yahiroi80
2025-02-12 01:40:38
5794文字
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🍄夢 教令院生はレンジャーになる


メモを整理してたら出てきた未完の話です。
読み返してみたら、良い!となったので良かったら見てね供養。

※ティナリ夢とは書いてますが、彼が喋るのは最後の数行のみです。

昔から、目に映る全てを描き起こすような子どもだった。

時間でさまざまに変わる空、遠くに見えるスメールシティ。
両親にねだって買ってもらった筆とパレットと、毎日一緒に出掛けては、1枚の画用紙に納めて持ち帰っていた。
親にも褒められた一番のお気に入りは、今でも家に飾られている。

スメールの東部に位置するとある村で育った私は、成長とともに描く対象が風景から動植物へと変わっていった。
ずっと身近にあるけれど、幼さ故に草と花程度の分類でしか認識していなかった物が、全て違う種類なのだと気づいてからはそれらのスケッチをするようになったのだった。逆に動物なんかは柄が違っても同じなのだと、描いていて驚いたものだ。
絵を描きながら疑問に思ったことは、村の図書館で─と言っても本棚がひとつあるだけで、蔵書数はちっぽけなものだったが─図鑑で調べたり、それでも分からないことは簡単な実験をしてみたり。
調べて知識を得て、その過程で気になったことはさらに調べを続けた。
動植物以外にも興味を持って調べていくうちに図書館の本では足りなくなりしょげていたら、心優しい村の大人たちによって蔵書が少し増えた。

ある日、書庫番をしていた人がぽつりと「より勉学をしっかり学べる設備が、この村にもあれば良かったんだけどね」とこぼした。
育った村でおおよそ子どもと呼ばれるのは、つい先日8歳になったばかりの私くらいしか居ない。
次に若い人は確か17歳のお兄さんだ。
彼も齢10をすぎて少ししたくらいから、大人たちと一緒に村の仕事をしていたし、この村ではそれが当たり前のことだった。
お兄さんも特別学ぶことに意欲的ではないと言っていた。
彼より歳上の人たちは、みんな他の町やスメールシティに出稼ぎに行って居ない。その頃の村は、両親くらいの年齢の大人たちが多かったと記憶している。
そんな村では勉学を教えられる人はおろか、学校のような施設も当然無かった。
それに、他の町に就学させるためのモラや、道中の魔物やリシュボラン虎から守れる送り迎えのための人手が無かったんだと思う。
私は何かを真剣に学びたいと思って図書館に行っていたわけではないし、学校なんかもどうでもよかった。
周りが大人だらけで同年代の子どもとの接し方なんて分からなかったし、そもそもその大人とのコミュニケーションもぎこちなくて。いわゆる人見知りというやつなのだ。
─他所から来た新入生なんて浮くに決まってる!
最初の会話を上手く出来なくて、上手く輪に入れずにひとりで昼食を食べて、帰って両親に学校が楽しいか聞かれて無理に笑顔を作って「楽しいよ」って答えるんだ!!
繰り返し想像してやけにくっきりした輪郭、ネガティブな妄想で学校に行く気はさらさら無い。
というか、人間関係ばかり気にしているくらい勉学には興味がなかった。


そんなこんなで4年強、最近は村の仕事を手伝わされることが多くなって、絵描き道具たちとの散歩の頻度が落ちてきた頃、村に1人教令院の学者が訪れた。

どうやらニッチな研究をしているらしく、その調査の拠点に村の空き屋を貸して欲しいらしい。
もちろん借りる間はモラも支払うという話だったが、村は裕福でも無いのに長がそれを蹴って私の勉強を見てやって欲しいと言った。
この学者は真面目な質で、教育者としての学びは得てないと拒否したそう。
けれど、学者の名前を聞いて図書館の1冊の本の著者だと気づいた私がすっ飛んでいって、本を読んだことを話すと快諾してくれた。
後から聞いた話では「学術発表で出版したほぼ論文みたいな本を読破した子どもならいいかと思った。
正直最初は、研究費も浮くしガキんちょのおもりくらい睡眠時間が減るだけでラッキーって二つ返事したかった」だそうだ。
毎日という訳にはいかなかったが、教令院で教わったこと、主に生論派のことを教えてくれた。

学者が滞在する最後の日、1枚の手紙を渡された。
それは教令院への推薦状。それなりの業績を納めている学者だったらしく、上へ掛け合って用意してくれたのだと言う。
村の経済状況も薄く分かっている学者は、学費まで工面すると申し出てくれた。
スメールシティへは通えないので、向こうの滞在費用だけ村で出すことになった。こういう日が来たら送り出せるようにと両親を中心に村のみんなが少しづつモラを貯めてくれいたみたい。
次の年には入学する手筈が整い、村のみんなが見送ってくれる。
「シティには  くんが居るから、何かあったら頼るんだよ」と知らない名前を言われたが、人見知りの私は初見の人に助けてなんて声をかけられるわけもない。
それに一度聞くだけでは、名前を覚えられなかった。
出発の時に両親に抱きしめられて、しばらく会えないのかと少し涙だけが出た。


