ミイ
2025-02-13 22:26:11
4638文字
Public 静なつ
 

バレンタイン2025

・静なつです。
・本編後のお話。
・お付き合いし始めて初めてのバレンタインのお話です。

少しずつ少しずつ。こういうきっかけを経て、なつきさんが自分の中にある感情に気づいていくのかなあと思いながら書きました。

「バレンタイン、かぁ」

 ぽつりとこぼした言葉は、白い息と共にひゅるりと風に乗って消えていく。なつきは恋人にもらった赤いマフラーを口元まで引き上げ、寒さに肩をすくめたまま夜の街を歩いていた。

 バイトが終わり、先ほどまでいくつかの店に入っていろいろと物色していたものの、ピンと来るものはなかった。どの店に入っても、この時期一番最初に目に飛び込んでくるのは『バレンタイン特設コーナー』

 大切な人に、想いを伝えませんか? 

なんていう謳い文句とともに、赤やピンクに塗れたそこ。チョコレート、が定番のようだが、他の店にも設置されていることが多い。大方セールのいい機会になっているのだろう。なつきが懇意にしているネットのランジェリーショップでも、バレンタインセールが行われている。期間限定のモデルはすでに予約済みだ。

「はぃぃいいい?! なつき、まだ準備してないの!?」
……そんなに大声で言うことでもないだろう」

 数日前、久しぶりに会った友人と話をしていた時のことだ。世話焼きを体現したような性格の彼女は、バレンタインはどうするのかと問うた。それに対して「まだなにも」と答えたなつきに、お決まりのセリフを叫んだ、というわけだ。

……はぁ。まったくもー! だってあんた、中学生の時も高校生の時も、ちゃっかり毎年静留さんからチョコ、もらってたんでしょ?」
「それは、そうだが……その、私はそうとは気づかなかったし、バレンタインなんて、気にしてなかったし……

 歯切れが悪いのは、少しの後ろめたさがあるからだということには、どちらも気づいている。あの燃えるような想いを目にしては、気づかなかったではもう済まされない。

 そもそも今年は、二人の関係性も、今までとは違うそれに変わっていた。去年は傍目から見ても「本命」だとわかるそれをもらっていながら「ん。うまいな」といつものように食べてしまっていたなつき。彼女を蔑み、静留を哀れむ目がいくつかあったが今年はさすがにいくらなつきでも……と舞衣も思っているようだ。

「今までは食べてもらえるだけで……だったかもしれないけど、恋人になったんなら、静留さんもちょっとは期待するんじゃない? なつき、鈍感やし、期待しても……とかは思ってるかもしれないけど」
「今の静留の真似か? 相変わらず失礼なやつだな」
「チョコレートならあたしも作るし、なつきも一緒に作る?」

 いろいろと失礼なことを言いながら結局、舞衣は面倒見がいいのだ。眉を下げながら人の良い笑みを浮かべてくる友人に、なつきは穏やかな声で返した。

……いや、いい。自分で探すよ」
「そ。ま、なんか困ったらいつでも来なさいよ。命用に大量にチョコは用意してるから」
「ああ。助かる」

 そんな会話をしたのが数日前。そしてもう、バレンタインは明日に迫っていた。

 どうしよう。チョコレートなんて、静留は今年も大量にもらってくるだろう。抱え切れないほどのチョコレートを紙袋やらダンボールやらに入れて持ち帰るのを見たことがある。なんなら持って帰るのを手伝ったことだってあった。

 手作り……は自信がないし、市販のものとなると、誰かと被りでもしたらそれは嫌だし。

(静留の恋人は……私、なんだ)

 この数年、静留が何らかの形で渡してきていたチョコレートに秘めていた想いに気づかなかったくせに、どこの馬の骨とも知らぬ輩から静留がチョコを受け取る、というのを考えるとなつきは腹立たしくなった。

