリとこちらに詰め寄る。

「え、ふみやさん何か近くないですか?」
「まぁまぁまぁ」
「『まぁまぁまぁ』じゃなくて!何か怖い!」

 ふみやさんが近づくのに合わせて後退するも、あっという間に背中は壁にぶつかる。咄嗟に身体を横に逸らそうとすると、顔の真横でバン!と大きな音がする。

「理解はさ、俺とケーキ食べに行くの、そんなに嫌?」

 それは、ふみやさんが両手を壁についた音だった。

「ケーキを食べに行くのが嫌という訳では……
「じゃあ何で?何がそんなに嫌な訳?」

 ふみやさんは壁に向かって伸ばしていた腕を曲げ、両肘を壁につけるようにして顔を近づける。

 その表情が、瞳が、あまりにも真剣でドキッとしたのも束の間、胸の中心にじわりと嫌な感情が滲む。

 ふみやさんが、甘い物に目がないのはよく知っている。

ふみやさんが、あのカフェのスイーツを気に入っているのも知っている。

 知っている筈なのに、その真剣な表情が己に向けられた物だと勘違いしてしまう自分が居るのが、心底憎らしい。

 別にふみやさんはケーキ食べたいのであって、その為にたまたま居合わせた私に協力を仰いでいるだけであって、私自身を求めている訳ではないのだ。

 だと言うのに、壁際に追い詰められて、至近距離で見つめられて、舞い上がっている自分が確かに存在している——そんな自分の浅ましさに、ほとほと嫌気がさす。

 この気持ちは墓まで持っていく、あくまでふみやさんとは良き同居人として付き合っていく。それが最も秩序正しい振る舞いな筈なのに。

「なぁ、理解。頼むよ」
……!」
「お願いだからさ」

 だけどふみやさんは、そんな私の思いを知らない。知らないから、平気で片方の手を私の頬に添えて懇願する。

 本当に目的の為なら手段を選ばないなこの人は。そもそも、出くわしたのが私じゃなくても同じようにするんだろうな。嫌な気持ちが胸の内を渦巻いていく。

 ……嗚呼もうしっかりしろ草薙理解!とにかく今はこの場を切り抜ける!それ以外の事は全部済んでから!手を軽く胸に当て、何とか頭を切り替える。

……理解、話聞いてる?」
「だったら、貴方はどう証明するんですか?」
「急に何の話?」
「私と貴方がカップルかどうか、どうやって店の方に証明するのか、そう聞いているんです」
……は?」

 私の言葉が予想外だったのか、ふみやさんは驚愕の表情を浮かべている。

「ふみやさんの食べたいケーキは『カップル限定』のケーキなんですよね?」
「そうだけど」
「ならば私達がそうした関係にあると提供する店舗の方に認められなければ、ケーキを食べる事はおろか注文する事すらできない。違いますか?」
「それは、確かに……

