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桐子
2025-02-12 23:46:35
2508文字
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美しい傷15(父水♀️)
「倅を助けてくれたこと、感謝の言葉もない。お主はわしら親子の恩人じゃ」
水木は驚いて言葉を失った。まさかこれまで散々水木を蔑んできた男が、本気で頭を下げるとは思わなかったのだ。
「お主が身を挺して守ってくれたおかげで、倅は無事じゃった。わしがお主にしたことを考えれば、倅を突き出して自分だけ助かることもできたのに」
男が畳についた手は、かすかに震えている。その震えが、彼の本心を物語っていた。
「わしのこれまでの行いを許せとは言わん。お主の気が済むまでいくらでも償う。指を詰めろというなら何本でも詰める。気が済むまで殴ってくれてもかまわん。欲しいものがあるなら何でも言うてくれ。わしにできることは何でもする」
「そんな」
水木は慌てて首を振ったが、男は頑として譲らなかった。
「鬼太郎を助けてくれたこと、本当に感謝しておるんじゃ。あの子はわしと妻の宝じゃからのう」
「
……
」
水木は言葉に詰まってしまった。今までのことがあるだけに、この人に頭を下げられるのはどうにも居心地が悪い。かといって、こうも感謝されて今更責める気にもなれない。しばし言葉を探したが、結局出てきたのは月並みな言葉だった。
「頭を上げてください」
「いやしかし
……
」
「もう十分ですから」
男はなおもしばらく考えていたようだが、やがて渋々と顔を上げた。水木はほっと息を吐いた。ずっと頭を下げられていても落ち着かないし、居心地が悪い。それに、いくら感謝されたからと言ってこれまでのことを水に流せるほど、自分はまだ割り切れていない。
「俺は自分がしたいようにしただけです。感謝されたくてやったわけじゃない」
「しかし
……
こんなに傷だらけになって」
男は痛ましそうに顔を歪めた。
「どうせ傷物なんだ。今さらひとつやふたつ、傷がふえたところで大して変わらない。それより、鬼太郎が怪我しなくてよかった」
水木がそう言うと、男は唇を嚙んでうつむいた。
「わしが憎いじゃろう」
男はぽつりと言った。
「
……
まあ、いい感情を持ってはいませんね」
「それなのに、どうしてお主は鬼太郎を助けてくれたのじゃ。お主には縁もゆかりもない子じゃぞ」
確かにその通りだ。命を懸ける義理もない。
「親子が離ればなれになるのは、つらいから、かなぁ
……
」
親を失っても、子を失っても、残された方はつらい。鬼太郎は既に母をうしなっている。そんな子にこれ以上の悲しみを背負わせたくはなかった。
水木の言葉を聞いて、親分はハッとした顔をした。
「そうか、お主は
……
」
男は何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。水木は言葉の続きを待っていたが、親分は首を横に振った。
「いや
……
なんでもない。そろそろお暇するかのう。今はゆっくり休んでおくれ」
男は立ち上がった。そして、部屋を出て行こうとする間際に振り返った。
「本当にありがとう、水木」
そう言って微笑んだ顔は、初めて出会ったときのような険のある表情ではなく、穏やかな優しい笑顔だった。
それから水木の生活は劇的に変わった。
「水木しゃん、お見舞いばい」
両手に花を抱えた一反木綿が部屋に入ってきた。明るい色のガーベラやカスミソウ、華やかなトルコキキョウなどがまとめられた優しい色合いの花束だ。
水木は苦笑した。
「毎日すみません。お忙しいでしょうに」
「よか、よか!みーんな、水木しゃんに早う元気になってもらいたかばい」
一反木綿はそう言うと、新しい花瓶に水を入れ、花を活け始めた。
まず態度が変わったのはこの男だった。
「水木しゃんには感謝しとーばい。これまでひどいこつば言うて、ほんにすまんかったと」
一反木綿は一見冷ややかに見えるつり目を柔和に細めてそう言った。そして、率先して見舞いの品を届けてくれるようになったのだ。
一反木綿だけではない。毎日のように誰かが何かしらの見舞いの品を持ってくるので、花とプレゼントで埋もれそうになっていた。
部屋も、もともとあてがわれていたあの狭い部屋ではない。寝かされ、看病を受けていた和室が、これからの水木の部屋なのだという。一体何畳あるのだろうと思うほど広く、日当たりがよい。真新しい畳の匂いがする部屋は、広すぎてどこか落ち着かなかった。
「水木しゃん、これは親父さんからたい」
そう言って一反木綿が差しだしてきたのは、百貨店のものらしきパンフレットだ。水木でも知っている有名な海外ブランドのバッグや靴、アクセサリーなどが表紙に載っている。
「水木しゃんが欲しいものがあったら、何でも言うて欲しかと」
「はあ
……
」
「親父さんは『遠慮はいらんぞ』って言っちょったばい」
一反木綿はそう言ってにっこり笑った。水木は苦笑を返した。
「でも、本当に欲しいものなんてないんですよ」
「欲のなかことやね」
一反木綿はそう言うと、パンフレットの束を置いて「そいじゃ」と出ていった。
『鬼太郎ぼっちゃんを助けてくれて、ありがとう』
見舞いに来る者、看病をしてくれる者、皆が口を揃えてそう礼を言った。鬼太郎は跡継ぎだからというだけではなく、誰からも愛されている不思議な魅力のある子だった。
その鬼太郎も、ねことともに毎日水木に会いに来てくれる。長い時間はいられないが、それでも水木に会えるのを楽しみにしてくれているようだ。
「父さんが、水木さんが元気になったら3人で出かけないかって。喫茶店でパフェを食べるんです」
「それはいいな」
親子が仲良くそんな話をしているのだと思うと微笑ましい。もう鬼太郎も父親との間に溝を感じていないようだ。
「父さんはああ見えて甘いものが好きなんですよ」
「そりゃ意外だな」
水木は吹き出してしまった。極道の親分なのに、甘党というかわいらしい一面があるのだと思うと微笑ましかった。だが、さくらんぼが好きだとも聞いたし、ホットケーキもおいしそうに食べていたし、意外と子供っぽいところもあるのかもしれない。
「僕も好きですから、今度3人で食べましょうね」
そう言って鬼太郎は微笑んだ。
「そうだな、楽しみにしてるよ」
水木がそう言うと、鬼太郎の顔がぱっと明るくなった。
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