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桐子
2025-02-13 23:41:45
2332文字
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美しい傷16(父水♀)
「おお、綺麗に治っとるな」
子泣き爺は水木の腹の傷を検分してそう言った。
「ありがとうございます」
治りが早いのは、撃たれたときに骨や神経に損傷がなかったからだそうだ。太腿の傷も、あと2週間もすれば完治するらしい。
「ちっとは跡が残るかもしれんが、ま、だんだんと薄れていくじゃろう。どうしても気になるなら、いい美容外科を知っとるぞ」
「大丈夫ですよ。このくらい大したことありません」
「そうか。お前さんがそう言うなら、それでよいが」
子泣き爺はそう言って、かたわらに置いていた風呂敷包みをそっと水木の方へ差し出した。
「これはワシからの快気祝いじゃ」
「そんな、いただけません」
老医師は3日に一度は足を運んでくれ、わざわざ傷を見てくれていたのだ。むしろこちらが礼をしなければいけない立場だろう。
「親父さんから十分謝礼はもらっとる。気に入らんなら、親父さんに押し付ければええ」
ひょっひょっ、と老人は笑った。水木は受け取った風呂敷を開いてみた。中には一升瓶が入っていた。見たことのない銘柄だが、なかなかに上物の日本酒のようだ。
「ワシの秘蔵の酒じゃ。親父さんから聞いたが、水木さんはなかなかいける口じゃとか。親父さんと二人で飲んでくれ」
「ありがとうございます」
二人で、と強調されたところに何やら含みを感じるが、ありがたく受け取っておくことにした。
水木が療養に専念している間、季節はすっかり夏から秋へと変わっていた。まだ日中は暑いので半袖の服が手放せないが、朝夕はだいぶ過ごしやすくなってきた。洗い立てのシーツを広げて伸ばし、洗濯ばさみで止めていると、ふと足元に柔らかいものが触れた。
「にゃお」
足元を見下ろすと、ねこが足にまとわりついてきた。
「ねこ、鬼太郎はどうしたんだ」
「ここですけど」
鬼太郎の声がすぐそばでして、水木はびくっと肩を揺らした。振り返ると、すぐ後ろに鬼太郎が立っている。
「び、びっくりするだろ
……
」
水木が思わず声を上げると、鬼太郎はくすっと笑った。気配を殺すのがうまいというか、存在感がないというか。鬼太郎は幽霊のようにいつの間にかそこに立っているのだった。
「父さんが怒りますよ。そんなことしなくていいって」
「そういうわけにはいかないさ。もう体もすっかりよくなったんだし」
怪我がだいぶ良くなり、寝たきりでいるのにも飽きてしまったので、水木は日中は砂かけ婆の手伝いをして過ごすようになっていた。洗濯に食事の準備、掃除と、毎日やることが多いが、一日中暇をもてあましてぼーっとしているよりも、忙しく働いている方が気がまぎれる。それに、誰かの役に立てるのが純粋に嬉しかった。
「無理はしないでくださいね」
鬼太郎は水木の顔をのぞきこむと、心配そうに言った。
「大丈夫だよ。もう2週間もすれば完全に治るそうだ」
そう言って笑ってみせると、鬼太郎はほっとしたようだった。
「それなら、お祝いをしないといけませんね」
「いいよそんなもん」
「いいえ、だめです。父さんだって、絶対やるって言うと思いますよ」
確かにそうかもしれない。療養中の水木のもとには毎日のように見舞いが届いたが、その大半は親分からだった。見舞いだけでは飽き足らず、ブランド品やジュエリー、着物など、欲しいものはいくらでも買ってくれていいと言われた。こんな高価なものを買ってもらうわけにはいかないと丁重にお断りしたものの、親分は聞く耳を持たず、デパートの行商まで呼びつけたのだ。
「バッグも宝石も着物も結構だ」
そうぴしゃりと断ると、親分は「そうか」とすごすご引き下がった。
彼は彼で、水木に引け目を感じているのだ。今までひどい態度をとってきた自覚があるから、高価なものを贈ることで罪滅ぼしをしたかったのだろう。だが、水木はそんなものいらなかった。ぶつけられた言葉を取り消すこともできないし、あの時感じた惨めさは一生消えないだろう。それに、親分がそうせざるをえなかったやるせない気持ちもわかる。水木に向けられていた憎悪は、妻を無残に殺された悲しみと怒りの裏返しだった。
だが、彼はもうそれを水木には向けないと決めたらしい。今はただ穏やかな目を向けられている。それだけで十分だと思えた。
その日の夜、親分の方が水木の部屋を訪れた。彼が鬼太郎をともなわず、一人で来るのは、謝罪に来た日以来だった。
「倅に聞いた。2週間もすれば完治するそうじゃな」
「はい」
「そうか、良かったのう」
親分はそう言って静かに微笑み、水木の前に座った。
「快気祝いじゃ。欲しいものがあったらなんでも言うてくれ。遠慮はいらん」
「またその話ですか」
水木が苦笑すると、親分は「いや
……
」と首を振り、しゅんとうなだれてしまった。
「
……
すまぬ。わしは流行や女の好むものに疎くてのう。気の利いたものを贈りたいのじゃが、いかんせん、何も思いつかん」
彼はどうやら、本当に困り果てているようだった。今までは、彼のことが冷たく恐ろしげに見えていたのに、困ったようにため息をつく姿はまるで別人のように思えた。
「本当に、何もいりません」
「いや、それではわしの気がすまんのじゃ」
話がまた堂々巡りしてしまった。水木は少し考えてから、あることを思いついた。
「じゃあ
……
、一緒に酒を呑んでもらえませんか。先生にもらったんです。親父さんと二人で飲んでくれって」
「そんなことでよいのか?」
親分は拍子抜けしたように、目をぱちぱちさせた。水木は「はい」と頷いた。
「わかった。今夜はちょうど満月じゃ。月見酒としゃれこもうかのう」
「そりゃいいな」
水木が賛成すると、親分もホッとしたように笑った。
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