みずあめ
2025-02-14 00:05:41
3889文字
Public rkrn
 

久々綾

付き合ってない高校生のバレンタイン🍫

広い校内をぐるりと一周し、中庭、校庭、駐輪場と見て回っても目的の人と出会うことはできず、半ば諦めながら覗いた裏門への人気のない校舎裏で、花壇の前にしゃがみ込むその人の背中を見つけて俺はハッと息を呑んだ。土を擦る小さな足音に気が付いたのか、声をかける前にこちらを振り向いたその人は丸い目で俺を見上げて「久々知先輩だ」と呟くように声を溢した。俺はぎこちなく片手を上げ、表情筋に動けと命令を出す。
「や、やあ喜八郎。偶然だね」
「偶然なんですか?」
「えっ!? う、うん……、えっと、その、たまたま通って、……ところで! 喜八郎はこんなところで何をしてるの?」
「雑草を抜いていました。ここは日当たりがあまり良くないので花が育ちにくくて、手入れを任されているんです」
「ああ、委員会の活動か。隣いい?」
「どうぞ。制服、汚れないように気をつけてくださいね」
「ありがとう」
断ってから喜八郎の隣にしゃがんで花壇を見ると、喜八郎が抜いたらしい茎の細い草が手前にまとめて積まれていた。残っているのは小さな葉っぱをめいっぱい広げて陽の光を受けようとする植物たちだけ。控えめに咲く白い花に俺は口角を緩めた。
「かわいいね」
「そうですか。それならよかった」
「うん……そうだ、あのさ、喜八郎って、甘いもの好き?」
「え? はい、ふつうに。……なんの話ですか?」
あまりにヘタクソな話の切り替え方に内心悔しく思いながら、ブレザーのポケットに手を突っ込んでその中にある物を掴んだ。こちらを向いてキョトンとしている喜八郎に拳を差し出せば、喜八郎は首を傾げながらその下に手のひらを広げてくれる。パッと開いた手からこぼれ落ちたのは一口サイズの四角いチョコレート。カラフルな包装紙が俺の手から喜八郎の手へコロンと転がった。
「委員会頑張ってるからご褒美。たまたま持ってたの思い出したから」
……たまたま」
「それじゃ、俺はそろそろ戻ろうかな。喜八郎も適当なところで切り上げて風邪を引かないように」
「久々知先輩」
……うん、なに?」
「座ってください」
……
よし渡したぞ今すぐここから立ち去ろうという気持ちが出てしまい早口で捲し立てるように言った俺を、いつも通り落ち着いた様子の喜八郎が呼び止めてさっきまで俺がいた場所を指差した。返事をせずにいれば「先輩」ともう一度俺のことを呼ぶ。
うまい言い訳も思い浮かばず、俺は喜八郎の隣へ再びしゃがみ込んだ。さっきまで花壇に向いていた喜八郎の体はこちらを向いて、俺が渡したチョコレートを手のひらに握りしめている。
「久々知先輩、たまたまここを通ったとのことでしたが、どこに何をしに行くところだったんですか?」
「えっ、それは、その……
「それに久々知先輩がお菓子を持っていらっしゃるところは見たことがありません。むしろいつも尾浜先輩にお菓子を持ってくるなと注意しているでしょう」
……よく知ってるね……?」
「バレンタインだからですか?」
「え!?」
「このチョコレート、みんなに配ってるの?」
「ち、ちが、……うう。えっとね、引かないでほしいんだけど」
「はい」
大きく吸い込んだ空気が熱を持った体をひやりと冷ましてくれる。顔を上げると思ったよりも近い距離で喜八郎と目が合った。握った手の中で爪が手のひらに強く食い込む。
「喜八郎にあげたくて、こっそり持ってきたんだ。ここを通ったのもたまたまじゃなくて喜八郎を探してきた」
……、そうですか」
「うん」
……
……えっと、喜八郎?」
「はい?」
……顔、赤いよ?」
「え。…………気のせいじゃないですか」
パッと腕を上げて顔を隠し、喜八郎は花壇の方を向いてしまった。ドキドキする心臓が、勝手に期待をしてしまう。喜八郎は俺からチョコを貰うことを嫌がってはなさそうだった。好意を拒絶されなかったというだけで、まさか喜八郎もちょっとは俺のことを好きだったりする……?なんて都合の良い考えが浮かぶ。喜八郎は仲の良い先輩が少ないし、その中で俺は結構懐かれてる方な気がするし……
「先輩のことだからチョコのお豆腐でも作ってるのかと思いました」
「あ、うん、作ったよ」
「作ったんだ。自分用なんですか?」
「いいや、そういうわけじゃないけど。えっ、食べたかった? 持ってこようか? まだ少しは残ってるから」
「いらない、いらないです。たぶんチョコのお豆腐を渡されてたら突き返してると思います」
「えぇ……そんなに……?」
「ふふ、うん、そんなに」