 静留は花だ。美しい花にはいろんなものが寄ってくるものだから、いちいち気にしてはいなかったものの。腹立たしい、なんて思ったのは今日が初めてだった。

 その感情が『独占欲』だということになつきが気づくのには、まだまだ時間がかかりそうだが。

 他の誰のとも違う、自分だけが渡せるプレゼント。

 手作り……はもう時間がないし、そんなことをできる器用さは持ち合わせていない。かといって、静留に見合うようなものは、まだ見つけられていない。

 突き刺すような寒さの中、歩きながら頭を巡らせていたなつきの目に飛び込んできたのは、色とりどりの色と、明るい照明。

 あれは……

 なつきは思わず、その店のドアを強く握り、気づけばドアベルを鳴らしていた。
 
 ◇◇◇
 
「あとは……ラッピング、やなぁ」

 明日はバレンタイン。なつきはバイトで遅くなると言っていたから、静留は一人で晩御飯を食べた後に、キッチンでチョコレートを作っていた。毎年市販のものだと偽って渡していたが、去年は初めて手作りだと言って渡すことができた。

 まあ、バレンタインなんて行事に疎い彼女からは「うまいなこれ! さすが静留だな」という手放しの褒め言葉ばかりをもらったのだが。

 だけど、今年は違う。今年の自分となつきは『恋人』なのだ。せめて、ほんの少しだけでも伝わってほしいと淡い期待を込めていたあの時とは、違う。

「好きや言うて渡すん、初めてかも」

 ぽつりとつぶやく。出来上がったチョコレートを箱に詰め、彼女の好きな色の包装紙で包んでいく静留の頬は、上気したように赤く染まっていた。

 最後に藤色のリボンをかけて、完成。なつきに出会うまでは経験すらなかったチョコレート作り。この数年でかなり腕は上がったと思う。今年ももちろん自信作だ。

 あとは明日、これを渡すだけ。なんと言って渡そう。改めて、となるとすぐに言葉が出てこない。

「好きどす」

 毎日言っている。飽きられてはいないようだけど。愛らしい恋人は自分の言葉にすぐ頬を染め上げる。

「うちの気持ち、ぎょうさん込めました」

 困ったように、でも最近見せるようになった穏やかな笑顔で笑うあの子の顔が見える気がする。でもこれは我ながら重たいかもしれない。

 それなら……

 思考を巡らせていれば、不意に響いたのは鍵の回る音。時計を見やれば、なつきのバイトが終わる時間から一時間ほどが経過していた。

「なつき、おかえりやす」
「静留」

 玄関に迎えに行けば、なにやら真剣な顔をした恋人が立っていた。不思議に思いながら、静留は上着を受け取ろうと手を伸ばす。

「寒かったやろ。早よ中に」
「静留」

 上着を受け取ろうとした手に握らされたそれ。明らかにいつものものではないと感じ、視線を落とすと静留の手の中にあったのは、藤色のラッピングペーパーな包まれた、三本の赤い薔薇。

「私はおまえが好きだ。静留」

 声を、失った。

 どうして突然。今日は何かの記念日だった? いや、でも、今までもこんなふうに突然プレゼントを持ってきたことはないし。

「なつ、き」

 なつきの言葉に答えたいのに、うまく言葉が出ないから。自分の想いを全部のせて、必死に絞り出すようにして、名前を呼んだ。

 ああ、ずるい。普段は恥ずかしがって、照れに照れて。いくら名前を呼んでもこちらを見てくれないのに。こういう時は絶対に、目を逸らしてはくれない。その宝石のような翠玉で、静留を射抜いてくる。

「その……ハッピーバレンタイン……ってことで。チョコにしようと思ったけど、おまえ毎年たくさんもらうだろ? だから違うものがいいかと思って……それで……って何がおかしい」