 こちらの完璧な言い分に、さすがのふみやさんも狼狽えている。

 自分で自分達はそうした関係では無いと言い切るのは少しだけ胸が痛むけど、周囲に余計な誤解を与えるよりかはよっぽど良い。

「でしょう?でも方法がない以上は今回は諦める方向で……

「方法ならある」
 一体何がふみやさんを動かすのか。先程よりも真剣な表情で、光を宿した紫の瞳が近づいてくる。

「えっ」

 気がついた時はもう遅かった。私の唇に温かい感触——ふみやさんの唇が重なっている。ほんの一瞬の、柔らかな触れ合い。

「これなら、どこからどう見ても恋人じゃない?」

 ふみやさんは唇を離して涼しい顔で言う。でも、私の顔には一瞬で熱が集まる。

 というか今き、きききキスされた!?ふみやさんに!?え、何で!?私がどう証明するのかとか言ったから!?え、どうしよう、どうしたらいい?こんな、こんな事って……

「わああああああああああ!!り、理解帰りますうううううう!!」
「うわっ、ビックリした。つか帰るってかここ家……

 ふみやさんの言葉に返事も忘れて、慌てて自分の部屋に飛び込む。

「はぁ、はぁ、はぁ……

 部屋の扉を閉めると、自然の力が抜けて、そのまま床に座り込む。

 やっぱり、さっきのって、き、キス……。そっと己の唇をなぞると、さっき感じた体温が残っている気がして、その居た堪れなさに慌てて手を離す。

 こんな形で好きな人とキスしてしまうなんて……!しかもファーストキス!ご両親にご挨拶どころか顔すら見た事ないのに!そもそも気軽にこんな事をしてもいいのか!?というかもしもあの場に居たのが私じゃなかったらふみやさんは……

 様々な感情と思考が脳内を行き交う中、思わず言葉が零れる。

「次に顔を合わせる時、一体どんな顔をしたら良いんだ……

 草薙理解の危機は、まだまだ続く。
 
◇◇
 
 理解が飛び出たリビングで、入れ替わるように声をかけられた。

「おい、何やってんだよお前ら」
「慧、おかえり」

 声の主は慧だった。服があちこち汚れているのを見る限り、いつもの喧嘩の帰りだろう。

「『おかえり』じゃねぇ!何やってんだって聞いてんだよ!外まで理解の野郎の声が響いて……あれ?居ねぇ」
「理解なら部屋に行ったよ」
「はぁ?」

 怪訝な顔をする慧にざっくり事の経緯を説明するとその表情は、意味が分からない、と言いたげな物に変化していく。

「何か言いたい事ある?慧」
「言いたい事っつうかよ、何で理解の野郎誘ったんだ?」
「え?」
「あの童貞野郎に誰かの恋人の振りなんて出来る訳ねぇだろ」
「あー……

 それは、確かにそうだ。少し考えてみれば、というか考えなくても分かる話だ。

「別にアイツに頼まなくなって、もっと上手くやれる奴居るだろ。なんつーか、適材適所?みたいな?」
「まぁ……

 それもそう。慧の言い分は理にかなっている。

「別にそのケーキ、今すぐ店に行かねぇと無くなる訳でもないんだろ?」
「うん……

 確かに、カップル限定!クリーム特盛きゃぴるんにゃんにゃん大しゅきしゅきホールドケーキデラックスは期間限定ではあるものの、終了期間までまだ余裕はある。

「さっきから何だよ『あー、まぁ、うん』とか気合いの足りねぇ返事ばっかしやがってよ!話聞いてンのか!?」
「聞いてる聞いてる」

 聞いてはいる。けど、慧の言葉がどうも引っかかる。

 俺は、どうしてカップル限定ケーキを食べに行くのに理解を誘ったのだろう。たまたま居合わせたから、と言えばそれまでだけど、さっきまでの俺は客観的に見ると随分と理解を連れて行くのに執着していた気もする。

 だって同じ家に住む奴を連れ出す為に、頬に手を添えたり、キスしたりするか普通?

 そんな事をする位なら慧の言う通り、もっとスムーズに事が運ぶ奴に頼んだ方が合理的だ。
 だと言うのに俺は何故——

「あ?黙りっぱなしでどうした?何だよそんなに理解と行きたかったのかよ」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。理解の野郎とケーキを食べに行きたかったけど断られた。断られたから寂しい。そういう話だろ?」
「え、いや、違」
「お前、めちゃくちゃ理解の事好きじゃん」

 好き?俺が理解の事を?だけど、その言葉を咀嚼した瞬間、全ての点と点が繋がっていく。

 どうして理解を誘ったのか、何で理解を連れて行く事に執着してたのか。そして、自分でも驚く程自然にあんな事が出来てしまったのか。

「えっ、オイふみやどうした急にしゃがみこんで……うわっ!お前顔赤いぞ!大丈夫か?」
「慧、俺気づいちゃった……
「何を?」
「俺は今、理解の事が、めちゃくちゃ好き。恋愛的な意味で」
「ハァーー!?」
 
 伊藤ふみやの挑戦は、これから始まる。