入学式。私は生論派学者の推薦で来たので、アムリタ学院に。そうでなくとも、動植物のことくらいしか興味は無いし、ここの門土を叩いていただろう。
レクリエーションが終わって交流会が始まる。
1年次から大々的な研究をするこは無いだろうが、コネクティングは作っておいた方が良い(これは推薦してくれた学者が強く言っていた)ということで、みんな張り切って話しかけに行っている。
有名な学問家庭の出であればいざ知らず、私にはいくつか話しかけられた程度。一応それなりの返答はできたと思うが、話しかけることは………………うん。

遠くに大きな人だかりが見える。新入生に有名な家の子でも居たのだろうか。そういう派閥みたいなのは分からないし、1番初めに1番苦手な人間関係の勉強だな。
憂鬱な気分でひしめく人の波をじっと見ていると、一瞬中心人物が見えた気がした。そうじゃなくてもあの人のだかりの中央に居る人物に目が離せなくなった。

私はこの時初めて見たのだ。
獣人を。
雷に打たれたような衝撃を受けた。

その後は何人かに声をかけられたと思うけど、何を話したかあまり覚えてない。話せたかも覚えていない。
入学して2週ほど経ったけれど、ずっとお昼を一緒に食べてくれる友人(と呼んでいいのか)が居るから、きっといい会話をしたのだろう。
彼女の話によると、件の獣人はワルカシュナという種族のティナリという名前の男だった。
入学時から物知りで、勉学に対しても意欲的、おまけに人当たりまで良いと聞いた。と友人から聞いた。
この友人のおかげで卒業まで波風なく過ごせる。なんで友達になれたのか全く覚えてないけど、名門家のこととか派閥のこととかも教えてくれたし本当に助かった。


そんな私、交流会の衝撃が忘れられず、知恵の殿堂でワルカシュナについての本を見つけては片っ端から読んでいった。
スメール1の蔵書数を誇るこの場に、気軽に立ち入る権利を貰えただけで教令院に入学したかいがあるというものだ。
彼が人当たりが良いことを知っているのに本人に聞かなかったのは、獣人だけど「人間」と認知してるからだった。
私は主に視覚や聴覚、ヒトには退化して無くなったしっぽや、大きな耳の感覚(なんなら触りたい)、毛の生え変わり周期など、知りたいことを上げ始めればキリがない。
し、多分途中で新たな疑問が出て増える。
これが動物だったら鳴き声や反応、観察、場合によっては命に感謝をしながら調べるのだけれど。
でも、彼は人間。
ヒトからすれば、耳の感覚はどうなっているの?触られた時の感覚は?なんて、毛の生え変わりは場所によって性的な質問の部類に入るのでは?
倫理的にアウトです。ダメです。セクハラです。
これを、知らない、話したことない、目があったこともない同級生、しかも異性にされるなんてマハマトラに突き出されるのも致し方なしである。
そういうわけで、ワルカシュナについては本で理解度を上げている。
同意を得てかなんだかは知らないが、こうして本にまとめてくれている先人がいるんだから、存分に感謝してありがたく読ませていただこう。


年次跨いで3年目、研究課題以外にも、村に近況報告の手紙を出したり、なんだかんだで面倒を見てくれる推薦状を出してくれた学者とたまに会ったり、友人と昼食を共にしたりなかなか忙しい日々を送っている。
あとは、空いた時間でワルカシュナのことについて調べてる。この2年で調べあげて生態については十分なので、彼らの歴史文化までのめり込んでいる。読み物として面白くて息抜きにちょうどいい。
未だにあの日衝撃を喰らわせた当人とは、話したこともない。
研究課題では、動植物系の研究室を掛け持ちしている。けれど、被ったことはない。
避けてるわけでは……少しあるけど、アムリタは教令院最大の学院。
多くの研究室があるから、ということにしておく。
本当は、ワルカシュナについて調べていく過程で、少し彼のことを神聖視している節がある。
誰に村の名前を言っても分からないくらいのド田舎出身の私が、学者を多く排出しているワルカシュナの彼と知り合うなんておこがましくないか?
これは友人に言ったら引かれた。

課題自体は順調で、実は掛け持ちするほどではない。
でも、今所属してる研究室はどれも興味のある事だった。
入学時は酷かった人見知りも、飲み会やプライベートな場以外では出なくなった。
連絡事項でコミュニケーションが取れないなんて、学者以前の問題だしね。