笑い声とともに喜八郎の空気がすこし緩んで、俺はほっと息を吐いた。緊張しながら喜八郎を探し回っていたさっきまでの時間が報われていくみたいだった。ただ隣にしゃがんで話をしているだけで心拍数が上がることがこんなにも楽しい。
……チョコ豆腐も美味しくできたし友達にはあげたけど、喜八郎には普通のチョコをあげた方がいいかなって思ったんだ。俺は俺の作った豆腐が好きだけど、せっかく渡すんなら喜八郎が喜んで受け取ってくれる物がいいし、手作りってちょっと重いかもしれないから」
「お豆腐じゃないただのチョコなら手作りでもいいですけど。……ふ、僕のことたくさん考えてくれたんですね、先輩」
「あ……
「それじゃあこのチョコは大切にいただきます」
……結局全部話しちゃうなら、ちゃんとしたやつ買ってくればよかった。このくらいの、たまたま持ってたくらいのチョコなら、喜八郎も受け取ってくれるかなって弱腰で用意したんだ。はぁ……
「お豆腐以外なら普通に受け取りますよ。僕、そんなに先輩に素っ気ない態度でしたか?」
「そうじゃなくて、……俺が絶対受け取ってほしくて考えすぎちゃってただけ」
……僕、こういうことには疎いんですけど」
「うん?」
「久々知先輩、僕のこと好きなんですか?」
いつになく真面目な声音でそんなことを言うから、俺は目を丸くして喜八郎の横顔を見つめてしまった。ほんのすこし気まずそうな顔で花壇を見下ろし続ける喜八郎の横顔に思わず笑い声が込み上げてくる。
……ふ、あははっ、ふふ……うん、好きだよ。そっか、伝わってなかったか。俺が喜八郎のこと好きだからチョコをあげたかったんだ。そういうつもりで渡したんだって知ったらやっぱり受け取ってくれない?」
……よく、わからないです。……僕はこれを受け取らない方がいいんですか……?」
「ううん、受け取ってくれよ。受け取ったからって喜八郎が何かしなきゃいけないわけじゃないよ。ただ、俺が喜八郎のこと好きだって、それだけ知ってくれると嬉しいかも。チョコに罪はないから、おいしく食べてあげて」
……それじゃあ、いただきます。それと久々知先輩の気持ちも、覚えておきます」
……ん、ありがと」
好きだと伝えて、それを受け取ってくれる。喜八郎ならそうしてくれるだろうと希望的観測で思ってはいたけれど、実際は思っていたよりもうんと良かった。だって喜八郎は俺の気持ちをどう受け取れば良いのかきちんと考えて、受け取った上でそこを立ち去ろうとはしなかった。きっと少し困らせてしまっているだろうけどまだ隣にいてくれている。
「この花壇、この白い子以外はいつ咲くの?」
……
…………喜八郎?」
「えっ。……すみません、なんですか?」
……俺って、少しは期待していいの?」
赤い顔を覗き込んでそう言うと、喜八郎は元から丸い目をさらにまぁるく見開いて、ぽてっと後ろに尻もちをついた。はくはくと言葉を探して開閉した唇が結局何も話すことなく閉じられ、俺のことをムッとして見上げてくる。
「ごめん、手貸そうか」
……平気です。久々知先輩、ずっとさっきみたいにしててください」
「さっきって?」
「テンパって弱気な感じ」
「えぇ? もう二度と見せたくないんだけど」
「さっきの方が可愛げがありました」
「今の俺は可愛くない?」
……かわいくない」
「ふ。喜八郎は可愛いね」
「嬉しくないです」
差し出した俺の手を借りずに立ち上がった喜八郎は制服についた土を軽く払い、手の中のチョコをじっと見てから俺の方を向いた。隠していたことをすっかり話してしまって気が楽になった俺も立ち上がって喜八郎の前に立つ。さっきまで同じ高さだった視線が今は俺の方が少し高くて、俺を見上げる喜八郎に俺は笑みを浮かべた。
「委員会の仕事中にごめんね。話聞いてくれてありがとう。あ、それ、他の子には秘密にしといてくれる? チョコ豆腐しかないって言ってはぐらかしてるから」
……久々知先輩」
「うん、なぁに喜八郎」
……チョコのお返し、来月でいいですか」
「え? え、ホワイトデーってこと? お返しくれるの?」
「バレンタインってそういうやつですよね?」
「そう、だね……?」
「いらないならいいですけど」
「いる! ほしい! あ、えっと、もしよければ、……いや、やっぱり絶対、お返しほしいから、楽しみにしとく」
「ふ。はい、それじゃあ来月、楽しみにしておいてください」
それでは、とひょこっと頭を下げて喜八郎は校舎へ戻って行った。通りすがりにたまたま持っていたチョコを渡すという昨夜必死に考えた作戦は全く思い描いた通りにならなかったけれど、想定もしていなかった方へ転がって寿命が伸びたような心地だった。どうやら俺は来月を楽しみにしていて良いらしい。喜八郎のことだから深く考えていないかもしれないけれど、でも、少しくらい期待してもいいかな?