 先程までのクールビューティーさはどこへやら。しどろもどろになりながら言葉を紡ぐさまはまるで主人を伺う子犬のよう。

「ふふ。堪忍。えらい饒舌になるもんやから」
「どうせ私はヘタレできまらないさ」
「あら、誰が言うたん? そないなこと」
「え」
「なつきはヘタレでもきまらんでも、かいらしくてかっこええうちの恋人どす」

 臆面もなくにっこりとした笑みとともに言祝げば、なつきは「褒めてるのか? それ」と訝しげな顔をしながらも頬を赤くする。

 ああ、かいらし。なんてかいらしんやろうちの恋人。

 ……にしても。

「なつき、バレンタイン、明日やないの? 確かにもうすぐ日は変わる思いますけど」
「あ、ああ……えっと……その、だな」

 気恥ずかしいのだろう。目を右に左に泳がせる。それを捕まえるのは、静留の得意分野だ。

「なつき」

 愛しさを込めた声で呼べば、なつきはいじらしく上目遣いでこちらを見つめてくる。

……一番が、よかったんだ」
「え?」
……おまえはいつもバレンタイン、たくさんもらうだろう」
「そやったかしら」
「そうだぞ。ダンボール何箱分あったと思ってるんだ。……今までは別に、静留が誰にもらっててもよかったけど……今年は私が一番にあげたいって思ったんだ」

 照れくさそうに笑うこの子はまだ、その感情の正体に気がついていないのだろう。それでも。

 ずっと恋焦がれていた。口で伝えることのできない想いを、おどけた言葉とチョコレートに込めて伝えてきたこの子に、「一番にあげたい」という特別をもらえるようになった。

 嬉しくないわけがない。

……おおきに。一生大事にします」
「い、いや。生花だぞ。一応それ」
「しばらく飾って……ドライフラワーにしよかしら」
「はは。静留なら本当に一生持たせられそうだな」

 楽しそうななつきの声に、愛しさが込み上げてくる。その想いに逆らわず静留は無邪気に笑うなつきの胸に飛び込んだ。

……なつき」
「なんだ、静留」
「うちはなつきを、愛してます」

 ぎぅ、と強く強く抱きしめながら言えば、それに応えるようにあたたかい手が回された。

 きっと、この言葉が正解だったのだと思う。

 一度は身勝手にぶつけた。だけど今は、彼女それを、丁寧に受け取り、大事に大事に包み込んでくれる。だからこそ今、彼女に伝えたかった。

「なつき、これ。……本命、なんやけど」

 先ほどラッピングを終えたばかりのそれを、恋人に差し出した。柄にもなく心臓が高鳴り、頬に熱が集まっていく。

「ありがとう。静留」

 毎年なつきから聞いていた言葉。だけど今年は違う。その温度の違いが嬉しくて嬉しくて。静留は今にも泣き出しそうだった。

「今年のもすごいな……。大事に食べる。……あ、私のも本命だからな」
……本命、いうことは他にも義理あげる子ぉがおるいうことやろか」
「なんでそうなる!? そういうことなら静留もだろ!?」
「冗談どす♡」
「ったく、静留は……
「ほんまにおるんやったらなつきの義理チョコ回収してぜぇんぶうちのもんに……
「ちょ、物騒なことを……

 怯えたような表情をしたなつきの目を見つめていれば、二人同時にぷっと吹き出した。くすくすと笑い合いながら額を突き合わせる。もう少しで、鼻が触れてしまいそうな距離。

 なつきの頬が赤く染まった。以前のなつきだったら、こんなに近くにいても意識してくれることなんてほとんどなかったのに。

「なつき」
「静留?」
「これからもずーっと、なつきの本命はうちのもんやね」
「ああ。静留の本命チョコだって、ずっと私のものだぞ」

 もう一つ、距離を詰めれば長い睫毛がおりていく。その最後の瞬間まで見届けて、静留はなつきとの距離をゼロにした。

 日付が変わり、二月十四日、バレンタインデー。その日初めてのキスは、とてもとても、甘い味がした。