生論派では、生物学、生態学、医学を取り扱っているが、前述した通り私は生物学と生態学に寄った研究をしている。医学は卒業に必要な最低限のことしか学んでいない。
理由は、血が苦手だから。
詳細は控えるが、見れる範囲は繊細な描写のない文章までである。
彼と研究室が被らないのは、医学系の研究を避けていることもあるだろう。


教令院卒業の年、卒業論文でみんな息も絶え絶えな時。私は研究チームのみんなとに向き合っていた。きっと全員目は座っている。
終わりが見えた頃、話題は卒業後の進路についても少しずつ出始めた。
生論派卒業生の主な進路は2つ、そのまま教令院の学者になることと、ビマリスタンで医者として働くこと。
本当に優秀な人は教令官としてスカウトを受けることもあるらしい。入学式での事件(として私は取り扱っている)の彼は教員として誘われているらしいと、噂で聞いた。

さて、私の研究チームメンバーの半数は学者になるようだった。
あとは医者が1人と、まだ決まっていない人。
血が苦手な私が医者になるのは自らに苦行を強いる行為だし、学者に関しては……研究したいことが無くなった訳ではないけど、解き明かしたいというような欲でもない。
そういえば、たまにアビディアの森のレンジャーを志す卒業生が居るらしい。
レンジャーは知識だけでなく、森を歩く体力も要るため、学者には向いてないように思える。手に職はつくが多くの卒業生がこの進路を選ばない理由に体力の少なさは大きな要因だろう。

一応毎年、長期休暇では村に帰っていた私は、教令院での話はもちろん、シティで話題のことも両親と話す。いない間の村のことも気になるので聞いていくと、最近森は死域の発生が増えているんだと。
村の仕事にも影響が出ていて、レンジャーに救援を求めているのだそう。
死域の多発はアムリタに属する学者なら当然知っている。
実際休暇中少し手伝いをしたり、子どもの頃のようにキャンバス片手に散策して、死域の前兆のようなものに出くわすとより大きな問題だと実感する。

一般的な進路2つに魅力を感じないのは、そんな現状を目の当たりにしてたからかもしれない。


私たちの研究チームはみんな無事卒論を書き終え、提出が完了した。
あとは何度か寝て起きて卒業式に参加するだけだ。
結局親友と呼べるまでになった友人と、卒業旅行でフォンテーヌに行く予定もある。
彼女はビマリスタンで医者として勤務するらしい。
前を通る度に忙しそうと思っていたので、大変そうだと素直に言ったら「それくらいがやりがいがあって良い」だと。尊敬できる良い友人だ。
私はというと、結局レンジャー隊に入隊することにした。卒業式の次の日スメールシティを離れて、新人研修のあるガンダルヴァー村に向かう予定だ。

月日は流れて、レンジャー入隊前日。
友人とは一昨日、お互い泣きながら進む職への検討を称え合い、別れを済ませてある。
朝からガンダルヴァー村へ向かったので昼過ぎには着いていて、与えられた部屋で荷解きをしていた。
聞いた話によると今期の新隊員は私含めて2人で、もう1人は男の子らしい。
「今日はまだ時間があるし、挨拶した方が良いかな」
夕食のために部屋を出て、近くでピタを食べた。
同期の彼とは合わなかった。
「まあどうせ明日朝会うし、別にその時はじめましてでも問題ないでしょ。」
挨拶しとくべきなら、部屋案内された時言われただろうし、別に初めての人と話すの怖いからとかそういうのではないが。決して。
教令院で就学して、人見知りの質もなりを潜んだと思っていたけれど、元の性格は変えられず。
急激な生活の変化でまた顔を出してきたみたいだ。

緊張と微かな期待を胸に、明日遅刻しないように余裕な眠りについた。



「おはようございます」

伝えられた集合場所へ少し早めに到着できた。
新人らしい出で立ちの人はまだ居ない。私が先だったのか。
うー、緊張する……先輩方にはもちろんだけど、まだ見ぬ同期との初対面に緊張する。
だって同期ってかけがえのない友情とか芽生えるんでしょう?娯楽小説で読んだ。
そんなもの育めるか?おおよそ友人と呼べる人間なんて学生の間に1人しか出来なかった私に??

「おはよう、ふたりとも。
時間には少し早いけど、よく眠れた?」
「お、おはようございまつ!」

噛んじゃった。て、あれ?“ふたりとも”?私の前には誰も歩いていなかったし、誰かと一緒に来たりはしていないけれど……

「おはようございます
はい、寝心地のいいベッドでした
ありがとうございます」

後ろから聞こえた声に振り返るとそこに

「はじめまして、君が同期だよね
教令院卒業生でしょ?校内で見たことがあったよ。
これからよろしく。」